保存食作りは尚も続く。
秋の間は、ひたすらそうした内職を続け……そして時折、狩りに出た。
狩りに出る周期も大体決まっていて、早くて七日、遅くとも十日の間には出かけた。
魔獣もまた、冬になると巣篭もりして、外には中々出て来ない。
そうでない魔獣もいるが食肉に適さず、血抜きをしても酷い臭気がして、とても食べられるものではなかった。
冬の間も狩りに出ない訳ではないが、出なくても大丈夫と思えるほどの肉を、確保しておく心積もりは必要だ。
とはいえ、今日の所は寒干しできる野菜の準備だった。
定番の大根やニンジン、キノコ類は勿論、ウリ科の野菜も寒干しに出来る。
それらを輪切りと格子切りにし、ニンジンなどは微塵切りにしたりもする。
包丁をトントンと鳴らしているのは私だけではなく、その横でも同様に包丁だけが浮いて同様の作業をしていた。
我が家の台所番としては、私一人に任せるなど、到底看過できない、という事らしい。
人手があるのは素直に嬉しいし、寒干しするにも通常とは違い完成が早い。
それはつまり、いつまでも包丁を握っていないと終わらない、という事でもあるのだが、この時期は仕方ないと諦めている。
リルも今は暖炉の前で、大人しくアロガと寝転がり、窓の外や天井へと目を移していた。
走り回るのが大好きなリルが、こうしてやる事もなく寝ているのは大変珍しい。
だが、それは何も遊びたくないとか、不貞腐れているとかいった理由ではなかった。
「あめ……、やまないかなぁ……」
リルはボーッと、窓の外を見つめながら呟く。
今も外はしとしとと雨が降っており、屋根の上に雨粒が当たる音、そして軒先から流れる雨音が、包丁以外の音を立てていた。
遊ぶのが好きなリルでも、流石に雨が降りしきる中、外を走り回ったりはしない。
夏ならばともかく、秋の雨は冷たく、濡れたら風邪を引いてしまう。
そして、この様な時期の雨に濡れるのを、そもそも私が許可しないのだ。
だから今は、アロガのお腹を枕代わりに、暖炉の火に当たっているしかなかった。
普段は書き取りや計算の問題なども解いているのだが、雨の音が集中力を促進させたのか、今日は手早く終了させている。
勉強嫌いのリルは、今日の分が早く終わったし、じゃあ明日の分もやろう、という事はしない。
私もしっかり毎日、しっかりノルマをこなしているなら、それ以上強く言うつもりもなかった。
今は朝と昼の中間頃……。
何をするにも中途半端な時間だが、リルは何か良いことを思い付いたらしい。
ガバリと跳ね起きると、何かを発見した顔付きで、台所まで走ってきた。
「お母さん、お母さん!」
「どうした、リル」
私は手元に目を向けたまま、包丁の手を止めずに聞く。
するとリルは私の腰に抱き着いて来て、小さな力で揺さぶって来た。
「こらこら、包丁を握っている時は止めなさい。危ないから」
「んぅ……、でもお母さん、おそとはあめだよ!」
「うん? ……うん、そうだな?」
それは言われるまでもなく分かっている。
何を言いたいのか思い付かず、私は包丁の手を止めて顔を向けた。
「雨だと、何かあるのか?」
「あめは、おかしの日だよ!」
「……そうなのか?」
「お母さん、まえにあめの日、つくってくれた」
そういう事もあった。
私自身、狩りに行く日がそれで潰れて、一日暇になったのでお菓子を作ったのだ。
あれは確か夏に入る少し前の事だったと思うが、リルはその事を言っているのかもしれない。
「でもあれは、雨の日だから作ったんじゃなくて、たまたま手が空いてたから……」
「あめの日は、おかしの日なの!」
「……誰が決めた?」
「リルがきめた!」
子供の思考は、時として論理を越える。
そしてどうやら、リルにとっては良い思い付き以上の、一種の摂理であるらしい。
目をキラキラさせて見上げて来る姿は、思い込み以上の期待に溢れている。
「別に雨だからって、お菓子を作ったりしません」
「えぇ〜……」
リルの耳が、へにょりと畳まれる。
尻尾までが萎れ、この世の終わりかと言わんばかりに落ち込んだ。
あまり甘やかすものではないが、そこまでガッカリされると、罪悪感めいたものも湧いてくる。
私はその仕草にフッと微笑み、そのささやかな願いを叶えてやる事にした。
「仕方ない……、今日は特別だぞ」
「やった! お母さん、ありがとー!」
現金なもので、リルは即座に機嫌を直し、喜びも顕に抱き着く力を強める。
私は包丁を置いて手を拭き、リルの頭を撫でてから、姿の見えない隣人へ声を掛け得た。
「そういう訳だから、少し作る。すまないが、このまま続けて貰って構わないか?」
これには当然、声の返事はないものの、包丁をトントン、と二回叩く音で応答があった。
叩く音からしても怒っている感じはしない。
むしろ、私を後押しするような気配に溢れている。
私は素直に礼を言って、何を作って欲しいか、リルに尋ねた。
「リルは何が食べたい?」
「まえと、おなじの!」
前と同じ……となれば、決まったようなものだ。
