混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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竜の依頼と空の旅 その7

 覚悟していた揺れは、思ったよりも大きいものではなかった。

 どうやら、フンダウグルは先の不満を意識して、優しく降ろしてくれたらしい。

 

 空振りに終わった魔術を取り止め、辺りを一望する。

 基本的に人が足を踏み入れる事のない秘境だけあって、周囲には何もなかった。

 

 ただ広い雪面が広がり、そこを照らす青い空が見えるばかりだ。

 槍の様に乱立する不思議な石柱が幾つかあったが、それらの間隔は広い。

 

 フンダウグルが着地する際にも邪魔にならなかったぐらいなので、儀式的な意味合いで設置されたものでもないようだ。

 

 また、石柱といっても綺麗に磨かれたものではなく、むしろ地中から無理やり引き抜いた様な、歪な造形をしている。

 

 だから、凹凸の激しい部分には雪が溜まり、風が当たる場所とそうでない部分で、歪なコントラストが生まれていた。

 

「なぁんにもないね……」

 

 リルの独白は、どこか拍子抜けしたものだ。

 ある種の緊張を以って挑んだのだろうし、すぐに竜と対面すると思っていたのだろう。

 

 そして、それは私も同様だった。

 

 注意深く、見える範囲で周囲を探したものの、山肌を撫でる風の音以外、何も無いし聞こえない。

 

「確かに……、一切の動きがないな。今日、ここに来る事は伝えてあると聞いたんだが……」

 

「オレは何にも知らねぇよ。運ぶ事を承諾してやったが、それ以外の事は関与してねぇからな」

 

「なるほど、そうか……」

 

 そもそも、私が間に入る事は元より、穏便案にすら批判的だったフンダウグルだ。

 敵に回らなかっただけでも、御の字と言える。

 

「待っていたら、向こうから来るものかな……」

 

「それも分からん。けど、基本的に竜は時間を気にしないからな」

 

 悠久の時を生きる竜には、良くあることだ。

 時間のスケールが人間とは違うし、竜同士の交流も多くはない。

 

 日時の概念が、あるかどうかも怪しいものだ。

 一日程度の勘違いならともかく、一年ズレて考えている事も有り得そうだった。

 

「とはいえ、ここは他人……他竜の庭だし、勝手に歩くのも憚られるんだよな。あちらから声を掛けてくれた方が、色々と面倒も少ないんだが……」

 

「オレは知らねぇよ。手を貸すつもりもない」

 

「まぁ、そういう反応だろう、とは思った……」

 

 強硬派のフンダウグルにとっては、今の状況も十分、忸怩たる思いだろう。

 

 ベスセデン公国の領土にいるんだし、炎の一つでも吹き掛けてやるか、と言い出さないだけ自制していた。

 

「それじゃあ……、勝手ながら歩いて、こちらから接触するしかないか。フンダウグルの方はどうする?」

 

「竜の棲み処に、他の竜が長く留まるのも障りがある。オレは外に出て、適当な場所を見つけて休む」

 

「……そうか」

 

「事が終われば……どういう()()か分からんが、とにかく終われば、オレをまた喚ぶんだろう? それが分かる範囲には居てやる」

 

 それだけ言うと、フンダウグルは翼で空気を叩き、颯爽と飛び去ってしまった。

 強風に煽られ、一時周囲に雪の粉が舞う。

 

 後には、時折吹く風と、照り付ける太陽のみが残された。

 

 周囲は本当に白一色で岩柱以外なにもなく、卵の尻を向けた方向に岩壁があるくらいだ。

 

 何処をどう探せば、ウィンガートに出会えるかすら、見当つかなかった。

 

「さて、どうしたものか……」

 

「どうするの?」

 

 見上げるリルに微笑み返して、外の景色へ顔を移す。

 フンダウグルが飛び去ったにもかかわらず、そこにはやはり、一切の動きがなかった。

 

「姿を見せないのは、あるいは他の竜がいるから、とも思ったが……」

 

「どうして?」

 

「フンダウグルが強硬派なのは、恐らくウィンガートも知っているからだ。下手に接触して、あれこれ言い合うのが面倒なのか、と思ったりもしたんだよ」

 

「よく、わかんない」

 

 私はリルの頭を撫でて、寄り掛かっているリルの身体をごく軽く押す。

 そうして対面の席に座るよう促すと、私は駕籠の中で立ち上がった。

 

 二人で座っていた座席を持ち上げ、内部に収納すると、その代わりに下部の引き出しから旅装を取り出す。

 

 吹き曝しの山の上は、予想よりも風が強かった。

 だから防寒だけでなく、防風対策のマントを取り出し、それを身に着ける。

 

「リルは待っていて良いぞ。外は寒いし、怖い思いもしなくて済む」

 

「ヤッ! リルもいく!」

 

「うーん……まぁ、ここで一人残されるのも寂しいものな……」

 

 死の大地とまで言わないまでも、雪と乱立する石柱しかない世界は、心細さを加速させるだろう。

 

