混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

388 / 388
紫銀の残影 その2

「最初はもっと別の、ちょっと小振りな街から始めたんだけど、あれよあれよという間に、ここまでね!」

 

「頑張ったんだね」

 

「そうよ。コツコツと積み重ねるのが大事なの! いきなりS級挑戦とか、馬鹿のやることよ。依頼を達成していく間に、色んなヒトと知己を得たり、貸し借りが生まれて、有益なことも多いんだから!」

 

「うん、でも……」

 

「でもじゃないの! いい? 遠回りに見えても、それが結果的に一番の近道だった、なんて話、山ほどあるんだから! アタシをご覧なさい。結果は明らかだわ。どうせS級挑戦なんて、失敗に終わるのがオチなのよ」

 

「あのね、フェリカ……」

 

「ダメダメ! アタシがしっかり教えてあげる! 世の中の道理ってやつを、みっちりとね!」

 

 ……どうしよう、まるで話を聞いてくれない。

 今もその手を左右に振って、断固として『ダメ』を押し付けてくる。

 

「アタシも今日、護衛の依頼で帰って来たばかりなんだけど……。ほら、ここでさっき言った知己よ。前々から、アタシの腕を買って、よく使ってくれてるの。信用が置けるからって。……ね? こういうのは、一朝一夕にはいかないわけよ。分かる?」

 

「分かるけど……」

 

()()? そうじゃないでしょ、()()()()でしょ! そういう“縁”って、ホントに大事なものなのよ? こういう稼業ではね、切っても切れないものだし、大事にしなきゃいけないんだから!」

 

「うん、そうだね。大事だよね。私とフェリカが出会えたのも、きっとその縁があったからだよね」

 

「そう、そうよね!」

 

 フェリカは腕を組み、うんうんと感じ入った様に頷く。

 

「リルも分かってきたみたいね。だからさ、アンタも地道にコツコツ……」

 

「いや、だから……突破したよ、試練」

 

「――ハァッ!?」

 

 フェリカは顔をがばりと向けて、目を見開いて凝視してくる。

 

「何でそんな事になってんの!?」

 

「何で、って……。勿論、簡単じゃなかったよ。そもそも試練を受けさせない妨害が沢山あったし、最終的にはS級一位のアレクシスさんとも、一戦交えたし……」

 

「嘘でしょ……。っていうか、妨害? それにS級一位と? 良く生きてたわね……」

 

「アレクシスさんはね、ん~……。まぁ、お母さんに比べたら、全然たいしたことなかったし」

 

 そう言うと、フェリカは頭痛を堪えるかのように、目をギュッと閉じて、額に手を当てた。

 

「……痛いの?」

 

「うん、ちょっとね……。理解できない……じゃなくて、受け入れられなくて……」

 

「そう?」

 

 私もフェリカに倣って、首元から冒険者プレートを取り出して見せた。

 フェリカはそれをまじまじと見つめ、それから顔を逸らして息を吐く。

 

「まぁ、それについては、素直におめでとう、と言っておくわ」

 

「ありがとう」

 

「――でも!」

 

 またもくわっと目を見開き、耳をピンと立てる。

 

「間違いなく、周りから反感を買ったと思う。さっきも言ったでしょ、貸し借りってやつ。冒険者同士って、横の繋がりも大事なのよ。どこそこに危険な魔獣が棲み着いた、とか、野盗が新たに巣くった、とか……。そういう情報は、ギルドの通達よりずっと速いの」

 

「そうなんだ」

 

「そして、そういう情報に助けられる事って、ホントに良くあるの。……でも、いきなりS級でしょ? 妬みとかさ、そういうのあると思うよ」

 

「うん、ても……」

 

「また出た。()()! だからね、そういう考えじゃ……」

 

 またお説教が始まる予感がして、私は今度こそ強引に話を断ち切る。

 

「良いんだよ。冒険者になりたい訳じゃないから」

 

「……は? だって、S級でしょ? 伊達や酔狂で……」

 

