私は相当な努力でもって、冷静さを何とか装った。
心臓の音を外に漏らさないよう、机の下で指を強く握って耐える。
「……魔女の弟子、ですか。本当に、そんなのが居るの……ですか?」
「居るだろう。それは間違いない」
それは私とは違う弟子がいる、という意味で――そして、その確信めいた発言には、少しも迷いがない。
でも確かに、意外ではないのかもしれなかった。
「魔女は千年を生きている。その間に、一人も弟子を取らなかったとは思えないし、そも……西大陸から離れた際に、奴は弟子を連れて出ている。最低でも、その弟子は何処かに陰伏しているだろう」
「千年を生きてる……んですか? その弟子も?」
そう訊くと、エルフはうっそりと頷いた。
「かつての伝承にある。魔女は、それまでの魔術を過去のモノへと変え、魔の理を解き明かし、そして新たな術体系を作り上げた」
初耳だったので首を傾げると、不勉強を窘める目付きで続けた。
「つまり、それこそが“魔女術”と呼ばれる、これまでの魔術とは真逆のアプローチによって生まれた術式だ。より強力な効果を叩き出し、それまでの魔術を、過去のものとした。歴史の転換点とも呼べる、偉大な出来事だった」
「なのに……、魔女を討伐? つまり、その……、恩があった、のに?」
「いいや、魔女は当時の王の願いを断った。弟子には施した不老の術を、王に使うことを拒否した」
「え……、だから? だから、怒りを買って……、それで……」
――殺そうと思ったの?
――その程度のことで?
そう言いたかった言葉は、辛うじて飲み込んだ。
《富と名誉を得た先で、更に求めるのは永遠の命って、昔から決まってるのよね》
(それは……分からなくはないよ。私もお母さんと、ずっと一緒にいたかったもん……)
《あなたの思う純粋なそれとは、多分ずっと、意味合いが違うでしょうけどね》
私とナナが心の中で話している間も、エルフの講釈は続いていた。
「魔女という名も、この断った時、蔑称として与えられたものだ。それまでの魔女は、魔術研究に勤しむ、単なるヒト……いや、非常に優秀なヒトでしかなかった」
(ひどい……)
思わず唇が
「だがそれでも、魔女には利用価値があったのだ。しかし、それもエスカレートし、
エルフはそこで大きく息を吐く。
まるで理解できない、と言っているかの様だった。
「不老であっても不死ではない魔女は、どことも知れない地で、絶望と共に自ら果てたと伝えられる――が、当然それは、魔女自身が流布した嘘だ。そんな殊勝な性格をしていないと、魔女を知るエルフなら誰でもそう思う」
国を追われたお母さんは、どんな気持ちでいただろう。
想像しようとしても、とても無理だったけど、裏切られたとか、悲しい気持ちになったに違いない。
でも、だからって――とても悲しかったからって、自分で命を絶つかと言われたら……。
確かに、お母さんはそんな性格をしていない、と思う。
「その“最初の弟子”は、未だに発見されていない。他に弟子がいるのかも、実は定かではないが、“最初の弟子”だけは間違いなくいる」
そう断言して、話を続ける。
「そしてやはり、師と同じように各地を転々としているか、秘境に居を構えているかのどちらかだろう、と予想されている訳だが」
そこまで言うと、エルフは窓枠へと歩み寄り、遠く王都の外、荒野が広がる南の方角を指差した。
「魔女は強いマナ溜まりのある場所を好む。その方が何かと便利だからだろう。魔術の研究しかり、防衛陣地を築くにも然り……」
今はもう、殆どのマナ溜まりは、ヒトの支配下にあるという。
妖精達も言っていた。
だから後は、ヒトが住めないような土地にしか、手付かずのマナ溜まりはないらしい。
「……南の果て、マナが濃密すぎて人間が踏み込めぬ『嘆きの湿原』。もしかすると、そこに潜伏しているかも、という予想がある。貴様には、そこへ向かうよう命じる」
その言葉を聞いた瞬間、ナナが私の意識の中で「ふふっ」と冷笑した。
《嘆きの湿原ね……。あそこは魔力過多で、まともなヒトなら、脳が途端に焼き切れるわ。魔女の弟子を捕まえるっていうより、リルを始末するために用意された『墓場』じゃない。随分と回りくどいことをするわね、このエルフは》
(でも……、でも……。そこに“最初の弟子”が……もしも、本当に居るのなら……)
《リル、そんな筈ないわ。幾らなんでも、あそこは無理よ。言ったでしょ、弟子はともかく、あなたに向かわせたいのは……結局、六席を空けるつもりなんてないからよ》
そうなんだろう、と思う。
最終的に認めた振りをしつつ、でもやっぱり、そこから蹴落とすつもりなんだ。
私は表面上、困惑したような顔を作って見せた。
「嘆きの湿原、ですか。マナがとても濃いってことです……よね? 私のような獣人に、本当にその務めが果たせますか?」
「貴様はS級だ。アレクシスを退けたその力があれば、湿原の魔境など庭のようなものであろう?」
エルフは吐き捨てるようにそう言い放つと、それきり興味を失ったように背を向けた。
「報酬はS級冒険者に相応しい額を出す。……ただし、弟子を連れ帰るか、あるいはその首を持ってこなければならない。それが貴様の『献身』の証だ」
私は立ち上がり、深く頭を下げた。
「……分かりました。それで私を認めてくれるなら……」
《ちょ、ちょっと、リル? 話、聞いてた? そこに弟子なんて居ないし、行ったところで……》
その言葉を無視して、会議室を出る。
すると、扉の外で待ち構えていたアロガが、すぐに寄り添ってきた。
私はその大きな頭を撫でながら、足早にギルドを去る。
ギルドを離れ、人通りの少ない裏路地に入った瞬間、私の足が止まった。
全身の力が抜け、壁に寄りかかる。
《ねぇ、リルったら! どういうつもり? まさか、本当に……》
「……魔女の弟子を連れてこい、か」
私は遺品のペンダントに触れた。
そこには、お母さんの思い出と優しさ、それに掛け替えのない想いが詰まっている。
《あいつら、リルを『使い捨ての道具』とすら見ていない。それどころか、言う事を聞いていく以上、何度だって始末しようとしてくる……! これまでと何も変わらない!》
ナナの声は千々に乱れ、その底には深い怒りが渦巻いている。
(ナナ……、大丈夫。ちゃんと考えがあるんだよ。むしろね、凄く良いこと、思い付いた!)
《……本当? 無理してない?》
ナナの言葉に、私は笑みを浮かべて顔を上げた。
南の果て、嘆きの湿原――。
エルフたちは、私があそこで死ぬか、あるいは深手を負って無力化されることを望んでる。
――だったら。
「……逆に、“魔女の弟子”を味方にすれば? エルフなんかより先に見つけ出して、助けて貰うの! 事情を話せば、きっと分かってくれるよ」
黙って言うことを聞く必要なんてない。
エルフの筋書きを崩すだけじゃなくて、逆に反撃する事だって……!
何より、お母さんの遺品を取り戻すのに、ずっと近道になる気がする。
私はアロガの肩をポンと叩いた。
「行こう、アロガ。王都の連中が用意した『墓場』なんか無視して、私たちが何を掴むか……目にもの見せてやろうよ」
私の瞳には、もはや迷いはなかった。
S級のプレートが胸元で重く、しかし確かな重みを持って揺れている。
私は私の足で、私の意思で、道を切り開いていく。
そう、心に決めたのだった。