混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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卵泥棒の真相 その2

 デニスが言った通り、下山する頃には夕陽が落ちる時間帯になっていた。

 用意されていた幌馬車へ卵駕籠を押し込み、全貌を隠して出発する。

 

 馬車での移動は七日の予定で、だから当然、その間は監禁に近い状態だ。

 しかしそれは、通常の場合なら、の話だ。

 

 駕籠の内部には陣があるので、自宅への転移は実に容易い。

 だから、その日は早々に森の家へ帰って、基本的にはそちらで過ごした。

 

 何しろ、リルの教育とて、蔑ろには出来ない。

 

 文字や数字、ごく簡単な計算……それらは今の時期に教えておかなければ、学習速度に憂いが出る。

 

 この子の将来を思えば、決して蔑ろには出来なかった。

 だから、卵駕籠に戻るのは、外の様子を窺う時だけだ。

 

 向こうも私達が静か過ぎる事に不安はあったろうが、声を掛けるな、と言ってある。

 元より私には苦手意識を植え付けられているから、気不味そうではあってもその通りにしていた。

 

 一度、大いにしてやられ、勝ち目のない相手と理解しているから、こそだろう。

 

 途中で逃げるという選択肢も、彼らにはあったろうが、無事にやり過ごせれば大金が舞い込む。

 

 その誘惑には勝てなかったようだ。

 

 途中、馬がへばって動けなくなり、代わりの馬を調達する、というアクシデントこそあったものの、大幅な遅延もなく公都まで到着した。

 

 卵駕籠の周囲は幌で覆われている為、中に居たままでは外の様子が分からない。

 

 しかし、漏れ聞こえて来る音は、これまでと大きく違う活気を伝えて来た。

 それに加え、地面の揺れが安定し、より固く平坦なものになっている。

 

 石畳の上を走っているのだ。

 

 それだけで、ここまで通過した他の町々と比較して、発展した都市だと察するには十分だった。

 

 そこだけ確認すると、私は一度家に帰る。

 駕籠に入るのは、一日数度の定期確認の時だけだ。

 

 それが済んだので家に入ると、今日の勉強を終えたリルが、丁度片付けをする所だった。

 

「ちゃんと終わった?」

 

「うんっ! ちゃんとやった!」

 

 やらなければ、この後はずっとお留守番、と言い付けてあったので、リルの顔は真剣そのものだ。

 

 まだ消してない粘土板を見ると、確かに書き取りはきちんと終えられていた。

 

「……でも、この字は少し、バランスが悪いな。この字は上下の長さと幅が重要なんだ。……いいか? こう書いて、こう。ここを伸ばす」

 

「んぅ……、もうおわったのに……!」

 

「これだけだよ。ほら、書いてみて」

 

 字は書ければ良い、という問題ではない。

 読み返す時、また誰かに読ませる時、綺麗に判読できなければ意味がない。

 

 特に先程の字は、他の字と誤読され易い文字だ。

 文字というのは、大きくなってから矯正させるのが非常に難しい。

 

 嫌がろうとも、今ここできちんと直してやるのが、親の愛情なのだ。

 リルは嫌々でありつつ、やらなければ終わらない、と良く知っている。

 

 だから唇を突き出して不満を表明しつつ、言われた通りに書き取りし直した。

 子供ながらの拙い文字ながら、私が指摘した点はきちんと修正して書く。

 

 同じ文字を複数書かせ、また都度指摘してやると、それでようやく納得して今日の分は終了だ。

 

「はい、よく出来ました」

 

「んふぅ……!」

 

 素直に褒めて撫でてやれば、リルは自慢気に笑って見上げて来る。

 

「これでリルも、おそとにいける!?」

 

「約束だからな。一緒に連れて行ってあげよう」

 

「やった!」

 

 両手を上げて喜ぶリルに、私は困った笑みを浮かべた。

 リルのおねだりには、どうにも甘い……。

 

 本当なら危険な場所に、リルを連れて行くべきではないのだ。

 

 これから行くのは、竜卵を盗み出そうと画策した奴の元で、何が待っているのか未知数だ。

 

 私一人ならば、どういう罠が待ち構えていようと、噛み砕いて脱出できる。

 だから、リルを置いていきたい、というのが本音なのだが……。

 

「やった、やった!」

 

 今も喜んで飛ぼ跳ねているリルを見ると、置いて行くという考えは頭から消えてしまう。

 ……まぁ、万が一は、あくまでも万が一でしかしないな。

 

 私がしっかり守ってやれば済む話だ。

 それに、異国を見聞するのは、リルにとっても良い経験になるだろう。

 

 そうして自分に言い聞かせて腹を括ると、改めて外に出る準備を始めた。

 

 

   ※※※

 

 

 公都に入ったのは昼過ぎの事だったが、目的地へ到着するのは夕方頃という話だった。

 ならば丁度良いという事で、短距離転移で卵駕籠から抜け出し、リルを抱いた格好で外に降り立つ。

 

