最初に動いたのは、敵の――大剣を持った男だった。
「もたもたしてんじゃねぇ! 俺が仕留める! お前らの出番はねぇぜ!」
巨躯からは信じられないほどの爆発的な踏み込みで、大理石の床が砕け散る。
男の振るった大剣が、空間を断ち切るような重い風圧を伴って、私目掛けて真っ直ぐに振り下ろされた。
「――っ!」
「させるわけないでしょ!」
フェリカが素早く前へ飛び出す。
手元から放った水流を複雑にねじり合わせて、硬質な水の盾を作り上げた。
それと同時に、耳をつんざくような激しい金属音が響き、水飛沫が飛び散った。
水流で衝撃をいなして、手甲で受けたフェリカだったが、さすがの威力に歯を食いしばり、わずかに後退させられる。
でも、その隙を私たちは見逃さない。
私たちが狙っていた『最初の一手』だった。
(——今!)
《いくわよ、リル!》
ナナの魔力が私の全身を駆け抜け、跳躍力を何倍にも引き上げる。
私はフェリカの盾を足場にするようにして跳び上がり、大剣の男の懐へと一気に飛び込んだ。
「なに――っ!?」
目を見開く男の視線の先で、私は抜いたばかりの剣の切っ先を、その急所ではなく……構えていた腕の関節へと正確に叩き込む。
肉と骨を断つ、鈍い衝撃が走ると同時に、男のバランスが大きく崩れた。
「——アロガ!」
さらに、側面から回り込んだアロガが、その巨大な体躯で男を強烈に吹き飛ばす。
いくら巨漢といえども、アロガには当然敵わない。
男は耐える事も出来ず、腕から血を撒き散らしながら、床へと盛大に転がった。
「チィッ、いきなりか!」
仲間が倒されたのを見て、双剣の男が舌打ちする。
しかし、その顔に焦りの色はなく、むしろ冷酷な光が深まった。
「だが、調子に乗るな。この程度で、“五鷹”は揺らぎもしない。本気の力を見せてやる」
双剣の男が風のように踏み込み、無数の斬撃の嵐を浴びせてくる。
さらに、残る三人のメンバーもそれぞれの武器を構え、一斉に私たちへと殺到した。
自分たちの優位を疑っていないのは、未だに驕りがあるからか。
それとも、侮るのを止められないだけか。
《現実を教えてやりましょ》
(まだ全力じゃないのは、私だって同じだもんね)
双剣の男が紡ぎ出す斬撃は、目にも留まらぬ速さで空間を切り裂き、鋭い風の刃となって私たちを包み込んだ。
でも、その程度では驚くに値しない。
二つの刃を使ってさえ、お母さんの速度に達していないからだ。
私は襲い来る刃を躱し、あるいはいなして防ぎ切る。
その間にフェリカが素早く魔力を制御して、足元から湧き上がった奔流を鞭のようにしならせた。
無数の斬撃を真似する様に、次々と繰り出し、水飛沫と魔力の火花が眩い軌跡を描く。
双剣の斬撃でそれらを打ち返し、周囲の冷気を巻き込みながら、水の鞭は激しく散った。
「ちっ、思ったよりはやるようだが……!」
双剣の男がさらに踏み込もうとしたその瞬間、背後から地を揺るがすような冷気が押し寄せた。
大理石の床が一瞬にして真っ白な霜に覆われ、私たちの足元へと凍てつきが這い寄ってくる。
「――退いて!」
私が声を掛けるのと同時、フェリカと一緒に飛び退いた。
でも、氷の気配を敏感に察知したアロガは逆で、低く唸り声を上げながら前へと飛び出す。
その巨体が地面を蹴った直後、私たちが立っていた空間そのものが、ガチガチの氷塊へと変貌を遂げた。
「ハァッ……!」
冷気を纏った巨大な大剣が、猛吹雪の音を伴って頭上から叩きつけられた。
氷の魔術を駆使し、自らも大剣を振るうのは――眼帯を右目に嵌めた女、ミッコラだった。
「魔女に与する異端者め! この目の借りは、今ここで返す……ッ!」
ミッコラの表情は、怒りというより、もはや狂気に満ちていた。
露出している左目には血走った血管が浮かび上がり、その周囲の皮膚が憎悪に引きつっている。
氷の魔力が彼女の怒気と混ざり合い、周囲の温度を急激に奪っていく。
ガインッ、と激しい衝突音が響き渡った。
アロガの剣牙と、ミッコラの氷の大剣が真正面からぶつかり合い、衝撃波が部屋の壁際まで波及する。
でも、ミッコラの放つ魔力の質量は、先ほどの大剣の男とは比べ物にならなかった。
「勝手な事ばかり……! 寄って
私はミッコラを見据えながら、剣の柄を握り直す。
けれど、ミッコラの耳には私の声など届いていなかった。
彼女の頭の中には、逆恨みしている過去の敗北と、その時に刻まれた深い傷の記憶しか存在しないのかもしれない。
