混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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冬の訪れ その2

 冬に舞う色とりどりの花弁は幻想的で、リルも喜びながら手の平を空に向けた。

 

 花弁の一枚を掴み取ろうとしての事だが、これは文字通りの幻想で、そして幻覚だった。

 

 手に取ろうとしてもすり抜け、そして儚く消えてしまう。

 それでも冬に咲く花は、そこにあるだけで美しい。

 

 掴み取れないと分かっても、逆にそれが楽しいようで、リルはいつまでも花弁を追っては飛び跳ねていた。

 

「リル、遊んでばかりではいけないよ。ちゃんと、見送りしないと」

 

「はぁ~い」

 

 私が手招きすると、リルは花弁に手を向けながらも走り寄って来た。

 

 そのタイミングで貯蔵庫の入口から、次々と保存食を始めとする物品が運び出され始める。

 

 素直な一列という訳ではないが、それでも最低限の纏まりを見せていて、花の絨毯の上を行進していく。

 

 空中で跳ねる様に動く仕草から、精霊たちの喜びが垣間見えるかのようだ。

 私が屋根の高さで花火を打ち上げると、その動きが更に強まった。

 

「わぁ〜っ! すごいっ! きれ〜!」

 

 リルも空を見上げては、声を上げて喜ぶ。

 まだ陽も高い時間だから、花火の本当の美しさを堪能できる訳ではない。

 

 打ち上げる高さも普通の基準で言えば相当低いから、その規模も小さなものだ。

 

 それでも、他では類を見ない光景に、リルのはしゃぎようは凄いものだったし、精霊もまた満足気だった。

 

 何しろ、その花火にはたっぷりとマナが含まれるよう調整していて、花の絨毯を歩く度に、そのマナを浴びられる様になっている。

 

 本物だったならば、肌に当たる火でや火傷してしまう所だろうが、精霊たちにとってはご褒美にしかならない。

 

 特に妖精は派手なこと、楽しいことを好むから、跳ねる保存食の動きはまるで踊っているかのようだった。

 

 いや、もしかしたら本当に踊っているのかもしれない。

 

 姿が見えないから想像する他ないが、楽しげに踊りながら道を進んでいる方が、よほど想像し易い。

 

 遂には喜びの声を抑え切れなくなったのか、子供の笑い声まで聞こえ始めた。

 一つ声が上がれば、二つ三つと更に上がり、遂には笑い声の大合唱となって響く。

 

「わ……っ! すごいこえ……! ほんとうに、そこにいるんだぁ……!」

 

 物が浮いて動いているのだから、そこに何かいると即座に連想してしまいそうなものだが、リルにとって物が浮く光景は日常茶飯事だ。

 

 特に、普段私が見せる動作も相まって、浮いたり宙を滑ったりするのは、全て私の仕業だと思っていた程だ。

 

 そこに超常の存在が絡んでいるなど、想像の外だったに違いない。

 最初の先頭集団が花絨毯の先、空間の歪みに到達すると、物品が姿を消していく。

 

 精霊界へと帰ったのだ。

 それを察したリルは、手を大きく振って別れを告げた。

 

「バイバ~イ! またね〜!」

 

「ちゃんと、ありがとうも言おうな」

 

「うんっ! ありがと〜、またね〜!」

 

 その振る手に呼応する様に、流れ動く物品たちも左右に揺れる。

 それがまた手を振り返す動作に見え、リルは機嫌を良くして笑った。

 

 私を見上げては、その興奮を伝えようと手を伸ばし、その手を握って微笑み返す。

 

 花絨毯と花火の制御に忙しくしつつ、私も機嫌よく帰っていく精霊たちを見送る。

 

 そうしてリルもまた、その姿が最後まで見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けていた。

 

 

  ※※※

 

 

「みんな、かえっちゃった……」

 

 貯蔵庫の物品が全て失くなり、畑に出来た歪みが消えてしまうと、リルは寂しそうに呟いた。

 

 元気よく振っていた手も、力なく落とされる。

 空を覆い、地を満たしていた花も見えなくなると、しゅんと肩を落とした。

 

 私は握っていた手を離すと、小さく屈んでリルを抱きかかえる。

 顔の高さを同じくして、リルの頭に頬を当てた。

 

「ちゃんとお礼を言えたし、見送りも出来ていたな。偉かったぞ」

 

「……でも、もっとちゃんと、おはなしとかしたかった……」

 

 実際に精霊や妖精がいると説明されても、彼らは目の前を通り過ぎるだけだった。

 リルに何かを話し掛けるわけでも、接触して来るわけでもない。

 

 笑い声だけが聞こえ、それが楽しそうに思えるものだからこそ、蔑ろにされた様に感じたのだろう。

 

 疎外感を覚えてしまったかもしれない。

 しかし、決してそうではないのだ。 

 

