三バカが再集結して、新生堀北組として勉強している。
洋介君から聞いた話では、堀北さんの話は割とシャレにならない規模で延焼していたらしく、イジメ一歩手前まで行っていたそうだ。そこは多分原作でもそうだけど。
堀北と三バカが口論になっているのは大勢に見られていた。なのに次の日には、さも当然のように堀北が三バカに勉強を教えている。
クラスメイトたちが狐につままれたような顔になるのも無理はない。
もちろん堀北さんが独力でそれを成したわけじゃない。櫛田さんと綾小路君の助力あってこそだし、洋介君も積極的に手を貸していた。
赤点組は集中的に勉強を見る必要があるという進言に従い、勉強会そのものの再編を行った。
三バカ以外の男子生徒は全員平田組に編入させて、綾小路君は堀北組へ異動。それ以外にも色々とやり方を見直した。
小テスト80点の人たちも教師に起用し、教師役の中でも教えるのが上手いと見込まれた人は赤点組にほぼマンツーマンでの集中授業を行うことになった。
そしてその流れで、僕もそっちに配属されることになった。
英語の作問と平行して、軽井沢さんに勉強を教えている。
「ケアレスミスだね。文を作る時は、時制と主語を毎回チェックしよう。動詞が変形するからね」
「え〜細かい……通じればよくない?こんなの」
「気持ちはわかるけど、英語ってそういうものだから」
「むーー……疲れた。一旦休憩にしよ!」
「そうしよっか。他の人は勉強してるから静かにね」
「はーい」
テストまで一週間を切った。つまり、そろそろテスト範囲の変更がDクラスに知らされるタイミングのはずだ。
やろうと思えば他クラスの友人からもっと早く情報を仕入れて、みんなに公表することもできるけど、やらなかった。
一応どの教科もかなり基礎からやり直させているから、テスト範囲の変更にはそこそこ抗えると思うし。
お、櫛田さんからグループに連絡が……うんうん。
「洋介君。緊急事態かも」
「何かあったのかい?」
「グルチャ、読んで」
「えっと……え?こ、これは……!」
洋介君の顔がみるみるうちに青ざめていく。
テスト一週間前に全教科の大幅範囲変更。そりゃ焦るだろう。
「やれることをやるしかないよ。とりあえず、すぐにみんなに伝えないと」
「……うん、そうだね」
洋介君は教壇に移動し、手を叩いてみんなの注目を集める。
「みんな聞いてほしい。どうやら、テスト範囲に大幅な変更があったみたいだ。今から変更後の範囲を伝えるから、各自メモしてほしい」
「はぁ?今更かよ……」
「暗記教科だったら覚え直すのだる〜い」
クラスメイトは嫌そうな顔をしているものの、まだ少し楽観視していた。けど僕が黒板に教科ごとの範囲変更を書き出し続けるにつれて、水を打ったかのように静かになる。
全て書き終えて振り返れば、呆然としているクラスメイトたちの顔が見えた。
「ぜ、全教科?というか、全然元の範囲と被ってなくねーか?」
「嘘でしょ?」「もうダメだ……おしまいだァ……!」
一人の生徒のコメントと共に、教室の中に混乱と絶望が広がっていく。
「みんな落ち着こう。できることをやるしかない。とりあえず座って、今教えた範囲の勉強を始めるんだ」
「あ、ああ…そうだな。文句言ってる暇すら、ないよな」
「なんでこんな目に……うぅ」
うーん。これは酷い。
わかってて放置してたんだろって?まあね。
だって行動してもしなくてもそんなに結果は変わらないし。
「な、渚君。これヤバくない?」
「かなりきついね。でも大丈夫、今からでも間に合うよ」
「本当?」
「うん」
クラスの平均点で赤点が決まるから、大幅に平均点が下がることが確定した今、過去問がなくても35点ぐらい取れば、多分赤点は回避できる。
今後もずっと学力テストはあるんだから、今回の範囲だけを頑張るんじゃなくて基礎から固めようって方針を立ててやってきた。
だから、多少の対策は必要だけど、平田組の生徒は、赤点組も多分ギリギリ大丈夫。
過去問を使うなら、なおさら楽勝だ。
「渚君、全然焦ってなくない?」
「まさか。虚勢を張ってるだけだよ」
おっと、さすがに余裕持ちすぎたかな。
「……ねえ、この勉強会終わったら渚君の部屋行っていい?もうちょっと勉強したいけど、一人じゃ効率悪いし」
「え?ああうん。もちろんいいよ。一緒に頑張ろう」
「ありがと!じゃあご飯食べた後行くね。で、範囲変わったけど、何からやる?」
「うん。とりあえず教科書の例題を解いてみよっか」
「あぁーーっもう、疲れた!」
「お疲れ様、もうやめる?」
「……もうちょっとだけやる」
まだやるんだ。そろそろ21時だけど。
いや、退学がかかってるなら、これくらいやるのが普通なのかな。
「わかった。紅茶淹れるよ」
「コーヒーがいい。ちょっと眠くなってきちゃった」
「わかった……ん?誰だろ」
インターホンが鳴った。でもこんな時間に?
