結局、アロガが入れる宿そのものがなく、厩で寝る事が決定した。
フェリカは不満そうだったし、自分も厩で寝ると言ってくれたけど、ベッドで寝られる内はそうした方が良い、と説得して部屋を取らせた。
エルザさんも凄く恐縮していたけど、彼女の方こそ負担に思う必要はない。
アロガを連れて旅をする、と決めた時点で、宿に泊まるのは諦めていたくらいだ。
屋根と壁があるだけありがたいし、それが当然と思っていたから、不満とも思わない。
その日はアロガのお腹に背中を預け、尻尾を布団代わりにして眠った。
※※※
翌日、鳥の鳴き声と共に目が覚めた。
まだボーっとする中、頭の耳を舐められている感触がして、手で払う。
「もぉ~……。アロガ、やめてよ……。小さい子どもじゃないんだからぁ……」
でも、アロガはやめてくれず、寝起きで力も出ないので、結局満足するまで成すがままだった。
「ウォフ……!」
一晩中くっついて寝てたからか、アロガはすこぶる満足げだ。
私は大きな欠伸を一つして、うんと伸びをしてから起き上がる。
宿屋の裏手には井戸があって、そこでアロガに水を飲ませながら顔を洗う。
そうしてさっぱりした所で、フェリカとエルザさんも起きてきて、一緒に朝食となった。
とはいえ、やっぱりアロガは入れないし、残していくと寂しそうにするので、私はアロガと一緒にパンと干し肉を齧る。
そこでもフェリカとエルザさんは申し訳なさそうにしていたけど、こんなのは本当に何でもない。
森の中と外の世界は、確かに勝手は違うけど、アロガと一緒に寝そべっていれば、そこが新たな森だ。
むしろ、こっちの方が落ち着くくらいだった。
朝食も済めば、いよいよ出発で、フェリカは意気揚々と言う。
「隣国カルロまでは、結構近いのよ。ここから目と鼻の先だし、さっと送り届けて用を済ませちゃいましょ」
フェリカはさっさと、馬車の荷台に乗り込み、私もその後に続いて乗り込もうとする。
でも、それより前に、アロガに襟首を噛まれて、そのまま背中に乗せられてしまった。
「うぅん……ま、いっか。一応、警戒は必要だもんね」
「じゃ、交代ね、交代。どっかのタイミングで、その役目交代しましょ」
「勿論、良いけど……。アロガは乗せてくれないと思うよ」
「えぇ……っ!?」
衝撃の告白を聞かされたみたいに、フェリカはショックを受けていた。
アロガは基本的に、私以外は乗せたがらない。
お母さん相手でも、それは変わらなかったから、他の誰でも同じだと思う。
他にと言えば妖精くらいだけど、あれはきっと例外だろう。
草や
ともかくも、そうして出発した私たちは、その後一切の問題や襲撃もなく、カウロとの国境にある町へと到着したのだった。
※※※
町の夕暮れは、どこか冷たい風を運んできていた。
私たちは宿の明かりが灯り始めた大通りを、噂の渦を切り裂くように進んでいく。
ここてもやはり、アロガは注目の的で、意外だったのは、既に私たちの事が知れ渡っていた事だ。
「噂って、こんな遠くにも届くんだ……」
「何言ってるの。王都から数日程度の距離、遠い内に入んないわよ。それに、新たなS級の誕生ってのは、やっぱり話題性高いしね。そういう部分もあるんじゃない?」
「そっか、そういうものなんだ」
理屈の方はともかく、どうやらそうらしい、と納得しておいた。
私はアロガから降りて、馬車を先導する形で歩く。
向かう先は、冒険者ギルドだ。
少しでも大きくなった街には、ギルド支部が作られるらしくて、この街にも間違いなくあると言う。
でも勿論、場所など知らないので、その辺は全てナナ任せだ。
こういう時、“風の噂”はとっても役に立つ。
有名な場所なら、まず間違いなくその場所を言い当てて教えてくれるので、ナナの導きに従って歩き……。
そうして見つけたギルドに、私達はエルザを連れて中に入った。
事の顛末を事務員に報告すると、ギルド内は騒然となった。
信頼を旨とする冒険者による、裏切りと殺人。
それはギルドにとっても、決して許されない背信行為だ。
「……お二人の迅速な対応に感謝します。裏切った冒険者たちのプレートは、永久剥奪の上、ギルドのブラックリストに掲載いたします」
事務員は深々と頭を下げた。
でも、私の心は晴れないままだ。
既に彼らは仲間割れの末に死亡していたし、もっと何か……上手い対処を期待していた。
だって、悪さをしていたのは、彼らだけとは思えない。
冒険者という看板の裏側に隠された、彼らのような人間は、きっとまだどこかに存在している。
その事について、何も言われなかったのが、胸の奥でモヤモヤとしたまま燻り続けていた。
※※※
ギルドを出た後、私たちはエルザさんか滞在するという、宿の前で別れることになった。
「本当に、ありがとうございました……。皆様がいてくださらなかったら、わたくしは今頃……」
「お礼なら、ご無事でいてくれるだけで十分よ。冒険者の不始末は、同じ冒険者でつけるものだから。……エルザさん、次からは、もっと信頼できる人を選びなさいね」
