「リル、さっきの続きだ。しっかり掴まってなさい」
「うんっ!」
その返事を聞くか聞かないか……。
そのタイミングで、私は
直後、飛来した矢が横を通り過ぎて行く。
立て続けに放たれる矢は、どうあっても近付けさせない、という弓士からの意志を感じさせた。
「いい腕だ……」
相当な訓練と、場数を踏んでいるのだろう。
狙いが正確で、また偏差射撃も出来ている。
そうした魔鳥を専門に狩っていた過去でもあるのか、矢の軌道に動揺も感じられなかった。
だが、
更に速度を上げて、右へ左へと、不規則な動きで狙いを翻弄した。
「わぁぅっ、きゃあ〜っ!」
リルはその不規則な動きすら、喜んで声を上げている。
まるで遊具に揺られているか子供そのままで、危機感など全くないのだが、今はそちらの方が助かった。
矢を躱し、大外回りで狙いを逸らし、更に近付く。
そうして距離を半分程に縮めた時、それまで控えていた魔術士が、強引に魔術を行使した。
「ヘッタクソな奴だな……」
弓士が牽制している間に、大規模な魔術を準備したかったのだろう。
その意図は理解できる。
しかし、その割には制御がお粗末で、十分に魔力を練り込めていない。
速度を重視したのだろうが、そのせいで全体の構成が疎かだ。
「こちらにとっては都合が良いがな……」
そういう中途半端な魔術だから、強制的に割り込んで、魔術を中断できる。
魔術の使用とは、術式の構成こそが全てだ。
それは時として建築にも喩えられ、十分なしっかりとした土台、強固な柱、それらを取り巻く壁に形容される。
その土台を疎かにすれば、少し小突いただけで柱は倒れ、壁は倒壊する。
魔術士ならば、自分の魔力をその構成そのものに、強引に干渉する事は難しくない。
だから、最初の土台だけは、しっかりと構成するものなのだ。
ここが堅固ならば、そもそも干渉など出来ないのだから。
しかし、敵魔術士は速度を重視する余り、それを怠った――。
「だから、こういう事をされる」
魔術士の頭上で膨れ上がった火球は、民家よりも巨大な炎となって燃え盛っていた。
私が更に速度を上げ、直線の動きになった瞬間を見計らい、それを解き放とうとする。
しかし、放たれた巨大火球は、逆風で押し返されるかのように、ほんの少し前進しただけで元に戻り、彼ら自身を巻き込んで焼いてしまった。
「ぎゃあアアア!」
「何やってんだァァァ……!!」
それで後衛の弓士と魔術士は、戦闘不能になった。
残ったのは前衛の戦士らしき男と、戦士にも劣らぬ屈強な体型の僧侶だった。
手には盾とフレイルを持っていたが、それら二つを投げ出して、私を相手するより仲間の助けに入っている。
そうなると、後に残ったのはその戦士一人だけだ。
私は飛行術具の角度を調節し、急滑降を試みる。
最大速度で空から落ちるように突っ込み、剣を振りかぶる戦士へと突撃した。
私達には事前に張った空気の層があって、衝撃なども殆どない。
しかし、戦士は大きく弾き飛ばされ、そのまま雪の上に転がった。
そのままの勢いで、こちらに背を向け治癒している僧侶にも突貫し、背後から攻撃した事で決着となった。
魔術の被害に遭った二人も、とりあえず最低限の処置を施された後だったようで、とりあえず生きている。
火傷は酷いし、赤く爛れた肌が焼けた防寒具とくっついて、酷い状態になっていた。
不憫というより、リルにそうした傷を直視させたくなくて、私は治癒魔術を行使する。
起き上がって攻撃されても困るから、治療するのは表面上の火傷だけだ。
一度焼けた肌は、身動きするだけで千本の針で刺される痛みが走るだろうし、ろくに受け答えも出来ないだろう。
だが、とりあえずは鎮圧できた。
魔術士の近くにあった卵駕籠に傷は付いたが、あくまで表面上の傷だけだ。
周囲を一周して確かめ、内部に問題がないのを確認して、その近くに降り立つ。
「リル、大丈夫だったか?」
「へいきだよっ! ちょっと……、びっくりしたけど」
「あぁ、ごめんごめん……。特に最後は怖かったよな……!」
私は
「こわくなかったもん! ……でも、さっきのおじさん、だいじょぶ?」
