影から影へと、身を滑らせる。
私たちは倉庫街の喧騒の中を、隠れて進んだ。
巨大な石造りの倉庫が立ち並ぶ一帯は、夜更けであっても物資を積んだりして、活気に満ちている。
大型の荷馬車や、慌ただしく行き交う御者、そして作業をする荷運び人たちの姿が見えた。
人目が多い分、アロガの姿が見つかれば一発で騒ぎになってしまう。
荷運び人達が作業しているそのすぐ後ろを通る時、愚痴らしきものが聞こえてきた。
「くそっ……、今日はやけに霧が濃いな」
「こんな事、滅多にないのにな。まったく、どうしちまったんだか……」
「……おい、霧の向こうに、何か見えないか?」
男が指差す方向は、私たちとはまったく違う方向を指している。
それもその筈、フェリカ——というよりルヴィアンが、霧の中に上手くカモフラージュと囮を作ってくれていたからだ。
お陰で、隠れて進むのがやり易くなっている。
私は視線だけでフェリカに礼を言って、奥へ奥へと進む。
(……この辺りの荷馬車は、どれも中央の皇城へ直結する区画へ向かっているみたいね)
フェリカが積み上げられた木箱の影に身を隠しながら、小声で指摘する。
確かに、白亜の巨壁に守られたこの倉庫街の奥には、城内へダイレクトに物資を運び込むための昇降機や、専用の搬入トンネルがいくつも口を開けていた。
「あそこの、一番大きな幌付きの馬車なら……アロガも一緒に隠れられそうだよ」
私が指し示したのは、皇城の紋章が刻まれた、重厚な金属製の大型馬車だった。
いや、馬車とは違うのかもしれない。
馬はおらず、代わりに御者台が前に出過ぎている、不思議な形だ。
馬も使わずどう動かすのか、と思ったけど、“魔導列車”なんてものがあったのだ。
それと似たようなもの構造で動く物があっても、不思議ではない。
御者が荷物の積み下ろしのために持ち場を離れた、まさにその瞬間が狙う。
「よし、一気に飛び乗るわよ。アロガ、音を立てないようにね」
「グルゥ……」
アロガが低く誇らしく頷く。
フェリカに言われるまでもない、と言わんばかりだ。
私が苦笑していると、まるで猫のように音もなく馬なし車の荷台へと飛び乗った。
私もそれに続き、フェリカも軽やかに身を滑り込ませる。
積み上げられた木箱や、麻袋の隙間に身を潜めると、すぐに御者が戻ってくる足音が聞こえた。
ゴウン、と重い音を立てて動き出し、馬なし車はそのまま皇城へと続く専用の搬入路へと進んでいく。
外の光が次第に薄れ、代わりにひんやりとした石造りの、地下通路特有の匂いが鼻を突いた。
ガタゴトと規則正しい揺れが、緊張した私たちの体を更に固くしていく気がする。
(……どうにか潜り込めたみたいね。ここを抜ければ、いよいよ城内に入るみたい)
フェリカが手甲を撫で付けながら、頼もしく微笑んだ。
私も弓の弦を張り直し、腰に佩いた剣の具合を確かめる。
そして、胸の奥に仕舞ったペンダントを、革鎧の上から握った。
――待ってて、お母さん。必ず、あの遺品を取り戻すから。
馬なし車がゆっくりと停車し、重い扉が軋む音が響いた。
私たちの潜入劇は、いよいよ核心へと足を踏み入れようとしている。
御者が足場を降りていく足音が遠ざかるのを確認し、私たちは息を殺して荷台の麻袋の山から抜け出す。
そこは石造りの広大な、地下搬入プラットホームだった。
周囲には誰もいない。
薄暗い空間には、いくつもの巨大な鉄扉や、上階へと続く螺旋階段が口を開けている。
どちらへ進むべきか、迷いが生じかけたその時――。
「あれ……?」
胸元に当てていた手のひらの下で、革鎧の上からでも分かる程の、微かな温もりが広がった。
それは熱というよりも、まるで呼吸をしているかのような、穏やかな鼓動に近い。
ポケットの奥にしまっていた石が、胸の中で小さく脈打っている。
視界が引っ張られるような強い引力じゃなくて……。
ただ、ほんのりと心が温かくなり、「あちらへ進みなさい」と背中を押されるような導きだった。
「……そっち? そっちに行けば良いの?」
フェリカが私の視線の先を追い、静かに尋ねる。
「うん、何だか……案内してくれてる感じ」
「何が?」
「リェーシェ婆がくれた石……。多分、他のペンダントの在り処を教えてくれてるんだと思う」
私は頷きながらそう答えて、それが示す感覚を頼りに、薄暗い通路へと歩き出した。
アロガも足音を立てぬよう、大きな体を低くして私たちに続く。
搬入路を抜けた先で、私たちは重厚な鉄格子の隙間から、いよいよ皇城の内部へと足を踏み入れた。
その光景に、私は思わず息を呑む。
外から見た白亜の外観以上に、皇城の内側は、眩いまでの芸術と魔導の空間だった。
天井は幾重にもアーチを描く、高い吹き抜けな所が、まず目を引く。
そこには夜空をそのまま切り取ったかのような、青く神秘的な光を放つステンドグラスが嵌め込まれている。
月光がそのガラスを通ることで、通路の床や大理石の壁には、まるで宝石の粉を撒いたような、美しいモザイク模様が描き出されていた。
通路の脇には、定期的に青白い魔導の灯りがリレーのように点灯し、足元が見えないということもない。
そして、何より気になる事は——。
「ここでもやっぱり、衛兵の姿がない……」
西大陸の普通なんて知らないけれど、衛兵を置かないのは、不用心というより、何かの罠を疑ってしまう。
「でもリル、良く見てみて。居ないんじゃなくて、要らないんじゃない?」
《フェリカの言う通りかも。高度な防衛魔術が張り巡らされてるわ。今のリルなら分かるはず……》
言われるままに目を凝らし、肌の感じで探ってみると——。
確かに、空間に対して何らかの魔術が掛かっているのが分かった。
「本当だ……。このまま進むのは危険?」
《そこは私にお任せね。精霊魔法に無頓着なのが、ここでも仇となるのよ》
皮肉たっぷりにそう言うと、ナナが何らかの魔法を行使した。
《これで良し。エルフの探知魔法には、これで引っ掛からないわ。周囲のマナと同化してしまえば、こういうのは動作しない筈……》
これには当然、フェリカとアロガも対象になっていて、フェリカは私に——私の奥に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます、ナナ様」
《どういたしまして》
ナナの声は聞こえていないはずだけど、フェリカは笑って応えた。
そうして再び、城の奥へと足を進める。
「それにしても……お城って、みんなこんな感じなの? 豪華っていうより、まるで一つの美術品の中にいるみたい……」
私の呟きに、フェリカは呻きの様な息を漏らした。
「アタシだって、城に入った経験なんてないけど……。これは違うでしょうね。西大陸の芸術と、最高峰の魔導技術の結晶ってわけね。見惚れている暇はないけど、確かに皇城の威厳を体現するに相応しい場所だわ」
アロガも、美しく磨き上げられた床に自分の姿が、映り込んでいるのが珍しいらしい。
耳をピクピクと動かして、自分の足元を覗き込んでいる。
石の温もりは、一層はっきりと私を導くかの様で、それに従って歩く。
私たちは美しさと緊張が同居する回廊を抜け、誰もいない静寂の宮殿の奥へと、音もなく進んでいった。