混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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竜の塒と追走劇 その8

「色々と聞き捨てならん台詞が聞こえたが……。それよりも……」

 

 手近に見えていた岩へと手を翳し、魔力をぶつけて砕いて割った。

 

 ある程度纏まった大きさと形が必要なので、それらも考えて力を調整している。

 

 それを見た戦士は、身体を震わせて懇願して来た。

 

「もう負けは認めてる! これはあんたの物だ、そう言ったろう? 早いもの勝ち、奪ったもの勝ちだ。けど、手伝うなら少しくらい分け前を……」

 

 戦士は何か勘違いしているが、私は初めからそんな脅しの為に岩を砕いていない。

 岩の破片が必要だから砕いたのだ。

 

 程よい形になるよう、調整して砕いただけあって、必要な物はすぐに手に入った。

 そうして岩片を動かすことしばし、簡単に組むだけで立派な竈が出来上がった。

 

 勿論、自宅にある物に比べたら簡素なものだが、この場で火を熾すだけなら十分なものだ。

 

 私は懐から竹炭を取り出し、竈の中に入れると、魔術で火を放つ。

 簡単には着火しないが、そこもまた魔力の調整次第だ。

 

 一点に集中して熱を加え、そこに風の流れ道を作ってやれば……。

 ポッと音を立てて一欠片の火が熾る。

 

 その火に向けて、更なる風を柔らかに送り続ければ、たちまち他の竹炭にも炎が燃え移った。

 

 あっという間に火が用意できると、その手前に飛行術具(サドル)に乗ったままのリルを移動させる。

 

 空気の層を広く取り、竈を内側に入れてリルに微笑みかけた。

 

「さ、少し長くなるから、火に当たっていなさい」

 

「うんっ! んひひ、あったかい……!」

 

 空を飛ぶと、冷気の浸透もそれだけ大きい。

 りんごの様に赤い頬を、更に紅潮させてリルは笑った。

 

「……そうだな、喉もすっかり渇いているだろう」

 

 簡易的なものしか用意できないが、温まる飲み物を飲ませてやりたい。

 

 卵駕籠の側面に手を当て、一部分を押し込むと、カチリと音がしてタラップが降りて扉が開いた。

 

「んな……!?」

 

 戦士と僧侶から驚いた声が上がるが、無視して中に入り、目的の物を取り出す。

 手に持ったのがジュースだと分かって、リルは顔を輝かせた。

 

「それ、リンゴ? のみたいっ!」

 

「ちょっと待ってなさい。温かい物にするからね」

 

 竈の上に一緒に持って来た鍋を置き、その中にリンゴジュースを注ぐ。

 更にクローブとスパイスを加え、軽く沸騰するまでよく温める。

 

 本当なら、予め絞っておいた果汁ではなく、果肉の状態から沸かしたかったし、他にもオレンジや少量のレモンなども加えたかった。

 

 しかし、そこまでするには材料がなかったので、ごく簡易的な調理で済ます。

 

 それに、本格的にするのなら、沸騰直前まで温めて、二十分はしっかりと煮詰めなければならない。

 

 流石にそこまで待たせるのは酷なので、今は身体を温める飲料、という(てい)で提供するしかなかった。

 

 沸騰する直前まで温めるには、そう時間は掛からない。

 

 そうして指先を鍋に付けることなく、くるくると回し、ゆっくりと撹拌させてから持ち上げた。

 

 すると、ヘビのように鎌首をもたげて、中身が鍋から顔を出す。

 今度は手持ちのマグに指を向ければ、そのまま飛び込み中身が満たされた。

 

 そこにシナモンスティックを差し込めば、アップルサイダーの完成だ。

 

 後はジュースと一緒に持ち出した、保存用に水分をなるべく抜いた、クルミとナッツのクッキーも一緒に付ける。

 

 それらの入った袋の口を広げると、それだけで香ばしい香りが漂う。

 私個人としても満足している、完成度の高い一品だった。

 

 一瞬でそれを嗅ぎ取ったリルは、期待に満ちた目を向けてくる。

 私は苦笑しながら、クッキーの袋とアップルサイダーをリルに手渡した。

 

「まだ熱いから気を付けなさい。クッキーも固いから、注意して噛むように。少し浸して食べても美味しいかもね」

 

「うんっ! ありがとう、お母さん!」

 

 受け取るなり、バリボリとクッキーを噛み砕き、美味しそうに咀嚼する。

 

 注意しなさいと言ったばかりなのに、食い気に負けて噛んでしまうのはリルらしいと見るべきか、それとも仕方ないと目を瞑るべきか……。

 

 何にしろ、獣人の強靭な顎には、大して問題にはならなかった。

 

 口いっぱいに頬張ったクッキーを、熱いサイダーで流し込み、ほぅっと幸せそうに白い息を吐き出す。

 

 背後を振り向けば、戦士と僧侶はそれを羨ましそうに見つめていた。

 私はリルへの視線を断ち切るように場所を移動し、卵駕籠に手を置いて扉を閉める。

 

「……それで? お前達は依頼を受けて、コレを盗み出したって事で良いのか?」

 

「……ぅ、お……。いや、待て待て! 待ってくれ!」

 

 リルを見ては呆けていた戦士は、私の声で現実に引き戻され、(かぶり)を振ってから顎で卵駕籠を指した。

 

「それ、何なんだ!? 何で開いた? 何を取り出した!? その中はどうなってるんだ!?」

 

「何かも分からず、コレを盗み出したのか?」

 

「卵だと思ってた! 竜の卵だと! それ以外に、何に見える!?」

 

