混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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灰色の歴史と母の面影 その7

 フェリカが取り出したのは、掌に収まるほどの小さな青銅製の器具だった。

 表面には細やかな幾何学模様が刻まれており、彼女が軽く魔力を注ぐと、微かな振動音とともに先端がカチリと形を変えた。

 

「これはね、東大陸の機工都市で作られた『魔導鍵』よ。魔導式錠前の魔力回路にこれを割り込ませれば、警報を鳴らさずに錠前の魔力を逆流させて、一時的に解除できるの。まあ、違法すれすれの代物なんだけどね」

 

 フェリカは得意げにウインクをして、それをポケットにしまった。

 S級の権力の使い方だけでなく、こうした裏稼業の道具まで持っているあたり、フェリカの旅の、経歴の長さを思い知らされる。

 

 ——頼りになる。

 フェリカが仲間になってくれて、本当に良かった。

 

 改めてそう思う。

 フェリカを見つめていると、照れた顔を隠して顔を背ける。

 

「よし、地下へ向かいましょう。巡回しているエルフの職員が、目を離した隙を狙うわよ」

 

 私たちは足音を消し、書架の影を縫うようにして塔の奥へと進んだ。

 こうした隠密行動は、森の中で魔獣の隙を縫って歩いていた事を考えれば、実に容易いことだ。

 

 吹き抜けの中心部に設けられた螺旋階段は、上層へと伸びるものばかりが目立ち、地下へ下りる通路は、頑丈な鉄格子の扉で塞がれていた。

 

 扉の脇には、青白い光を放つ魔導式の……何かの盤が埋め込まれている。

 これの意味は分からないけど、警報に使われる罠みたいなものかもしれない。

 

「……見張りは?」

 

「あそこの角に一人いるわね。端末に夢中だけど、定期的にこちらを見てるわ。……リル、合図したら一瞬で私の後ろに隠れて」

 

 フェリカが息を潜め、職員の視線が手元の端末に落ちた瞬間を捉えて素早く動いた。

 私たちは無言のまま、音もなく死角へと滑り込む。

 

「ふう、危ない危ない……。それじゃあ、腕の見せ所ね」

 

 フェリカは扉の錠前を探し、右へ左へと顔を動かし——そこで動きを止めた。

 何を考えているのか、私にも分かる。

 

 ここには錠前らしき物が、どこにも無かった。

 扉の横には横に細長いスリットがあるものの、これはどう見ても鍵穴ではない。

 

「鍵穴……なくない?」

 

「……どうする?」

 

「どうするもこうも……」

 

 フェリカは弱り切った顔で頭を掻いた。

 せっかくの道具も、使えないのなら意味がない。

 

 文明力の差、というのを見くびっていた。

 ここではきっと、何か別の物を鍵の代わりにしているんだろう。

 

 どうにも困ってしまって、ナナへと語り掛ける。

 

(ナナ、どうしたら良いと思う? これじゃあ、鍵をこじ開ける事すら出来ないよ)

 

 それまで気配を潜めていたナナが、呆れたような、それでいてどこか得意げな声を響かせた。

 

《多分だけど、そこの横にあるスリットが怪しいわ。あれが鍵穴の代わりで、何かを差し込むんだわ。それを通して、魔力の認証で開閉するんだと思う》

 

(魔力の認証……?)

 

《そう。エルフの生体魔力、あるいはそれに準ずる特定の波長を、流し込まないと開かない仕組み。……なぁんかね、魔力の気配から察するに、そんな感じなのよ》

 

(結構、曖昧だね……)

 

《大丈夫、言葉にしていくたび、確信を持てて来たから。……フェリカの魔導鍵、先端の形状が変わるんでしょ? それをあのスリットに直接差し込んで、魔力を調節してやれば、認証を誤魔化せるはずよ》

 

 私はすかさず、隣で腕を組んで唸っているフェリカへと、小声で声を掛けた。

 

「フェリカ、分かった。あのスリットが鍵穴の代わりだって。そこに魔導鍵を突っ込んで、魔力を流せばいけるって……ナナが」

 

「――なるほどね! そういうこと!」

 

 フェリカの目が、鋭い光を帯びて輝いた。

 彼女は再びあの青銅製の器具を取り出し、カチリと先端を極細の板状に変形させる。

 

「西大陸最新の魔導錠も、基本の構造は同じってわけね。……よし、やってみるわよ」

 

