「皆ごめんね。帰る前に私の話を少し聞いて貰ってもいいかな?」
そう言って櫛田さんは、過去問を配り始める。
明日は運命の中間テストだ。教室の雰囲気も、いつになくピリピリしている。だと言うのに、櫛田さんの呼び掛けで全ての生徒の動きが止まった。ひとえに、彼女が今日まで積み重ねてきた人徳のおかげだろう。
そして、明日の中間テストは、今配った過去問とほとんど同じ問題が出るのだという話を聞くと、クラス全体から歓喜の声が上がる。
「マジかよ!櫛田ちゃんサンキュー!」
「こんなのがあるなら、勉強を無理して頑張らなくても良かったなぁ」
「平均点も上がるから、みんな、そこは気をつけてねっ!」
「あ、そ、そうじゃん。赤点は平均点で上がるから……」
「50点は取らないと安心できない、かな」
「げっ!」「か、帰って死ぬ気で詰め込むぞ!」
クラスメイトたちが続々と帰路につきはじめた。
しかし比較的学力に余裕のある生徒たちは、この必勝法を齎したクラスの救世主である櫛田さんの元に集まり、きゃいきゃいとはしゃいでいる。
「櫛田さん、お手柄ね」
「さすがだよ!櫛田さん、天才!」
「あはは、あんまりおだてないでよ〜」
なんと、堀北さんまで素直に櫛田さんを褒めている。よっぽど凄いと思っているのか、前言ったようにリーダーを目指して色々と努力しているのか。
どっちでもいいか。少なくとも櫛田さんへ歩み寄る意思がないとできないことだし。着実に成長してるね。
「いや、ほんとに凄いよ。言われてみればそれらしいヒントはいくつもあったのに、気づけなかったなぁ」
「ヒント?そんなものあったかしら」
「ほら、茶柱先生がさ、お前たちなら赤点を必ず回避できる、みたいなこと言ってたじゃん?あれが裏道というか、攻略法があるっていうヒントだったのかなって」
「……なるほど」
堀北さんは顎に手を当てて考え込むようなポーズを取っている。
Sシステムの説明の時もそうだったけど、この学校は言葉に含みを持たせがちだ。直接的なアドバイスは避け、婉曲にヒントを渡してくる。
察してちゃんかな。運営してる人の性根が捻れてるのが透けて見えるね。さすがは坂柳さんのパパ。
「テスト範囲の変更もかな。普通、授業進度に合わせてちょっと伸ばしたり縮めたりすることはあっても、全教科ガラッと範囲が変わるなんてことはないでしょ。元々テストの問題は準備されてて、範囲変更はそこに合わせるために予定通り行われた。そう考えるとしっくりくるよね」
「それと、前やった小テストもヒントだね、最後の難問三つ。あれは高校二年生と三年生の内容だったから、先に答えを知ってないと解けない問題だよ」
「ああ、なるほど、もしくは先輩に解き方を聞く必要がある。ってことだね」
それ綾小路君に聞いた内容だよね?自分の手柄みたいに嬉しそうに語っちゃって、可愛いなぁ。
「櫛田も渚も、頭良いな。俺は全くそんなこと思いつかなかったぞ」
凄い白々しいこと言ってるじゃん綾小路君。櫛田さんも絶句してるよ。顔には出てないけど。
「答えがわかってる問題の証明は簡単だからね。最初に気づいた人こそ凄いと思うよ」
「コロンブスの卵ってやつか。櫛田、さすがだな」
「ほ、褒めすぎだよ〜私だって、たまたまだからね?」
その後も褒めに褒めまくって櫛田さんの承認欲求を満たしておく。間違いなく中間テスト対策におけるMVPは彼女だからね。
過去問抜きにしても間違いなく一番働いてる。これくらいの役得はあっていいだろう。
それにここ最近、彼女は僕の部屋に入り浸っては、ひたすら呪詛のように愚痴を垂れ流し続けている。
普通に怖いし、やめて欲しいんだよね。ここでいっぱい褒められておけば、ちょっとはストレスも減るでしょ。
ああ、それはそうと、帰ったら本気で暗記しないと。目指せ全教科満点!
