混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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灰色の歴史と母の面影 その6

 フェリカの言葉と考えは、今の私にはまだ受け止め切れなかった。

 冷たい路地の空気の中で、自分の中にぽっかりと空いた穴を埋めたくて、深呼吸を繰り返す。

 

 でも今は、学術都市の偵察を続けるしかない。

 せっかくエルフの内情を知れる所に来たのに、ここで塞ぎ込んでいるのは余りに不毛だ。

 

 それに——。

 お母さんがどのような存在であったか、その真実は、この敵地の“心臓部”にこそあるのかもしれない。

 

「……いつまでもゴメンね。行こう」

 

 路地裏を抜けて大通りに出ると、そこには荒野の旅では想像もできなかった光景が広がっていた。

 

 街中の街灯は、火を灯すのではなく、魔石を組み込んだ魔導式で青白く輝いている。

 それ自体は東大陸の王都にもあったけど、この魔石の使用方法が破天荒だった。

 

 街灯のみならず、お店の看板などにも使用されていて、派手に店名を主張している。

 こうした店は主に本屋以外で、どうやら客引きの為にやっているらしかった。

 

「目が眩しいぃぃ……」

 

「チカチカするわね……」

 

 通りを行き交う人々は、私たちが見たことのない軽装姿で、手には魔力で浮遊する端末のようなものを持ち、絶えず色々な情報を表示していた。

 

「……文明レベルが違い過ぎる……。違う違うとは聞いていたけど、ここまでとはね……」

 

 フェリカが呟く通り、ここは別世界だった。

 私たちが生まれ育った東大陸とは違い、この都市は『マナ』を徹底的に効率化し、消費することで繁栄している。

 

 街の広場には、先日私たちが平原で見かけた“鋼鉄の獣”が、巨大な駅舎に停まっていた。

 

 そこには誇らしげにプレートが掲げられている。

 

『魔導列車・皇都連絡線 ——高効率地脈転送機関搭載——』

 

 地脈から直接マナを抜き取り、それを搭載している機関とやらで動力に変える――。

 難しい理屈のことは分からないけど、そういう事らしい。

 

 あの平原で見かけた時よりも、間近で見るその姿は圧倒的だった。

 鈍い金属光沢を放ち、周囲の空間そのものを歪ませるほどの高密度なマナが、威圧感を増している。

 

「地脈転送……。あれが走るたびに、周囲の土地から精霊の力が消えていくんだ」

 

 私がそう言うと、ナナが苦々しげに呼応した。

 

《そうよ。お母さんが悪く言われる理由も、結局そこにあるのかも。マナを搾取しなければ、この支配の仕組みは維持できないんだもの。お母さんは……戦っていたのかもしれないね、この仕組みそのものと》

 

 それを聞いて、胸のつかえが少しだけ取れるような気がした。

 お母さんは悪行を重ねていたのではない。

 

 むしろ、この“マナを搾取するシステム”を壊そうとして、その過程で権力者から”悪の魔女”という汚名を着せられたのかもしれない。

 

 私は、駅舎を離れ、再び”万巻の塔”を見上げた。

 

「フェリカ、塔に行こう。もしかしたら、『魔女の悪行』とされている記録の裏にある真実も、そこなら残されているかもしれない」

 

「えぇ、それは良いけど……。アロガを連れて行くのは難しくない?」

 

 それは確かにそうだった。

 目立ち過ぎるとか言う以前に、入るのも許可されないと思う。

 アロガを見ると、縋るように見つめ返され、首筋を撫でる。

 

「ゴメンね、塔までは無理だよ。ここで待ってて」

 

 何度か甘える仕草を見せたものの、私の態度が変わらないと分かると、フェリカへ恨みがましい唸り声を上げた。

 

「ちょっと、アロガ……! アタシが悪いんじゃないわよ……! いや、アタシが言い出したけど、そういうんじゃなくって……!」

 

 せっかく仲良くなれたのに、また愛想を尽かされそうになって、フェリカは必死だ。

 謝り倒して抱き着くも、アロガは結局、機嫌を直すことはなかった。

 

「アロガ、お願いね。ここでジッとしてて」

 

 フェリカに頼んで、アロガの姿を隠して貰う。

 それが済むと、「キュ〜ン……」と寂しそうに鳴くアロガを背後に、再び歩き出した。

 

 行き交う学徒たちが、魔導端末で何かを調べながら、熱心に議論を交わしている。

 背後などまるで気にしていないので、私はこっそりそれを盗み聞いてみた。

 

「だからさ、『魔女弾圧における歴史的再検証』なんて無意味だって! もう魔女は討伐されたんだ。何年前の話だと思ってる?」

 

「でも、だからこそ、そこに意義があると思わないか?」

 

「いいや、ないね。悪しき魔女が、ようやく死んでめでたしめでたし、ってところさ」

 

「使う時間は有意義であるべきだ」

 

 あんまりな言い分に、眉を顰めずにはいられない。

 彼らは信じているのだ。自分たちが正義であり、魔女という概念は歴史のゴミ箱に捨てるべき悪だと。

 

 その光景に怒りは感じなかった。

 ただ、底冷えするような孤独を感じる。

 

 この都市の数万人の住人のうち、“真実”に気付こうとする者がいても、結局……周りが常識と正義を盾に封じてしまう。

 

「……行こう」

 

 背後で得も言われぬ顔をしていたフェリカに言って、再び歩き出す。

 

