混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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皇都の潜入者 その3

 キィィィ——ッ!

 耳をつんざくような金属音が、平原の静寂を切り裂く。

 

 魔導列車は車体から大量のマナ煙を噴き上げながら、私たちの数歩先で完全にその巨体を停止させた。

 

 プシュー、という短い音とともに、列車の側面にある重厚な自動扉が左右へとスライドして開く。

 

 車内から降り立ってきたのは、万巻の塔で見た制服をきっちり着込んだエルフの職員たちと、それを取り巻く兵士達だった。

 

 その数、ニ十人あまり。

 全員が手には青く光る魔導杖を構え、冷ややかな敵意を剥き出しにしている。

 

「そこまでだ! 良くもまぁ、呑気にこんな所を歩けたものだ! 事の重要性を知らぬと見える!」

 

 先頭に立っていた初老の男エルフが、鋭い声で叫んだ。

 その瞳には、知性を称えた光の奥に、明らかな侮蔑と怒りが宿っている。

 

「皇都の管理下にある禁書区に……そのセキュリティを破り不法侵入した罪、万死に値すると思え!」

 

「気付くのが遅すぎない? それで泡食って追ってきた訳!?」

 

 フェリカが双手を構え、背後に浮かべた水球を戦闘態勢へと移行させる。

 彼女の全身から溢れ出る殺気に、エルフの職員たちが一斉に身構えた。

 

 一触即発の空気が、ピリピリと肌を刺す。

 戦うべきか、それとも――。

 

 私の頭の中で、様々な思考が猛スピードで駆け巡る。

 ここで彼らを打ち負かしたとしても、エルフの領域である以上、追手は次から次へとやってくるだろう。

 

 かといって、捕まればきっと、酷い目に合わされる。

 獣人を奴隷にしていたエルフだから、このフードを取って正体が露わになった時、どういう態度になるか大体想像が付く。

 

 どうする……?

 どうしたら……。

 

《——リル!》

 

 心の奥底で、ナナの声が響いた。

 

《あいつら、車内から魔力を引いてるわ! 列車の魔導機関と繋がってるのよ!》

 

 ナナの言葉に、私ははっと視線を列車の車体へと向けた。

 周囲のマナに視点を合わせると、職員たちが構える杖と足元のレールを繋ぐように、微かな青い光の回路が脈打っている。

 

 彼らの強大な魔力は、個人によるものではなく、あの列車の動力炉か、その線路に流れ込むマナを利用したものだ。

 

 つまり――。

 

「フェリカ、アロガ!」

 

 私は小さく叫びながら、剣を抜いてその先端を地面へと突き立てた。

 

「あの列車の機関部に、私の魔力を流し込む! 時間を稼いで!」

 

「任せなさい!」

 

 フェリカは迷うことなく前に飛び出し、展開した水膜でエルフたちの放った牽制の魔力弾を弾き飛ばす。

 

「グルァァッ!」

 

 アロガも地鳴りのような咆哮を上げ、巨大な前足で地面を叩きつけて衝撃波を起こした。

 敵の足並みを完全に乱した所へ突っ込み、頭を振ってエルフ達を弾き飛ばして行く。

 

 私は目を閉じ、お母さんから教わった独自の魔力操作を思い出していた。

 地脈の逆流、魔力の波長、そしてあの地下室で見た数々の図解。

 

(お母さん……あなたが遺した力が、もし本当に『世界を壊すもの』だったとしても……!)