 姿を見せないのも、声の一つも掛けず無視する形になっていたのも、そうした取り決めがあったからなのだ。

 

「リルのことが嫌いで、そういう振る舞いをしてたんじゃないんだ。むしろ逆で、本当はいつだって話し掛けたいし、一緒に遊びたいと思っているよ」

 

「ほんと? ……でも、だったら、どうして?」

 

「精霊や妖精というのは、超自然的な存在で、マナの塊でもあるからさ」

 

「……わかんない」

 

 これは自分でも良くない説明だったな、と反省する。

 

 この様な事を聞かされても、専門的な大人でなければ、到底話に付いていけない内容だった。

 

「マナというのは、時として人の害になるんだよ。特に幼いお前には、酷くつらいものだ。気分が悪くなったりしてしまう」

 

「そうなの?」

 

 私は無言で頷く。

 実際、今の段階でもリルには常にマナの影響を与えないよう、私がわざわざ防護している。

 

 そして、その上でマナを食事と共に接種させて、強い身体を作っている最中だった。

 

 このマナ耐性が強くなれば、そうした被害に遭うこともなく、マナの塊である精霊と接触しても昏倒したりする事もない。

 

 特に悪戯好きの妖精には強く良い含めていたので、リルの傍には近寄れないし、声を掛ける事すら許されていなかったのだ。

 

 幼いリルでは、単に接触するだけでも、乗り物酔いにも似た感覚が襲う。

 

 それを防ぐ意味で、影響力を最小限に留める為、精霊は姿さえ見せないようにしていたのだ。

 

「でも、そろそろリルの身体も、強い耐性が身に付く頃だ。来年の春からは、だからきっと、精霊たちの姿を見られるようになるだろう」

 

「ほんとうっ!?」

 

「本当だとも」

 

「やった〜!」

 

 リルは私の顔を抱いて、喜びをからだ全体で表した。

 危うく落ちそうになるが、それさえ喜んで身体をエビ反って笑う。

 

「せーれーって、どういうみためしてるの?」

 

「それはもう、色々さ。そういう事も含めて、今後勉強していこうな。冬は外に出ない分、家の中で勉強時間を増やすぞ」

 

「んぅ〜……。うんっ!」

 

 悩ましい顔付きで唸りつつ、最終的には元気よく応えた。

 

 実際、精霊と接する機会が増えるなら、覚えておくべきこと、気を付けるべきことは多岐に渡る。

 

 家族感覚――アロガに対する態度と、同じようにされたら大変な事になるのだ。

 身体がマナに適応し始めているとはいえ、まだ未熟なのは依然変わらない。

 

 下手な怒りを買うことは、どちらの為にもならない事だ。

 その辺りの知識は、春までにしっかりと備えておいて貰わねばならない。

 

「でも、当然それだけじゃないぞ。簡単な算術も、そろそろ覚えて良い頃だ」

 

「さんじゅつ?」

 

「数を足したり引いたりして、計算する方法のこと」

 

「かず? いえるよ! いーち、にーぃ、さぁーん……」

 

 得意気になって、指折り数えて数を口にする。

 

 お風呂に入っている時、一緒に数えて声を上げたりするので、実際の理解はともかく親しみは深い。

 

 そこからもう一つ深く踏み込み、数という理解を深めるのが今後の課題だ。

 

 そうして、十まで数え終わると得意満面の笑みで見てくるリルに、私は額を擦り付けて褒めた。

 

「よしよし。偉いぞ、リル。ちゃんと言えたな」

 

「うん、かんたんだよっ!」

 

「今度は書き取りも始めるから、少し難しくなってくる。数だけじゃなく、文字も覚えないといけないから、この冬は忙しくなるぞ」

 

「もじ……? なんのイミがあるの?」

 

「この森で暮らしている分には、文字なんて必要ないが……」

 

 そう言いながら歩き出し、来た道を戻って家へと向かう。

 

 妖精送りを始めてからこちら、自分に防寒対策の魔術を使い、寒さから身を守っていたものの、いつまでも外にいるのは健康に良くない。

 

「街に行くなら必要な事だ。街で暮らしている人たちは、そういうことが当たり前に出来る人たちなんだ」

 

「んぅ……」

 

「前にも言ったろう? モノを買うにも、文字を知ること、数を数えられる事はとても大事なんだ。……大丈夫、リルならすぐに覚えられる」

 

「うん……」

 

 リルはどこまでも不安そうだ。

 しかし、リルの地頭の良さは本物で、興味ある事にはその理解度も高い。

 

 問題は大人しく座っていられるか、という問題だが……。

 忍耐を覚えるのにも、良いタイミングだ。

 

 私はリルを腕に抱えてその体温を感じながら、家へと急ぎ戻って行った。

 

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