混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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卵泥棒の真相 その4

「……な、何が目的だ! 私に何の恨みがある!? ……それとも金か? 我が家の財が狙いなのか!」

 

「金も命も関係ない。お前が誰なのかも知らないしな」

 

「知らない!? 我がギデオン公家を知らぬと!? どこまで無礼なのだ!」

 

「ふぅん……。ギデオン、そして公家ね……。やはり、それ程の家だったか」

 

 どうやら私の勘と推測も、捨てたものではないらしい。

 屋敷と庭の規模を見れば、凡その家格は見当つくものの、凡そ正解を引き当てていたようだ。

 

「本当は、お前じゃなくて公主を相手に、話を訊きたかったんだ。しかし、最初に見つけた部屋がコレだったんで、とりあえず入ってみる事にしたわけだ」

 

「街角のカフェじゃないんだぞ! そんな理由で……!」

 

 思わぬ返しに、私はくっくっ、と笑う。

 

「……中々、ユーモアがあるじゃないか。そうとも、しかしカフェっていうのは、当たり外れがあるよな? 接客が悪かったり、そもそも提供する茶が不味かったり、茶菓子が粗末だったりと……」

 

「何の話だ……!」

 

「ガッカリしてるって話さ。お前からは、ろくに実のある話を聞けそうにない」

 

「……こ、殺すのか」

 

「おいおい……!」

 

 私は大袈裟に驚いた振りをして身体を持ち上げ、それから乱暴に男の側頭部を、三度叩いた。

 

「私は最初から物腰が丁寧だろう? 既にぐっすり寝込んでいる男の寝室に侵入し、絶対的優位の状態を作って、それから雑談を十分に楽しんで、飽きたらあっさり殺そうって?」

 

 私は起こしていた身体を元に戻して、男の顔を覗き込む。

 

「……私がそんな女に見えるか」

 

「……あ、あぁ。すまなかった、見えない。勿論、見えないとも……」

 

「だろう? 侵入(はい)って来たとき同様に、誰にも見られず、感知されず、煙の様に去ってやるさ」

 

「……頼む、是非そうしてくれ……」

 

 私は男の目を見つめたまま、ゆっくりと頷く。

 

「しかし、受け答えの内容が気に食わなかったら、その限りではない。誰にも気付かれないって言う事は、暗殺が実に容易って事だ。ちょっと席を離れて、外の空気を吸うついでに、誰かの首を持ってこようか?」

 

「いや! いや、結構だ。その必要はない。答えるとも。ちゃんと答える。嘘はつかない」

 

 私は満足気に頷いて一時、男から視線を切った。

 そうして、寝ているのを幸い、リルを置いてきて正解だった、と胸中でごちる。

 

 安い脅しの子供騙しみたいなものだが、男からすれば命の危機が迫った瀬戸際だ。

 

 自らの心臓を天秤に載せられているも同然で、だからあっさり屈した。

 

 もう少し強情な男なら、もっと手荒い方法が必要で、そうなればいよいよリルが青褪める様な真似をしなければならなかっただろう。

 

「……さて、お互いの親睦を深めるには、まずは名乗りが必要だ。そうだな?」

 

「あ、あぁ……。そう思う」

 

 男の顔は顔面蒼白だが、額からは見苦しい程の汗が浮かんでいる。

 呂律も上手く回っていないし、ろくに考える余裕などないだろう。

 

 余裕を取り戻す前に、脅しを利かせて訊くことを訊いてしまうべきだった。

 

「お前、名前は?」

 

「エンデリク。エンデリク・ギデオンだ。公主の位にある。――なぁ、助けてくれ! 金なら幾らでも……」

 

「なぁ」

 

 私はエンデリクと名乗った男の、今度は側頭部ではなく額を強かに打ち付けた。

 

「いギィッ!」

 

「誰が好きに話せって言った? お前の要望に応えるかどうかは、これからの受け答え次第だって、お前はもう十分に理解したんじゃなかったのか?」

 

「あ、あぁ……。すまない、すまない……!」

 

 エンデリクは目を充血させて、涙を溢して泣いた。

 下手に不興を買わないよう、必死に抑えていたものが、遂に溢れてしまったようだ。

 

「訊かれた事にだけ答えろ。……いいか?」

 

「あ、あぁ……、分かった。分かった……」

 

「しかし、お前が公主だと? 騙りじゃないだろうな? 親を――現公主を危機から遠ざけようって考えなら、見事な覚悟だと褒めるところだが……」

 

「ほんとう……本当だ!」

 

 エンデリクに演技をする余裕などあるはずもなく、むしろ公主と告白すれば殺されないかも、という打算が透けて見えた。

 

 そして実際の所はどうかともかく、この男に親であろうと、他人を庇う度量などないだろう。

 

「……いいさ、お前が公主って事にしておこう。じゃあ、答えられるはずだな。――何で竜の卵を狙った?」

 

「……え? ……は?」

 

「一々、聞き返さないと、話が出来ないのか!?」

 

