茶柱先生が退室した後も、Dクラスは表面上は平穏を保っていた。
わざわざ波を立てるような事をしないよう根回しをしたのと、話される内容についてある程度予想できていたことで混乱が少なく済んだおかげだ。
ただ、全く何も無いわけじゃない。
幸村君や堀北さんは当然として、成績が良い生徒や、進学実績に惹かれて入学した生徒たちは、Aクラス特典について聞いてからは悔しがったり、頭を抱えたりしている。
また、池君、山内君を始めとしたポイントを下げた自覚のある生徒たちは、責められてはいないものの、肩身が狭そうに俯いていた。
昼休みになった。一ヶ月も同じ場所で過ごせば、ある程度人の行動はルーティン化する。
いつものように食堂へ一緒に行こうと待っていた洋介君に、僕は申し訳なさそうな顔で近づいた。
「渚君、どうかしたのかい?」
「洋介君。ごめん今日は用事があるから、一緒にご飯食べに行けないんだ」
「わかったよ。……もし僕に手伝えることがあったら、遠慮せず頼ってほしい」
何も言ってないのに、何をするつもりなのか結構見抜かれてる気がする。さすひら。よくクラスメイトを見ている。
でも洋介君がいない方が上手くいきそうな案件なんだよね、今回のは。
「割といつも頼ってるつもりだよ?」
「そうかい?それなら良いんだけど……じゃあ綾小路君、一緒に行こうか」
「ああ」
「綾小路君、今ちょっといいかしら」
しかし、そんな三人の会話に、当然のように割り込んできた女子生徒がいた。
「……堀北か、どうかしたか?今から平田たちと一緒に飯を食いに行くつもりなんだが」
「キャンセルしなさい。私の要件の方が重要よ」
「え?」
「平田君も、それでいいわよね?」
「え、えっと、綾小路君がそれでいいなら?」
傍若無人……?強引さもそうだけど、女子が男子をサシの食事に誘うって結構目立つからね?全然気にしてなさそうだけど。
「構わないわ。じゃあ貰っていくわね」
「せめて俺に返事させろよ。すまん平田、その、あー、今日は堀北と飯を食うことする。悪いな」
「うん、わかった。僕の事は気にしなくていいよ、綾小路君。じゃあね」
洋介君は、そんな堀北さんの突拍子のない行動にも気に障った様子はなく、むしろ嬉しそうに微笑んで離れていった。
多分、いつもボッチでご飯を食べている堀北さんの事を心配していたんだろうね。
「じゃあ綾小路君、購買には一緒に行こっか。堀北さんもそれでいいよね?」
ちなみに堀北さんは、お弁当を持参していた。
「ええ、5分以内に戻ってきなさい」
「走るよ!綾小路君!」
「え、まじかよ」
「廊下は歩きなさい。減点されるわ」
じゃあ5分は絶対無理だよ。
綾小路君と堀北さんは多分、勉強会についての話し合いをしてるんだろう。
まだ洋介君の口からは勉強会なんて聞いていないはずだけど、テストに向けてできることなんてそれぐらいだしね。
そして恐らく、洋介君の勉強会に参加しそうにない池君、山内君の救済のために動こうとしているはずだ。
洋介君と須藤君の仲は修復されたけど、池君たちとの仲は原作より悪化してるからね。間違いなく参加しない。
でもあの二人は綾小路君のことも嫌ってるし、どうするつもりなんだろ……?