 

 私は自身の魔力を一気に解放し、地面を通じて列車の魔導機関へと流し込んだ。

 私の持つ魔力の波長は、敢えて乱す為の乱暴なものだ。

 

 それが列車全体の魔導回路に触れた瞬間――。

 バチバチバチッと、車体のあちこちで激しい火花が散った。

 

「なっ……なんだ!?」

 

「機関部がオーバーロードを起こしているぞ!?」

 

 エルフの職員たちが慌てふためき、杖の光が急激に弱まっていく。

 

「クソッ! 列車の動力炉が、魔力の異物を感知したらしい!」

 

「安全装置が一斉に作動を……!?」

 

 車内からけたたましい警報音が鳴り響き、青白い魔導の光がみるみる内に消えていく。

 

「今だよ、フェリカ!」

 

「お見事ね、リル!」

 

 フェリカは二つの水球から、エルフ兵たちの足元へ水流の足払いを叩き込み、次々と転倒させていく。

 

 私たちは立ち往生した巨大な魔導列車と、混乱するエルフたちを背にして、再び黄金色の鉄路沿いを駆け出した。

 

 風を切りながら、私は前を向く。

 胸の動悸はまだ治まらないけれど、足取りは軽やかだった。

 

 平原の風が、走り出した私たちの頬を心地よく撫でていく。

 

 後ろを振り返ると、青白い光を失ってすっかり沈黙した魔導列車が、まるで骸のようにポツンと取り残されていた。

 

 エルフ兵たちが慌てて追撃の体勢を立て直そうとしているのが、遠くに見える。

 けれど、アレの復旧にはしばらく時間がかかるはずだ。

 

 その間、職員や列車の護衛だって必要な筈で……だから、追撃の手は止むと踏んだ。

 そしてどうやら、それは正解だったらしい。

 

「はぁ……っ、逃げ切った……かしらね?」

 

 フェリカは愛用の手甲を腰の留め具に納めながら、軽く息を整えて振り返った。

 その顔には緊張の残滓はなく、どこか達成感のような爽やかな笑みが浮かんでいる。

 

「うん、たぶん大丈夫。あそこまで無理に魔力を流せば、きっと大変な事になってると思う。しばらくは動かせないんじゃないかな」

 

「じゃあ、こっちに構ってる暇なんてない訳よね」

 

 私は後ろを振り返り、やっぱり追ってくる影がない事を確認して、足を緩めた。

 隣を並走するアロガの首筋をポンと叩く。

 

 アロガは「ふんっ」と鼻を鳴らし、何事もなかったかのように悠然と歩幅を合わせてくれる。

 その頼もしい姿に、張り詰めていた胸の奥がすーっとほぐれていくのを感じた。

 

「にしても、リル。さっきの技……すごかったわね」

 

 フェリカがそう言って、興味津々な視線を向けてくる。

 

「あんな器用に、自分の魔力を操作するなんて、普通は絶対できない芸当よ。やっぱり、あなたも魔女様の血を引いてる、って事なのかしら」

 

 その言葉に、わずかに胸がチクリと痛む。

 私の本当のお母さんは——私を産んだお母さんは、別にいる。

 

「……どうかな。でも、お母さんが教えてくれた魔力の仕組みや制御は、とても役に立ってるよ」

 

 私は小さく微笑み、再び前方をしっかりと見据えた。

 

「さあ、皇都まではまだ距離があるんでしょ? のんびりしすぎると、また別の追手が来ちゃうかもしれないし」

 

「そうね、急ぎましょうか。またエルフと鉢合わせるのは御免だわ」

 

 フェリカが軽やかに笑い、アロガが頼もしく吠える。

 鉄路に沿って伸びる道を、私たちは再び、確かな足取りで進み始めた。

 

 

  ※※※

 

 

 平原を吹き抜ける風が、私たちの汗ばんだ肌を冷やしていく。

 先ほどの戦闘の緊張感は少しずつ和らいだものの、まだまだ油断はできなかった。

 

 エルフの学術都市が管理する魔導列車を、あそこまで派手にやってしまったのだ。

 いくらすぐの追手が来ないとはいえ、皇都へ近づくにつれて、警戒を厳重にしている可能性は高い。

 

 考え込んでいると、ナナから声が掛かった。

 

《ねぇ、リル。このまま漠然と進むのは危険だわ。少し……あたしが偵察して来ましょうか?》

 

(でも、ナナの事は、なるべく隠しておいた方が良いんでしょ?)