チャットアプリを確認しても、誰からも連絡は入ってない。部屋間違いかな。とりあえず見てみよう。
モニターを点けると、そこに居たのは櫛田さんだった。
「あれ、櫛田さん?どうしたのこんな時間に」
『いいからさっさと開けて入れてくれない?気が利かないよね、ほんとにさ。誰かに見られたら、終わるのアンタの評判だからね?』
「あっ」
「え?櫛田さん、その口調……どうしたの?」
『……え?誰……か、軽井沢さん?』
「あーえっと、その……うん。軽井沢さんも居るよ」
『…………』
「……とりあえず、中入ろっか」
櫛田さんも言っていた通り、男子フロアにいるところなんて他の人に見られたくはないだろうし。
「……あ、あはは。もしかして、二人って付き合ってたりする?私、お邪魔だったかな?」
「んな?!ち、違うよ!!その、勉強!見てもらってただけだから!」
「そうだよね……うん」
「それより、さっきの、その、あれ……」
「あはは、聞かなかったことに……できないよね……はぁ」
櫛田さんって意外と抜けてるよね。そして運も悪い。
愚痴を書き連ねただけの個人ブログとかいう、総閲覧数100もいかないような木っ端な記事をクラスメイトに発掘されるぐらいには凶運だ。
「最悪……本当に最悪、なんでクラスで一番顔が広い二人に揃ってバレてんの……は、はは……もういいや、どうでも」
そう言うと僕のベッドに勢いをつけて飛び込んだ。
「や……いや、意外だなぁ、とは思うけど、そっちの方が人間味があって良いんじゃない?あ、誰にも言うつもりないから!」
「……そんなの当たり前じゃん。もし言いふらしてみなよ。こんな時間に男子の部屋に入り浸るビッチだって私も広めてやるから」
「え」
「櫛田さんもここに居る時点で、それはブーメランなんじゃない?あと、勝手にベッド使わないでくれるかな」
「うっさい、黙って。わざわざストレス解消の相手に選んでやったのにさぁ……女連れ込みやがって。私がこんなに苦労してるってのに、いい身分だよね」
「あーやっぱり、堀北組はキツそう?」
放課後の時間を使って基礎からじっくり教え直してる平田組と違って、堀北組は短い休み時間に授業内容を頑張って詰め込む方式だ。
そして、テスト範囲が間違っていたので、今日までの努力はほぼ無に帰した。そりゃ荒れるよね。
「茶柱ってさ、なんで生きてるんだろうね。死んでたら少しはDクラスもマシだったと思う、ていうか死ねよ」
「言い方はともかく、確かに茶柱先生は酷いね」
「てか軽井沢さんは勉強してたら?馬鹿なんだからさ」
「え、あ、うん」
軽井沢さん、びっくりし過ぎて中学までの性格が出てきてるよ。馬鹿って言われたら怒らないとダメだと思う。キャラ的に。
「肩揉んで」
「今コーヒー淹れるとこだから、後でいい?」
「こんな時間に?……ああ、勉強用ね。私にも淹れて、コーヒー以外で。あと足も揉んで」
「ふ、二人ってどういう関係なの!?」
脅されてる側と脅してる側、かな。
「レイプ加害者と被害者だよ」
「?!」
「とんでもない嘘つくじゃん。たまたま櫛田さんの裏の顔を知っちゃったってだけの仲だよ」
「は?」
「え?」
「……私の胸揉んだくせに」
「そ、それを言い出すのは違くない?」
「?!?!」
僕が櫛田さんの裏の顔を誰かにバラしたら、そっちもその情報使う、みたいな取り引きだったじゃん。勝手に自爆した上で僕に引火させるのは違くない?
「冗談だよ。別に軽井沢さんが心配するような仲じゃないから」
「そ、そう……」
「まだ、ね」
「!!?」
「やばい、軽井沢さん弄るの意外と面白いかも」
「はい、コーヒーとお茶」
なんか典型的ないじめっ子みたいなこと言ってるね、櫛田さん。
「こ、ここ!活用とか覚えらんないんだけど!!どうすればいいの?!」
「あーうん。パッと出るようになるまで繰り返し使って覚えるしかないかな」
「結局暗記……なんか裏技とか無いの?」
「無いよ。頑張ろうね」
邪法として古典ラップで覚えるなんて手もあるけど、曲で覚えると該当箇所に来るまで脳で曲が再生されるようになって、時間かかるんだよね。
結局自力で覚えた方が早い。まぁ取っ掛りにはなるかもしれないけど。
「あ、じゃ、じゃあ、ここは?」
「えっとね、接続の形から……」
さっきから、軽井沢さんの距離が近い。というか、必死に胸を押し付けてきてる気がする。さっきの櫛田さんの発言を気にしてるんだろうね。
さすがに僕だって馬鹿じゃないので、軽井沢さんが僕に好意を寄せてきているのはとっくに気づいてる。
洋介君とくっつく気配が全く無いし。
でもまさかカースト上げより優先されるとは思ってなかったな。僕何かしたっけ?
……まさかとは思うけど、軽井沢さん、男の娘好き?もしくはショタコン?
「まだ終わんないの?早く肩揉んでほしいんだけど」
櫛田さんはそう言いながら、僕の後ろから机の上を覗き込んでくる。
必然的に、僕の背中にデカくて柔らかい感触が伝わってくる。
……うん。わざとだね。
さっきのベッドダイブ然り、そういう事を計算してやってくるのが櫛田さんという女性の怖いところだ。
別に僕は草食系ってわけじゃないんだけど、試されてるのかな?
いや、僕の好感度を稼ぐために色仕掛けをしてくるってことは、それが有効だと思ってるって事か。うん、大正解。
「あ、これ!ここもわかんない!」
「肩こりやすくてさ〜私」
男はこういう時、ひたすら無力だ。
この天国のような地獄の時間が早く終わるように、祈ることしかできない。
両手に花(寄生植物と毒草)