「魔女の何たるかなど、良く知っているわ……! あのときの恐怖……。滅するべきとするエルフの考えは、正しいと思った!」
ミッコラの叫び声と共に、彼女の周囲の温度がさらに急降下する。
怒りと苛立ちに支配されたその動きは、一見すると圧倒的な破壊力を生み出しているように見えた。
だけど、剣技の致命的な隙を大きく露呈させていた。
感情に振り回された一撃は、重くはあるものの、あまりにも単調だ。
「やっぱり……話が通じる相手じゃないみたい」
《最初から話の通じる相手じゃなかったのよ》
私は小さく息を吐き出すと、あえてミッコラの猛烈な突進を受け止めず、その振るう軌道を利用して身を引いた。
ミッコラの大剣が空を切る。
その踏み込みの勢いを殺さず、私は彼女の懐を滑るようにすり抜けた。
「なに――っ!?」
「隙だらけだよ」
背中合わせですれ違う瞬間、私はミッコラの脇腹へと軽く一撃を浴びせ、すぐさま跳躍して距離を取る。
鎧もあるから、致命傷ではない。
でも、彼女の重心を完全に崩すには、十分な一撃だった。
「ぐっ……おのれ、逃げ回るな!」
怒り狂ったミッコラが体勢を立て直し、再び凄まじい殺気を纏って突進してくる。
氷の大剣が空気を凍てつかせ、私の退路を完全に塞ぐように横薙ぎに払われた。
——逃げ場はない。
私はその一撃の威力をまともに受け止め、凄まじい衝撃に大きく吹き飛ばされた。
「リル!」
フェリカの焦ったような声が、遠くで響く。
身体が宙を舞い、背後にある硬い石壁へと猛烈な勢いで叩きつけられそうになる。
でも、慌てる事なんかなかった。
空中で姿勢を低くし、風の魔力を纏わせた足の裏で、壁面を軽やかに蹴りつける。
「――敵は一人じゃないもんね!」
反動を利用して、私は空中でふわりと身を翻した。
すでに私の手には、愛用の弓がしっかりと握られている。
残る三人の“五鷹”のメンバーも、私の動きを察知して、次なる攻撃の構えに入っていた。
正面からなら、狙い定める時間など、私にはコンマ数秒すらない。
(ナナ、お願い!)
《任せてちょうだい!》
私の呼びかけに、身体に宿るナナが、眩い光と共に応えた。
——そう、私に狙いなんて必要なかった。
ただ弓を引き絞り、ナナの導く風の気配に全神経を集中させる。
弦から放たれた矢は、特別な“魔力矢”だ。
ナナが周囲の大気からかき集めたマナを、高密度で収束し、作り上げた“電撃矢”だった。
眩い紫色の電撃を帯びた魔力矢は、ヒュンッ、と高音を響かせながら、空気を切り裂く。
ナナによって完璧に誘導された矢は、敵の放った防御魔術や氷の壁を、まるで紙細工のように軽々と穿ち抜いた。
「なに……!? 馬鹿な、この防壁を――っ!」
“五鷹”の一人が、驚愕の声を上げる。
電撃を纏った矢は完璧な軌道を描き、攻撃に移り変わろうとしていた男の肩を、正確に射抜いた。
バチバチと激しい青白い火花が散り、強烈な電撃が彼の神経を麻痺させる。
「がっ……あ……っ!」
凄まじい衝撃力と麻痺によって、男は自分の足で立つ自由を奪われた。
そして、その勢いのまま後ろへと押し流され――。
ドォンッ、という凄まじい地響きと共に、頑丈な石壁にガッチリと縫い付けられた。
「ヴァイゼス……っ!」
残る仲間たちが慌てて声を上げる。
でも既に、ヴァイゼスと呼ばれた彼は意識を失い、壁から垂れ下がったままピクリとも動かなかった。
一瞬にして戦力の一人が戦闘不能に陥ったことで、空気が凍りつく。
「ふぅ……っ。どうやら、これで少しはやり易くなったかな」
私は軽やかに着地すると、弓を肩に背負い直して、息を整えた。
アロガが私の元に寄り添い、頼もしく低い唸り声を上げる。
そうして、残る者たちを威圧して睨みつけていた。
フェリカもまた、息を整えつつ、水の魔力を手甲に巡らせる。
その顔には、冷徹な笑みを浮かべていた。
「伝説の“五鷹”サマといえども、無敵の存在じゃないみたいね。東と西じゃ、実力差が大きいって話も……やれやれ、どこまで本当なのやら」
同じS級でも、西大陸の方がワンランク上だと言う。
“五鷹”はその更に上に位置しているとされるから、本来なら戦いにもならない筈だった。
でも、実際は真逆だ。
ミッコラは今も憎々しげにこちらを睨みつけていて、他の二人も同様だった。
《実際、その余裕が彼らの油断に繋がってたと思うわ。でも、ここからはそうじゃない。奴らも本気よ》
勝負はこれから——。
でも、その潮目は確実に私たちの方へと傾いて見えた。