ようこそ暗殺者の卵がいる教室へ   作:塩安

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22.ストーカー

 

 放課後、教室に残って端末を確認していると、佐倉さんがショッピングモールへ移動し始めたのに気がついた。

 

 ストーカー男に会って、話をつけるつもりなんだろう。

 

 すぐに席を立って、移動する。

 

 

「急にどうしたの?……あ、もしかして佐倉さんのやつ?何かあったの?」

 

 

 僕が位置情報を確認しているのに気づいたのか、軽井沢さんはそう言った。

 

 

「うん。佐倉さんが校舎の外に移動してる。何があるか分からないから、一応ね」

 

「私も一緒に行く」

 

「……いいけど。危なくなったらすぐ逃げてね?」

 

 

 悩むけど、解決したあとのことを考えるなら、女の子が居てくれた方が助かるのも事実だ。

 

 昇降口から外に出て、ショッピングモールへ向かう。

 

 

「急がなくていいの?」

 

「大丈夫」

 

 

 追いつかない程度に距離を空けながら後を追う。

 

 数分で、家電量販店の搬入口にたどり着く。佐倉さんもそこに居た。

 

 彼女はその従業員用の入口をじっと見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。

 

 僕らは彼女に見つからないように、物陰からそれを覗く。

 

 もしもの時は、すぐに警察に通報して欲しいと軽井沢さんに頼んでおいた。

 

 できれば撮影もしてほしいけど、搬入口の上に監視カメラがあるのが見えたので、端末で撮れてなくてもなんとかなる。

 

 そのまましばらく待っていると、従業員用の出入口から、例のストーカー男が出てきた。

 

 

「や、やぁ!雫……まさか君の方から会いに来てくれるなんて……!」

 

「……っ!」

 

「やっと僕の気持ちに応える気になってくれたんだね?嬉しいよ!」

 

 

 ストーカー男の言葉に、佐倉さんの体が拒絶するように強張る。

 

 しかし彼女は、一度目をつぶったかと思うと、大きく深呼吸をし始めた。

 

 そして顔を上げて男の目を睨みつけ、意を決したように話し始める。

 

 

「っ……もう、私に連絡してくるのはやめてください……!」

 

「どうしてそんなことを言うんだい?僕は君のことが本当に大切なんだ……。雑誌で初めて君を見た時から好きだった。ここで再会した時には運命だと感じたよ。好きなんだ……君を想う気持ちは止められない!」

 

「やめて……やめてください!」

 

 

 隣から、グイグイと腕を引っ張られた。横にいた軽井沢さんに目を移す。

 

 彼女は言葉を発さず、視線で急かしてきた。

 

 佐倉さんに目を戻すと、彼女はストーカーからの手紙を地面に叩きつけているところだった。さすがに、まだ助けに入るには早い。

 

 

「もうやめてください……迷惑なんです!」

 

「どうして……どうしてこんなことをするんだよ……!君を想って書いたのに!」

 

 

 軽井沢さんに腕を引っ張られ、何度も急かされる。でももう少し決定的な証拠が無いと……

 

 原作のように追い払うだけ、なんて半端な対処で終わらせるつもりはない。

 

 あの男が野放しになると、今後誰か他の女性が被害に遭う可能性すらある。それを見逃すのはさすがに許せない。

 

 間違いなく逮捕できるようになるラインまで……

 

 

「渚君、お願い……助けてあげて」

 

「……っ」

 

 

 気がつけば路地に一歩足を踏み入れていた。

 

 路地に、大きく伸びた影が差し込む。

 

 当然、すぐに僕の存在はバレた。

 

 

「だ、誰だ?……あっ……き、君は」

 

「……」

 

 

 ……どうしよう?

