キィィィ——ッ!
耳をつんざくような金属音が、平原の静寂を切り裂く。
魔導列車は車体から大量のマナ煙を噴き上げながら、私たちの数歩先で完全にその巨体を停止させた。
プシュー、という短い音とともに、列車の側面にある重厚な自動扉が左右へとスライドして開く。
車内から降り立ってきたのは、万巻の塔で見た制服をきっちり着込んだエルフの職員たちと、それを取り巻く兵士達だった。
その数、ニ十人あまり。
全員が手には青く光る魔導杖を構え、冷ややかな敵意を剥き出しにしている。
「そこまでだ! 良くもまぁ、呑気にこんな所を歩けたものだ! 事の重要性を知らぬと見える!」
先頭に立っていた初老の男エルフが、鋭い声で叫んだ。
その瞳には、知性を称えた光の奥に、明らかな侮蔑と怒りが宿っている。
「皇都の管理下にある禁書区に……そのセキュリティを破り不法侵入した罪、万死に値すると思え!」
「気付くのが遅すぎない? それで泡食って追ってきた訳!?」
フェリカが双手を構え、背後に浮かべた水球を戦闘態勢へと移行させる。
彼女の全身から溢れ出る殺気に、エルフの職員たちが一斉に身構えた。
一触即発の空気が、ピリピリと肌を刺す。
戦うべきか、それとも――。
私の頭の中で、様々な思考が猛スピードで駆け巡る。
ここで彼らを打ち負かしたとしても、エルフの領域である以上、追手は次から次へとやってくるだろう。
かといって、捕まればきっと、酷い目に合わされる。
獣人を奴隷にしていたエルフだから、このフードを取って正体が露わになった時、どういう態度になるか大体想像が付く。
どうする……?
どうしたら……。
《——リル!》
心の奥底で、ナナの声が響いた。
《あいつら、車内から魔力を引いてるわ! 列車の魔導機関と繋がってるのよ!》
ナナの言葉に、私ははっと視線を列車の車体へと向けた。
周囲のマナに視点を合わせると、職員たちが構える杖と足元のレールを繋ぐように、微かな青い光の回路が脈打っている。
彼らの強大な魔力は、個人によるものではなく、あの列車の動力炉か、その線路に流れ込むマナを利用したものだ。
つまり――。
「フェリカ、アロガ!」
私は小さく叫びながら、剣を抜いてその先端を地面へと突き立てた。
「あの列車の機関部に、私の魔力を流し込む! 時間を稼いで!」
「任せなさい!」
フェリカは迷うことなく前に飛び出し、展開した水膜でエルフたちの放った牽制の魔力弾を弾き飛ばす。
「グルァァッ!」
アロガも地鳴りのような咆哮を上げ、巨大な前足で地面を叩きつけて衝撃波を起こした。
敵の足並みを完全に乱した所へ突っ込み、頭を振ってエルフ達を弾き飛ばして行く。
私は目を閉じ、お母さんから教わった独自の魔力操作を思い出していた。
地脈の逆流、魔力の波長、そしてあの地下室で見た数々の図解。
(お母さん……あなたが遺した力が、もし本当に『世界を壊すもの』だったとしても……!)
私は自身の魔力を一気に解放し、地面を通じて列車の魔導機関へと流し込んだ。
私の持つ魔力の波長は、敢えて乱す為の乱暴なものだ。
それが列車全体の魔導回路に触れた瞬間――。
バチバチバチッと、車体のあちこちで激しい火花が散った。
「なっ……なんだ!?」
「機関部がオーバーロードを起こしているぞ!?」
エルフの職員たちが慌てふためき、杖の光が急激に弱まっていく。
「クソッ! 列車の動力炉が、魔力の異物を感知したらしい!」
「安全装置が一斉に作動を……!?」
車内からけたたましい警報音が鳴り響き、青白い魔導の光がみるみる内に消えていく。
「今だよ、フェリカ!」
「お見事ね、リル!」
フェリカは二つの水球から、エルフ兵たちの足元へ水流の足払いを叩き込み、次々と転倒させていく。
私たちは立ち往生した巨大な魔導列車と、混乱するエルフたちを背にして、再び黄金色の鉄路沿いを駆け出した。
風を切りながら、私は前を向く。
胸の動悸はまだ治まらないけれど、足取りは軽やかだった。
平原の風が、走り出した私たちの頬を心地よく撫でていく。
後ろを振り返ると、青白い光を失ってすっかり沈黙した魔導列車が、まるで骸のようにポツンと取り残されていた。
エルフ兵たちが慌てて追撃の体勢を立て直そうとしているのが、遠くに見える。
けれど、アレの復旧にはしばらく時間がかかるはずだ。
その間、職員や列車の護衛だって必要な筈で……だから、追撃の手は止むと踏んだ。
そしてどうやら、それは正解だったらしい。
「はぁ……っ、逃げ切った……かしらね?」
フェリカは愛用の手甲を腰の留め具に納めながら、軽く息を整えて振り返った。
その顔には緊張の残滓はなく、どこか達成感のような爽やかな笑みが浮かんでいる。
「うん、たぶん大丈夫。あそこまで無理に魔力を流せば、きっと大変な事になってると思う。しばらくは動かせないんじゃないかな」
「じゃあ、こっちに構ってる暇なんてない訳よね」
私は後ろを振り返り、やっぱり追ってくる影がない事を確認して、足を緩めた。
隣を並走するアロガの首筋をポンと叩く。
アロガは「ふんっ」と鼻を鳴らし、何事もなかったかのように悠然と歩幅を合わせてくれる。
