混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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皇都の潜入者 その7

 影から影へと、身を滑らせる。

 私たちは倉庫街の喧騒の中を、隠れて進んだ。

 

 巨大な石造りの倉庫が立ち並ぶ一帯は、夜更けであっても物資を積んだりして、活気に満ちている。

 大型の荷馬車や、慌ただしく行き交う御者、そして作業をする荷運び人たちの姿が見えた。

 

 人目が多い分、アロガの姿が見つかれば一発で騒ぎになってしまう。

 荷運び人達が作業しているそのすぐ後ろを通る時、愚痴らしきものが聞こえてきた。

 

「くそっ……、今日はやけに霧が濃いな」

 

「こんな事、滅多にないのにな。まったく、どうしちまったんだか……」

 

「……おい、霧の向こうに、何か見えないか?」

 

 男が指差す方向は、私たちとはまったく違う方向を指している。

 それもその筈、フェリカ——というよりルヴィアンが、霧の中に上手くカモフラージュと囮を作ってくれていたからだ。

 

 お陰で、隠れて進むのがやり易くなっている。

 私は視線だけでフェリカに礼を言って、奥へ奥へと進む。

 

(……この辺りの荷馬車は、どれも中央の皇城へ直結する区画へ向かっているみたいね)

 

 フェリカが積み上げられた木箱の影に身を隠しながら、小声で指摘する。

 確かに、白亜の巨壁に守られたこの倉庫街の奥には、城内へダイレクトに物資を運び込むための昇降機や、専用の搬入トンネルがいくつも口を開けていた。

 

「あそこの、一番大きな幌付きの馬車なら……アロガも一緒に隠れられそうだよ」

 

 私が指し示したのは、皇城の紋章が刻まれた、重厚な金属製の大型馬車だった。

 いや、馬車とは違うのかもしれない。

 

 馬はおらず、代わりに御者台が前に出過ぎている、不思議な形だ。

 馬も使わずどう動かすのか、と思ったけど、“魔導列車”なんてものがあったのだ。

 

 それと似たようなもの構造で動く物があっても、不思議ではない。

 御者が荷物の積み下ろしのために持ち場を離れた、まさにその瞬間が狙う。

 

「よし、一気に飛び乗るわよ。アロガ、音を立てないようにね」

 

「グルゥ……」

 

 アロガが低く誇らしく頷く。

 フェリカに言われるまでもない、と言わんばかりだ。

 

 私が苦笑していると、まるで猫のように音もなく馬なし車の荷台へと飛び乗った。

 私もそれに続き、フェリカも軽やかに身を滑り込ませる。

 

 積み上げられた木箱や、麻袋の隙間に身を潜めると、すぐに御者が戻ってくる足音が聞こえた。

 

 ゴウン、と重い音を立てて動き出し、馬なし車はそのまま皇城へと続く専用の搬入路へと進んでいく。

 

 外の光が次第に薄れ、代わりにひんやりとした石造りの、地下通路特有の匂いが鼻を突いた。

 ガタゴトと規則正しい揺れが、緊張した私たちの体を更に固くしていく気がする。

 

(……どうにか潜り込めたみたいね。ここを抜ければ、いよいよ城内に入るみたい)

 

 フェリカが手甲を撫で付けながら、頼もしく微笑んだ。

 私も弓の弦を張り直し、腰に佩いた剣の具合を確かめる。

 

 そして、胸の奥に仕舞ったペンダントを、革鎧の上から握った。

 

 ――待ってて、お母さん。必ず、あの遺品を取り戻すから。

 

 馬なし車がゆっくりと停車し、重い扉が軋む音が響いた。

 私たちの潜入劇は、いよいよ核心へと足を踏み入れようとしている。

 

 御者が足場を降りていく足音が遠ざかるのを確認し、私たちは息を殺して荷台の麻袋の山から抜け出す。

 そこは石造りの広大な、地下搬入プラットホームだった。

 

 周囲には誰もいない。

 薄暗い空間には、いくつもの巨大な鉄扉や、上階へと続く螺旋階段が口を開けている。

 

