混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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竜の塒と追走劇 その6

 この高低差だ、追い付くには空を飛ぶしか方法はなかった。

 しかし、魔術で空を飛ぶのは、相当高度な技術を必要とする。

 

 高度の維持、姿勢制御、進行したい方向への推力、それら全てを自力で制御しなければならない。

 

 また、無風ならばまだしも、遮蔽物がない場所は、風の勢いもまた強いものだ。

 一方向から吹いたと思えば、今度は逆に吹かれる事もある。

 

 その度に神経を削る制御を繰り出さねばならず、生身でやれる者はいない、というのが常識だった。

 

 だから、その為の魔術秘具が存在している。

 生身でやれないのなら、やれるように幾重にも付呪を施し実現するのだ。

 

 しかし当然、購入すれば誰であろうと使用できる、という物でもない。

 魔術士になれる程の高い魔力が必要だし、起動した後も制御が必要だ。

 

 生身でやるより余程楽であるものの、訓練も必要という苦労もある。

 

 しかし、それらをクリアしても、依然燃費の悪さという問題は解決できないのが、魔術飛行の悩ましい所だった。

 

 そして、魔術秘具の動力となるのは、総じてマナだ。

 それも使用する本人のマナが必要となる。

 

 いざ使いたい時の為に、普段から充填しておくのが魔術秘具だから、飛行術具についても同様にしておかなければならない。

 

 そうして稼動するのは、最大で三時間程……。

 速度を上げれば、その分だけ稼働時間は短くなる。

 

 最大時間使いたければ、徒歩と変わりない速度で飛ばす必要があった。

 

 余り意味がない様に思えるが、例えば橋の落ちた川を渡るなど、そうした場合には重宝する。

 

 竜の様に軽快な空の旅、というのは、人類にはまだ遠い夢の話なのだ。

 

 さて、と一呼吸置いて、私は空間から取り出した飛行術具を雪面に置き、代わりに橇を回収、収納した。

 

 飛行術具は馬の鞍に良く似たもので、座り具合も似たようなものだ。

 ただし、その手前に手綱とは違う、体勢を維持する為の取っ手が付いていた。

 

 魔力を通して起動させると、フワッと風を巻き起こし、私の腰の高さで制止した。

 リルがそれを不思議そうに見つめ、指先でつついたりしている。

 

「お母さん、これなぁに?」

 

「空を飛ぶ為の物だよ。やっぱり、移動する乗り物といえば鞍だと思って、馬のサドルを真似て作ったんだ」

 

「んま?」

 

「う・ま」

 

 またも一言毎に区切って言いながら、苦笑しつつリルを鞍に乗せる。

 実際の所、飛行術具に決まった形など存在しない。

 

 というより、未だ未発達の分野なので、そこまで明確に定まっていない、という方が正しい。

 

 魔術の研究はとにかく金が掛かるし、世間一般に実用まで程遠いという認識なので、停滞しているのが現状だ。

 

 元々リルと二人乗りする為に作ったものなので、騎座には十分な余裕がある。

 無理なくリルを乗せた後に、私もその身体を包むようにして座った。

 

 鐙にも足を掛け、しっかりと鞍を太ももで締めると、腰の部分を備え付けのベルトで固定した。

 

 あらかた準備が終えたところで、リルが声を駆けてくる。

 

「お母さん、これ……ホントにとべるの?」

 

「そこまで速くはないけどね、飛べるよ」

 

「さいしょから、これじゃダメだったの?」

 

「痛いトコロを突くけど、橇を使わないでいたから、いざという時の魔力が残っていた訳だからね。……何より、そこまでスピードが出ない」

 

「どのくらい……?」

 

「全速力でも、竜には敵わないくらいかな」

 

「すごい、はやいきがする……。たまごにのってたくらいでしょ?」

 

 そうなのだが、あの時だって、フンダウグルは全速で飛んでいた訳ではない。

 人間に例えると、せいぜいのんびり走ったくらいだろう。

 

 人の世界では、それにすら追い付けないという事なので、忸怩たる思いがあるのだ。

 

 ともかくも、今は魔力の残量も万全だ。

 今回は、盗人どもを追走するのに掛かった時間は、だいたい一時間弱だった。

 

 結果から言えば、最初から使えばもっと速く追い付けたのかもしれないが、簡単に追い付く保障はどこにもなかった。

 

 飛行術具には予めマナが充填させてあったから、尽きたとしても即座に墜落する事はないが、もしももっと先にいたら――。

 

 もし追い付くのが三時間後だったりしたら、その時点で魔力が空になって、そこからの捕縛が難しくなっていた。

 

 魔術士の鉄則として、魔力の温存が上げられるが、それは何も戦闘のみを視野に入れたものではないのだ。

 

