混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

65 / 324
竜の依頼と空の旅 その4

「……こりゃあ、何だ? いったい何処から、卵なんぞ持って来た?」

 

 フンダウグルさえ騙せるなら、我ながら良い出来だと言えるだろう。

 

 しかし良く見るまでもなく、その卵上部に取っ手は良く目立ち、不思議がって見つめてもいた。

 

「何だこれ? まるで樹の実をもいで来たみたいだ。そういや、遠く西の大陸では、竜の卵は樹に実る、なんて考えてやがった国もあったが……」

 

 その希少性故に、だろう。

 

 卵生とは知っていても、その卵を温める場面などを見た事がない為、勝手な想像で生まれた産物だ。

 

 実際、卵を産むと、竜は巣穴から出る事はまずなくなる。

 

 奥底に潜み、人の目に触れなくなる事からそうした伝説が生まれたのだろうが、単に露出しないから見られないだけ、という話に過ぎなかった。

 

 フンダウグルは不思議に思うのもそこそこに、取っ手をアギトで挟んで千切り取ろうとした。

 

 私は慌てて声を掛けて止める。

 

「あぁ、こらこら。やめろ、それは乗り物だ。卵の形をした駕籠だよ」

 

「駕籠? ……これが? 何でこんな馬鹿みたいな見た目なんだ?」

 

「最初は馬車を想定してたんだが、空を飛ぶなら、空気抵抗がより少ない形の方が良いだろうと思って……。お前だって、そっちの方が飛び易いだろ?」

 

「いや、そんなの知らねぇし、考えた事もねぇよ。卵の形と馬車の形に、なんか違いとかあるのか?」

 

 フンダウグルの言葉は、ある意味、想定通りだ。

 

 彼らは質量を無視して飛ぶし、何よりマナを用いて飛行能力を駆使しているので、そこに流体力学など頭の端にもありはしない。

 

 人が歩行するのに一々理屈を考えないように、竜もまた、飛ぶ事に理屈など考えないのだ。

 

 象が如き巨大な獲物を、両の足で掴んで空を飛んだ事もあるだろうが、その際の空気抵抗も、そういうものだと感じただけに過ぎなかったろう。

 

 しかし――。

 

「長時間、一定の高さで一直線に飛ぶ事を考えたら、やはり違いは感じる筈だぞ。それに、乗っている方だって乗り心地を考えたいんだ。少しでも快適に過ごす為に、要らぬ工夫をさせられてるんだよ」

 

「よくもまぁ、竜を前にそこまで不満を口に出来るもんだな……。呆れるより前に、感心しちまうよ」

 

 口ではそう言いつつ、声音はハッキリと呆れるものになっていた。

 私はハエを払う様に手を振って、リルを伴い、卵駕籠の傍に立つ。

 

「それじゃあ、ヴェサール。これから東にある……何て言ったか、プレビダ山稜か。ペスセデン公国の。そこで事の事情を聞いてくれば良いんだな?」

 

「聞くだけでは困る。解決までして貰わねば……」

 

「それも事情次第だな。竜と人との諍いなど、そう起こり得るものじゃない。両成敗して終わり、って話なら悩む必要もないんだが……」

 

「それでもやはり困るな」

 

 ヴェサールは喉の奥でくぐもった笑いを漏らし、両腕の上に顎を乗せたまま、尻尾をピンと立てて前に折った。

 

「……ともあれ、よろしくやってくれ」

 

「そのつもりだ。出来るだけ、穏便にな」

 

 そう言って駕籠の一部分を押すと、扉が開いてタラップが降りてくる。

 フンダウグルが興味深そうな声を上げ、首をめぐらせ、しみじみと見つめた。

 

 リルはその視線から逃れるように、慌てて中へと駆け込み、それに続いて私も入る。

 

 タラップの最後の段に足を乗せてから、そうそう、と後ろを振り返った。

 

「上の取っ手は、そこを掴んで運んで貰う為の部分だ。両の足で掴めば、丁度良い塩梅の太さにしてある」

 

「……分かるのか、そんな事が?」

 

「この前、お前を握って吹き飛ばしたろう。あの時に大体の感覚は掴んでる。それでも持ち難かったら言ってくれ」

 

「あぁ、まぁ……分かった」

 

 どこか引いた表情でそれだけ言うと、フンダウグルは素直に頷く。

 その言葉を背後に聞きながら、私も駕籠の中へと入って入口を閉めた。

 

 

  ※※※

 

 

 僅かな間があって、卵駕籠全体が僅かに揺れた。

 

 掛け声の一つすらなく動き出し、また人が乗っている事など考慮しない運び方に、文句の一つも言いたくなる。

 

 だが、それよりまず気にする事は、その乱暴な動きで転びそうになっているリルを助ける事だった。

 

「わ、わっ……!」

 

「ほら、大丈夫だ。少し我慢していなさい」

 

 勢いよく転べば、怪我の一つや二つ、簡単に出来るものが駕籠内にはある。

 

