「この絵を描いたのは、お前か?潮田」
C、Dクラスが退室した後、生徒会室の端に座って今回の審議を見学していた僕に、堀北先輩が声をかけてきた。隣には橘先輩も居る。
「なんのことですか?僕は生徒会役員として中立の立場ですよ?」
「建前はいい。さっさと吐け」
「あ、はい。……まぁ、作戦を考えたのは僕ですよ。動いたのは堀北さんたちですけど」
「ふっ、そうか」
嬉しそうですね。
「あ、橘先輩もお疲れ様です。飴いりますか?」
「わ、ありがとうございます……渚君、私の事ちっちゃい子供だと思ってませんか?」
「いえ、凄く可愛い先輩だと思ってますよ。頑張ってて偉いですね」
「やっぱり馬鹿にしてますよね?!」
「いえ、とても尊敬してますよ。本当に」
ぷんぷんと擬音が付きそうな態度の橘先輩が、受け取った飴の包みを開け、その場でコロコロと舐め始める。
凄いなぁ。その場にいるだけで、空気がこんなにも和らぐなんて。
この人が居なかったら、生徒会はもっとギスギスしてただろう。
「手腕は認める。だが、やはりお前は危険な男だな」
「あ、別に誰も退学させる気はありませんよ」
「何?」
なにか盛大に誤解されてたらしい。でも本当にCクラスの3人を退学させるつもりはない。というか証拠も無いし。
「……ああ、審議を延長したのは訴えを取り下げさせるのが狙いか。なら、罰則を重くしたのは、Cクラスの評判を落とすためか?」
「正解です。多分、明日の朝にはCクラスから審議を取り下げるって連絡がくると思うので、再審のためにスケジュールを調整しなくても大丈夫ですよ」
「なるほど。それはありがたいことだ」
「??……どういうことですか?」
「審議が延長された時点で、もう勝ってるってことですよ」
端末をポチポチと操作して、山田君経由で手に入れた龍園君の連絡先に、事前に準備していた動画とメッセージを送る。
あ、山田君って、アルベルト君のことね。
よし、完了。
「あ、そうだ。もしかしたら明日、用事が入って放課後来れないかもしれないんですよね。今日のうちにやっといた方がいい仕事とかありますか?」
「それなら、今回の審議の調書を作るのを手伝え。それと、この部屋の片付けだ」
「承知しました」
【龍園翔視点】
雑魚どもから、審議の結果を聞いていた。
結果は一日の延期、しかも向こうからペナルティのつり上げを提案してきたらしい。何のつもりだ……?
普通に考えれば、負ける要素はねえ。
だが、奴らが厳罰化を望む意図もわからねえ。……妙な胸騒ぎがする。
ふと端末を見ると、見覚えのない連絡先からメッセージが届いているのが目に入った。
流し読みをすれば、どうやら相手はDクラスだ。
「……なるほどな。くくっ、してやられたな。雑魚どもが」
「え……や、やっぱマズいんですか?俺ら!?た、退学したくないですよ!!」
「そんなっ!なんとかならないんですか?!龍園さん!」
「黙れ」
「うぐっ!」
耳元でギャアギャア騒ぐ雑魚どもを黙らせて、手元に送られてきた動画を再生する。
『--現在、CクラスとDクラスの間で起きた暴力事件の、目撃者を探しています。協力していただけた場合……っと、なんの音だろう?』
映っていたのは、Dクラスのリーダーだとか言う、平田の顔だ。どうやら今回の事件の目撃者探しの為に、動画を撮っていたらしい。いや、茶番か。
動画には、何やら諍いの音が入り込んでいる。男二人が口論しているような音声だ。なるほどな、読めたぜ。
『う、上!』
『えっ?』
『てめぇ!!待ちやがれ!!ぶっ殺してやる……って、ああ?!』
『ぐぁっ!!』
画角でよく見えてなかったが、どうやら特別棟の階段の踊り場で撮影していたらしい。カメラを上階に向けた途端、二人の男が映りこんだ。
