「最初はもっと別の、ちょっと小振りな街から始めたんだけど、あれよあれよという間に、ここまでね!」
「頑張ったんだね」
「そうよ。コツコツと積み重ねるのが大事なの! いきなりS級挑戦とか、馬鹿のやることよ。依頼を達成していく間に、色んなヒトと知己を得たり、貸し借りが生まれて、有益なことも多いんだから!」
「うん、でも……」
「でもじゃないの! いい? 遠回りに見えても、それが結果的に一番の近道だった、なんて話、山ほどあるんだから! アタシをご覧なさい。結果は明らかだわ。どうせS級挑戦なんて、失敗に終わるのがオチなのよ」
「あのね、フェリカ……」
「ダメダメ! アタシがしっかり教えてあげる! 世の中の道理ってやつを、みっちりとね!」
……どうしよう、まるで話を聞いてくれない。
今もその手を左右に振って、断固として『ダメ』を押し付けてくる。
「アタシも今日、護衛の依頼で帰って来たばかりなんだけど……。ほら、ここでさっき言った知己よ。前々から、アタシの腕を買って、よく使ってくれてるの。信用が置けるからって。……ね? こういうのは、一朝一夕にはいかないわけよ。分かる?」
「分かるけど……」
「
「うん、そうだね。大事だよね。私とフェリカが出会えたのも、きっとその縁があったからだよね」
「そう、そうよね!」
フェリカは腕を組み、うんうんと感じ入った様に頷く。
「リルも分かってきたみたいね。だからさ、アンタも地道にコツコツ……」
「いや、だから……突破したよ、試練」
「――ハァッ!?」
フェリカは顔をがばりと向けて、目を見開いて凝視してくる。
「何でそんな事になってんの!?」
「何で、って……。勿論、簡単じゃなかったよ。そもそも試練を受けさせない妨害が沢山あったし、最終的にはS級一位のアレクシスさんとも、一戦交えたし……」
「嘘でしょ……。っていうか、妨害? それにS級一位と? 良く生きてたわね……」
「アレクシスさんはね、ん~……。まぁ、お母さんに比べたら、全然たいしたことなかったし」
そう言うと、フェリカは頭痛を堪えるかのように、目をギュッと閉じて、額に手を当てた。
「……痛いの?」
「うん、ちょっとね……。理解できない……じゃなくて、受け入れられなくて……」
「そう?」
私もフェリカに倣って、首元から冒険者プレートを取り出して見せた。
フェリカはそれをまじまじと見つめ、それから顔を逸らして息を吐く。
「まぁ、それについては、素直におめでとう、と言っておくわ」
「ありがとう」
「――でも!」
またもくわっと目を見開き、耳をピンと立てる。
「間違いなく、周りから反感を買ったと思う。さっきも言ったでしょ、貸し借りってやつ。冒険者同士って、横の繋がりも大事なのよ。どこそこに危険な魔獣が棲み着いた、とか、野盗が新たに巣くった、とか……。そういう情報は、ギルドの通達よりずっと速いの」
「そうなんだ」
「そして、そういう情報に助けられる事って、ホントに良くあるの。……でも、いきなりS級でしょ? 妬みとかさ、そういうのあると思うよ」
「うん、ても……」
「また出た。
またお説教が始まる予感がして、私は今度こそ強引に話を断ち切る。
「良いんだよ。冒険者になりたい訳じゃないから」
「……は? だって、S級でしょ? 伊達や酔狂で……」
「私は西に行きたいだけだから。その為に……、通行証代わりにS級の冒険者プレートが欲しかったの」
私は努めて自然な声になるよう、注意して言った。
でも。その瞬間――。
フェリカの表情から、先ほどまでの明るさが嘘のように消え失せた。
彼女は私の手を取って立ち上がると、無言のまま路地裏へと引きずり込んでいく。
狭い通りにはアロガも入れず、とりあえず待っている様に伝えて、フェリカに引っ張られるままとなった。