「これがないと、おそらとべないの?」

 

「無理って事はない。でも、それには才能がいるんだよ。それに凄く疲れるんだ。お母さんは、なるべくしたくないな」

 

「そうなんだ……」

 

 難しそうな顔をして頷いたのを見て、鞍の前部にある取っ手――グリップを握る。

 

 この状態だとどうしても前屈みになるし、リルを窮屈にしてしまう形だから、これは設計からして間違ったかもしれない。

 

 ――次から要改善だな……。

 そう、心の中で今後の予定を決めた時、リルが身体を捩って顔を向けた。

 

「ねぇ、お母さんっ! リルもとべる?」

 

「うん? 今から一緒に飛ぶだろう?」

 

「そうじゃなくて! じぶんで!」

 

 私はふっと笑みを漏らしてグリップから手を離し、リルをぎゅうぎゅうと抱きしめる。

 

「出来るよ、リルなら出来る。いっぱい勉強しないといけないけど」

 

「んっ! がんばる!」

 

「算数もだぞ? 計算だって出来ないと……」

 

「がんばるっ!」

 

「凄い乗り気だな。前は散々、嫌だって言ってたのに……」

 

 だって、と言いながら、リルはきゃらきゃらと笑う。

 

「さっきすべったの、すっごくたのしかった! おそらでもできたら、きっとたのしいよ!」

 

「うぅん……、中々不純な動機だなぁ……」

 

 直後に、いいや、と思い直す。

 むしろ、子供らしくて良いのかも。

 

 それで勉強にやる気が出るというのなら、その熱意は持ち続けて欲しいくらいだった。

 

「それじゃあ、リル。しっかり騎座の縁に掴まって」

 

「どこ?」

 

「――ここ」

 

 実際にリルの手首を取って縁に誘導してやり、しっかり握ったのを確認してから浮上する。

 

 元より腰の高さで浮いていた飛行術具だが、それで頭の高さ程まで高度を上げた。

 

 馬首を翻す様に、体重移動と共に方向転換すると、今も銀の卵が道の上を這っているのが見える。

 

 目視出来る範囲ならば、追い付くのは正にあっと言う間だ。

 

「いいかい、リル? 声を上げてはいけないよ。ゆっくり近付いて不意を打つから、その邪魔をしないように」

 

「んっ! わかった!」

 

 わざわざ飛行術具など使用するのも、それが理由だ。

 追い付くだけなら、重力制御して崖から飛び降り、改めて橇で追えば良い。

 

 それをしないのは、万が一でもリルに怪我を負わせない為だ。

 竜の近くまで接近しようという輩が、二流の腕しかないとは思えない。

 

 正面から連携を取って戦われた時、リルを守りつつ戦うのは、やはり不利には違いなかった。

 

 それならば、あえて無理せず、必勝を期す戦法を取る方が賢い。

 何かあった時の為に用意して来たのだから、こういう時に使うべきなのだ。

 

「そぉれ……!」

 

 掛け声と共に、飛行術具は滑るように空を飛び出す。

 速度は馬の速歩(はやあし)程度、人が走る速さと殆ど変わらない。

 

 先程までの速度に慣れたリルには、さぞかし退屈だろうと思ったが、それに反して喜びの声を上げた。

 

「すごいねぇ~、カッコいいねぇ〜!」

 

「喜んでくれるのは嬉しいけど、声は出さないようにね」

 

「んぅ……、ごめんなさい」

 

「大丈夫、まだ聞こえるほど近くに来てはないから」

 

 盗人どもより速いとはいえ、飛び立ったばかりなのも幸いした。

 子供の甲高い声は意外と響くが、それでも流石に相手方に届く程ではない。

 

 ――と、思っていたのに。

 先頭を行くリーダー格の男が、不意に顔を上げて目を剥いた。

 

 そうして、何事かを仲間に呼び掛け、指を向けてくる。

 

「……気付かれたか」

 

「お母さん、ごめんなさい……」

 

「いや、今のはリルじゃないな……」

 

 タイミングに大きなズレがあった。

 だが盗人どもとしても、追手の可能性は当然、考えていたに違いない。

 

 背後を定期的に確認するのは、むしろ当然と言える。

 しかし――。

 

「何故、真っ先に上空……? 普通、背後を見るんじゃ……」

 

 疑問を浮かべても、さりとて見つかったものは仕方がない。

 その間に弓士は矢を番えているし、魔術士は魔術の準備に取り掛かっていた。

 

 ――既に戦闘は始まっている。

 

 私は飛行術具に魔力を込めて制御し、最高速度を出しながら盗人どもに突貫して行った。

 

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