混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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皇都の潜入者 その4

 丘陵地帯に入ると、草木は次第にまばらになり、代わりに足元には灰色の砕石や、むき出しの岩肌が目立つようになってきた。

 

 吹き抜ける風も、先ほどの平原よりどこか冷たく、湿った土の匂いを含んでいる。

 私たちは鉄路から外れた古い小道を選び、周囲の警戒しながらも足を進めた。

 

「この辺りまで来れば、エルフの追手もそう簡単には見つけられないはずよ。でも……」

 

 フェリカは愛用の手甲を嵌め直し、周囲の物音に神経を尖らせながら言う。

 アロガも低い鼻息を立て、道の先にある岩陰や茂みを警戒するように、耳をピクピクと動かしていた。

 

 しばらく進むと、なだらかな斜面を切り拓いたような開けた場所に出た。

 その目の前には、ぽっかりと口を開けている巨大な縦穴がある。

 

「……あれが、古びた鉱山跡だね」

 

 私が足を止めると、フェリカもその暗い穴を見据えて頷いた。

 

「えぇ、そうみたいね。かつてはこの地域一帯で、採掘が行われていたのかしら。無人なのは願ったりだし、皇都の裏手に直接抜けられるのは、何より嬉しいけど……」

 

 近づいてみると、坑道の入り口は蔦や苔に覆われているのが見えて、それが長い年月を感じさせる。

 中から漂ってくるのは、ひんやりとした古びた空気と、かすかな魔力の残滓だった。

 

《リル、気をつけて。人の気配はないけれど……別の生き物の気配が、奥からいくつも感じるわ》

 

 ナナの警告が、頭の中に直接響く。

 私も意識を研ぎ澄ませると、暗い坑道の奥から不気味な足音や、低く唸るような音が微かに伝わってきた。

 

「やっぱり、魔獣の巣窟になってるみたい……」

 

「当然ね。こういう放置された場所は、暗がりを好む奴らにとって、格好の住処だもの」

 

 フェリカは臆することなく、手甲を嵌めた手を打ち合わせた。

 それと同時に、背中からルヴィアンの水球が二つ浮かび上がる。

 

 その内の一つに魔石を入れると、周囲の暗がりを淡く照らし出した。

 自由に光源を動かす事も出来て、両手も空いたままなので、中々に便利だ。

 

「でも、引き返すなんて論外よね。アロガ、あなたもしっかりお願いね」

 

「グルゥ……!」

 

 アロガが力強く短く鳴いて、私たちの背後を固めるように巨体を大きく構える。

 私は弓をしっかり握りしめ、矢をつがえると、暗い坑道の中へとゆっくりと足を踏み入れた。

 

 冷たい闇の向こうで、赤く光る幾つもの目が、私たちをじっと睨んでいるのが分かる。

 

 暗い坑道に足を踏み入れた途端、外の陽光が嘘のように遠ざかり、肌を刺すような冷気が全身を包み込んだ。

 

 フェリカの操る水球が淡い青白い光を放ち、足元やごつごつとした壁の様子を、どうにか映し出している。

 天井からは、ぽたぽたとしずくの落ちる音が響き、不気味な静けさを一層際立たせていた。

 

「気をつけて。魔力の波長からして、獣タイプじゃないわね」

 

 フェリカが低く呟きながら、双手甲に魔力を巡らせ、戦闘態勢を整える。

 その言葉通り、闇の奥でじっと光っていた幾つもの赤い目が、ゆらりと動き出した。

 

 ――カサカサ、と這いずるような乾いた音が、トンネルの壁面から無数に響いてくる。

 

「……っ!」

 

 光の届く限界の場所から、次々と姿を現したのは、灰色の硬い外殻に覆われた、巨大な多足の魔蟲だった。

 

 体長は人間の胴体ほどもあり、大きな顎をカチカチと鳴らしながら、一斉にこちらへ群がってくる。

 

「『岩穿虫(ガングローラー)』の群れ! こういう湿った暗い場所で繁殖する、厄介な奴らよ!」

 

 フェリカが即座に見切りをつけ、水球から鋭い水刃を放った。

 放たれた水刃は正確に先頭の岩穿虫(ガングローラー)を捉え、硬い外殻ごと切り飛ばす。

 

「ちょっと、数が多過ぎる!」

 

 私は弦を引き絞り、狙いを定めて矢を放った。

 ヒュッ、と闇を切り裂いた矢が、二匹目の甲殻に弾かれて落ちる。

 

 私は舌打ちと共に弓を仕舞って、剣に持ち替えた。

 魔力を付与した矢があるし、貫通力に優れた“雷矢”なら、きっと難なく倒せたとは思う。

 

 でも、矢には限りがあって、奥の手みたいなものだ。

 こんな所では使いたくなかった。

 それに——。

 

 どちらにせよ、使えても最初の数発だけだ。

 数に押されている今、むしろ欲しいのは手数の方だった。

 

「グルァァッ!」

 

 その時、狭い坑道で退路を塞がれまいと、アロガが凄まじい威圧を伴う咆哮を上げた。

 

 その巨体から放たれた衝撃波だけで、正面から飛び込んできた数匹の岩穿虫(ガングローラー)は怯み、バランスを崩して地面に叩きつけられる。

 

「アロガ、ナイス!」

 

 私たちは背中を預け合いながら、次から次へと迫り来る魔蟲の群れを迎え撃つ。

 狭い空間での戦いだったけど、息の合った連携と、何よりアロガがいる。

 

 その圧倒的な存在感の前には、どんなに数がいようと、物の数ではなかった。

 激しい攻防が数分間続き——。

 

 最後に残った岩穿虫(ガングローラー)が暗がりへと逃げて消えると、坑道には再び静寂が戻ってきた。

 