その頼もしい姿に、張り詰めていた胸の奥がすーっとほぐれていくのを感じた。
「にしても、リル。さっきの技……すごかったわね」
フェリカがそう言って、興味津々な視線を向けてくる。
「あんな器用に、自分の魔力を操作するなんて、普通は絶対できない芸当よ。やっぱり、あなたも魔女様の血を引いてる、って事なのかしら」
その言葉に、わずかに胸がチクリと痛む。
私の本当のお母さんは——私を産んだお母さんは、別にいる。
「……どうかな。でも、お母さんが教えてくれた魔力の仕組みや制御は、とても役に立ってるよ」
私は小さく微笑み、再び前方をしっかりと見据えた。
「さあ、皇都まではまだ距離があるんでしょ? のんびりしすぎると、また別の追手が来ちゃうかもしれないし」
「そうね、急ぎましょうか。またエルフと鉢合わせるのは御免だわ」
フェリカが軽やかに笑い、アロガが頼もしく吠える。
鉄路に沿って伸びる道を、私たちは再び、確かな足取りで進み始めた。
※※※
平原を吹き抜ける風が、私たちの汗ばんだ肌を冷やしていく。
先ほどの戦闘の緊張感は少しずつ和らいだものの、まだまだ油断はできなかった。
エルフの学術都市が管理する魔導列車を、あそこまで派手にやってしまったのだ。
いくらすぐの追手が来ないとはいえ、皇都へ近づくにつれて、警戒を厳重にしている可能性は高い。
考え込んでいると、ナナから声が掛かった。
《ねぇ、リル。このまま漠然と進むのは危険だわ。少し……あたしが偵察して来ましょうか?》
(でも、ナナの事は、なるべく隠しておいた方が良いんでしょ?)
《そうだけど、ここみたいに何もない場所なら大丈夫よ。都市部とか、そうじゃなければ関所とか? ヒトの目がある所で見つかりたくないだけ》
(う〜ん……。じゃあ、お願いできる?)
そう言うと、ナナは私の中から飛び出して、辺りをくるりと一回りして傍に寄った。
「あ、ナナ様! でも、どうして? 精霊はなるべく表に出さない方が……」
首を傾げたフェリカに、ナナから説明が入った。
「今だけは、ちょっと非常事態だから。偵察役が必要で、それにはあたしが一番の適役なの」
それだけ言うと、ナナは風の中に溶けるようにして消えていった。
(ナナ、視界を共有して)
《良いわよ》
片目を瞑って、そこに指先を当てる。
すると、鳥の視点で遥か遠くまで見渡す世界が広がった。
広いと思った平原も、ここからなら実にちっぽけに見えて、遠くの山々まで視界の中だ。
平原を貫く鉄路へと目を向けて、そのまま真っ直ぐ進むと、何らかの『関所』が見えた。
その事を伝えると、フェリカが少し真剣な表情で言った。
「関所……?」
「そう、山の間に作られたものみたい。その先に
「そうね、都市の手前に検問所が設置されるのは普通だわ。普段なら冒険者の
フェリカは唸って腕を組む。
「今回の件が網の目のように伝わってたら、私たち、指名手配されているかもしれないわね」
その言葉に、私は思わず足を止めた。
万巻の塔での侵入と手記の持ち出し、そして魔導列車の破壊。
エルフたちにとって、私たちは立派な重罪人だ。
「そっか……。正面から通り抜けるのは、やっぱり難しいよね」
「でしょうね。おまけに、アロガの存在もあるし、目立たない訳がない。魔獣を連れてる所を見られたら、それ一発で終わりよ」
アロガは私たちの不安を察したのか、ふうっと大きな息を吐き出し、私の肩に鼻先をスリと押し付けてきた。
その温かさに励まされて、私は頭を切り替える。
「じゃあ、関所を迂回しなきゃいけないね。どこか別のルートは……」
私は再びナナの視界に意識を集中させる。
「この鉄路から少し外れる、のが良いのかな……。西側に『古びた鉱山跡』がある。もしかしたら、そこから抜けられるかも」
「賭けになるわね。古びた……って事は、ヒトの姿はみえないのね?」
「うん、ない」
「ヒトの目を避けるには最適よね。追っ手も巻けるでしょう」
「うん、でも——待って」
ナナは私の意を感じ取って、山の裏手側に回ってくれる。
そして、そこにもやはり鉱山跡が見え、ヒトの姿はやはりない。
「大丈夫、皇都の裏手に直接抜けられそう」
「本当? それなら言う事なしよね」
「ただ、魔獣の巣窟になってないかな……」
「それくらいのリスクは飲み込まないといけないでしょう。放棄されて久しいなら、棲みつくのは避けられないし。後は落盤とか、足元の危険とか? ……でも、今の私たちなら、十分に突破できるはずよ」
フェリカの頼もしい言葉に頷き、私たちは進行方向を少しだけ西の丘陵地帯へと変えた。
黄金色の鉄路から離れ、なだらかな草木の中へと足を踏み入れる。
その頃にはナナが戻って来て、再び私の中へと戻った。
「ありがとう、ナナ。ご苦労さま」
《どういたしまして》
後ろを振り返ると、遠くの空に小さく見えていた学術都市の尖塔は、もうすっかり霞の向こうへと消えていた。
――皇都には、きっとお母さんの遺品がある。
不安が消えたわけではないけれど、私の足取りはもう迷うことなく、確かな一歩を刻み続けていた。