ようこそ暗殺者の卵がいる教室へ   作:塩安

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1.プロローグ

 

 ()が前世の記憶を思い出した時の衝撃といったら、しばらく呆然とその場に立ち尽くしてしまうほどだった。

 

 保母さんに心配されてその日は家に帰ったが、しかし混乱から立ち直っても目の前の現実は変わらない。

 

「…潮田(しおた)(なぎさ)?」

 

 鏡に映る小柄な体躯と水色の髪、そして聞き覚えのある名前。間違いなく僕は潮田渚だった。私立の名門、椚ヶ丘中学校の落ちこぼれ生徒が集められたクラス、通称「エンドのE組」に所属する暗殺者の卵。

 

 当時の少年ジャンプの看板作品「暗殺教室」の堂々たる主人公にしてヒロイン(?)潮田渚だ。

 

「嘘でしょ…嘘だよね……?」

 

 人並みに苦労しつつも何とかレールを踏み外さずに生きていた前世の僕は、暴走した乗用車に轢かれてあっけなく死んだらしい。そして気づけば漫画で読んだキャラクターに生まれ変わっていた。

 

 いわゆる憑依転生というものだろうか。普通に考えれば現実とは思えないような現象だ。けど、そんなことはどうでもいい。問題なのはここが暗殺教室の世界かもしれないってことだ。

 

 少年漫画ではよくあることだけど、「暗殺教室」の世界は諸々のフラグを踏めずにストーリーが進行すると地球が消し飛ぶ世界だった。

 

 そして僕はそんな漫画の主人公である。普通に責任重大過ぎる。

 

 

 

  僕はすぐさま情報を集めた。ストレスでゲロを吐きそうになりながらも必死にパソコンに齧り付き、無邪気な子供のフリをして大人から情報を聞き出した。

 

 そして集まった情報が示す事実に、僕は胸を撫で下ろすことになる。いくら調べても椚ヶ丘中学校なんて学校の存在は確認されなかったのだ。

 

 というかそもそも、よく考えれば僕の両親は原作と違って仲睦まじかった。離婚してないし、妹が二人いるし、母親が女装を強要してきたりもしない。模範的な幸せ核家族だ。

 

 

 

 僕は緊張から解き放たれ、降って湧いた二度目の人生の春を謳歌し始めた。

 

 原作において潮田渚は落ちこぼれだった。しかし有名私立中学に入学できる程度には知能が高く、また前世分の知識アドバンテージもある。精神年齢が成熟していることもあってテンプレ転生者よろしく無双していた。

 

 ……まあ、高校範囲になると途端に怪しくなるので、期間限定だけど。

 

 運動方面に関しては、小柄な体格のせいで筋力や高さは物足りないけど、そのかわりに運動神経はかなり良い。小柄な体型を活かしたトリッキーなプレイや、観察能力と思考能力の高さを活かしてチームの司令塔ポジションになることが多かった。

 

 更に言うなら勉強と運動以外の様々なジャンルに適性があった。話術、英会話、料理、楽器演奏、手品。

 

 そして何より作中で天才とまで評された暗殺の才能。観察能力、殺気のコントロール、度胸。

 

 日常生活ではむしろそっちの方が活用できたぐらいだ。同年代と比べると大人っぽい言動と、妬まれるよりは可愛がられがちな小動物系の見た目と相まって、クラスの人気者だった。

 

 そんな薔薇色人生を送っていた僕だったが、中学三年生になったばかりのある春の日、進路相談として担任の先生に呼び出された進路指導室で、人生の分岐点に立たされることになった。

 

「どうだ?お前の学力なら十分狙えるぞ。設備も国立だけあってあらゆる面で最先端だ」

 

「高度育成高等学校……」

 

「特殊な学校でな、一校当たりの受験人数に限りがある。潮田、お前を優秀な生徒と見込んで--」

 

 教師のプレゼンに生返事を返しつつ、僕は特大の衝撃で脳を破壊されかけていた。ちなみに人生二度目である。三度目があれば耐えられないかもしれない。

 

(ようこそ実力至上主義の教室への世界だったのか。どうりで……)

 

 時々違和感はあったのだ。例えば近代史や政治、法律といった特定の分野の知識は前世のそれと噛み合わなかった。また道行く人々の顔面偏差値がやけに高かったり(特に女性)、髪色がとんでもなく派手だったりした。

 

 なるほど、ここが創作世界だと言うなら納得だ。漫画キャラに憑依転生するんだから、世界観がラノベ世界でもおかしくはないだろう。

 

 衝撃は大きかったが二度目ということもあって割と早く回復できた。

 

「--また、著名人も多数輩出していて」

 

「先生!ちょっといいですか?」

 

「おっと、すまん。話し込んでしまったな」

 

「いえ、大丈夫です。先生の熱意は伝わりましたし、僕も興味が湧きました。是非この高校を受験したいです」

 

「そうか!よし分かった。俺も全力でサポートしよう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 

 進路相談を終えた僕は、廊下を歩きながらこれからの事を考えていた。

 

 もう十年以上前の知識だけあってかなりおぼろげだけど、確かあの学校は試験の点数によらず、事前の推薦で合否が決まる受験制度だったはずだ。

 

 普通に考えたらふざけているとしか思えないカスみたいな仕組みだけど、僕は全く心配していなかった。

 

「まぁ、受かるでしょ」

 

 楽観的過ぎると言われたらその通りな気もする。しかし自慢じゃないがこちとらアニメ化までした有名漫画の主人公に憑依した転生者だ。逆に受からないことなんてあるんだろうか。

 

 ……もし落ちたら内部情報をリークしてやる。さぞよく燃えることだろう。

 

 そうだ、家に帰ったらまずは覚えている限りの原作の流れを書き出さないと。かなり記憶が薄れてる。二年生編の無人島試験のルールとか、全く思い出せない。

 

 それとどう立ち回るかも決めなくちゃ。綾小路君と敵対するのは絶対嫌だし、その上でできることなら辛い目に遭うキャラの救済もしたい。

 

「そのためには、やっぱりDクラスかな……うーん、行けるかな?」

 

 一年Dクラスに振り分けられると都合が良いんだけど、僕は優等生で通ってるし、ちょっと無理しないと厳しいかもしれない。

 

「あはは、楽しみだなぁ」

 

 僕はこれからの事に思いを馳せながら、今にもスキップを始めそうな足取りで廊下を歩いていた。

 




この渚くんは別に髪を伸ばしてないので、先生になった後のような何の変哲もないマッシュヘアです。
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