「私は西に行きたいだけだから。その為に……、通行証代わりにS級の冒険者プレートが欲しかったの」

 

 私は努めて自然な声になるよう、注意して言った。

 

 でも。その瞬間――。

 フェリカの表情から、先ほどまでの明るさが嘘のように消え失せた。

 

 彼女は私の手を取って立ち上がると、無言のまま路地裏へと引きずり込んでいく。

 狭い通りにはアロガも入れず、とりあえず待っている様に伝えて、フェリカに引っ張られるままとなった。

 

 そうして、人通りの途絶えた薄暗い行き止まりで、彼女は鬼気迫る形相で私と向かい合う。

 

「……考えを改めなさい。西になんて行こうと思わないで」

 

「無理だよ。ただ遊びに行きたいとか、そんな理由じゃないもん」

 

「そうでしょうとも。獣人が、そんな理由で行こうなんて言ったら、本気で正気を疑うわ。――じゃあ、もっと別の、納得できる理由がちゃんとあるのね?」

 

「あるけど……」

 

 何となく、それは口にしたくない。

 でも、フェリカからは、半端な誤魔化しは許さない、とその瞳が伝えていた。

 

「言いなさい。くだらない理由なら、アタシが本気で止めるわ」

 

「お母さんが……」

 

「魔女様? あの方がどうしたの?」

 

「エルフに殺された」

 

 その瞬間、フェリカの耳と尻尾が総毛立つ。

 ピンと張った耳は、次いでふるふると震えた。

 

「それ……、本当?」

 

「冗談で、こんなこと言わないよ」

 

「そう……そうよね、ごめんなさい」

 

 フェリカの耳がパタンと閉じて、ピンと立っていた尻尾も、しなしなと落ちた。

 それから数秒、黙祷する様に目を閉じて、次に開いた時は、挑むような目付きになっていた。

 

「つまり、仇討ちってわけ?」

 

「……それと、奪われた物を取り返したい。あれはお母さんの誇りで、責任だって言ってた。剣とペンダント……、それを奪った奴がいる」

 

「事情は分かったけど……」

 

 フェリカは大きく息を吐いて、小さく顎を引くように頭を下げた。

 

「まずは、お悔やみを申し上げるわ。あの人はアタシにとっても恩人だった。その恩を返し切れずに、こういう事になったのは、本当に残念だと思う……」

 

 フェリカは顔を歪めて、下唇を噛んだ。

 でも、すぐに表情を改めて、私を真っ直ぐに見つめる。

 

「でも……、それでも反対よ。西はエルフの国なのよ。獣人が行くものじゃないわ」

 

「それでも、もう決めた事だから」

 

 私がそう断言すると、フェリカは私の背後に向かって叫ぶ。

 

「ナナ様! リルを止めてください!」

 

「――止めなかったと思う?」

 

 その声が聞こえると同時、ナナが背後から透けるようにして現れた。

 

「止めないわけがないでしょう? 総出で止めたわよ。精霊、妖精、選り取り見取りでね。……でも、リルの意思は変えられなかった」

 

 ナナはそう言って不満そうな顔付きで、大きく息を吐いた。

 フェリカはそれを見て、何か覚悟を決めたような顔付きになる。

 

「……分かったわ。じゃあ、アタシが相手よ。無理をしてでも止めてあげる」

 

 彼女の指先に隠れていた鋭い爪が、力を入れると共に突き出した。

 私はあまりの豹変ぶりに、訳が分からず訊く。

 

「どうして……? 何でそんな、戦うなんて……」

 

 フェリカはギリリと奥歯を噛み締め、怒りのような、あるいは哀しみの混じった瞳で私を射抜いた。

 

「それが分からないなら、なおさら行かない方が良い!」

 

 フェリカは掌を突き出す様に構え、腰を落としながら、懇願するように言った。

 

「アンタを止める。他に止めてくれるヒトがいないなら! 誰かに殺される前に、アタシが痛い目を見せてでも、――止めてやる!」

 