しかし、あれは作るのに時間が掛かる。
「パンケーキ? 今から作ると、もうお昼になってしまうよ」
「だから、いーの!」
「ふむ……」
昼にしては少々豪華なきらいがあるが、時にはそういうのも良いかもしれない。
それに、自分で食べようと思っていたベリーが、まだ残っているはずだった。
牛乳も消費せねばならず、何かにつけて使いたい私としても、そう悪くない提案だ。
「では、リクエストにお応えしようか」
※※※
大きめのボウルを用意し、そこに牛乳、卵、用意した小麦粉を半分入れてよく混ぜる。
これが混ぜ終われば、残り半分を加え、塩、砂糖で味を調える。
そして、そこにリンゴ酵母を加え、ダマがなくなるまで混ぜた。
後は湯煎して溶かしたバターを入れて混ぜ合わせ、しばらく休ませる。
少しでもふっくら感を出すには酵母を入れるしかないのだが、これではふっくらでありつつ、パンの領域を出ない。
ふくらし粉の様なものがないのは、辛いところだ。
しかし無い物ねだりをしても仕方がないので、十分タネを休ませたら、いよいよ焼きだ。
フライパンを中火熱したら、油を小さじ一杯、薄く均等に広げる。
十分に熱した後、一度濡れ布巾の上に置いて、少しフライパンを冷ました。
ジュウ~と音がして、リルが耳聡く気付いて台所に寄って来た。
「やく? これからやくの?」
「うん、焼くよ。見ていたい?」
「うんっ!」
離れた所に踏み台を用意してやり、見えやすくしつつ調理を続ける。
少し高い位置から生地を落としてやれば、生地は綺麗に広がった。
後は火加減と生地の加減を見極め、ひっくり返すだけだ。
リルもそれを知っているので、わくわくと見守るのだが……。
幾らもせぬ内に、リルは待っているのに飽きてしまった。
「まだ、ひっくりかえらない?」
「もう少し……。生地の表面にぽつぽつしたのが浮いて来てから」
そうして、何の反応も見えないままだった生地に、ようやく一つの気泡が現れる。
そして、一つ現れたとなれば、他の気泡もすぐに現れた。
「うん……、そろそろ……」
それでも即座ではなく、少し様子を見てから、腕を捻ってテコの原理を活かし宙へ跳ね上げる。
スパン、と音がしてフライパンで受け取ると、良い焼き加減になった生地が表に見えていた。
「おぉ~っ!」
宙を舞うパンケーキを見ていたリルは、喜んで手を叩く。
そうして両面焼いて一枚完成したら、更に二枚、三枚と焼いて行った。
そこに、ベーコンをカリカリに焼いて乗せ……。
後はバターとはちみつを掛け、そこにブルーベリーを散らせば完成だ。
ブルーベリーは焼き込んでも、フレッシュなままでも美味しい。
私は焼き込んだ方が好みなので、リルの分を作り終わってから自分の分を作る。
「ねぇねぇ! たべていいっ?」
リルの分は先に出来上がっているので、勿論先に食べていて良い。
「どうぞ、召し上がれ」
「んひひ……!」
リルは嬉しそうに笑って、元より掛けられていたパンケーキに、更にハチミツを追加した。
街に住む人間なら、スプーン一杯掛けるだけでも、気後れするほど価値が高い。
それを知らずに使えるのは、この森で暮らす恩恵の一つと言えるだろう。
リルは苦戦しながらベーコンを切り、パンケーキとそれら三つ一緒に口へ運ぶ。
ハチミツが垂れ、口の周りをべとべとにしつつ、嬉しそうに咀嚼していた。
そうして、しっかり噛んでから飲み下し……。
「ん、まぁ~!」
「そうか、良かったな」
リルの嬉しい顔を見ると、私まで嬉しくなる。
自分の分も手早く作り、そして自分以外の分も作り終えると、私もテーブルに着く。
そうしている間に、余分に作っていた小型のパンケーキが宙を飛び、家の軒下へと移動して行った。
「あっ! パンケーキ、にげちゃう!」
「違うよ、あれはあれで良いんだ。いつもの取り分だから」
「んぅ……」
リルは納得していないようだし、あれもそれも自分の分だと思っているのかもしれない。
しかし、この地に暮らす限り、こうしたお裾分けは良くあることなのだ。
ただ、今までリルにはしっかりと説明はしていなかったので、その点については反省だ。
そろそろ、色々と理解を深めても良い頃だし、今度きちんと説明しよう。
ともかく、ようやく自分の分も食べられるようになって、一息つく。
そうして一口大に切り分けると、口の中へ押し込むようにして食べた。
「うん……、うん……。うん、中々だな」
「ちがうよ、お母さんっ!」
「ん……?」
唐突な否定に眉を上げると、リルはパンケーキをフォークで突き刺し、掲げる様にして言う。
「すっごい、おいしいよっ!」
「ふふ……っ、そうだな。悪かった」
私は素直に謝罪して、また一口食べて嚥下する。
「美味しいな」
「うんっ!」
アロガはリルの傍で羨ましそうに見ているが、残念ながら彼には上げられない。
代わりの肉が用意されて、それを食べはするものの、リルの喜びを共有できずに悔しそうだった。
私はリルの口の周りを拭いてやりながら、陰鬱な冬の準備が吹き飛ぶこの瞬間を、感謝しながら昼を過ごした。