「色々と聞き捨てならん台詞が聞こえたが……。それよりも……」
手近に見えていた岩へと手を翳し、魔力をぶつけて砕いて割った。
ある程度纏まった大きさと形が必要なので、それらも考えて力を調整している。
それを見た戦士は、身体を震わせて懇願して来た。
「もう負けは認めてる! これはあんたの物だ、そう言ったろう? 早いもの勝ち、奪ったもの勝ちだ。けど、手伝うなら少しくらい分け前を……」
戦士は何か勘違いしているが、私は初めからそんな脅しの為に岩を砕いていない。
岩の破片が必要だから砕いたのだ。
程よい形になるよう、調整して砕いただけあって、必要な物はすぐに手に入った。
そうして岩片を動かすことしばし、簡単に組むだけで立派な竈が出来上がった。
勿論、自宅にある物に比べたら簡素なものだが、この場で火を熾すだけなら十分なものだ。
私は懐から竹炭を取り出し、竈の中に入れると、魔術で火を放つ。
簡単には着火しないが、そこもまた魔力の調整次第だ。
一点に集中して熱を加え、そこに風の流れ道を作ってやれば……。
ポッと音を立てて一欠片の火が熾る。
その火に向けて、更なる風を柔らかに送り続ければ、たちまち他の竹炭にも炎が燃え移った。
あっという間に火が用意できると、その手前に
空気の層を広く取り、竈を内側に入れてリルに微笑みかけた。
「さ、少し長くなるから、火に当たっていなさい」
「うんっ! んひひ、あったかい……!」
空を飛ぶと、冷気の浸透もそれだけ大きい。
りんごの様に赤い頬を、更に紅潮させてリルは笑った。
「……そうだな、喉もすっかり渇いているだろう」
簡易的なものしか用意できないが、温まる飲み物を飲ませてやりたい。
卵駕籠の側面に手を当て、一部分を押し込むと、カチリと音がしてタラップが降りて扉が開いた。
「んな……!?」
戦士と僧侶から驚いた声が上がるが、無視して中に入り、目的の物を取り出す。
手に持ったのがジュースだと分かって、リルは顔を輝かせた。
「それ、リンゴ? のみたいっ!」
「ちょっと待ってなさい。温かい物にするからね」
竈の上に一緒に持って来た鍋を置き、その中にリンゴジュースを注ぐ。
更にクローブとスパイスを加え、軽く沸騰するまでよく温める。
本当なら、予め絞っておいた果汁ではなく、果肉の状態から沸かしたかったし、他にもオレンジや少量のレモンなども加えたかった。
しかし、そこまでするには材料がなかったので、ごく簡易的な調理で済ます。
それに、本格的にするのなら、沸騰直前まで温めて、二十分はしっかりと煮詰めなければならない。
流石にそこまで待たせるのは酷なので、今は身体を温める飲料、という
沸騰する直前まで温めるには、そう時間は掛からない。
そうして指先を鍋に付けることなく、くるくると回し、ゆっくりと撹拌させてから持ち上げた。
すると、ヘビのように鎌首をもたげて、中身が鍋から顔を出す。
今度は手持ちのマグに指を向ければ、そのまま飛び込み中身が満たされた。
そこにシナモンスティックを差し込めば、アップルサイダーの完成だ。
後はジュースと一緒に持ち出した、保存用に水分をなるべく抜いた、クルミとナッツのクッキーも一緒に付ける。
それらの入った袋の口を広げると、それだけで香ばしい香りが漂う。
私個人としても満足している、完成度の高い一品だった。
一瞬でそれを嗅ぎ取ったリルは、期待に満ちた目を向けてくる。
私は苦笑しながら、クッキーの袋とアップルサイダーをリルに手渡した。
「まだ熱いから気を付けなさい。クッキーも固いから、注意して噛むように。少し浸して食べても美味しいかもね」
「うんっ! ありがとう、お母さん!」
受け取るなり、バリボリとクッキーを噛み砕き、美味しそうに咀嚼する。
注意しなさいと言ったばかりなのに、食い気に負けて噛んでしまうのはリルらしいと見るべきか、それとも仕方ないと目を瞑るべきか……。
何にしろ、獣人の強靭な顎には、大して問題にはならなかった。
口いっぱいに頬張ったクッキーを、熱いサイダーで流し込み、ほぅっと幸せそうに白い息を吐き出す。
背後を振り向けば、戦士と僧侶はそれを羨ましそうに見つめていた。
私はリルへの視線を断ち切るように場所を移動し、卵駕籠に手を置いて扉を閉める。
「……それで? お前達は依頼を受けて、コレを盗み出したって事で良いのか?」
「……ぅ、お……。いや、待て待て! 待ってくれ!」
リルを見ては呆けていた戦士は、私の声で現実に引き戻され、
「それ、何なんだ!? 何で開いた? 何を取り出した!? その中はどうなってるんだ!?」
「何かも分からず、コレを盗み出したのか?」
「卵だと思ってた! 竜の卵だと! それ以外に、何に見える!?」
言われて、初めて気が付いた。
というより、言われる前に気付くべきだった。
これを見て、真っ先に思うのは巨大な卵で、卵の形を模した何かだなどと、看破できる者はいない。