 フェリカの瞳の奥に、王都の華やかな街並みには似つかわしくない、深い恐怖の色が宿っていた。

 

 かつて里で一緒にいたとき、見ることのなかった表情(かお)だった。

 

 西大陸――。

 多くのヒトが口を閉ざすその土地は、エルフの統治によって栄華を極めている、と噂せれる。

 

 フェリカは、そこの何を知っているのだろう。

 そして、私は何を知らないのだろう。

 

 私の背後では、アロガが不安げに鼻を鳴らしていて、狭い路地裏に入れない自分を恨めしく思っているように見えた。

 

 フェリカの構えた姿から、臨戦態勢の気合いが発露する。

 ――本気でやる気だ。

 

 もしかしたら……。

 この再会は、幸運な再会では終わらないかもしれない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~!(作者:エスカド)(オリジナルSF/冒険・バトル)

アーデニアム公爵令嬢レタリアは、聖女と崇められる妹を階段から突き落としたという冤罪で、転送魔法による追放刑に処された。▼――だが、光に包まれた先で彼女を待っていたのは、遠い異国ではなく、全方向に星々が輝く「宇宙」という名の未知の世界だった!▼言葉も通じず、ならず者に捕らえられ、ボロボロの機械人形(マキナ)に「囮」として押し込められるレタリア。しかし、彼女の「…


総合評価:205/評価:7.33/連載:134話/更新日時:2026年09月23日(水) 21:03 小説情報

壊れかけの聖女に俺がインストールされたらしい(作者:あまぐりムリーパー)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

聖女ちゃんが、心を閉ざして動かなくなっちゃった、どうしよう!?▼せや、適当にそこら辺の魂突っ込んどけばええやろ!▼それで、俺が選ばれたってわけ▼んで、死なない体で化け物退治とかさせられてたんだけど、なんか聖女も狂信者も神官くんも、様子がおかしくない?▼※不定期更新▼カクヨム、小説家になろうにもマルチで投稿始めました


総合評価:3957/評価:8.19/完結:94話/更新日時:2026年08月11日(火) 20:15 小説情報

ベルリク戦記 ー 戦争の生涯 ー (作者:さっと/sat_Buttoimars)(オリジナルファンタジー/戦記)

 ベルリクは好んで譲らず先頭に立って突撃する指揮官の鑑。知恵と勇気に優れる。▼ 戦争の狂気に浸っては平和を好まず、日頃から総力戦体制の構築に勤しんで先制攻撃を尊ぶ。▼ 身一つから成り上がっては世界を股にかけて歴戦の仮借なき軍勢を送り込み、やがては史上最大の殺戮破壊者へ至るだろう。▼ この世界に国際条約は存在せず、大義や国益があっても正義や悪に容赦や人権は無い…


総合評価:516/評価:8.5/連載:405話/更新日時:2026年09月23日(水) 23:30 小説情報

異世界魔女の配信生活(作者:龍翠)(オリジナルファンタジー/日常)

【お知らせ】書籍版好評発売中です!▼精霊の森と呼ばれる森に小さな魔女が住んでいました。▼その魔女は師匠から一つの魔法を与えられます。▼その魔法は配信魔法。師匠の故郷に声と映像を届ける不思議な魔法です。▼小さな魔女は配信魔法でのんびりまったり楽しみます。▼配信で魔法を見せて、投げ菓子という不思議な仕組みでお菓子をもらったり。▼視聴者さんが言う料理に興味を持って…


総合評価:10427/評価:8.75/完結:584話/更新日時:2026年09月21日(月) 17:35 小説情報

進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する(作者:霧夢龍人)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

なお、しっかりと飼い主♀に襲われる模様。▼カクヨム、なろうでも連載してます▼R18版投稿しました↓↓↓▼https://syosetu.org/novel/410361/#


総合評価:10587/評価:8.41/連載:111話/更新日時:2026年09月05日(土) 14:39 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>