混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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山頂で待つものは その3

「協力したいのは山々だが……」

 

 人と竜の諍いなど、早々起きるものではなく、まして起きないよう努めるものだ。

 

 小さな諍いが発端だとしても、仲介できる者などまずいないので、拗れたら最後、行く所まで行くのが常だった。

 

 そして今、私が乗り気でないのに気付いたのだろう。

 ヴェサールは最後まで言い切るより早く、そこに言葉を重ねてきた。

 

「そう結論を急ぐものではあるまい。この話を知るのは、儂だけではなくてな……。既に他の竜にも多く伝わっている。そして、それがどこまで正確に伝わっているかも、そこもまた疑問でもあるのだ」

 

「風の噂に過ぎないレベルで、物事を動かそうと?」

 

風の精霊(シルフィード)が耳元で囁くのは、そうした類いであるからな。真偽を確かめようと考える、思慮深い竜ならば様子も見よう。しかし、人そのものが気に食わない竜からすると……」

 

「むしろ、これを機に動こうとする、か……」

 

 竜は今も生物の頂点に君臨する強大な存在で、空の支配者だと自認している。

 そして、それは事実でもあるあろう。

 

 しかし、その空から引き摺り降ろされた、と感じる竜も、また多いものだ。

 かつては王として、汎ゆる自由と、汎ゆる行動が許された。

 

 思うまま、ほしいままに奪い、喰らい、そして空を飛んだものだった。

 しかし、今もまだ同じ行動を取ろうものなら、討伐隊が組織される。

 

 人にとって害悪ならば、魔物同様、斬って捨てよう、と人間は団結するわけだ。

 

 それを傲慢、と憤慨する竜は多い。

 隠れ棲むのに飽いている竜とている。

 

 竜も人と同様、一枚岩ではなく、その性格も様々なものの……。

 一つの暴走が他の竜を刺激し、予想外の規模に膨れ上がる可能性は否定できない。

 

 そしてどうやら、ヴェサールも私と同じ予想を立てているようだ。

 私からの視線を通して意思を汲み取り、彼は重々しく頷く。

 

「人と竜との戦争が始まるぞ。そんなものを望まないのは、竜とて同じこと……。しかし、人間どもは常に、魔術の研鑽とやらの理由で、竜を欲する」

 

「竜は魔術的、錬金的素材として、最高峰の素材を持ってるからな……。竜は捨てる所がない、などと言われるほど、汎ゆる部分が重宝される」

 

「不可侵条約など、それの前では儚きものか?」

 

「八百年も前の話だ。人にとっては、覚えていない者の方が多いだろう。あるいは、形骸化していて効力を発揮していないか……」

 

 私はつまらなそうに息を吐き、それから話を続けた。

 

「人間の欲に果てはない。その盟約とて、むしろ長年待ったのだから、もう我慢しなくて良い、と考えるかもしれないしな」

 

「永遠の命の為に、か……」

 

「実にくだらないが……、求めて止まないのが人間だ。金と名誉の次に求めるのは、大体()()だと、相場が決まっている」

 

「ふむ……、実際は? 竜の血を浴びると不死になるとか、心の臓を用いると賢者の石が出来るなど、我が耳にも届いているが?」

 

 ヴェサールは、面白そうに顔を歪めて尋ねて来た。

 私は未だに震えの収まらない、リルの背中を撫でながら返答する。

 

「分かってて聞いてるだろう? そんなの、迷信の類いだ。誰も到達できないから、希少な素材でなければ不可能だろう、という……一種の願掛けみたいなものだ」

 

「だが、世の人間……いや、魔術の徒か。そういった輩は、欲して堪らぬ様ではあるがな……」

 

「それは事実かもしれないが……」

 

 しかし、その為に竜との衝突を良しとするだろうか。

 そこからがまず、疑問だった。

 

「しかし、時として、どこまでも馬鹿になるのが人間か……」

 

「暗君など何処の世にも、一人は居るものであるからな」

 

「そこまでの馬鹿とは考えたくないが、その可能性も考えない訳にはいかないか……」

 

 竜と敵対するのは普通、誰もが嫌がるものだ。

 一軍を以って対抗出来るのは事実でも、竜の陣地で戦うとなれば話は変わる。

 

 大抵は大人数を有利に展開できる地理に棲まないし、無理にぶつけても軍が大打撃を受けるだけだ。

 

 軍を派兵しようにも、内外から強固な反対を受けるだろう。

 しかし、人間の恐ろしい所は、無理でもその可能性を見出す作戦を考えつく所だ。

 

「少し複雑に考え過ぎ、というだけの気もするんだけどな……。竜の素材が欲しいだけなら、それこそ一度は許可をもぎ取ったくらいだ。接近できたのなら、それこそ冒険者を用いる方が簡単だ」