 塔の入り口に近づくと、警備の兵士たちが多く居た。

 通常ではちょっと考えられない数で、アロガが入り込んだ事と関係があるのかもしれない。

 

「冷静に。冷静によ……。大丈夫、今はアロガも居ないんだし」

 

 フェリカの言い方は、自分に聞い聞かせるかの様だったけど、実際問題にはならなかった。

 

 S級の冒険者プレートを胸元に掲げると、兵士達は何も言わずに通してくれる。

 私達は堂々とした足取りで、その巨大な門の中へと足を踏み入れた。

 

 万巻の書物が積み上がる、迷宮にも思える巨大な図書館——。

 

 ここにお母さんの——“魔女”が記された本の中に、隠された真実があると信じて探すつもりだ。

 

 塔の内部を改めて見渡すと、外観の威圧感以上に圧倒的だった。

 天井まで届く何万もの書架が幾重にも並んでいて、吹き抜けの空間には、青白い魔導の光を放つ無数の球体が浮かんで書物を照らしている。

 

 まるで、知そのものが巨大な生き物として息づいているかのような空間だった。

 

「これだけ広いと、どこから探せば良いのか分かんないよ……」

 

 小さなボヤキが、静謐な空間にそっと落ちる。

 決して大きな声でなかったのに、静か過ぎる空間には驚くほど大きく響いた。

 

 私は咄嗟に口を抑え、傍らのフェリカに目配せする。

 すると彼女も口に手を添えて、コクコクと頷きながらある地点を指差した。

 

「案内板……とやらがあるわよ。見てみましょ」

 

 あくまで小声でそう言って、先導するフェリカに付いていく。

 そこに羅列する文字をなぞって、どこをさがすべきか相談する。

 

「どれ……? どれだと思う?」

 

「歴史・魔導史、なんてそれっぽくない?」

 

「うん、それっぽい」

 

 案内板に沿って、その区画へと足を進め、手当たり次第に魔女に関する書物を引き抜いた。

 

 でも、ページをめくってもめくっても、目に飛び込んでくるのは同じ文言の繰り返しだった。

 

『混沌の世をもたらす淫婦』

『世界の理を歪めた大厄災』

『神聖なる種族を蹂躙した悪逆の徒』

『命を踏み躙る狂気の選定者』

 

 どれを開いても、お母さんの面影どころか、吐き気を催すような呪詛と悪行の数々が、これでもかとばかりに並べ立てられているだけだ。

 

「……やっぱり、普通に探してもダメね」

 

 フェリカは数冊の重い本をバサリと書架に戻すと、額の汗を拭った。

 

「フェリカの言う通りかも……」

 

 この開架されている書棚に置かれているのは、為政者たちが民衆に刷り込むための“都合の良い正史”でしかない。

 

「一般の人間が自由に読める場所には、都合の悪い真実なんて置いてないよね、きっと」

 

 私たちが途方に暮れていたその時、心の中でナナが慎重な声で囁いた。

 

《ねえ、リル。普通の本棚にないなら……隠された場所を探すしかないわ。こういう知の集積地には、大抵『禁書棚』とか『裏文庫』と呼ばれる、選ばれた者しか入れないエリアがあるものよ》

 

「禁書棚……」

 

 私の呟きを聞き、フェリカが腕を組んで思案顔になった。

 

「……なるほどね。エルフたちが本当に隠したい『魔女の真実』があるとしたら、間違いなくそっちに置くわね。皇都や上層部にとって不都合な記録は、すべてそこに放り込まれていても不思議じゃない」

 

 でも、問題はその“禁書棚”へどうやって忍び込むかだ。

 入り口でさえ厳重な警備の塔だ。

 

 一般の学徒はもちろん、私たちのような一時的な訪問者が立ち入れるほど、管理が甘いわけがない。

 

 扉には複雑な魔導式による錠前や、侵入者を感知する結界が張り巡らされているに違いなかった。

 

「正面突破は無理ね。かといって、S級の権限をここで使えば、かえって私たちの素性や目的が上に筒抜けになる」

 

 フェリカが低く唸る。

 私は周囲をそっと見回した。

 

 学徒たちは熱心に自らの研究に没頭し、管理官らしきエルフの職員が、魔導端末を片手に書架の間を巡回している。

 

「……職員の隙を突いて、直接解錠できないかな。……ねぇ、ナナ、何処にあるか分かる? 強力な何かの気配は感じない?」

 

《上と下の階から、すごく重苦しい魔力の淀みを感じるわ。……塔のずっと上のほう、もう一つは地下深くに。魔力にも色々種類があるけど、……地下の方は厳重に封印された気配が濃厚だから……そこが怪しいわね》

 

「うちの者が言うには、地下が怪しいって……」

 

 言い差したフェリカと私顔を見合わせ、力強く頷いた。

 お母さんの真実へたどり着くための道は、この広大な塔の闇の中に隠されている。

 

「行くしかないね」

 

 私は息を整え、再び背筋を伸ばした。

 いよいよ、“真実を暴くための潜入”らしくなってきた。

 

 フェリカが不敵に笑い、懐から小さな魔術秘具を取り出して仕込み始めた。

 

「それ、なに……?」

 

「んっふっふ……。A級にだってね、このぐらいの備えはあるのよ。エルフの鼻を明かして、その隠し部屋の鍵をこっそり引っこ抜いてやろうじゃない」

 

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