◆◇◆◇
テスト当日だ。
さすがにこんな日に寝坊したりする生徒は居ないらしく、茶柱先生が入室するまでには、全ての席が埋まっていた。
「欠席者はいないようだな。ふむ、お前たち落ちこぼれにとっては、最初の関門がやってきたわけだ。どうだ?自信のほどは」
「僕たちはこの数週間、真剣に勉強に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒はいないと思います」
いつになく強気な洋介君が、茶柱先生に向かって見得を切る。
実際、クラスメイトもみんな自信満々で、誰一人俯いたりしていなかった。
チラリと須藤君の様子を見てみるけど、特に焦った様子はない。
チャットで送った、「覚えるのが大変な英語からやれ」という助言に従ったからか、もしくは四月から勉強をする習慣をつけていたからか、原作のように寝落ちして過去問を暗記できていない、なんてことにはなっていないようだ。
「随分な自信だな。ふっ、良いだろう。この中間テストと次の期末テスト、この二つで誰一人赤点を取らなかったら、お前ら全員夏休みにバカンスに連れてってやる」
「バカンス、ですか?」
「そうだ。そうだなぁ……青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」
「「「う、うおおおおぉぉ!!」」」
クラス中の男子が雄叫びを上げる。
しかし洋介君含め数人は、警戒して言葉の裏を読もうとしていた。
美味い話で釣って騙し討ちするのがこの学校のやり方だってことは、一部の生徒たちはもう学習しているらしい。
チャイムがなり、テストが始まる。
出されている問題は過去問と一字一句全てが同じだ。
余裕を持って空欄を埋めていく。誤字脱字チェックを何度も行い、それでも時間が余って仕方ないぐらいには余裕だ。
「そこまでだ。全員手を止めて解答用紙を前に送れ」
「よっしゃー全部終わったー!」
「そこ、静かに。回収し終えるまでは席を立つな」
いやー、やりきったね。苦労も多かった分、達成感もひとしおだ。
「渚くん、お疲れ様」
「洋介君もお疲れ〜」
クラスメイトたちとも苦労を労い合う。
全員、疲れてはいるものの、表情は明るい。どうやらテストの出来に不安は無いらしい。
でも僕としては、次の期末テストはちょっと不安だ。今回みたいな裏技はもう使えないから、クラスメイトには自力で赤点を突破させないといけない。
また勉強会で教えないとね。僕はどちらかというとテスト前に集中して勉強する派だったけど、ここでは時間が取れない。
日々の勉強の積み重ねが重要になるわけだ。成績落とすわけにもいかないし、しんどいけど頑張るぞぉ。
◆◇◆◇
土日を挟んで月曜の朝。
テストの結果発表があるということで、みんなそわそわと落ち着きがない。
赤点を取ったら退学なのだ。この学校の性格の悪さなら、回答ズレや名前忘れでも容赦なく退学させられるに違いない。
もし、万が一を考えれば、誰だって落ち着いてはいられない。
「全員揃っているな?では朝のホームルームを始める。早速だが、お前たちが気になっているであろうテストの結果を発表する」
そう言って、茶柱先生は脇に抱えていたポスターを一枚ずつ順に黒板へ張り出していく。
科目ごとに五枚、全て貼り終えた時には安堵のため息がどこからともなく聞こえてきた。
どの科目でも50点を下回った生徒は一人もいない。
その時点で、赤点は絶対にないことがわかったからだ。
……社会の
僕の結果は、うん。取りこぼし無し。全教科満点だ。
「正直、感心している。お前たちがこんな高得点を取れるとは思わなかったからな。全ての教科で満点が数名いた。文句無しに素晴らしい結果だと言えるだろう」
「よっしゃあーー!」
「見ただろ先生!俺たちもやる時はやるんですよ!」
「ああ、少しは見直した。だが、お前たちもわかっているだろうが、毎年全く同じ問題が出るのは、今回の中間テストだけだ。次からは正真正銘実力を問われる学力テストが行われる。そのつもりでいろ」
「うげ……いや、でもそりゃそうか」
「てか先生にもバレてるじゃん、過去問使ったの……」
「連絡事項は以上だ。テストが終わったからと言って気を緩めすぎないように、勉強は積み重ねが大事だからな。では、一時間目の準備に入れ」
先生がそう言って教室から退室したのを期に、クラスメイトたちが肩の力を抜いた。
「いやぁ……何とかなってよかったね。堀北さん、綾小路君」
「そうね。私としては、過去問があったのにも関わらずあんなに酷い点を取った綾小路君には、かなり思うところがあるけれど」
「うっ……いや、これまでの疲れでな、過去問覚えきるより、ちゃんと寝た方がいいと思ってだな……」
「そう。まぁ、そういうことにしておいてあげる。でも、私の協力者である自覚をもっとちゃんと持って欲しいものね」
「少しは手伝うって言ったんだ。協力者になるとは言ってないぞ」
「そんなことより綾小路君、次はちゃんと点数バラけさせた方がいいよ。凄く目立ってる」
「……そうする」
松下さんが綾小路君にめっちゃ視線送ってる。あれは「あんたそれで実力隠すとか言ってるの正気?」とか思ってるね。
あ、洋介君もこっちに来た。
「渚君、綾小路君、堀北さんも、今日の放課後、打ち上げをしようって話になったんだけど、良ければ参加しないかい?」
「俺はもちろん参加するぞ」
「私はそういうのは……いえ、最初だけでよければ参加するわ」
「本当かい?嬉しいよ。それで、渚君はどうだい?」
「あーごめん。今日の放課後はちょっとはずせない予定があるんだ」
「そっか、それは残念だけど、仕方ないね……」
「書記に任命されました。一年Dクラスの潮田渚です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
放課後の生徒会室で、他の生徒会役員の前に立って自己紹介をする。
ぱちぱちとまばらな拍手が返ってきた。わかってはいたけど、全然歓迎されてないね!