 

「それもまた、一つの解決法ではあるだろうな。ことが大きくなる前に、さっさと仕留めてしまうのだと……。それはそれで、また別の問題が噴出しそうであるが」

 

「竜の死は、隠せるものではないからなぁ……。あれこれと、口を出す竜も出て来るだろう。しかし……」

 

「結局、人と竜との争いは激化しかねんよ。どちらに大義があるか、そんなもの、暴れたいものには関係ないことだ」

 

 そういう話になる。

 だから、竜との接触――その接し方には、細心の注意を払うのだ。

 

 それを考えると、最初に道を通らせて欲しいと願い出た何者かは、そうした事態を引き起こさないため、最善を尽くしたように見える。

 

 しかし今は、それが全くの逆で、諍いの元になってしまった。

 果たして、どこまでが狙いだったのか……。

 

 それは確かに、外側にいては分からぬことだった。

 

「どちらに責があろうとも、どちらにあるか分からないのでは、説得するのも不可能か……」

 

「儂では一方からしか、話は聞けぬのでな……。この場合、どちらにも顔が利く、第三者に間へ入って貰った方が良いであろう?」

 

「……なるほど、話は良く分かった」

 

 下手をすると、大陸全土を含む、竜大戦の勃発だ。

 その火蓋が落ちるのかどうか、そうした瀬戸際なのかもしれない。

 

 私には直接関係ない事だし、森の中に引きこもっている限り、尚のこと関係ないだろう。

 

 しかし、それを見越して、ヴェサールは目を細めて言ってきた。

 

「お主に関係ない事はあるまい。ここで大戦勃発を見過ごしては、敢えて汚名を被った意味もなかろう」

 

「……別に、そういう意味で被った汚名でもないけどな」

 

「しかし、結果的にそうなった。そして、お主は竜に肩入れしている。だからこそ今の今まで、平穏だったのであろうよ」

 

「一応訂正しておくと、竜寄りという訳ではないからな。馬鹿をするのが人間側だから、必然的に味方する破目になっただけだ。竜が馬鹿をすれば、やっぱり私は人間側に付く」

 

「中庸の存在……。うむ、お主はそれで良い。均衡を保つ支点である方が、この世の在り方として理に適う」

 

 ヴェサールは満足そうに頷き、それからずい、と顔を近付けた。

 鼻先が間近に迫って、リルが強く私の胸に顔を埋めた。

 

「では、今回の件……。お主に任せて良いのだな?」

 

「……場所による」

 

「場所? ……あぁ、安心しろ。()()()の大陸ではない」

 

「それは有り難いが、そうではなくて……」

 

 私はヴェサールの鼻面の先をペシン、と叩いて、顔を遠ざけるよう指示した。

 

 鼻の穴の大きさが人の頭ほどもあるので、何かの拍子に火炎でも吹かれたら堪らない。

 

 リルの怯えも激しくなるし、近付かれて得する事など一つもないのだ。

 

 ヴェサールもこちらの不機嫌を見て取って、素直に元の位置へと首を戻し、それから改めて会話を再開させる。

 

「一体、何が不満だ? 寒いのが嫌か?」

 

「それは確かに、理由の一つに挙げたいところだが……。でも、やっぱりそれじゃない。余り遠いと困る。リルを一人に出来ないから」

 

「ふむ……? 連れて行けば良かろう」

 

「お前にも怯えて震えるぐらいだぞ。これから別の竜に会いに行こうってのに、連れ回しては可哀想だ」

 

 私の言葉に、リルがピクリと顔を上げる。

 そうして、涙で濡れる大きな瞳で、悔しげな顔をさせた。

 

「やだ、お母さん、いかないで……!」

 

「そうは言っても、どうやら私が介入した方が良さそうな話だ……」

 

「ヤダヤダ……! いっちゃ、ヤー!」

 

「……ほらな?」

 

 機嫌を取ろうと、リルを強く抱き締め、左右に揺する。

 

 左右だけでなく、上下に揺するなどしてあやしても、リルは全く泣き止もうとはしなかった。

 

「これは難儀……。そして、意外だ。お主が子どもの一声で、そうも簡単にこの難題を放り投げようと言うのか……」

 

「私は子供思いの、良い母親なんだよ」

 

「しかし、それで中庸が放棄しては、纏まるものも纏まるまい……」

 

 本当に竜大戦へと繋がるか、それは私にも分からない。

 

 個人的にはないと思っているが、放置した末、本当に勃発しては目も当てられないだろう。

 

 そういう意味では、放置したまま知らぬふり、など有り得ない話ではあった。

 私はリルの顔を覗き込むと、それから諭すような口調で語り掛けた。

 

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