……まぁいっか。どうせ最初は上手くいかないだろうし。後で綾小路君から聞き出してリカバリーの準備だけしとこう。
そんなことより、僕は僕の用事を片付けないと。
「幸村君、ちょっといいかな?」
「……潮田か、何の用だ」
別に怒っているわけではないだろうに、常に不機嫌そうな眉と喋り方をしているこの男は幸村君だ。
今も片手で英単語帳を捲りながら、辛気臭い顔でちびちびとサンドイッチを齧っている。話しかけられたんだから、せめてこっち向きなよ。
「実は今度の中間テストに向けて、勉強会を開こうって話があるんだけど……」
「悪いが他を当たってくれ」
「んー、まぁ人に教えるのは幸村君も乗り気になれないだろうし、作問を頼みたかったんだよね。予想問題集とか、練習問題とか。それも無理?」
最初から教師役としては期待してない。勉強はできるけどそれ以外に頭を使えない幸村君は、頭が硬くて感情が激しやすい分、堀北さんの下位互換だ。運動面を抜きにしたとしても、だ。
あとから成長するんだけど、現状はね……
「……悪いが、そんな事をしてまで馬鹿を助けることに意味があるとは思えない。むしろ今後のことを考えるなら、足手まといは早めに切り捨てるべきだろう」
教室は静かで、僕たちの声は割とよく響いている。けど別に人が居ないわけじゃない。あまり人とつるまない人や、物静かな人たちが教室に残っているのだ。
ピシリと空気にヒビが入った音が聞こえたかのようだった。
僕やみんながどれだけ気を遣ってクラスの空気を平穏に保っているのか、とか、全然考えてもいないんだろうな……
「意味はあるよ。それに、足手まといを切り捨てる方針だと、困るのは間違いなく幸村君だ。だって次に切り捨てられるのは君だからね」
うん。ちょっとだけプライドをへし折っておこう。クラスのためを思ってだよ。別にムカついたわけじゃない。
「……なんだと?どういう意味だ……っ!」
「そのまんまの意味だよ。なんで幸村君は自分がDクラスなんだと思う?もしくは、なんで須藤君みたいな人がこの学校に入学できたのか、考えなかった?」
「それは……」
「間違いなく、学力以外の成績も見られてるよね」
「……」
別にクイズをしたいわけじゃないので、そのまま答えを言う。
「ところでさ、この学校の仕組みから考えて、この中間テストってかなり変だよね?」
「変?……別に何もおかしいことはないだろう」
「いや、おかしいんだよ。この学校の基本は、クラス単位での評価、つまり団体戦だよ。クラス間で競わせて、優秀な人間を育てようとしてる。なのに今回のテストは、ほぼ個人戦だ」
「当たり前だろう。まさかグループを組ませてテストを受けさせるわけにもいかないんだからな」
いやペーパーシャッフルでそれやるんだけどね。さすがに脱線し過ぎるから言わない…というか言えないけど。
「僕はね、まだ予想でしかないけど、多分、もっと直接的にクラスポイントを奪い合うような試験があるとみてるんだ。そうじゃなきゃ、順当に何も起こらずAクラスがAクラスのまま卒業していくことになるからね」
「それは……確かに、そうだろうな」
元々静かだったけど、気が付けば教室内は僕と幸村君以外の声が全く聞こえないほど静まり返っていた。
聞き耳を立てられている。別に何も困らないから、そのまま話すけど。
ただ、今話している内容は、まだ洋介君たちにも話していない。今日の放課後の会議で、もう一回説明しないとだ。
「そう考えるなら、今回のテストは、学力テストに関して言えば、多分これはただの足切りなんじゃないかな」
「……つまり、クラス間で対抗するような、本番のテストのようなものがあって、そのテストではむしろ学力以外を競うはずだ、と言いたいんだな?」
「うん。まぁほぼ勘だけどね。でもそう外れてはいないと思うよ。……で、本題だけど、幸村君は間違いなく今後のテストで、クラスの足を引っ張るよ。身体能力もコミュニケーション能力も低いからね」
「……っ!」
幸村君はぐしゃりと右手のサンドイッチを握り潰した。でもここで怒るのはむしろ負けを認めるようなものだということはわかるのだろう。こちらを睨みつけながらも、黙って耳を傾けている。
「切り捨てられたくなかったら、もしくは、今後のクラス競争にちゃんと参加したいなら、今回の中間テストの対策、手伝ってくれないかな?」
「……」
ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえそうなほどに怒りを堪えているのがわかる。
そして10秒ほど経ってから、幸村君はゆっくりと口を開いた。
「……わかった、手伝おう。いや、手伝わせてくれ」
「ありがとう。よろしくね」
よし、説得成功だ。ちょっと怒らせ過ぎちゃったかもと思ったけど、何とかなるもんだね。でもちょっと嫌われたかもしれない。
「だが、作問だけでいいのか?それならそもそも、教科書の例題や問題集を使えばいいだけだろう」
「んー作って欲しいのは中学一年の基礎レベルからなんだよね。ほら、特に数学と英語は積み重ねが大事でしょ?」
「それはわかるが……いや、あのテストで50点も取れないなら、その辺りから手をつける必要があるのか……?」
「そういうこと。じゃあお願いね。数学と英語だけでいいから」
「……ああ、わかった」
手伝いを了承したのを、若干後悔していそうな表情で幸村君は頷いた。
ああそうだ、幸村君も今日の放課後の会議に誘おう。洋介君は喜ぶだろうな。
「……幸村だ」
「堀北鈴音よ。今回の会議ではテスト対策について話すのよね?私も参加させてもらうわ」
Oh……
なるほどね?堀北さんが綾小路君とコンタクトを取っていたのは、こっちの動向把握と、この話し合いに参加するためだったのか。
僕も幸村君をこの場に呼んだから文句は言えない。でも思うところはあるよ。
綾小路君、櫛田さんに謝った方がいいんじゃない?多分これまでにないぐらいにブチ切れてるよ?
ああ、まだ櫛田さんと堀北さんの仲が悪いこと知らないのか。ならしょうがないかぁ……
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