値踏みされるような、もしくは見下されるような嫌な視線を感じる。
唯一普通に歓迎してくれてるっぽいのは橘先輩だ。堀北先輩ももっと愛想良くしてほしいなぁ。
「歓迎するぞ、潮田。だが今のところ、生徒会の仕事はこのメンバーで回せている。したがって、最初はお前に任せる仕事はほとんどが雑用になるだろう。書記としての仕事は、少しずつ覚えていってくれ 」
「わかりました」
「教育係は、同じ書記の橘に任せる。いいな?」
「はい。任せてください!」
あ、良かった。一番ありがたい人選かもしれない。
「……会長、こいつ、本当に使えるんですか?Dクラスですよね?」
「不満か?」
しかし、当然ほとんどの役員は不満を持っているわけで、それを代表するかのように金髪の生徒が前に出て、生徒会長に苦言を呈した。
「そりゃあもう。これで生徒会の枠は埋まっちゃいましたからね。他にも立候補してた奴はいましたし、俺たちに一言ぐらい相談してくれても良かったんじゃないですか?」
表立って批評しているのはこの男だけだ。でも他の人もその意見には同意しているらしく、僕に幾つもの厳しい視線が突き刺さる。
「そもそもこいつ、今日まで誰にも挨拶しに来てないですよ。特に優秀そうにも見えませんし、俺は今からでもこいつと一之瀬を交換してほしいぐらいです」
「ふっ、随分と良い目を持っているんだな?南雲」
「……どういう意味ですか?」
あ、やっぱりこれ、南雲先輩だったんだね。目の前で口論するより、自己紹介してほしいなぁ……
「挨拶しに来なかったのは仕方あるまい。立候補ではなく俺のスカウトだからな。それに、今日までここには来ないよう念押ししていた」
「ええっ!か、会長のスカウトですか?!」
ええ……橘先輩も初耳なの?じゃあ一人だけほんわかと僕を見てたのは、素だったんだ。
周りの人たちの不機嫌な空気を意図して無視してたんじゃなく、ただのマイペースだったのね。
「心配せずとも、こいつは優秀だ。それはすぐにでもわかるだろう……それに、性格とやり口は、俺よりもお前に似ている。案外気が合うかもしれないぞ?」
「……へぇ。会長がそこまで言うなら、まぁ期待してみますよ」
すっごい心外な評価をされた気がする。僕と南雲先輩のやり口が似てる?
……いや、初対面なのにほぼノータイムでカマかけしたり、動画撮って脅したりしたんだった。
あれもしかして、堀北先輩目線だと、僕って割と危険人物なのでは?
南雲先輩対策として呼ばれたと思ってたけど、もしかしたら目の届く範囲に問題児を置いておきたかった、なんて思われてる可能性も出てきた。
その後は、橘先輩に生徒会で使っている施設の説明を受ける。生徒会室、談話室、資料室、部長会議で使う会議室なんかの場所と、鍵の管理について教わる。
実際に行う仕事についてはまた後日ということで、その日は解散することになった。
もちろん、帰り際に、例のアレも会長から貰った。
早速、綾小路君とシェアしないとね。
僕が色々動いたから、現状、Dクラスはかなり良いスタートを切ることができている。
原作よりもクラスポイントは多いし、洋介君がクラスのリーダーとして確固たる地位についている。
でもそれだけだ。ぶっちゃけこのままDクラスが今後のクラス闘争に参加しても、全くもって勝てる気がしない。
龍園君に嵌められ、一之瀬さんに懐柔され、坂柳さんに踏み潰されるだろう。
そしてそれは当然、茶柱先生にだって予想できる。
このままじゃ勝てないと思えば、原作同様に綾小路君を脅してくるはずだ。