 私はエンデリクの側頭部を、掠めるように踵を落とす。

 

「卵だよ! 竜の卵! お前が取って来いと命じたんだろうが!」

 

「あ、あぁ……。そう、そうだ。……本当に取って来れた者がいたのか……?」

 

「なるほど……、報告は目覚めと共に受け取る予定だったか……。あぁ、卵の方は失敗した。だが、成否の問題じゃない。問題はそこじゃないんだ。何故、そんな事を命じたのか、私はそこに怒ってる」

 

「な、何故って……」

 

 エンデリクは余裕なく視線を動かし、まるで溺れる間際に何か掴める物を探すような仕草で、喘ぐように声を出す。

 

「竜は邪魔だ。生きとし生けるものにとって、災いとなる存在だ。だが、それを味方に出来れば、強力な力となる……だろう? 竜は人に懐かないが、赤子から育てれば……」

 

「馬鹿が!」

 

 私は今度こそエンデリクの顎に踵を落とし、その骨を砕いた。

 

 エンデリクは痛みの余り悶絶し、暴れ回ろうとしたが、拘束された身体は動かない。

 

「あご、おごご……! うぐぅ……っ!」

 

 それで首から上を、陸に揚げられた魚の様に震わせることになった。

 

「それはお前個人の思惑か? それとも、国としての方針か?」

 

「う、うぐぅ……! あぅ……っ!」

 

 エンデリクは顎だけでなく、前歯までも割れていた。

 口から血を垂れ流し、目尻からは止め処なく涙が流れる。

 

 とても受け答えできる状態ではなかった。

 私は嘆息を一つ落とすと、指先を振ってその傷を綺麗に癒やした。

 

 寝間着や布団に付いた血も、綺麗さっぱり消えている。

 傷を癒やされたエンデリクは、唐突に消えた痛みに、頬を抓まれる様な顔をしていた。

 

「……ほら、もう痛くないだろう? だから、しっかり受け答えしろよ。誰の為にやったんだ?」

 

「あ、ぅぁ……、う……」

 

「また殴られたいのか? 何度殴ってやれば、お前は素直に口を開く? この屋敷の人間全ての首、この部屋に並べてやれば、その気になるか」

 

「いや! いや、必要ない!」

 

 男は弾かれた様に首を動かし、それから躊躇い、大いに躊躇ってから、震える口で答えを吐き出す。

 

 その有り様と言ったら、まるで神に懺悔しているかのようだった。

 

「わ、私……個人の、計画で……。竜を手にし、いずれ世に覇を唱えようと……」

 

「世界に覇を……? 冗談だろ? それが目的だった、と……?」

 

 エンデリクは声こそ出さなかったが、震える首で何度も小刻みに頷いた。

 それを聞いて、私は大いに胸を撫で下ろす。

 

「なんだ、それしきのことか……」

 

「え……? それしき……? 私は……いや、お前は?」

 

「ん? もしかして、私が何かこう……何処かの王家の暗部に属する暗殺者、とか思ったか?」

 

「そ、それ以外に何が……」

 

 エンデリクからすれば、そう思うのも当然かもしれない。

 元々、後ろ暗い計画を練っていて、そこにやって来た暗殺者らしき人間……。

 

 事前に計画を嗅ぎ付け、それを潰しに動いた、と勘違いしても仕方ない事ではあった。

 

「いずれにしろ、そういうんじゃない。……だが、安心した。お前一人が馬鹿やっただけか。この国を滅ぼす必要がないと分かって、一気に気持ちが楽になった。何だ、お前がただ馬鹿だっただけか」

 

「ほ、滅ぼす……?」

 

「竜と人が全面対決するとなれば、当然それを未然に防ぐため、色々動かないといけない所だった。それをしなくて良いって言うんだ。私からすると、この件はもう終わったようなものだ」

 

「ゆ、許してくれるのか……!?」

 

 私は一瞬だけ考え、それから気楽に頷く。

 

「お前が浅はかなだけ、って分かったからな。竜の卵について、今後手を出さないようにして貰う必要はあるが……」

 

「勿論、勿論だ! 二度と手を出すものか!」

 

「まぁ、そんな一言で信じる訳がないから、お前には念入りに()()()()させて貰うが」

 

「……どういう意味だ?」

 

「言っても理解できないだろう」

 

 それだけ言うと、私はエンデリクの額に指先を置いた。

 もう二度と、竜の卵を狙おうと思わないし、その発想からして浮かばないようにする。

 

 それどころか、竜や卵という単語に対し、異様な忌避感を持つように感じさせる。

 そうすれば、二度と同じ考えを起こそうとは考えないだろう。

 

 この世に覇を唱えたいだけなら好きにすればいいし、このオツムではどうせ失敗するだろうから、特別手を出す必要はない。

 

 怯えて逃げ出そうとするエンデリクは、必死に首を振って指先から逃げ出そうとした。

 

 しかし、その程度でどうにか出来るかずもなく、その頭を足で固定し終えると、念入りに刷り込みして施術は終わった。

 

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