混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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山頂で待つものは その6

「今度はこっちのセリフだが……、私を抜きにして、勝手に話を進めないでくれないか」

 

「それは済まなんだ……。しかし、論より証拠が必要な相手なのは、お主も良く分かってくれよう?」

 

 それは確かに、納得しない訳でもなかった。

 只でさえ血気盛んそうなフンダウグルは、他人の話を聞かないタイプだ。

 

 その上、竜族至上主義を謳っている。

 

 ヴェサールも言葉での説得を賢明に続けていたが、彼の感情を逆撫でする事にしかなっていなかった。

 

 残念だが、事ここに至っては、実力行使も已むを得ないだろう。

 

「お母さん、やっ……やっ……! こわいぃぃ……っ!」

 

 そして何より、リルを怖がらせた事実こそ許しがたい。

 リルの怯え様は相当なもので、これが原因でトラウマにもなりかねない程だ。

 

 実際に竜と対面、戦闘し……生き長らえた者であろうと、心に深い傷を負うのは珍しい事ではない。

 

 幼いリルならば尚の事だ。

 私はその背中を撫でながら、『鎮静』の魔術を使用する。

 

 なるべく魔術に当ててやりたくなかったが、事ここに至っては仕方がない。

 

 心を穏やかに、リラックス効果を与えるものだ。

 強く当てれば戦闘意欲すら削ぐので、心の平静を強制させるのにも使える。

 

 淡い翠緑の光がリルの身体を完全に包み込むと、それまで激しかった震えも止まった。

 

 もう少し早く使えば良かったと思うものの、ヴェサール一体の時は、心を鍛えて欲しい親心も、少なからずあった。

 

 それ故に出し渋ったのだが、フンダウグルが登場した時点で、使っても良かったと反省した。

 

 今はすっかり落ち着いたリルの顔を正面から見つめて、優しく話しかける。

 

「リル、もう大丈夫?」

 

「うん……。でも、お母さん……」

 

 リルの表情はどこか夢心地で、焦点は定まっているのにぎこちない。

 

 そして、フンダウグルが喉奥から炎を吐き出そうとするのを見て、不思議そうに首を傾げた。

 

「あれ……、だいじょぶ?」

 

 そう言うリルの態度も、完全に他人事だ。

 鎮静された精神は、危機感すら奪ってしまうから困りものだった。

 

 同じ様に今のフンダウグルに『鎮静』を使えば、戦意を失くして戦闘を止めるだろうか。

 

 そう考えてみたが、やはり大した意味もない、と即座に却下する。

 

 求められているのは戦闘を終わらせる事ではなく、私の実力を知った上で、フンダウグル自身が戦闘を取りやめる事だ。

 

 そして――。

 今まさに吐き出された炎を、私は掌を突き出して受け止めた。

 

「ちょっとの間、我慢してくれな?」

 

「うん、へいき。あったかい」

 

 私達の身体には、全体を覆う空気の膜がある。

 

 それが熱を遮断しているのに加え、掌から前方に放出した魔力が盾となり、炎を四方に散らしていた。

 

 そうして、一頻(ひとしき)り炎を吐いたフンダウグルは、全く無傷な私達を見て驚愕する。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

「何が馬鹿だ。リルが怯えるから止めろって、……言ったろ!」

 

 私は今度は掌を握り込み、突き出した拳を上から振り下ろす。

 すると、目に見えない巨大な質量が、フンダウグルの頭を強かに打った。

 

「――グェッ!」

 

 金属がひしゃげる様な音が鳴り響き、フンダウグルの顎が地面を叩く。

 鼻からは血が流れ、何をされたか理解出来ずとも、その瞳に怒りが燃える。

 

 元より怒り心頭だったろうが、思わぬ反撃を受けて、その怒りが煮え更に滾った。

 

 瞳孔が細くなり、鱗に覆われた身体が一回り大きくなる。

 力を込め、筋肉が収縮している証拠だった。

 

 再び炎を吐こうと大きく身体を仰け反らせた時、私は手の先を伸ばして摘む仕草をする。

 

「それはもういい、止めろ」

 

 それだけで、今にも開けようとしたアギトが、強制的に閉じた。

 息吹を吐き出そうと胸を膨らませていたものが、それで動きを止める。

 

 吐くに吐けず、しかし溜め込んだ力はそのままに出来ず、フンダウグルは持て余した力で自分を苦しめる事になった。

 

「グォ……! グ、グァァァ……!」

 

 胸を掻き毟ってのたうち回り、苦しんでいる。

 鼻から僅かな炎が吐き出るものの、総量に対してあまりに小さい。

 

 結果として、フンダウグルは自ら炎で内部を焼くことになってしまった。

 目尻や鼻から焦げた煙が僅かに昇る。

 

 それを確認し終わると、私は手を離して代わりにリルの頭を撫でる。

 

「一度防がれた力を、もう一度使うのは馬鹿のする事だ。対応は臨機応変、リルもそこは気を付けような?」

 

