ゴゴゴゴ……と、地下空間全体が底から揺れ動くような、重低音が響き渡る。
無数の骨を踏み砕きながら、岩塊と化したゴーレムが不格好な巨体を持ち上げた。
ヒト型でも獣型でもない、幾つもの腕や鉱石の突起が、歪に組み合わさったその姿は恐ろしい。
かつては従順だったゴーレムが、長い歳月の果てに狂気へと呑み込まれた、その成れの果てが……
「命令の維持だけで、ここまで変異しちゃうなんてね……!」
フェリカは険しい表情を浮かべながらも、両手を前に構えた。
背後の水球がそれに呼応して、交差する様に円運動する。
精霊と息の合った戦闘態勢は、いっそ惚れ惚れするほどだ。
――私も負けてられない。
「リル、アレは普通のゴーレムじゃないわ。コアを直接破壊するか、完全にオーバーロードさせないと止まらない!」
「うん、わかった!」
私は弓を構え、先ほどは使わずに温存していた、雷属性の魔力矢を番えた。
私が魔力を軽く通すと、それに呼応してバチバチと青白い稲妻が音を立てる。
冷え切った地下の空気さえ、ビリビリと震わせる程の猛烈な電撃だ。
「アロガ、私たちの正面を守って! 隙を作ったら一気に仕留めるよ!」
「グルゥゥッ!」
アロガは低く唸り声を上げると、地面を爪先で力強く蹴り、突進してくるゴーレムの正面へと、仁王立ちに立ちはだかった。
私たちを狙う巨体の脅威を、真っ向から受け止める構えだ。
ゴーレムの単眼が赤く明滅し、その巨大な剛腕を振り上げて、アロガ目掛けて叩き下ろされる。
「今だよ、フェリカ!」
「任せなさい!」
フェリカが放った高速の水刃が、ゴーレムの関節の隙間を的確に撃ち抜き、腕を切断する。
振り上げた慣性の動きそのままに、腕が後方へと吹き飛んでいく。
続いて振り下ろされたもう一本の腕を、アロガは紙一重でいなした。
そして、その巨体から繰り出される強力な体当たりを、ゴーレムの胸元へと叩きつける。
「ガアアァッ!」
重い衝突音と共に、ゴーレムのバランスがぐらりと崩れた。
すると、露出した胸部の中心——青白く脈打つ不気味な魔力のコアが、私の視界に剥き出しになった。
そこへ向けて、私は思い切り弦を引き絞る。
(お母さんが遺してくれた知識と、私の選んだ道……!)
迷いを断ち切るように放たれた雷の矢は、闇を裂く閃光となって、ゴーレムのコアへと直撃した。
ピシッ、と空気が凍りつくような高音が響いた。
雷の矢がゴーレムの胸部を直撃した瞬間、赤黒く脈打っていたコアが激しい光を放ち、ひび割れていく。
バチバチと奔流した稲妻は、ゴーレムの歪な全身を瞬く間に駆け巡る。
そうして、幾重にも張り巡らされた魔力回路を内側から焼き切った。
「ガァ……ッ! ギ、ギ、ギィィ……!」
地を這うような重々しい駆動音が、断末魔の金切り声へと変わる。
動きを止めた巨体は、いずれバランスを崩し……。
遂には、ガタガタと音を立てながら崩れ落ちていった。
ドサドサと、大量の岩塊と鉱石が骨の山に崩れ落ち、もうもうと白い粉塵が舞い上がる。
その中心で、コアを完全に焼かれたゴーレムはただのガラクタへと変わり——そして、二度と動くことはなかった。
「……ふう。案外楽、だったね」
私は大きく息を吐き出しながら、弓を下ろして手元の魔力を霧散させた。
肩の力が一気に抜けて、どっと疲労が押し寄せる。
「元々、辛うじて起動できる魔力しか貯蓄できてなかったんでしょうね。でもそれも、アタシ達の連携あっての事だけど!」
フェリカは愛用の手甲を腰に収めると、パタパタと空気を手であおぎながら近づいてきた。
その顔には、安堵の色が浮かんでいる。
「アロガもありがとう。怪我はない?」
「グルゥ……」
アロガはふふんと自慢げに鼻を鳴らし、何事もなかったかのように、大きな体をプルプルと振るわせた。
前衛として完璧に役割を果たしてくれた相棒を、私は駆け寄ってその首筋をたっぷりと撫でてやる。
ついでに干し肉も少し分けてやって、食べ終わるのを待って水を口に注いであげた。
甘えて来るアロガを撫で回し、少し落ち着いた所で離れた。
今では周囲に立ち込めていた不気味なマナの澱みも、コアが破壊されたことで徐々に薄れ、ひんやりとした坑道の空気が戻ってくる。
「さて、敵は片付いたわけだし……先を急ぎましょうか」
フェリカが崩れた
そこには、鉱山跡の最奥へと続く小さめの通路が、ぽっかりと口を開けていた。
「うん。あそこを抜ければ、皇都の裏手に出られるはずだもんね」
私たちは崩れた岩の隙間を慎重に避けながら、再び歩き出した。
足元を踏みしめるたび、坑道の奥から新しい外気が流れてくる気がする。
地下の暗がりを抜け、いよいよ目的地である皇都へ——。
お母さんの遺品は、必ずそこにある。
そこで待ち受けているものと対峙するため、私はしっかりと前を向いて歩みを進めた。
※※※
古い鉱山跡の最奥へと続く細い通路は、先ほどまでの開けた空間とは打って変わって、ひっそりと静まり返っていた。
足元にはかつての作業員たちが使っていたらしい、錆びた工具や壊れた木箱が散らばっている。
壁に埋め込まれた魔導灯の残骸はとうに魔力を失っていた。
今は、フェリカの操る水球の淡い青白い光だけが、私たちの進む道を照らし出す源だ。