 ほんの半日、一人にさせただけでも泣きじゃくるリルだ。

 

 それもアロガがいれば、何とか耐えられるレベルなので、完全な一人きりはまだ早いに違いない。

 

「……分かった。それじゃあリルも、もうちょっと厚着しような」

 

「うんっ!」

 

 念の為……というか、八割型必要になるだろう、と踏んで用意しておいた、リル用の防風マントも取り出す。

 

「ほら、立って」

 

 座席から立ち上がったリルに羽織らせ、首元をピン留めする。

 剣虎狼(ウルガー)の意匠が入った、アロガの横顔を模したピンだ。

 

 それを見たリルは、嬉しそうに引っ張り、顔を近付けようとしたのだが、勢い余ってピンが外れてしまった。

 

「こらこら。見たいなら、後でゆっくり……温かな所で外した時にしようね」

 

「んぅ、わかった!」

 

「良い子だ」

 

 頭を撫でて、改めてピン留めしてやり、頭までしっかりと防寒具を身に着ける。

 

 耳を圧迫し過ぎないよう、その部分は余裕を持って作られているから、少しは窮屈な思いをせずに済むだろう。

 

「……さ、行くよ。足元に気を付けて」

 

「うんっ!」

 

 扉を開け、最初に私がタラップを降りる。

 一歩足を掛けて卵駕籠から降りた瞬間、寒風が肌を刺し、寒さが一気に襲い掛かって来た。

 

「んひぃ……!」

 

 リルみたいな声が出て、咄嗟に空気の層を作ると、寒風から身を守る。

 そうして対策した後に、また一歩タラップ降りようとした所で、ふと気付いた。

 

 卵駕籠は底面が広く婉曲して重さを分散する作りだから、雪原の上に乗っても沈み込んではいない。

 

 しかし、私が雪原の上に立てば、そうは行かない筈だった。

 何しろ、除雪など考慮にない山の上だ。

 

 降り立った瞬間、腰まで身体が埋まっても不思議ではない。

 

 私は自身に『軽量化』の魔術を使用し、重さを一割以下まで減らして、ゆっくりと雪原に降り立った。

 

「最初の一歩目は慎重に……」

 

 そろり、と足を出して踏み込んでも、僅かに跡を付けるだけで、沈み込む様子はない。

 

 雪質の問題もあるだろうが、これで駄目なら、更に強力な魔術を使用せねばならない所だった。

 

 その程度は負担にならないが、戦闘に突入してしまうと枷になる。

 なるべき身軽でいたい私としては、素直に上手くいってホッとしていた。

 

「さ、次はリルだ。ジャンプして降りたりしないように」

 

「え〜……」

 

 残念そうに言う所を見ると、どうやら最初からそのつもりだったらしい。

 

 リルならば体重も軽いし、腰まで埋まっても、むしろ楽しい年頃だろう。

 だが、今だけは遠慮して欲しい所だ。

 

「ほら……、今は真面目に。ここは危ない所なんだから」

 

 リルの手を取り、優しく降ろしてやる。

 しかし、リルは一面の雪原に我慢できなくなったらしい。

 

「えいっ!」

 

 元気よく飛び跳ね、お尻から落ちようとした。

 私は咄嗟に魔術を使用し、リルにも同様の『軽量化』を施す。

 

 すると、お尻から落ちたリルは僅かに弾んで転がり、楽しそうに立ち上がった。

 

「ゆきって、すごい! やわらかい!」

 

「それは自分が軽くなってるだけなんだよなぁ……」

 

 見た目的にもふわふわとしているから、その感触を堪能したくなったのだろう。

 その気持ちは良く分かる。

 

 しかし、人が足を踏み入れる事は勿論、その痕跡を残す事すら嫌う竜は多い。

 

 ここのウィンガートは、最初に貢物を受け取っていたりもしたから、その辺は寛容に思えた。

 

 それでも、直近の問題を考えれば、慎重過ぎるぐらいが丁度良い。

 雪の上で寝転がろうとするリルを立ち上がらせ、マントに付いた雪を払ってやる。

 

「さ、少し歩く……いや、どれだけ歩けば良いかは分からないか。あまり体力を消費しないように」

 

「うんっ、わかった!」

 

 本当に分かったかどうか怪しい雰囲気で、返事をしつつも既に気も(そぞ)ろだ。

 

 興味は既に周囲の石柱に移っており、今にも駆け出してしまいそうだった。

 私はタラップを上げ扉を閉めて、透明化していた壁面も元に戻す。

 

 しっかりと魔術的防護を施してやれば、遠目には鈍色に光る卵にしか見えなくなった。

 

「こうすれば、下手に近づくこともないだろう」

 

 こんな所に何故卵が、という疑問はあるだろうが、竜の卵に手を出すと、どれだけ危険か賢い獣なら弁えているものだ。

 

 食糧を見つけた、と飛び掛かるより、触らぬ神に祟りなしとばかりに敬遠する。

 私はリルの手を握り直すと、とりあえず岩肌が見える方向へと、足を進めた。

 

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