一人はよく見知った顔。俺に反抗してくる馬鹿共の一人、Cクラスの時任だ。
そしてもう一人は顔こそ見えなかったが、これが仕組まれた罠だという事を考えるなら、まぁDクラスの生徒だろうな。
そいつは時任に追いかけられ、そして階段を転がり落ちてきた。動画はブレているが、どう見ても押されて転んだようにしか見えない。
『きゃああー!』
『だ、大丈夫かい?!』
『あ……が……っ!』
『な、なんで人がっ……!お、おいお前ら!!このこと、誰かに言いやがったら、タダじゃおかねえからな!!』
それだけ言うと、時任はその場から走って逃げ出していった。
随分と出来の良い動画だな。まるで事前に練習したかのようなカメラワークだ。
動画と一緒に送られてきたメッセージにも目を通す。
『初めまして龍園君、Dクラスの潮田渚だよ。まどろっこしいのは嫌いだと思うから、早速本題に入っちゃうね?』
『この動画を使ってDクラスからCクラスを訴えられたくなかったら、今やってる審議、降りてくれないかな?』
『もちろん断ってもいいけど、その場合、とことんまでやるつもりだよ。龍園君も、不毛な削り合いはしたくはないよね?』
メッセージはそれだけだ。
しかし、とことんまで、ね。
……今回のこれだけで済むとは限らないってことだろうな。
最も
そこまで割り切らずとも、このままじゃ共倒れだろう。
「烏合だと思ってたが、悪知恵は働くみたいだな」
端末から目を離し、目の前で這いつくばっている雑魚どもを見下ろす。
「うぐ……痛てぇ……」
「おい雑魚ども、明日は登校したらすぐ職員室に行って、坂上に訴えを取り下げるよう言え、そうすりゃてめぇらは助かる」
「っ!……あ、そっか……!あ、ありがとうございますっ!」
「さっさと失せろ」
「はいぃっ!」
3人はドタバタと離れていく。
Dクラスの戦力の炙り出し、そして対応力の調査。
停学以上の処分が下される基準に、それが決定されるまでの流れ。そしてクラスポイントへの影響。
その辺がわかればいい。もちろん負けるつもりはない。だがもし仮に審議で負けて多少のペナルティを食らったとしても、別によかった。だが……
「くく、やるじゃねえか。Cクラスは虚偽申告で他クラスを攻撃したが、退学をチラつかされてしっぽ巻いて逃げました。ってか?」
まさかCクラスという看板そのものに反撃してくるとはな。
指揮した俺の統率力を削ろうって意図もあったのか?
……いや、それは考え過ぎか。それなら時任より、俺の派閥のカス共を嵌めた方が良い。動画も、俺じゃなくCクラス内にばらまいた方が効果的だ。
なら、Cクラスを一方的な悪役として周囲に印象付けるのが目的ってとこだろう。
今後動く時は、少しやりづらくなるかもな。
「まあいい。Dクラスにも歯ごたえがありそうな奴が居るってわかったんだ。面白いじゃねえか」
◆◇◆◇
「--整備しているので、近寄らないように。それと、須藤の暴力事件の件だが、早朝、Cクラスの生徒から訴えを取り下げるという報告があった。よって事前の通達通りのポイントが、明日の0時に支給される。報告はこれで以上だ。ホームルームを終了する」
「……え?」「……ま、まじ?」「どういうこと?」
さらっと報告された暴力事件の結末に、クラスに困惑の空気が流れ始める。
けれど、茶柱先生はそんなことに全く興味がないと言わんばかりに、生徒の反応を無視してそのまま教室から出ていった。
「みんな、今から何があったか説明するから、よく聞いてほしい」
なので、仕方なく洋介君が教壇に立ち、今回の件についての報告を行う。
「なんだ?つまり、Cクラスはありもしない証拠にビビって、退学が嫌だから逃げ出したってことか?」