そうして、人通りの途絶えた薄暗い行き止まりで、彼女は鬼気迫る形相で私と向かい合う。
「……考えを改めなさい。西になんて行こうと思わないで」
「無理だよ。ただ遊びに行きたいとか、そんな理由じゃないもん」
「そうでしょうとも。獣人が、そんな理由で行こうなんて言ったら、本気で正気を疑うわ。――じゃあ、もっと別の、納得できる理由がちゃんとあるのね?」
「あるけど……」
何となく、それは口にしたくない。
でも、フェリカからは、半端な誤魔化しは許さない、とその瞳が伝えていた。
「言いなさい。くだらない理由なら、アタシが本気で止めるわ」
「お母さんが……」
「魔女様? あの方がどうしたの?」
「エルフに殺された」
その瞬間、フェリカの耳と尻尾が総毛立つ。
ピンと張った耳は、次いでふるふると震えた。
「それ……、本当?」
「冗談で、こんなこと言わないよ」
「そう……そうよね、ごめんなさい」
フェリカの耳がパタンと閉じて、ピンと立っていた尻尾も、しなしなと落ちた。
それから数秒、黙祷する様に目を閉じて、次に開いた時は、挑むような目付きになっていた。
「つまり、仇討ちってわけ?」
「……それと、奪われた物を取り返したい。あれはお母さんの誇りで、責任だって言ってた。剣とペンダント……、それを奪った奴がいる」
「事情は分かったけど……」
フェリカは大きく息を吐いて、小さく顎を引くように頭を下げた。
「まずは、お悔やみを申し上げるわ。あの人はアタシにとっても恩人だった。その恩を返し切れずに、こういう事になったのは、本当に残念だと思う……」
フェリカは顔を歪めて、下唇を噛んだ。
でも、すぐに表情を改めて、私を真っ直ぐに見つめる。
「でも……、それでも反対よ。西はエルフの国なのよ。獣人が行くものじゃないわ」
「それでも、もう決めた事だから」
私がそう断言すると、フェリカは私の背後に向かって叫ぶ。
「ナナ様! リルを止めてください!」
「――止めなかったと思う?」
その声が聞こえると同時、ナナが背後から透けるようにして現れた。
「止めないわけがないでしょう? 総出で止めたわよ。精霊、妖精、選り取り見取りでね。……でも、リルの意思は変えられなかった」
ナナはそう言って不満そうな顔付きで、大きく息を吐いた。
フェリカはそれを見て、何か覚悟を決めたような顔付きになる。
「……分かったわ。じゃあ、アタシが相手よ。無理をしてでも止めてあげる」
彼女の指先に隠れていた鋭い爪が、力を入れると共に突き出した。
私はあまりの豹変ぶりに、訳が分からず訊く。
「どうして……? 何でそんな、戦うなんて……」
フェリカはギリリと奥歯を噛み締め、怒りのような、あるいは哀しみの混じった瞳で私を射抜いた。
「それが分からないなら、なおさら行かない方が良い!」
フェリカは掌を突き出す様に構え、腰を落としながら、懇願するように言った。
「アンタを止める。他に止めてくれるヒトがいないなら! 誰かに殺される前に、アタシが痛い目を見せてでも、――止めてやる!」
フェリカの瞳の奥に、王都の華やかな街並みには似つかわしくない、深い恐怖の色が宿っていた。
かつて里で一緒にいたとき、見ることのなかった
西大陸――。
多くのヒトが口を閉ざすその土地は、エルフの統治によって栄華を極めている、と噂せれる。
フェリカは、そこの何を知っているのだろう。
そして、私は何を知らないのだろう。
私の背後では、アロガが不安げに鼻を鳴らしていて、狭い路地裏に入れない自分を恨めしく思っているように見えた。
フェリカの構えた姿から、臨戦態勢の気合いが発露する。
――本気でやる気だ。
もしかしたら……。
この再会は、幸運な再会では終わらないかもしれない。