「いや、当たり前だろ! 何でオレが素直に頷いてくれると思ったんだ? 嫌なモンは嫌なんだよ!」
「あんまり我儘、言うなよ。だったら、実は人を乗せたくて堪らない、って性格に改ざんしてやろうか?」
「ふざけるなよ、馬鹿魔女! そんな事したら、絶対に目にもの見せてやるからな!」
「ふっふっふ……、安心しろ。そういう反抗的な態度すら、微塵も浮かばないようになる」
私が不気味な笑みを浮かべ、脅しかけるように言うと、フンダウグルは目に見えて怯えて後ずさった。
「おい、止せ……! やめろ!」
「くっくっく……。お前は私の事が好きになぁ〜る、好きになぁ〜る……」
人差し指を立てて、ぐるぐると回してやると、フンダウグルは怯えて顔を伏せ両手で覆った。
飛んで逃げようとしないのは、先程岩壁に叩き付けられた事を、未だ鮮明に覚えているからだろう。
飛んだ所で掴まれるし、また貼り付けにされる。
だから身体を伏せてやり過ごそうとしたのだろうが、それとて効果があるとは思っていないだろう。
「やめろ! オレは屈せんぞ、絶対に呪ってやる! お前に後悔という後悔、全てを味あわせてやるからな!」
大層勇ましいのはその台詞だけで、身体はどこまでも小さく縮こまっている。
ただし、竜の体型では隠れるも何もなく、頭隠して尻隠さず、にすらなっていない。
いっそ滑稽な程だが、ヴェサールの方から嗜める声が降ってきて、私も悪ふざけを止めた。
「余りそう虐めんでやってくれ。まだ若いフンダウグルだ、本気にするだろう」
「そうだな、悪かった」
含み笑いにそう言うと、私も手をしまってリルを抱き直す。
二者からそういう言葉があって、それで初めて、フンダウグルは私の悪ふざけだと悟った。
がばり、と顔を上げると、口から火を吹く勢いでがなり立てる。
「ふざけんなよ! お前なら出来るかもって、本気で焦ったんだぞ!」
「いや、出来るのは本当だ。ただ、やらないだけで」
「出来るのかよ! ヴェサールもそれで
「言ったろう、長時間作用させるのは無理なんだよ。今こうして仲が良いのは、長い時間の中で、互いに尊重するようになったからだ」
私が弁明すると、ヴェサールは無言のままに首肯する。
その表情は実に澄み渡ったもので、言葉よりも何よりも、私に同意していると語っていた。
「……まぁ、分かった。それは良いさ、仲が良いのは結構だ。だったら、ヴェサールこそ運んでやりゃいいだろ。いま見知ったばかりのオレより、ずっと抵抗ないだろ?」
「それは竜族として、他に示しがつかん。儂とお前では、翼に対する重みが違う。儂が乗せれば、人間に下ったと見る竜も出ることだろう。要らぬ諍いを招く」
竜族の間に王はいない。
取り纏めるリーダーの存在さえなく、互いが互いに好きなように暮らしている。
唯一のルールは、互いの領域を勝手に荒らさないことだ。
適切な距離を保ち、過度な干渉をしない。
それが竜同士の付き合い方だった。
たとえ冒険者に襲われても、これを助けたりもしないし、救援に駆け付けたりもしない。
人間が竜殺しを達成出来る理由として最も大きな理由は、恐らくこの結託しないところにあるのだろう。
ただし、竜も生物だから、番って卵を産み、子を成す。
だから一時的に二体の竜が近しい距離にいることはある。
しかし、動物の様に毎年卵を産む訳でもないし、子育て期間が終われば、またすぐ離れ離れになる。
複数体でいる時間より、単体でいる時間の方が、余程長いのだ。
そしてだからこそ、人間にも付け入る隙がある。
「だったらオレで良いって理屈も、よく分からねぇじゃねぇか! オレだって、人を乗せようものなら、舐められかねんぜ?」
「おぬしは良いだろう。何しろまだ若い。そういう事もあるか、という程度で抑えられる。しかし、儂はそうもいかん」
竜にリーダーがいないのは確かだが、長く生きればその分、敬われるのは人と同じだ。
特に生き字引と呼ばれるような知識人は、それだけで有り難がられるものだ。
このヴェサールもまた古くから生きる長老なので、他竜から見られる目、というのを気にしたいのだろう。
そして、そんな古竜だからこそ、殆どの竜とは違って、他所の動向に気を掛ける気構えを持っていた。
「だが、嫌なものは嫌だ! オレにも誇りってモンがあるし、他から見られたとき恥ずかしい思いをするのは嫌だ!」
「まだ五十年も生きてないんだから、若気の至りで済むだろうよ。別に良いではないか」
