混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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紫銀の残影 その7

 結局、アロガが入れる宿そのものがなく、厩で寝る事が決定した。

 

 フェリカは不満そうだったし、自分も厩で寝ると言ってくれたけど、ベッドで寝られる内はそうした方が良い、と説得して部屋を取らせた。

 

 エルザさんも凄く恐縮していたけど、彼女の方こそ負担に思う必要はない。

 アロガを連れて旅をする、と決めた時点で、宿に泊まるのは諦めていたくらいだ。

 

 屋根と壁があるだけありがたいし、それが当然と思っていたから、不満とも思わない。

 その日はアロガのお腹に背中を預け、尻尾を布団代わりにして眠った。

 

 

  ※※※

 

 

 翌日、鳥の鳴き声と共に目が覚めた。

 まだボーっとする中、頭の耳を舐められている感触がして、手で払う。

 

「もぉ~……。アロガ、やめてよ……。小さい子どもじゃないんだからぁ……」

 

 でも、アロガはやめてくれず、寝起きで力も出ないので、結局満足するまで成すがままだった。

 

「ウォフ……!」

 

 一晩中くっついて寝てたからか、アロガはすこぶる満足げだ。

 私は大きな欠伸を一つして、うんと伸びをしてから起き上がる。

 

 宿屋の裏手には井戸があって、そこでアロガに水を飲ませながら顔を洗う。

 そうしてさっぱりした所で、フェリカとエルザさんも起きてきて、一緒に朝食となった。

 

 とはいえ、やっぱりアロガは入れないし、残していくと寂しそうにするので、私はアロガと一緒にパンと干し肉を齧る。

 

 そこでもフェリカとエルザさんは申し訳なさそうにしていたけど、こんなのは本当に何でもない。

 

 森の中と外の世界は、確かに勝手は違うけど、アロガと一緒に寝そべっていれば、そこが新たな森だ。

 むしろ、こっちの方が落ち着くくらいだった。

 

 朝食も済めば、いよいよ出発で、フェリカは意気揚々と言う。

 

「隣国カルロまでは、結構近いのよ。ここから目と鼻の先だし、さっと送り届けて用を済ませちゃいましょ」

 

 フェリカはさっさと、馬車の荷台に乗り込み、私もその後に続いて乗り込もうとする。

 でも、それより前に、アロガに襟首を噛まれて、そのまま背中に乗せられてしまった。

 

「うぅん……ま、いっか。一応、警戒は必要だもんね」

 

「じゃ、交代ね、交代。どっかのタイミングで、その役目交代しましょ」

 

「勿論、良いけど……。アロガは乗せてくれないと思うよ」

 

「えぇ……っ!?」

 

 衝撃の告白を聞かされたみたいに、フェリカはショックを受けていた。

 アロガは基本的に、私以外は乗せたがらない。

 

 お母さん相手でも、それは変わらなかったから、他の誰でも同じだと思う。

 他にと言えば妖精くらいだけど、あれはきっと例外だろう。

 

 草や花弁(はなびら)が乗っているようなもので、ヒトと同列に扱うこと自体が間違ってる。

 

 ともかくも、そうして出発した私たちは、その後一切の問題や襲撃もなく、カウロとの国境にある町へと到着したのだった。

 

 

  ※※※

 

 

 町の夕暮れは、どこか冷たい風を運んできていた。

 私たちは宿の明かりが灯り始めた大通りを、噂の渦を切り裂くように進んでいく。

 

 ここてもやはり、アロガは注目の的で、意外だったのは、既に私たちの事が知れ渡っていた事だ。

 

「噂って、こんな遠くにも届くんだ……」

 

「何言ってるの。王都から数日程度の距離、遠い内に入んないわよ。それに、新たなS級の誕生ってのは、やっぱり話題性高いしね。そういう部分もあるんじゃない?」 

 

「そっか、そういうものなんだ」

 

 理屈の方はともかく、どうやらそうらしい、と納得しておいた。

 私はアロガから降りて、馬車を先導する形で歩く。

 

 向かう先は、冒険者ギルドだ。

 少しでも大きくなった街には、ギルド支部が作られるらしくて、この街にも間違いなくあると言う。

 

 でも勿論、場所など知らないので、その辺は全てナナ任せだ。

 こういう時、“風の噂”はとっても役に立つ。

 

 有名な場所なら、まず間違いなくその場所を言い当てて教えてくれるので、ナナの導きに従って歩き……。

 

 そうして見つけたギルドに、私達はエルザを連れて中に入った。

 

 事の顛末を事務員に報告すると、ギルド内は騒然となった。

 信頼を旨とする冒険者による、裏切りと殺人。

 

 それはギルドにとっても、決して許されない背信行為だ。

 

「……お二人の迅速な対応に感謝します。裏切った冒険者たちのプレートは、永久剥奪の上、ギルドのブラックリストに掲載いたします」

 

 事務員は深々と頭を下げた。

 でも、私の心は晴れないままだ。

 

 既に彼らは仲間割れの末に死亡していたし、もっと何か……上手い対処を期待していた。

 

 だって、悪さをしていたのは、彼らだけとは思えない。

 冒険者という看板の裏側に隠された、彼らのような人間は、きっとまだどこかに存在している。

 

 その事について、何も言われなかったのが、胸の奥でモヤモヤとしたまま燻り続けていた。

 

 

  ※※※

 

 

 ギルドを出た後、私たちはエルザさんか滞在するという、宿の前で別れることになった。

 

「本当に、ありがとうございました……。皆様がいてくださらなかったら、わたくしは今頃……」

 