「うん……。でもリル、火なんてはけない……」

 

「それは当然だ。そういう事じゃなくてだな……」

 

 私が苦笑しながら涙の跡を拭っていると、体勢を崩していたフンダウグルは、先程よりも遥かな怒気と共に、その体躯を持ち上げた。

 

「ふざけやがって……! ニンゲンが……、ニンゲンめ……! 竜たるこのフンダウグルを……!」

 

 怨嗟さえ聞こえて来る声音と共に、フンダウグルは翼を広げる。

 空気を叩いて、空を飛ぼうとした。

 

 手の届かない範囲から、お得意の息吹で攻撃しようとでもいうのだろう。

 

 彼なりの臨機応変かもしれないが、そもそも勝負の土台に立っていないのだとは、未だに理解できていないらしい。

 

「あぁ、空を飛ぶのは禁止だ。――降りろ」

 

 私が掌を向け、空中を掴む振りをする。

 それだけで、フンダウグルの動きが止まった。

 

 上昇しようと翼を動かすのだが、幾ら空気を叩いても上昇する気配がない。

 自らに起きている理不尽が理解出来ず、焦りばかりが伝わってくる。

 

 私が掴んだ手を下に向けると、そのまま急降下して地面に墜落した。

 

 墜落というより、打突されたとしか言えない動きで、急降下し肩から落ちて身動ぎ出来ないでる。

 

「馬鹿な……、一体、なにが……!」

 

「別に難しい事じゃない」

 

 私はそう言って、フンダウグルの身体を持ち上げ、今度は岩肌へとぶつけてまた地面へ落とす。

 

「や、やめろ……!」

 

「何故だ? 負けを認めないのに?」

 

 再び持ち上げた時、フンダウグルは怒りの表情と共に口を開ける。

 その喉奥からは既に炉心の光が漏れていた。

 

「持ち上げている間、他のことは出来ないと思っているなら、それは間違いだ」

 

 腕の動きや手の動きは、単にイメージと直結してやり易いからそうしているだけで、その動きに囚われている訳ではない。

 

 問題なくフンダウグルの口を塞ぎ、そのまま岩肌へと何度も叩きつけた。

 

「お前は魔術を勘違いしている。……というより、この世の魔術士全員が勘違いしている。あいつらが使っているのは、見様見真似で使い易いよう弱体化させた『廉価版(れんかばん)』だ」

 

「魔女が使うのは本物……本当の意味での魔女の術だ、フンダウグル。故に、理論上は誰も彼女に敵わない」

 

 ヴェサールが悟った声で、怒り狂う竜を諭す。

 

 岩肌へ吸着するように張り付いていたフンダウグルは、鱗が剥がれ血を流し、牙の一部が欠けていた。

 

 それでも尚、戦意は未だに衰えていない。

 高い矜持を持っているだけあって、簡単に音を上げるつもりはないようだ。

 

「だから、何だってんだ……。オレが翼を折る理由にはならねぇ……!」

 

「その状態でも啖呵を切れるのは大したものだ」

 

 これは皮肉ではなく、本心でそう思う。

 ただ矜持だけを振りまく、意識だけが高い竜ではない。

 

 そこに敬意を向けるのは、やぶさかではなかった。

 

「だが、今回は諦めた方がいいぞ。魔術の真髄とは、物理世界を支配している制限と制約から、回避し脱却する事にある。――つまり、決して起こり得ない事が、私の前では必然として起こる」

 

 私が手首を一回転させると、フンダウグルの身体がネズミに変わった。

 そのままくいっと手前に動かすと、宙を滑る様に手元へ近付いて来る。

 

「チュ、ヂュイ……!?」

 

「幻だと思うか? 自分がネズミに変わった様に見せられていると。……残念ながら、現実だ」

 

「おぉ、魔女殿……。我が同族をその様な姿へ貶めるのは、流石に見ておられぬ。どうか寛大な処置を頼もう」

 

 竜は誇り高い生き物だ。

 

 いっそ幻術であれば一種のお灸として許すだろうが、存在そのものを変えたとなれば、苦言の一つも出てくる。

 

 私はネズミを遠くへ放り投げると、変転させた姿を元に戻す。

 すると、元の体躯に戻ったフンダウグルは、腹を上に向けた状態で元に戻った。

 

 自分の身に起きた出来事を、未だに理解できない表情だ。

 それでも、無様な体勢でいる訳にもいかず、苦労しながら元の体勢へと戻った。

 

「まだ、やるか?」

 

「……止めておく」

 

 そうして初めて、フンダウグルは頭を下げた。

 ヴェサール同様、腕を重ねてその上に顎を置く。

 

 それこそが竜にとって、敬意を持って対話に応じるという、最大限の礼儀だった。

 

 私は相手に勘付かせない様に、ほっと息を吐く。

 魔女術の消費は、相当に大きい。

 

 このまま続けると、私の方が先に息切れする所だった。

 

 助かったのはむしろ私だったなどと、微塵も悟らせないまま、私は再び対話のテーブルに座った。

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