「あぁ、そうか……。なるほど……そうだな……」
背後を確認するにしろ、まず上空を窺ったのは当然だ。
これほど巨大な卵を、竜の卵だと断定するのは仕方ないし、だったら上空から追ってくると想定するに決まっている。
「そうか、竜の卵を持ち帰えれたなら、破格の値段が付くだろうしな。目的はそれか」
「そうだ、それ以外に何がある!? だが、……クソッ! 卵ですらなかったのか!」
「だから、その品のない言葉遣いを改めろよ」
私はハエを払う仕草で手を振るい、男の頬を打ち払う。
当然、手が当たる距離ではないが、それとは関係なく、男は雪の上に倒れ込んだ。
私は戦士から話を訊くのを止め、隣の僧侶に相手を移す。
こちらの方ならば、まだしもマシな言葉遣いを知っているだろう。
「お前達は依頼を受けてやって来た、という事で良いんだよな? 寄せ集め集団じゃなくて、明らかに冒険者パーティって出で立ちだ」
「冒険者だからと、常に何かの依頼を受けている訳でもないでしょう。時として、自らの名誉の為に、竜へ挑む冒険者もいるものです」
「おっと、それは通じない。さっき、そこの男が魔女が追ってくるなんて聞いてない、と口を滑らせていた。誰か依頼人がいなければ、出て来ない言葉だ」
僧侶は眉根にシワを刻んで沈黙した。
それこそ何より雄弁に事を語っているようなものだが、かといって素直に頷ける事ではないらしい。
ただし、そこで口汚く暴言を吐かなかったのは、見込みがあると言える。
そこの戦士ならば、やはり子供の教育に良くない言葉を吐き出していたに違いない。
「冒険者として、守秘義務があるのは分かるさ。竜の卵を欲しがるぐらいだ。貴族階級の人間だ、というのは分かる。高値で売り付けられると踏んだ、豪商の類も考えられるが……」
その場合だと、真っ先に浮かぶのは、実際に竜と接触したボーリス・ヴァノワだろう。
直接対峙したその時、ウィンガートに卵があると察っせられる材料を得たのならば、依頼を出しても不思議ではない。
あるいは、それを欲して策を弄した可能性もある。
契約を結ぼうと決めるまでは別の意図があったとして、卵の存在を知って別の計画に変更したとか……。
実直に見えた、と言うウィンガートの証言とも、それで繋がる。
無理やり反故にして、兵を山へと立ち入らせ、巣から離れた所を奪うつもりだった、と考えるのは穿ち過ぎだろうか。
「……いや、良くないな」
それぞれのピースを、自分の都合で無理やり繋ぎ合わせようとしている。
今あるピースが全てではなく、むしろ足りないピースの方が多いはずだ。
人間側の証言を何一つ訊いてないのに、憶測だけを一人歩きさせるのは危険だった。
「では、聞かせてくれ。お前達の依頼主は、ボリース・ヴァノワか?」
「……誰だ、そいつ?」
これは本気の困惑と共に返答された。
表情を見る限り、嘘とも思えない。これは信じても良いだろう。
「そうか、違うか。コイツだったら、色々と繋がって話は単純だったが……。そうだよな、そう単純でもないか」
「言っている意味が、よく……」
「分からない? だったら、もっと事を単純にしてやろう。死にたくなければ、洗いざらい話せ」
「な……ッ!?」
「意外か? よくある話だろう」
本気で驚いているのが、逆に不思議でならない。
しかし、僧侶はリルの方に視線を向け、それから私へと、交互に忙しく移した。
幼子の前で、そんな事をするのか、とでも言いたげだ。
そして私は、子供の教育に悪い、と戦士の頬を叩いたくらいだ。
まさか拷問めいた尋問は、行わないと思ったに違いない。
その部分だけ見れば、確かに間違った考えではなかった。
「いや、私は手を下さないぞ。ただ、一昼夜、ここに居て貰うだけだ。こちらはあの卵があるから、凍える事はない。むしろ快適だ。しかし、お前達はどうかな? 特に火傷を負った二人……」
男二人と違って、後衛の二人は雪面の上で仰向けの状態だ。
熱を奪われる速度は、ただ座っている状態の比ではない。
「今ももう、震え始めているじゃないか。明日の朝陽を拝む事はなさそうだな」
「何たる……、何て……!」
「我慢比べはするだけ無駄だぞ。暖かい火と、温かい料理を食べる様子を、死ぬ間際まで見ていたいのか?」
僧侶の顔が痛烈に歪む。
そして、先程見せられたリルの意味を、今更になって理解したようだ。
無論私も、リルの心配だけして、あの場を作り始めた訳ではない。
口が固く義理堅い冒険者は、それこそ本当に固いものだ。
その口を開かせるのは容易ではないが、それも時と場合に寄る。
そして、この時と場合は、選択するまでも残酷な状況だった。
僧侶は、自分達が圧倒的な不利な状況であり、死の間際であると認めない訳にはいかなかった。
「分かった、何でも答える。……とはいえ、答えられる情報など、そう多くないのだが……」