「わっ、すごいねぇ~……!」

 

 異国であり、また首都だけあって、リルと共に行った街とは全く違う街並みだった。

 

 石造りの壁とレンガ造りの屋根、どれもが同じ様式な為か、統一性があって美しい。

 ただし、道行く人々はどこかよそよそしく、まるで逃げる様に道を急いでいた。

 

「まるで何かに追われているかのようだ」

 

「なにに? まもの?」

 

「そういうのとは、ちょっと違うな……」

 

 逃げるというより、急かされている、というべきなのかもしれない。

 生きる人々に余裕がない、というべきなのか……。

 

 彼らは時間に追われている様に見えた。

 この空気感を、私はよく知っている。

 

「まるで戦争を始める時のようだ……」

 

 それが最も、今の空気感を的確に表しているように思う。

 勘違いならば良い。

 

 しかし、独特の緊張感が、この空気の中に淀んでいた。

 

「なんか、こわい……」

 

「そうだな、長居したくない空気だ」

 

 私はリルを抱いたまま、道を歩き始める。

 ボーリス・ヴァノワ、それが現在、最も事態の中心に近い人物だ。

 

 ボーリスは自分の商会を持っていて、少し聞けば何処にあるのか、その所在は手に入った。

 

 そうして幾つかの大通り、幾つかの交差点を経て、目的地と思しき近くまでやって来た。

 しかし、正確な住所までは聞けなかったので、手近な人を掴まえて訊いてみる。

 

「すまない、ボーリス・ヴァノワの商会は、この近くだと聞いたんだが……」

 

「……あぁ、アンタも旦那に世話になった口かい? ここの所、客人が多いと思ってたけど、残念な事だったね」

 

「……何の話だ?」

 

「だから、お悔やみに来たんだろ? 残念だったね、彼ほど良心的な商売人、そうはいなかったって話だよ。あんたみたいに、世話になった人がせめてもと花を手向けに来るのさ」

 

「死んでるのか!?」

 

 思わず出した声に、怪訝そうな顔が帰って来る。

 

「そう言ったろう。何だ、アンタは金の無心にでも来た方かい? だったら尚更、残念な事さ。今じゃ融資だ支援だのと、言ってる場合じゃないだろう。ボーリスの旦那一人で持っていた様な店だ。これからどうなっちまうんだか……」

 

「死因は? どう死んだか聞いてないか?」

 

「さぁ……、事故だって話だけどね」

 

「事故……」

 

 タイミング的に、どうも素直にそうとは思えなかった。

 むしろ、彼は秘密を知っているが故に、殺されてしまった可能性がある。

 

 竜に交渉を持ち掛けたのはボーリスの意志ではなく、背後に国がいたとしたら……そう考えた事がある。

 軍が通行しようとしたのだ、当然その可能性は高かった。

 

 そして、交渉を成功させた立役者だろうと、それを知っている者がいると拙いと考え、口封じしようとしたのなら、今回の急死にも納得がいく。

 

 あるいは、その逆――。

 彼が独自に交渉し成功したと知り……、竜との証文を欲し、奪う為に殺した。

 

 通行の許可を拡大解釈し、それを手にする者なら、軍隊さえ通れると思ったとしたら……。

 それならば、やはり怪しい人物はこれで相当、絞られる事になる。

 

「お母さん、なんかこわい……」

 

「あぁ、ごめんよ。何か食べる物探して、一緒に食べようか」

 

 リルの背中を優しく撫でてあやし、無理にでも笑顔を作る。

 子どもを前にして、見せる顔ではなかった。

 

 しかし、戦を前にしているからか、活気とは裏腹に露店の数は少なく、また種類も乏しい。

 多くを輸入に頼る国だから、多くを国に徴収されているのかもしれなかった。

 

 不満そうなリルを宥めて、卵駕籠でおやつを食べようと提案し、それでようやく機嫌を少し持ち直した。

 

 公都の散策は散々だったが、重要な情報は手に入った。

 とりあえず今はもう、ここには用はないから、転移で卵駕籠の陣へとその場から飛んだ。

 

 

   ※※※

 

 

 リルの機嫌を取るのに、お菓子など食べさせている間は、音が漏れないよう空気の層を張った。

 一緒の話し合い手になってやり、普段の遊び方に相づちを打ってやるだけで、リルの機嫌は大層よくなる。

 

 沢山食べて、沢山はしゃいだリルは、夕方前にはすっかりお眠だった。

 

 座席を持ち上げ布団を敷いて、今は私の膝ですやすやと眠っている。

 

 馬車は相変わらず、何処へ行くのか分からない道を通る。

 

 そうして揺れながら、石畳の上を何度か曲がると、薄暗い路地へと入って行った。

 

 喧騒は背後へと遠くなり、不気味な静けさが増して来る。

 