フェリカの言葉に、エルザは切なげに微笑んだ。
別れ際、私は沈む夕陽を見つめた。
冒険者とは何か。正義とは何か――。
旅を始めたばかりだというのに、私は早くもその難しさに直面している。
お母さんなら、この状況をどう思っただろう。
そして、どうやって対処していただろう。
……考えても、答えは出ない。
「……行こうか、フェリカ。先はまだ長いもんね」
「ええ。……でも、宿は? 今日は泊まらないの?」
《今は慎重過ぎるくらいが、丁度良いと思う。リルがきちんと命令に従うかどうか、その監視があると見るべきよ》
心の中でナナに囁かれ、私はそれに頷いてから、フェリカに顔を向ける。
「とりあえず、命令には従っている様に見せかけなきゃ。ここまでは、冒険者の義務として、寄り道しただけって言えるけど……」
「でも、律儀に守るわけないんでしょ? 馬鹿げてるわよ、そもそも……!」
フェリカには道中、私が受けた指令について話している。
そして、それについて一番激怒しているのもフェリカだった。
「ヒトが踏み入って、無事でいられない場所だって、子どもだって知ってるわよ……! そんな所に向かわせようだなんて……!」
「でも、本当に“魔女の弟子”が居るなら、そういう場所だろうって想像するのは、多分……当たり前じゃないのかな」
「そうね、それはアタシでも想像できる。でもさ……」
フェリカは途端に声を潜めて、顔を近付けながら言ってくる。
「“弟子”って、ホントにいるの?」
「さぁ……」
「さぁって、あんた……」
咎める様な視線に、私は苦笑しながら手を振った。
「本当に知らないの。ナナも知らないって言うし。……だよね?」
ナナは姿を見せないまま、心の中で返事をした。
《あたしがリルに、隠し事なんかするもんですか。もしも知ってたら、隠さないでちゃんと教えるわよ》
「だよね。……やっぱり、知らないって」
「まぁ、仕方ないか……。リルの味方は、一人でも多い方が良いし、それが“魔女様の弟子”なら、とっても心強かったのに……」
それは私も思った事だけど、ないものねだりしても仕方がない。
気持ちを切り替えて歩き出す。
「ともかくさ、やってる振り、向かってる振りをするのにも限界があるよね?」
「そりゃあ、そうよね」
フェリカも頷きながら後に続き、アロガをお腹を無でようとしたけど、スルリと躱されてしまう。
悲しそうな顔は隠したみたいだけど、耳と尻尾はしっかりと垂れ下がっていた。
不憫には思うけど、アロガに無理強いもしたくない。
今はフェリカの方にこそ、我慢してもらうしかなかった。
私たちは夜の闇が迫る宿場町を背に、次の目的地へと続く、街道を歩き出す。
「つまり、追手というか……見張りみたいのを、撒くつもりなのね? だから宿には泊まらない、と……」
「うん。いつまでも向かわない事に焦れて、強硬手段に出られても困るし」
「まぁ、負けないにしても、面倒そうよね」
「それは嫌ってほど知ってるよ」
試験の妨害の事を思い出す。
またあんな事があっては、西大陸にいつになったら辿り着けるか分かったものではない。
「だから、南に向かうフリしてさ、焚き火の後なんかも用意して、上手く騙して逃げるつもり」
「う〜ん……でもさ、ギルドには冒険者を追跡する為の術式があるのよ」
「……そうなの?」
「主に犯罪を犯した冒険者対策、みたいな感じだけど」
それは困った……。
私は罪なんて犯してないけど、エルフからすると似たようなものだろう。
《謀殺を企むくらいだもの。四六時中ではないにしろ、その都度チェックはしてそう》
(どうしたら良い?)
《どうしたものかしら》
悩んで唸っていると、フェリカもまた悩みながら、拳を顎先に当てながら言った。
「追跡の術式は、現在地を教えるものでしかないし、どこまでも広範囲なものじゃなかったはずよ。だから、その範囲から逃げ出せれば良いんだけど……そもそもの範囲が、分からないのよね……」
難しそうな顔をして、眉を顰める。
実際の範囲が分からないんじゃ、逃げるのは難しそうだった。
《確か一度、お母さんがその犯罪者を追うのに、その術式を使ったんじゃなかったかしら》
(えっ、本当?)
《本当ですとも。あの人は色んな意味で注目の的だから、風精霊の間ではね、自然と情報共有されちゃうの。……そこのところで言うと、大体馬車で五日の距離まで把握出来そうな感じだったわ》
(馬車で五日……)
それなら、アロガの脚をもってすれば、なんてことない。
馬よりも、森獣よりも早く走れるアロガだから、上手くやれば両方の監視の目から逃げられそうだ。
フェリカにナナから受けた説明をする辺りで、ちょうど町から出るタイミングだった。
——実際、前途多難ではある。
上手く
でも、夜中の移動なら、まだしも可能性は高かった。
――賭けるしかない。
今はただ、この長い旅をやり遂げるのだと、自分に言い聞かせて足を前に進めた。