 

《そうだけど、ここみたいに何もない場所なら大丈夫よ。都市部とか、そうじゃなければ関所とか? ヒトの目がある所で見つかりたくないだけ》

 

(う〜ん……。じゃあ、お願いできる?)

 

 そう言うと、ナナは私の中から飛び出して、辺りをくるりと一回りして傍に寄った。

 

「あ、ナナ様! でも、どうして? 精霊はなるべく表に出さない方が……」

 

 首を傾げたフェリカに、ナナから説明が入った。

 

「今だけは、ちょっと非常事態だから。偵察役が必要で、それにはあたしが一番の適役なの」

 

 それだけ言うと、ナナは風の中に溶けるようにして消えていった。

 

(ナナ、視界を共有して)

 

《良いわよ》

 

 片目を瞑って、そこに指先を当てる。

 すると、鳥の視点で遥か遠くまで見渡す世界が広がった。

 

 広いと思った平原も、ここからなら実にちっぽけに見えて、遠くの山々まで視界の中だ。

 

 平原を貫く鉄路へと目を向けて、そのまま真っ直ぐ進むと、何らかの『関所』が見えた。

 

 その事を伝えると、フェリカが少し真剣な表情で言った。

 

「関所……?」

 

「そう、山の間に作られたものみたい。その先に大(おっ)きな都市が見えるから、多分それが皇都だと思う」

 

「そうね、都市の手前に検問所が設置されるのは普通だわ。普段なら冒険者の認可証(プレート)を見せれば通れるんだけど……」

 

 フェリカは唸って腕を組む。

 

「今回の件が網の目のように伝わってたら、私たち、指名手配されているかもしれないわね」

 

 その言葉に、私は思わず足を止めた。

 万巻の塔での侵入と手記の持ち出し、そして魔導列車の破壊。

 エルフたちにとって、私たちは立派な重罪人だ。

 

「そっか……。正面から通り抜けるのは、やっぱり難しいよね」

 

「でしょうね。おまけに、アロガの存在もあるし、目立たない訳がない。魔獣を連れてる所を見られたら、それ一発で終わりよ」

 

 アロガは私たちの不安を察したのか、ふうっと大きな息を吐き出し、私の肩に鼻先をスリと押し付けてきた。

 

 その温かさに励まされて、私は頭を切り替える。

 

「じゃあ、関所を迂回しなきゃいけないね。どこか別のルートは……」

 

 私は再びナナの視界に意識を集中させる。

 

「この鉄路から少し外れる、のが良いのかな……。西側に『古びた鉱山跡』がある。もしかしたら、そこから抜けられるかも」

 

「賭けになるわね。古びた……って事は、ヒトの姿はみえないのね?」

 

「うん、ない」

 

「ヒトの目を避けるには最適よね。追っ手も巻けるでしょう」

 

「うん、でも——待って」

 

 ナナは私の意を感じ取って、山の裏手側に回ってくれる。

 そして、そこにもやはり鉱山跡が見え、ヒトの姿はやはりない。

 

「大丈夫、皇都の裏手に直接抜けられそう」

 

「本当? それなら言う事なしよね」

 

「ただ、魔獣の巣窟になってないかな……」

 

「それくらいのリスクは飲み込まないといけないでしょう。放棄されて久しいなら、棲みつくのは避けられないし。後は落盤とか、足元の危険とか? ……でも、今の私たちなら、十分に突破できるはずよ」

 

 フェリカの頼もしい言葉に頷き、私たちは進行方向を少しだけ西の丘陵地帯へと変えた。

 

 黄金色の鉄路から離れ、なだらかな草木の中へと足を踏み入れる。

 その頃にはナナが戻って来て、再び私の中へと戻った。

 

「ありがとう、ナナ。ご苦労さま」

 

《どういたしまして》

 

 後ろを振り返ると、遠くの空に小さく見えていた学術都市の尖塔は、もうすっかり霞の向こうへと消えていた。

 

 ――皇都には、きっとお母さんの遺品がある。

 

 不安が消えたわけではないけれど、私の足取りはもう迷うことなく、確かな一歩を刻み続けていた。

 

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