「ふぅ……、あの数には少し焦ったけど……。でも、大したことなかったわね。怪我はない、リル?」

 

「うん、大丈夫。フェリカこそ、平気?」

 

「この程度で音を上げるようじゃ、冒険者なんてやめてるわよ」

 

 フェリカは笑いながら武器を下ろし、アロガは「フンッ」と鼻を鳴らして、誇らしげに胸を張る。

 

 私はアロガの首筋辺りを撫で回し、十分に褒め倒すと、再び皇都の裏手へと続く闇の中へ、軽い足取りで歩みを進めた。

 

 

  ※※※

 

 

 坑道の奥へ進むにつれて、空気はさらに湿り気を帯び、むせ返るような土と錆の匂いが強くなっていった。

 

 先ほどの一戦で手応えは掴んだものの、これだけ古い鉱山跡だ。

 いつまた別の魔蟲や、厄介な魔獣が飛び出してくるか、分かったものじゃなかった。

 

「ねぇ、リル。さっきの群れ、何であんな所で群がってたと思う?」

 

 フェリカが淡く光る水球を少し前方へ浮かせながら、足元を警戒しつつ呟いた。

 

「うぅん……。古い木材とか、別の魔獣の残りカスとか食べてたのかな?」

 

「敢えて入り口付近を、縄張りにしてたんだとしたら……。この先にもっと大きなお客さんが待ち構えてるかもしれないわ。覚悟しておいた方がよさそうよ」

 

 次第に、トンネルの傾斜は緩やかな下り坂へと変わり、錆びついた鉄のレールが埋め込まれているのが見えた。

 

 それを見るともなく見ていると、フェリカも同じ物を見て声を上げる。

 

「かつてはトロッコでも走らせてたんでしょうね? 今やそれも砂やら埃やらで埋もれて、昔の栄華も、遥か彼方の先だけど……」

 

 その時、ふと、私の頭の中でナナが声を発した。

 その声は極めて慎重で、自分の声が外に聞こえないと分かっていても、潜めて告げる。

 

《リル、前方に大きな空間があるわ。……それと、変な魔力の反応もよ。さっきの虫たちとは比べ物にならないくらい、強くて大きいわね》

 

(大きいって……? 魔獣なの?)

 

《ううん、そうじゃないわ。魔力は感じるけど、生物のそれとは少し違う……》

 

 ナナの言葉に、私は思わず足を止めた。

 フェリカもそれに気づき、そっと手甲を握り直す。

 

「どうしたの、リル?」

 

「ナナが……この先の大きな空間に、何か変な魔力があるって」

 

「ん……そう、ね。ルヴィアンからも同じ警告が、いま来たわ。魔蟲の巣じゃなくて、別の何かがあるって」

 

 私たちは互いに頷き合うと、足音を殺しながら、慎重に坑道の曲がり角を曲がった。

 

 ――そうして次の瞬間、視界が一気に開けた。

 

 そこはかつて鉱石の採掘場だったと思われる、ドーム状に大きくくり抜かれた広大な地下空間だった。

 でも、私たちの目を引いたのはその広さじゃない。

 

 空間の中央に、夥(おびただ)しい数の骸があった。

 多分、元々は魔獣のものだろう。

 

 それが骨となって、敷き詰める様に広がっている。

 魔物が食い散らした跡か……そう思ったりもしたけれど、その残骸にしては、骨が多く残り過ぎている気がした。

 

「ねえ、アレ何……?」

 

 フェリカが指差す方に目を向けると、その骨や周囲の地面には、青白く脈打つ奇妙な結晶のようなものがびっしりと寄生している。

 

 いや、結晶ではない――それは結晶化した“高純度のマナ”だった。

 

「あれって……」

 

 フェリカが息を呑み、わずかに後ずさる。

 

「あれら死骸のせい……? 複数の……それも大量の死骸が一箇所にあるせいで、マナが結晶化した、とか……?」

 

「それって普通? 普通に起こること?」

 

「分からない……。でも、普通……では、ないと思う。だって、魔獣に墓場を選んだりする習性なんてないもの」

 

 では、誰かが……何かが、意図的にこういう状況を作っているのだろうか。

 だとしたら、一体だれが……?

 

 その時、ぐにゃり、と空間の空気が歪んだ。

 

 その結晶の塊から、どす黒く濁った魔力の奔流が噴き出し、周囲の影をぐにゃぐにゃとねじ曲げていく。

 

 そうして、死骸を掘り起こす様にして現れたのは、岩の塊と古い鉱石が無理やり繋ぎ合わされた、巨大な影だった。

 

「アレって……、ゴーレム?」

 

 昔、お母さんが作ったものと、少し似ている。

 でも目の前の相手は、人型とも獣型とも取れない不定型だった。

 

「多分、鉱山で働かせていたゴーレムだと思う! ここが破棄された後、処理せずに放置されたんだわ!」

 

「じゃあ、つまり……。あれは、命令を維持する為に、こんな事してたんだ」

 

「そうだと思う。ゴーレムってのは、どこまでも命令に愚直だから……」

 

 どういう命令をされていたのか、今となっては分からない。

 でも、私達の侵入に気付いて動き出したのだとしたら、きっと不法侵入者を追い出せとか、そうした命令だろう。

 

 エネルギーの補給がされず、でも命令を遂行する為に、苦肉の策として、魔石を生み出す環境を作り出したのかもしれない。

 

 それでも、起動に十分な魔力は得られなくて……だから、あんな不気味な形をしているのかもしれなかった。

 

《リル! 来るわよ!》

 

 ナナの叫びと同時に、その異形のゴーレムがギラギラと赤い単眼を輝かせると、私たちに向かって重々しい咆哮を叩きつけた。

 

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