「お礼なら、ご無事でいてくれるだけで十分よ。冒険者の不始末は、同じ冒険者でつけるものだから。……エルザさん、次からは、もっと信頼できる人を選びなさいね」

 

 フェリカの言葉に、エルザは切なげに微笑んだ。

 

 別れ際、私は沈む夕陽を見つめた。

 冒険者とは何か。正義とは何か――。

 

 旅を始めたばかりだというのに、私は早くもその難しさに直面している。

 お母さんなら、この状況をどう思っただろう。

 

 そして、どうやって対処していただろう。

 ……考えても、答えは出ない。

 

「……行こうか、フェリカ。先はまだ長いもんね」

 

「ええ。……でも、宿は? 今日は泊まらないの?」

 

《今は慎重過ぎるくらいが、丁度良いと思う。リルがきちんと命令に従うかどうか、その監視があると見るべきよ》

 

 心の中でナナに囁かれ、私はそれに頷いてから、フェリカに顔を向ける。

 

「とりあえず、命令には従っている様に見せかけなきゃ。ここまでは、冒険者の義務として、寄り道しただけって言えるけど……」

 

「でも、律儀に守るわけないんでしょ? 馬鹿げてるわよ、そもそも……!」

 

 フェリカには道中、私が受けた指令について話している。

 そして、それについて一番激怒しているのもフェリカだった。

 

「ヒトが踏み入って、無事でいられない場所だって、子どもだって知ってるわよ……! そんな所に向かわせようだなんて……!」

 

「でも、本当に“魔女の弟子”が居るなら、そういう場所だろうって想像するのは、多分……当たり前じゃないのかな」

 

「そうね、それはアタシでも想像できる。でもさ……」

 

 フェリカは途端に声を潜めて、顔を近付けながら言ってくる。

 

「“弟子”って、ホントにいるの?」

 

「さぁ……」

 

「さぁって、あんた……」

 

 咎める様な視線に、私は苦笑しながら手を振った。

 

「本当に知らないの。ナナも知らないって言うし。……だよね?」

 

 ナナは姿を見せないまま、心の中で返事をした。

 

《あたしがリルに、隠し事なんかするもんですか。もしも知ってたら、隠さないでちゃんと教えるわよ》

 

「だよね。……やっぱり、知らないって」

 

「まぁ、仕方ないか……。リルの味方は、一人でも多い方が良いし、それが“魔女様の弟子”なら、とっても心強かったのに……」

 

 それは私も思った事だけど、ないものねだりしても仕方がない。

 気持ちを切り替えて歩き出す。

 

「ともかくさ、やってる振り、向かってる振りをするのにも限界があるよね?」

 

「そりゃあ、そうよね」

 

 フェリカも頷きながら後に続き、アロガをお腹を無でようとしたけど、スルリと躱されてしまう。

 

 悲しそうな顔は隠したみたいだけど、耳と尻尾はしっかりと垂れ下がっていた。

 不憫には思うけど、アロガに無理強いもしたくない。

 

 今はフェリカの方にこそ、我慢してもらうしかなかった。

 私たちは夜の闇が迫る宿場町を背に、次の目的地へと続く、街道を歩き出す。

 

「つまり、追手というか……見張りみたいのを、撒くつもりなのね? だから宿には泊まらない、と……」

 

「うん。いつまでも向かわない事に焦れて、強硬手段に出られても困るし」

 

「まぁ、負けないにしても、面倒そうよね」

 

「それは嫌ってほど知ってるよ」

 

 試験の妨害の事を思い出す。

 またあんな事があっては、西大陸にいつになったら辿り着けるか分かったものではない。

 

「だから、南に向かうフリしてさ、焚き火の後なんかも用意して、上手く騙して逃げるつもり」

 

「う〜ん……でもさ、ギルドには冒険者を追跡する為の術式があるのよ」

 

「……そうなの?」

 

「主に犯罪を犯した冒険者対策、みたいな感じだけど」

 

 それは困った……。

 私は罪なんて犯してないけど、エルフからすると似たようなものだろう。

 

《謀殺を企むくらいだもの。四六時中ではないにしろ、その都度チェックはしてそう》

 

(どうしたら良い?)

 

《どうしたものかしら》

 

 悩んで唸っていると、フェリカもまた悩みながら、拳を顎先に当てながら言った。

 

「追跡の術式は、現在地を教えるものでしかないし、どこまでも広範囲なものじゃなかったはずよ。だから、その範囲から逃げ出せれば良いんだけど……そもそもの範囲が、分からないのよね……」

 

 難しそうな顔をして、眉を顰める。

 実際の範囲が分からないんじゃ、逃げるのは難しそうだった。

 

《確か一度、お母さんがその犯罪者を追うのに、その術式を使ったんじゃなかったかしら》

 

(えっ、本当?)

 

《本当ですとも。あの人は色んな意味で注目の的だから、風精霊の間ではね、自然と情報共有されちゃうの。……そこのところで言うと、大体馬車で五日の距離まで把握出来そうな感じだったわ》

 

(馬車で五日……)

 

 それなら、アロガの脚をもってすれば、なんてことない。

 馬よりも、森獣よりも早く走れるアロガだから、上手くやれば両方の監視の目から逃げられそうだ。

 

 フェリカにナナから受けた説明をする辺りで、ちょうど町から出るタイミングだった。

 

 ——実際、前途多難ではある。

 上手く目(・)を躱せるかは、運に任せる事になる。

 

 でも、夜中の移動なら、まだしも可能性は高かった。

 ――賭けるしかない。 

 今はただ、この長い旅をやり遂げるのだと、自分に言い聞かせて足を前に進めた。

 

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