 言われて、初めて気が付いた。

 というより、言われる前に気付くべきだった。

 

 これを見て、真っ先に思うのは巨大な卵で、卵の形を模した何かだなどと、看破できる者はいない。

 

「あぁ、そうか……。なるほど……そうだな……」

 

 背後を確認するにしろ、まず上空を窺ったのは当然だ。

 

 これほど巨大な卵を、竜の卵だと断定するのは仕方ないし、だったら上空から追ってくると想定するに決まっている。

 

「そうか、竜の卵を持ち帰えれたなら、破格の値段が付くだろうしな。目的はそれか」

 

「そうだ、それ以外に何がある!? だが、……クソッ! 卵ですらなかったのか!」

 

「だから、その品のない言葉遣いを改めろよ」

 

 私はハエを払う仕草で手を振るい、男の頬を打ち払う。

 当然、手が当たる距離ではないが、それとは関係なく、男は雪の上に倒れ込んだ。

 

 私は戦士から話を訊くのを止め、隣の僧侶に相手を移す。

 こちらの方ならば、まだしもマシな言葉遣いを知っているだろう。

 

「お前達は依頼を受けてやって来た、という事で良いんだよな? 寄せ集め集団じゃなくて、明らかに冒険者パーティって出で立ちだ」

 

「冒険者だからと、常に何かの依頼を受けている訳でもないでしょう。時として、自らの名誉の為に、竜へ挑む冒険者もいるものです」

 

「おっと、それは通じない。さっき、そこの男が魔女が追ってくるなんて聞いてない、と口を滑らせていた。誰か依頼人がいなければ、出て来ない言葉だ」

 

 僧侶は眉根にシワを刻んで沈黙した。

 

 それこそ何より雄弁に事を語っているようなものだが、かといって素直に頷ける事ではないらしい。

 

 ただし、そこで口汚く暴言を吐かなかったのは、見込みがあると言える。

 

 そこの戦士ならば、やはり子供の教育に良くない言葉を吐き出していたに違いない。

 

「冒険者として、守秘義務があるのは分かるさ。竜の卵を欲しがるぐらいだ。貴族階級の人間だ、というのは分かる。高値で売り付けられると踏んだ、豪商の類も考えられるが……」

 

 その場合だと、真っ先に浮かぶのは、実際に竜と接触したボーリス・ヴァノワだろう。

 

 直接対峙したその時、ウィンガートに卵があると察っせられる材料を得たのならば、依頼を出しても不思議ではない。

 

 あるいは、それを欲して策を弄した可能性もある。

 

 契約を結ぼうと決めるまでは別の意図があったとして、卵の存在を知って別の計画に変更したとか……。

 

 実直に見えた、と言うウィンガートの証言とも、それで繋がる。

 

 無理やり反故にして、兵を山へと立ち入らせ、巣から離れた所を奪うつもりだった、と考えるのは穿ち過ぎだろうか。

 

「……いや、良くないな」

 

 それぞれのピースを、自分の都合で無理やり繋ぎ合わせようとしている。

 今あるピースが全てではなく、むしろ足りないピースの方が多いはずだ。

 

 人間側の証言を何一つ訊いてないのに、憶測だけを一人歩きさせるのは危険だった。

 

「では、聞かせてくれ。お前達の依頼主は、ボリース・ヴァノワか?」

 

「……誰だ、そいつ?」

 

 これは本気の困惑と共に返答された。

 表情を見る限り、嘘とも思えない。これは信じても良いだろう。

 

「そうか、違うか。コイツだったら、色々と繋がって話は単純だったが……。そうだよな、そう単純でもないか」

 

「言っている意味が、よく……」

 

「分からない? だったら、もっと事を単純にしてやろう。死にたくなければ、洗いざらい話せ」

 

「な……ッ!?」

 

「意外か? よくある話だろう」

 

 本気で驚いているのが、逆に不思議でならない。

 しかし、僧侶はリルの方に視線を向け、それから私へと、交互に忙しく移した。

 

 幼子の前で、そんな事をするのか、とでも言いたげだ。

 そして私は、子供の教育に悪い、と戦士の頬を叩いたくらいだ。

 

 まさか拷問めいた尋問は、行わないと思ったに違いない。

 その部分だけ見れば、確かに間違った考えではなかった。

 

「いや、私は手を下さないぞ。ただ、一昼夜、ここに居て貰うだけだ。こちらはあの卵があるから、凍える事はない。むしろ快適だ。しかし、お前達はどうかな? 特に火傷を負った二人……」

 

 男二人と違って、後衛の二人は雪面の上で仰向けの状態だ。

 熱を奪われる速度は、ただ座っている状態の比ではない。

 

「今ももう、震え始めているじゃないか。明日の朝陽を拝む事はなさそうだな」

 

「何たる……、何て……!」

 

「我慢比べはするだけ無駄だぞ。暖かい火と、温かい料理を食べる様子を、死ぬ間際まで見ていたいのか?」

 

 僧侶の顔が痛烈に歪む。

 そして、先程見せられたリルの意味を、今更になって理解したようだ。

 

 無論私も、リルの心配だけして、あの場を作り始めた訳ではない。

 口が固く義理堅い冒険者は、それこそ本当に固いものだ。

 

 その口を開かせるのは容易ではないが、それも時と場合に寄る。

 そして、この時と場合は、選択するまでも残酷な状況だった。

 

 僧侶は、自分達が圧倒的な不利な状況であり、死の間際であると認めない訳にはいかなかった。

 

「分かった、何でも答える。……とはいえ、答えられる情報など、そう多くないのだが……」

 

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