《——待った!》

 

 ナナから制止の声が掛かって、私は咄嗟にフェリカの手を掴む。

 そして、ナナから言われた事を、直接伝えた。

 

「フェリカは魔力制御が下手だから、ルヴィアンに手伝って貰いなさいって……。ナナも私を通して協力してくれるみたい」

 

「分かったわ。じゃあ、精霊達に頼みましょう」

 

 フェリカは息を整えると、スリットの隙間に魔導鍵を滑り込ませた。

 彼女の掌を通してルヴィアンが微量の魔力を注ぎ込み、私もその手に添えて、魔力を流し込んだ。

 

《……やっぱりね。これ、ヒトに対する対策は何重もあって盛り沢山だけど、精霊に対しては無頓着だわ》

 

(こっちには精霊が居ないから?)

 

《そうね。だから、無駄を削ぎ落とした結果、こうして無様に解錠されるって訳よ》

 

 言い終わるかどうか、というタイミングで、器具の先端が青く激しく点滅し始める。

 

 ピピッ、ピピピピッ――!

 

 耳障りで甲高い音が、静まり返った地下通路に響いた。

 私は心臓が跳ねるのを抑えながら、すぐ近くで角の職員の様子を窺う。

 

 でも、運良く職員は手元の端末の画面に夢中で、こちらを振り返る気配はない。

 

《いけるわ、ちょっと魔力を使わせて貰うわよ!》

 

 ナナの緊迫した声と同時に、半身を引っ張られる感覚が襲う。

 それはフェリカも同じみたいで、その額には大粒の汗が浮かんでいた。

 

「ふん、ぐっ……!」

 

 私とフェリカが最後の一押しとばかりに魔力を込めた瞬間、認証盤の青白い光がふわりと金色に揺らぎ、そして――。

 

 ガチン、と重苦しい機械音が響き渡った。

 頑丈に閉ざされていた鉄格子の扉が、わずかに内側へと押し開かれる。

 

「……やった!」

 

 フェリカが小さくガッツポーズを作り、荒い息を吐き出す。

 私も額の汗を拭い、周囲に誰もいないことを確認すると、開いた隙間から滑り込むように地下通路の暗がりへと身を隠した。

 

 背後で鉄格子の扉が、音を立てずにピタリと閉じる。

 地上に満ちていた青白い魔導の光は完全に消え失せ、代わりに肌を刺すような冷気と、古い埃の匂いが私たちを包み込んだ。

 

「……無事に入れたね」

 

「ふぅ……、死ぬかと思ったわよ……。体内魔力をごっそり持ってかれちゃって……」

 

 そんな事なかったけどな……、とは口にしないでおいた。

 きっと、フェリカがメインでやっていたから、その分魔力の消費も多かったのだろう。

 

《……残念ながら、そうじゃないわね。魔力の保持量って、リルの方が圧倒的に上だから》

 

(そうなの?)

 

《自覚がないのは当然だけど、リルってば幼い時からずっとマナ溜まりに居たからね。その上、お母さんによる英才教育よ。魔力の量や質っていうのはね、掛けた時間と質が物を言うから……》

 

(そっか……。お母さんとの鍛練、大変だったもんなぁ……)

 

 収穫期の麦畑——。

 ヘトヘトになるまで、魔力を振り絞った事を思い出す。

 

 辛かったけど楽しく、妖精達が囃し立てる光景は、風物詩と言っても良かった。

 今や過ぎ去ってしまった時に思いを馳せていると、フェリカの声で我に返った。

 

「まったく……! エルフの魔導技術には苦労させられるわ。冷や汗かかせやがって……ねぇ?」

 

 最後には悪役みたいな台詞を吐いて、胸を撫で下ろす。

 そうして、微かに震える指先を隠すように拳を握った。

 

 通路の奥へ進むにつれて、先ほどまで感じていた“重苦しい魔力の淀み”が、いよいよ肌を圧迫するように強くなっていく。

 

 ここは、万巻の塔の最下層。

 エルフたちが歴史の闇に葬り去った、本当の意味での“禁書棚”――。

 

 お母さんの真実が、魔女の悪行の裏に隠された秘密が、この暗がりのどこかで眠っている。

 フェリカが懐から小さな魔石を取り出し、ほのかな光を作り出した。

 

 私達は互いに頷き合うと、その光を頼りに、静まり返った地下の回廊へと足を踏み出した。

 

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