「ぷぷっ、だっせぇな!」「ていうか、須藤君本当に無罪だったんだね」「そりゃそうでしょ、佐倉さんって嘘つくようなタイプじゃないし」
洋介君からの報告を聞いて、ようやく状況を理解したのか、Dクラスの生徒たちは一気にはしゃぎだす。
須藤君は実際に暴力をふるってるから、口が裂けても無罪だとは言えないんだけどね。ただ罰されなかっただけだ。
「綾小路君、怪我は大丈夫?」
「ああ、どこも痛めてないぞ。事前に何回か練習したからな」
「あの勢いで階段を転げ落ちたのに?どういうことなの……」
綾小路君の迫真の演技でCクラスに冤罪をかけ返したくだりは、クラスメイトには説明していない。
あんまりいい影響はないだろうし、綾小路君も目立ちたくないだろうからね。
「受け身の応用だ。良ければやり方教えるぞ?」
「いや、できるようになるわけないから、やめとくよ」
「お前ならいけると思うぞ、多分」
「無理だってば。僕への期待エグくない?」
そんなことを話していると、須藤君が立ち上がり、そして歩いて教壇に登ったのが横目に見えた。
「須藤君?どうかしたのかい?」
「……ふぅ。悪い、お前ら、ちょっとだけ聞いてくれ」
「なんだ?須藤」「どしたー?」
須藤君は気まずそうに頭を掻きながら、教卓の前でしばらく視線を彷徨わせる。
そして観念したように、口を開いた。
「……今回の件、悪かった」
須藤君はそう言うと、ゆっくりと頭を下げた。
教室が静まり返る。
「俺のせいでクラス巻き込んだし、平田とか堀北とか……色々動いてくれたし」
「須藤君……」
「あと、佐倉にも迷惑かけた」
「っ?!」
突然名前を出された佐倉さんが、びくっと肩を跳ねさせた。
「べ、別に……その、私は……」
「いや、お前すげぇ頑張っただろ。マジで助かった。ありがとな」
須藤君はそう言って、ガシガシと頭を掻く。
「もう迷惑かけねえ、とは、言えねえ。俺は馬鹿だし短気だからよ。けど……俺一人のやらかしで、クラス全体に迷惑かかるってのが、今回やっとわかった。だから、ちょっとずつでも、変わっていきたいんだ。また迷惑かけるとは思うが、その、よろしく頼む」
そう言って、もう一度頭を下げる。
教室の空気は、しばらく静まり返ったままだった。みんな反応に困ってる感じだ。
だけど、そんな空気を切り裂くように、池君がポツリと呟いた。
「須藤、お前、ちゃんと謝れるんだな」
「茶化すな!」
「わりーわりー。でも今回みたいなのはもう勘弁だぜ」
「ぐっ……!」
その言葉を皮切りに、クラスのそこかしこから須藤君に言葉が投げかけられる。
「確かに、めっちゃ大変だったしー?」「結構歩き回ったんだぞ〜」
「てか、びっくりし過ぎて聞き流してたけど、またやらかすの前提かよ」
「うぐっ、わ、悪かったって」
須藤君は複雑そうな顔をしながらも、どこかホッとしたように息を吐いた。
そんな須藤君を見て、平田君も小さく笑う。
「でも、本当に良かったよ。須藤君が退学にならなくて」
「……あ?んなわけねーだろ。俺が退学とか」
そう言い返しながらも、声にいつもの勢いはない。
多分、自分でも少し怖かったんだろう。
「ま、次からは少しは頭使って行動してよね」
「ぐっ……善処する」
「おっ、珍しく反論しなかった」
「うるせぇ!」
教室にドッと笑い声が広がった。
短気で、腫れ物みたいに扱われていた須藤君を、クラスのみんなが当たり前みたいにイジっている。
少し前までなら、考えられなかった光景だ。
今回の事件では、時間も労力もかなり使った。
正直、割に合わないと思わなくもない。
だけど須藤君がクラスに受け入れられて、みんなの距離が縮まったと考えたのなら、これも悪くない結果だったんだと思う。