 どちらへ進むべきか、迷いが生じかけたその時――。

 

「あれ……?」

 

 胸元に当てていた手のひらの下で、革鎧の上からでも分かる程の、微かな温もりが広がった。

 

 それは熱というよりも、まるで呼吸をしているかのような、穏やかな鼓動に近い。

 ポケットの奥にしまっていた石が、胸の中で小さく脈打っている。

 

 視界が引っ張られるような強い引力じゃなくて……。

 ただ、ほんのりと心が温かくなり、「あちらへ進みなさい」と背中を押されるような導きだった。

 

「……そっち? そっちに行けば良いの?」

 

 フェリカが私の視線の先を追い、静かに尋ねる。

 

「うん、何だか……案内してくれてる感じ」

 

「何が?」

 

「リェーシェ婆がくれた石……。多分、他のペンダントの在り処を教えてくれてるんだと思う」

 

 私は頷きながらそう答えて、それが示す感覚を頼りに、薄暗い通路へと歩き出した。

 

 アロガも足音を立てぬよう、大きな体を低くして私たちに続く。

 

 搬入路を抜けた先で、私たちは重厚な鉄格子の隙間から、いよいよ皇城の内部へと足を踏み入れた。

 

 その光景に、私は思わず息を呑む。

 

 外から見た白亜の外観以上に、皇城の内側は、眩いまでの芸術と魔導の空間だった。

 天井は幾重にもアーチを描く、高い吹き抜けな所が、まず目を引く。

 

 そこには夜空をそのまま切り取ったかのような、青く神秘的な光を放つステンドグラスが嵌め込まれている。

 

 月光がそのガラスを通ることで、通路の床や大理石の壁には、まるで宝石の粉を撒いたような、美しいモザイク模様が描き出されていた。

 

 通路の脇には、定期的に青白い魔導の灯りがリレーのように点灯し、足元が見えないということもない。

 そして、何より気になる事は——。

 

「ここでもやっぱり、衛兵の姿がない……」

 

 西大陸の普通なんて知らないけれど、衛兵を置かないのは、不用心というより、何かの罠を疑ってしまう。

 

「でもリル、良く見てみて。居ないんじゃなくて、要らないんじゃない?」

 

《フェリカの言う通りかも。高度な防衛魔術が張り巡らされてるわ。今のリルなら分かるはず……》

 

 言われるままに目を凝らし、肌の感じで探ってみると——。

 確かに、空間に対して何らかの魔術が掛かっているのが分かった。

 

「本当だ……。このまま進むのは危険?」

 

《そこは私にお任せね。精霊魔法に無頓着なのが、ここでも仇となるのよ》

 

 皮肉たっぷりにそう言うと、ナナが何らかの魔法を行使した。

 

《これで良し。エルフの探知魔法には、これで引っ掛からないわ。周囲のマナと同化してしまえば、こういうのは動作しない筈……》

 

 これには当然、フェリカとアロガも対象になっていて、フェリカは私に——私の奥に向かって頭を下げた。

 

「ありがとうございます、ナナ様」

 

《どういたしまして》

 

 ナナの声は聞こえていないはずだけど、フェリカは笑って応えた。

 そうして再び、城の奥へと足を進める。

 

「それにしても……お城って、みんなこんな感じなの? 豪華っていうより、まるで一つの美術品の中にいるみたい……」

 

 私の呟きに、フェリカは呻きの様な息を漏らした。

 

「アタシだって、城に入った経験なんてないけど……。これは違うでしょうね。西大陸の芸術と、最高峰の魔導技術の結晶ってわけね。見惚れている暇はないけど、確かに皇城の威厳を体現するに相応しい場所だわ」

 

 アロガも、美しく磨き上げられた床に自分の姿が、映り込んでいるのが珍しいらしい。

 耳をピクピクと動かして、自分の足元を覗き込んでいる。

 

 石の温もりは、一層はっきりと私を導くかの様で、それに従って歩く。

 私たちは美しさと緊張が同居する回廊を抜け、誰もいない静寂の宮殿の奥へと、音もなく進んでいった。

 

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