「ねえ、リル。道の先の気配が、少しずつ変わってきたみたいよ」
先頭を歩くフェリカが、足を止めて振り返った。
その言葉通り、通路の先から吹き抜けてくる風に、ひんやりとした土の匂いを感じられた。
そして、それだけでない。
都市特有の排煙や、焼けた石炭の香りが、微かに混じり始めている。
「うん……。この通路を抜ければ、いよいよ皇都の裏手だね」
何度か通路を曲がった後、フェリカが言った。
私は小さく頷き、背負った弓の感触を確かめる。
ここまで来るのに、いくつもの困難があった。
石化させる魔物との戦闘、万巻の塔での侵入、エルフの追手との遭遇、そして今の狂ったゴーレムとの戦い——。
けれど、そのすべての壁を、フェリカやアロガ、そしてナナと共に乗り越えてきた。
「グルゥ……」
アロガも私たちの緊張を察したのか、低く頼もしい声を漏らす。
そうしながら、一歩一歩確かな足取りでトンネルの出口へと歩みを進める。
やがて、前方の視界が徐々に開けてきた。
出口を塞いでいた最後の岩陰を回り込むと、私たちの目に飛び込んできたのは――。
夕闇に包まれ始めた、荘厳な皇都の外壁と、無数の尖塔が織りなす圧倒的な景色だった。
白亜の壁は幾重にも街を取り囲んでいて、その上空には魔導によって——多分、そうだと思うけど、魔導で浮遊する巨大な船が、ゆっくりと往来している。
管理された学術都市とはまた違う、エルフが織りなす巨大な文明の中心地——。
その圧倒的なスケールを前にして、私は息を呑んだ。
「すごい……これが、皇都……」
「ええ。表から入ろうもんなら、検問の厳しさに一週間は足止めを食らうところだったし、何より……」
フェリカは苦笑いを浮かべながら、大義そうに両手を腰に当てた。
「学術都市での出来事は、もう知られてしまっているでしょう」
「手配されてると思う? まだ、あんまり時間経ってないけど……」
「されている、と考えるべきよ。エルフには、遠くの場所へと瞬時に音を届ける方法があるって聞くわ。緊急性の高いものは、伝わっていると思うのよね」
「じゃあ、正攻法で入るのは、最初から諦めるしかないね」
私たちが立っているのは、皇都の西側外壁の裏手で、かつて物資の搬入に使われていたと思しき、搬送口のすぐ脇だった。
周囲に人の気配はなく、警備の兵士の姿も見当たらない。
皇都へ近付く分には、難なく行けそうに思える。
「でも、そう簡単にはいかないよね……」
「あの壁を登るのは骨が折れそう。陽動か、隠密か……。でも、アロガがいるし、壁は無理かしら」
「そんな事ないよ。ナナの力を借りれば、あの壁くらい、ポ〜ンて飛び越せるもん」
《そうね、出来ると思うわ。ただ問題は……》
ナナの言葉と重なる様に、フェリカの口から、神妙そうに言葉が漏れる。
「魔力の探知結界とかあるでしょう? アレに捕まると、やっぱりアウトだと思うのよ」
「あ……」
セリオスの翼で、西大陸へとやって来た時のことを思い出す。
確かにあの時、空からはドーム状の結界が貼られていたのが、確かに見えた。
皇都をすっぽりと覆う巨大な結界で、だから大きく迂回して着地したのだ。
でも今は、そうした結界の影すら見えない。
「結界なんて、ぜんぜん見えないけど……」
「見えないのには、何か理由があるのかも。それが何かは分からないけど……でも、もしかしたら、って事もあるわよね」
「もしかしたら……?」
首を傾げて尋ねると、フェリカは不敵な笑みを浮かべた。
「今だけのチャンスって事よ。結界をさ、張り直すタイミングとかあるとして、それが今なのかも」
「……都合よく考え過ぎじゃない?」
「そうかもね。うまい具合に、今そんな事になってるなんて、普通あり得ないでしょ。でも、結界が張られてないのも、見る限りは事実なのよ」
「う〜ん……」
正面から——門から入るのは、きっと無理。
なら、それ以外の方法しかない、となるのは分かる。
でも、そこに都合よく警備の穴があるのは、何やら罠がある気がしてならなかった。
「自分たちから、わざわざ罠の中に入り込もうとしてない?」
「それが一箇所だけならね。でも、ご覧なさいよ。あのデカくて広い壁全てが侵入路なのよ。何処から来るか、なんて予想できる?」
「それはそうだけど……」
「他に方法はないわ。でしょ? もしあったとしても、そんなの知りようもないし」
それもまた、確かだった。
地理に疎い私達は、どうしても行き当たりばったりになってしまう。
「リルの求める“遺品”は、そもそも何処にあるの?」
「皇様が持っていった……んだと思う。ペンダントの方は間違いなく、そう」
「じゃあ、あの皇城が目的地って訳ね。侵入を察知される事は、一応考えておかないといけないから、一気に行くわよ。——リル、準備はいい?」
フェリカが白亜の城を睨みつけてから、私に視線を向け、真っ直ぐな笑みを浮かべる。
その瞳に宿る力強さに背中を押されるように、私は深く息を吸い込み、しっかりと頷いた。
「うん、いつでも大丈夫。行こう、皇城へ!」
私たちは鉱山跡の暗がりを背にして、お母さんの遺品を求めて、夜の帳が降りる皇都へと足を向けた。