「へぇ、五十年……。本当に若輩だな」
竜の成長は早い。
野生の動物は三年程度で成獣となるが、竜もまた似たようなものだ。
見上げる程の巨躯に成長するまでは早いが、その精神性の成長までは人間とあまり変わらない。
ただし、他竜との交流もないので、その精神は若い時間が長いとされる。
人間の五十歳ならもっと落ち着きがありそうなものだが、フンダウグルがそう見えないのは、竜の生き方が如実に表れていたからだった。
「人間なんざに、五十を若輩などと言われたくねぇな! オレより強いからって、素直に服従するとでも思ったかよ? やなこった!」
「仕方ないな……」
私が嘆息混じりに言うと、フンダウグルは今にも後退りしそうな態度で窺ってくる。
「な、何だよ……。やめろよ、強制的にどうとか、言う事きくまで殴るとか、そういう事しようってか……?」
「私を何だと思ってるんだ。どうしてそう、発想が暴力的になんだ?」
「人間ってのは、そういうもんだからだ」
きっぱりと断言したフンダウグルに、返す言葉を失くす。
実際のところ、そういう人間ばかりではないが、竜の前に表れる人間というのは、大抵が暴力を前提にした者たちだ。
竜が悪さなどしなくとも、そこに竜がいれば勲を立てようと挑む。
あるいは、その素材を求めて狩りに出る。
竜にとって、人間とは野蛮な生き物であり、対話よりも暴力こそを前提とする、危険な相手だった。
ヴェサールが今回懸念を言い表したのも、つまりそういう部分に原因がある。
ひと思いに――あるいは短絡的に襲うのではなく、そこに搦手があるから、一層不気味に映り……そして私に相談するに至った。
「まぁ……、そこの所は置いておくとして……」
「おい、置くなよ。そういう大事なことを……」
私はその言葉すら無視して続ける。
「いいや、大事なのは、事態を解明することだ。人は諍いを求め、難癖つけて蹴落とすのが大好きな奴らだ」
「まぁ、常に何かに飢えている、って感じはするか。欲しけりゃ奪えを人間単位じゃなくて、国単位でやるんだ。筋金入りだろ」
「今回の件も、冒険者が竜の巣に殴り込みを掛けただけなら、いつもの事か、で済んだ話だ。――しかし、そうじゃない」
私は一度言葉を切り、念を押す様に続ける。
「それは例えば鉱山などの利を求めてであったり、侵略を恐れての防御行動だったりと、必ず理由があるものだ。たかが羊を欲して争うのも人間だが、相手が竜となれば、そこに衝動的な理由は普通ない」
それを聞いたフンダウグルは、むっつりと押し黙ってしまった。
機嫌悪そうに顔を背け、鼻から大いに息をはく。
実際に機嫌が悪いのは本当らしく、その鼻穴からは炎が漏れ出ていた。
「竜は群れないし、干渉しないのが原則だ。しかし、例外もある。……私が言う必要はないだろう」
「竜を貶め、誇りを損なった時だ。人間程度がよ、竜を襲うってのは、そりゃあ気分の良いもんじゃないさ。それで討ち取られたとなれば、尚のこと気分が悪い。それでもよ、たかが四人や五人で討ち取った闘士にゃ、称賛する気持ちがないでもないんだ」
それが仮に寝込みを襲った不意討ち、毒を使った攻撃であろうと、尚も称賛の方に重きが傾く。
何故なら、そうまでしても勝てないのが、竜というものだからだ。
十分な準備をしても、魔術士がいることが前提であろうとも、勝てない相手というのが竜だ。
だからこそ、勲になる。
だが、そこに国が動くと、大抵は碌な事にならない。
より損害なく、より効率的に……。
それを考えるのは共通だが、より高度な騙し討ちになりがちだ。
相手が言葉を話し、知識を有すると分かるからこそ、外交を始めとした暗黙の了解や、勘違いした相手が悪い――そうした理屈の押し付けが始まるのだ。
そして、竜はそうした論理を非常に嫌う。
竜の誇りを傷付けた侮辱に関しては、竜族が一丸となって立ち向かう。
そうして滅んだ国は幾つもあるし、それこそを竜災害と呼んだものだ。
しかし、不思議な事に――。
いつの世も、こうした馬鹿をする国が後を絶たない。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、とでも言うのだろうか。
歴史から学ぶ強かさを持つのも、人間の強さだと思っていたのだが……。
「ならば、こうしよう。お前の背には乗らない。その代わり、お前に私達を運んで貰う」
「……あん?」
自らの発案を否定するかのような提案に、フンダウグルは素っ頓狂な声を上げた。