 何処をどう通っているのか不明だが、後ろ暗い取引に相応しい場所へ、向かっているのは間違いないようだ。

 

 その時、声を顰めたデニスが幌の向こう側から話し掛けてきた。

 

「あの……、聞こえますか」

 

「どうした?」

 

「あぁ、良かった……。さっきは何度呼び掛けても、返事がなかったものだから」

 

「すまない、寝てた」

 

 実際は違うが、馬鹿正直に伝える理由もない。

 それで、と続きを促すと、デニスは緊張感の増した声で言ってきた。

 

「そろそろ取引現場です。我々は金を受け取ったら立ち去ります。その後の事は、一切関知しません。それで良いんですね?」

 

「それで良い。依頼を受けただけの末端に、用はないからな」

 

「何をしようとしているんだか、考えるだに恐ろしいですよ。――いや勿論、聞き出そうってつもりはないですがね」

 

「そうだろうな。それより気を付けろよ。お前達も無事で済む保障がない」

 

「やっぱり、そういう話なんですか……」

 

 デニスはげんなりと息を吐く……吐くような声音で言った。

 

「分かってます、俺達は国を出ますよ。相手がお貴族でも、他国ともなればそう簡単に手を出せないと思いますし」

 

「そうじゃなくて、この取引の事だ。物だけ受け取って、口封じに殺す……そういう手段を取るかもしれない。気を抜かないことだ」

 

「――皆」

 

 その一言だけで、馬車を囲むメンバーの気配が変わる。

 臨戦態勢に入ったのだと、それで察した。

 

 流石に腕は悪くないだけあって、そうした切り替えも早い。

 不意を打てないとなれば、彼ら四人を消すには、彼ら以上の手練れが四人以上要る。

 

 不利を悟れば素直に引くだろう。

 あるいは、それさえ分からない相手なら、逆にやり易いと言えるかもしれないが……。

 

 実際はどうだろう、と思考を弄んでいると、更に声を顰めたデニスから声が掛かった。

 

「……そろそろです」

 

 それだけ言って、沈黙する。

 私はリルに目を合わせ、口元に一本指を立てた。

 

「シー、静かに。声を出さないように」

 

「……ん!」

 

 リルもまた、私を真似て指を唇に当てて頷く。

 そうして、ゴトゴトと石畳を叩いていた音が、不意に止まった。

 

 それからしばらくし、前方から年嵩らしい男の声と、デニスの声が聞こえてくる。

 

「依頼通りだ、手に入れてきた」

 

「……本当か?」

 

「目の前にあるんだ、確認してみろ」

 

「それもそうだな……」

 

 足音が幌の横を通り、後ろに回る。

 そうして布を捲り上げる音が聞こえ、何やら検分している気配がした。

 

「……本当にこれか?」

 

「俺は竜の卵なんて見たことがない。アンタはどうだ?」

 

「……まぁ、それは……」

 

「だが、山頂まで登り、それを見つけたのは確かだ。大きさといい、質感といい、俺にはそれが竜の卵にしか見えなかったから、命懸けでそいつを運んで来た。話はそれだけだ」

 

「そうだな……」

 

 実際は偽物だった訳だが、デニスの言い分としては正当だった。

 そして、見たことがないものに対し、それ以上の確認方法などないに違いない。

 

 一時(いっとき)の間、沈黙が流れる。

 それからペタペタと手の平で触れる音、次にコンコンと拳で叩く音が聞こえて来た。

 

 またも沈黙が続き、唸るような声が聞こえた後、年嵩の男は何かを決断したようだ。

 

「確かにこいつは、本物らしく思える。どこかで作ったチンケな偽造品とも思えない。……分かった、こいつを受け取ろう」

 

「依頼は完遂ってことで良いんだな?」

 

「あぁ、こいつが報酬だ」

 

 ジャラリ、と金属が擦れる、重々しい音が聞こえる。

 おそらくは、金貨の詰まった袋を差し出したのだろう。

 

「……ありがたく」

 

「契約を交わした時に明記してあったから、当然弁えていると思うが……」

 

「他言無用、分かっているさ」

 

「それなら良い」

 

 年嵩の男はそれだけ言うと、幌の横を通り過ぎ、御者台へ登った。

 ギシリ、と木板の軋む音がして、馬車が小さく左右に揺れた。

 

 どうやら年嵩だけでなく、体重もそれなりにあるらしい。

 ハイッ、という掛け声と共に、手綱を叩く音がする。

 

 そしてどうやら、デニス達“弓闘団”を始末することなく、その場を去る事になったようだ。

 

 プロらしく、取引だけ済ませて、後腐れなく終わろうと言うのか、それとも始末屋が他にいるだけなのか。

 

 どうあれ、それは私の関知しないことだ。

 

 後はこの馬車がどこに行くのか、それだけが今、私にとって関心な部分だった。

 

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