「リルは優しいなぁ……。盗人を心配する必要なんてないんだよ」
それに、衝撃の瞬間、戦士の男は後方に飛び退いていたように思う。
攻撃が間に合わないと悟るや否や、被害を最小限に留めようとしたのだ。
弓士の腕も良かったし、戦士の判断も的確だった。
このパーティは、案外それなりに高ランクの冒険者だったりするのかもしれない。
「……しかし、それがどうして、私の駕籠を奪うって話になるんだ?」
素材にミスリル銀を使用しているから、魔術防御はピカイチだ。
傷らしい傷がない事を改めて確認してから満足し、それからハタ、と思いたる。
これだけの大きさを用いたミスリル銀なら、一財産にはなる。
だから奪おうと思い付いたのか、と思ったが、あんな所に怪しいものを、勝手に持ち帰ろうとするだろうか。
――あるいは、あんな所だから、なのだろうか。
持ち主がすぐ傍に居るなど、思いも寄らなかったのではないか。
「まぁ、訊くだけ訊いてみるか」
動けない後衛二人は置いておいて、気絶した前衛を縛り上げて近くに持って来る。
近くへ落とした衝撃で、魔術士がうめき声と共に恨みがましい視線を送って来たが、当然無視した。
今も苦悶の表情を浮かべて動かない戦士を、つま先で小突く。
リルは未だに飛行術具の上で座り、事の成り行きを見守っていた。
敢えて後方に置いて距離を取り、万が一攻撃されても、即座に防げる位置取りを心掛けている。
しかし、戦士は何度小突いても中々起きず、痺れを切らし、更に強めに蹴った。
その場から何度か転がるほどの威力で、これには流石に男も目を覚ました。
「グッ……、くく……! くそっ、何が起きた……」
「何が起きた、じゃないんだよ。記憶まで飛んだのか」
「お前は……! ……そうか。やられた、か……」
「思い出してくれたようで何よりだ」
「チッ……! あぁ、クソッ、胸が……! 何だあれは……。女の……魔術士が空を飛んで来るなんて、そんなの聞いとらんぞ……!」
魔女と女魔術士の境界は、非常に曖昧だ。
外見から分かる事でもなく、協会などがあって認定するものでもない。
大抵は自己申告制だし、地域や国によっては、しっかりと侮蔑用語だったりするから、良識ある者ならば迂闊に言わない単語でもあった。
そこを考えると、この戦士は良識と分別あるタイプの人間らしい。
この状況で、下手に挑発などで刺激する無意味さを、良く理解している。
「しかし、
「なに言ってるんだ、ご同業だろ? お前もそのつもりで来たんじゃないのか?」
「生憎と、盗人に堕ちたりなんかしていない」
――前言撤回。
こいつは良識も分別もないタイプだった。
私が怒りをチラつかせたのを見て取って、戦士は慌てて首を振り……そして、胸の痛みで悶絶した。
「ぐっ、くぅぅ〜……! クソッ……せめて治療だけでも、させてくれんか。喋るだけでも辛いんだ……っ」
「それより、その品のない言葉遣いを改めろよ。小さな子供が傍にいるんだぞ、真似したらどうしてくれる」
言われて初めて気付いたらしい。
私の背後に目を移して、それから虚を突かれた顔をする。
「何で……こんな所に、こどもが?」
「何故かは、どうでも良いんだよ。それよりお前……お前達だ。何で私の駕籠を盗んだりした?」
「……カゴ? 何の話だ?」
「ここで惚けて何の意味がある。これの事だよ、コレの!」
私が卵駕籠をコンコン、と叩いてみせると、男は目に見えて動揺した。
「お、おまっ……! 馬鹿! 粗末に扱うな!」
「は? 私の物を、どう扱おうが私の勝手だろ」
「お前こそ何言ってるんだ! ――いや、そう! それより、速く逃げないと! これはもう、お前の物って事でもでいい! でも、運ぶのに人手は必要だろう? 俺達がその荷運びをする。だから、儲けを少し分けてくれないか!」
……どうも根本的な部分で、話が噛み合っていない。
そして、この男達にも事情がありそう、という事は分かった。
しかも、その風体から冒険者パーティに見えるし、そうだとしたら依頼者がいると見て間違いない。
「ハァ……。何だよ、全く……」
何が目的で狙ったものか、訊きたくはないが、どうやら訊かない訳にはいかなそうだった。