 折り畳み式のシートもその一つで、安全面を考慮して丸みは作っているものの、頭をぶつければ痛いでは済まない。

 

 私はリルを抱き留め、揺れる駕籠内でバランスを取りながら、とりあえずシートに座らせた。

 

 そうして手近な所を掴ませ、上の方へと声を掛ける。

 

「おい、フンダウグル。もう少し丁寧にやれないのか」

 

「……ぉお? 何か拙かったか?」

 

「ひどく揺れる。リルが危うく転ぶところだ。地震が起きても、ここまで酷いのはそうないぞ」

 

「あぁ……、そいつは済まなかったな。人が乗った何かを運んだ事なんぞ、今まで一度足りともなかったからなぁ……」

 

 それについては、私ももう少し考えておくべきだった。

 上空へと飛び上がる時など、特に振動は激しくなる。

 

 安定した飛行する高度に達するまで、相応の揺れはあるべきだと想定して然るべきだった。

 

 特に竜はその羽ばたきで、身体が上下に浮き沈みする。

 これは竜の骨格上、どうしようもない部分だ。

 

 現在は標高の高い、プレシヨウン山から飛び立ったから既に安定しているが、これが地上からだとしたら、更に揺れは長く続くだろう。

 

「出発の際は、内部だけ魔術的に囲うとか……。空間的に隔離? そうすれば、揺れを気にせずにいられるかも……」

 

 問題は、空間そのものに関与する力は、膨大なマナを消費する事だろう。

 疲れている時には、さぞしんどい事になりそうだ。

 

 それならば、専用の魔道具を用意して、ショックアブソーバーを真似た方が、色々と簡単そうに思える。

 

「次回までの課題だな。……次回があるか、分からないが」

 

「……お母さん?」

 

 思考に没頭していて、リルを置き去りにしてしまった。

 揺れは既に大分収まり、僅かな横揺れを感じるのみになっている。

 

 不安そうな顔を向けてくるリルに、私は安心させるように微笑み、その頭を撫でた。

 

「もう大丈夫、楽にしてなさい」

 

「うんっ!」

 

 元気よく返事したが、中身は馬車とそう大きく違いはない。

 それどころか、窓さえないので、景色を楽しむ事すら出来なかった。

 

 好奇心が旺盛で、身体を動かすのが好きなリルには、ただ座っている事など、早々に飽きてしまうだろう。

 

 そして私は私で、初めての飛行に問題箇所はないかとチェックに忙しい。

 よくよく考えると、テスト飛行さえせず、ぶっつけ本番はよろしくなかった。

 

 馬車と違って車軸や車輪など、気にするべき構造がないから鷹揚に構えていたが、下手をすると空中分解だ。

 

 素材はミスリル銀を使っているから軽くて頑丈、溶接にも問題ないと自信を持って言えるとはいえ、簡単に考え過ぎだったかもしれない。

 

 探知魔術を使って構造に罅が入っていたり、何か問題箇所がないか、つぶさに観察は始めた。

 

 そうして上から下、右から下までじっくりと見聞して、現状は問題ないと分かって息を吐いた。

 

「まぁ、飛び立って一時間も保たないとあっては、魔女の名が廃るがな……」

 

「ねぇ、お母さん。おはなし、きかせてほしいな。……ひま」

 

 シートの上で座りつつ、足をぷらぷらと動かすリルに、私はとっておきの笑顔を見せた。

 

 そうやって言うのは想定済みで、だからちゃんと()()()を用意してある。

 

「まぁ、待ちなさい。ちゃんと良いものがあるからね。外を見てご覧」

 

 指で指し示しながら、飾りにも見えるボタンに魔力を通す。

 すると、座席の両側面が消えてしまった。

 

「わっ、わっ……! お母さんっ!」

 

 落ちると思ってか、リルは私に抱き着いてきた。

 安心させるように肩を撫で、それから含み笑いに壁に触れて見せる。

 

「大丈夫、壁を透過させているだけで、外の景色を見える様にしているんだ。壁は消えた訳じゃないから、そのままここにあるよ」

 

「……ほんと?」

 

「自分で触ってごらん」

 

 言われるままに、リルは恐る恐る壁に触れた。

 冷たい感触が指に伝わると、たちまちペタペタと遠慮なく触り始める。

 

「ほんとだ! ここにカベある!」

 

 安全と分かってからは、私から離れて、むしろ壁にべったりとなった。

 

 雲を眼下に見、広い世界を見るのは開放感に溢れていて、何より新鮮だからだろう。

 

 額を壁にくっつけて、飽きる事なく見つめている。

 

 そうして、熱心なリルの心情を表すかのように、小さな尻尾が左右にブンブンと揺れていた。

 

「すごいねぇ……! リル、ほんとうにおそら、とんでるんだ!」

 

 私はそれに微笑えましいものを感じながら、リルをもてなす、次の準備に取り掛かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。