 

 やばい、何も考えてなかった。

 

 

「これは……違うんだ。えっと……多分君の勘違いだよ。僕と彼女は、ええと……そう、カメラ!デジカメの使い方を教えていたところで……」

 

「し、潮田君……!」

 

「……」

 

 

 いや、違う。そもそも、原作の流れをなぞるようなやり方にこだわる必要はない。

 

 頭が硬くなってた。一昨日、綾小路君がやったように、無理やり相手に罪を被せてやればいいだけじゃないか。

 

 

「……ふーん。じゃあ、おじさん、別に愛里の知り合いってわけじゃないんだ?」

 

「ふぇ?」

 

 

 いつもとは違う口調で佐倉さんの名前を呼び捨てると、彼女の口から空気が抜けるような間抜けな声が出た。

 

 そして僕は、この場の緊張感なんて全く感じていないかのように、佐倉さんの元へと歩み寄る。

 

 

「急に走り出すからびっくりしちゃったじゃん」

 

 

 そう言いながら、僕は佐倉さんの手を取って引っ張る。

 

 よろけるようにこちらに来たので、そのまま左手を腰に回す。

 

 

「えっ?……あっ」

 

「カメラの使い方なんて、後で教えてあげるよ。そんなことより、ちゃんと俺とのデートを楽しんでほしいな」

 

 

 この手の男に一番効きそうな、陽キャチャラ男っぽいイメージに……できてるかな?

 

 まぁ、一之瀬さんの演技よりは自然……だと思いたい。

 

 

「は?……き、君、な、何をして……?デート?」

 

「見てわかんない?俺ら、付き合ってんだよね」

 

「は、ひぇっ……!」

 

 

 そう言って腰を強く引き寄せると、佐倉さんはバランスを崩したように僕に寄りかかってきた。

 

 ちょうど佐倉さんが僕に抱きついてるように見える体勢だ。

 

 

「な、なんで……?う、嘘だ……!」

 

「嘘じゃねえよ。ほら、早く行こう?楽しみだなぁ、この後のお泊まりデート」

 

 

 佐倉さんの顎を指で持ち上げながら、いかにもなセリフを吐く。

  

 

「へぁっ?!〜〜〜〜っっ!!」

 

  

 佐倉さんは顔を真っ赤にし、声を出さずに絶叫した。

 

 ごめんね。でも君のその反応込みで、挑発は上手くいったみたいだ。

 

 

「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!ああああっ!お前っ!お、俺の!俺の雫から離れろっ!!」

 

「は?……ふべっ!」

 

 

 激昂して殴りかかってきたストーカー男の拳を、完全に油断していたかのように食らう。

 

 素人のテレフォンパンチとはいえ、僕と比べれば結構な体格差がある。左頬に衝撃が走った次の瞬間、僕の体は後ろに飛ばされ、そのまま尻もちをついた。

 

 凄く痛い。鉄の味がする。

 

 

「潮田くん?!」

 

「うわああああっ!!」

 

「ぃづっ!」

 

 

 更に蹴りが飛んできた。さすがにモロに食らったらやばい。両腕で受け止めて、そのまま後ろに転がる。

 

 ああクソ、いったいな!

 

 人は思いっきり蹴られたら、当たり所によっては普通に死ぬんだけど?!

 

 完全に我を忘れてるんだろうけど、加減が一切効いてない。

  

 これ以上は本当にやばそうだ。でもまぁ、証拠も十分でしょ。

 

 僕にのしかかろうとしてきていた男に、睨みながら殺気を放った。

 

 

「っ?!?!ひぃっ……!」

 

 

 殺気で相手を怯ませる才能。

 

 暗殺の天才である潮田渚の、特筆すべき才能のうちの一つだ。

 

 まぁ、ただの初見殺しだね。

 

 

「よっと!」

 

「あがっ……!」

 

 

 怯んだ隙に、相手の腕を掴んで飛びつき三角絞めを仕掛ける。避けようともしなかったので、綺麗に極まった。

 

 

「っ……!ぁっ……!」

 

 

 10秒ほどで、男の体からガクンと力が抜けたのがわかった。

 

 ちゃんと落ちたのを確認し、横に転がしておく。

 

 

「ふぅ……いてて。左腕、折れてないよね……?」

 

 

 アドレナリンが切れたのか、ズキズキと体に痛みが戻ってきた。

 

 

「渚君!!大丈夫?!」

 

「軽井沢さん、無事だよ。それより、警察……」

 

 

 遠くからパトカーのサイレンの音が近づいて来るのが聞こえた。どうやら軽井沢さんはもう既に警察に通報していたようだ。ありがたいね。

 

 

「うん、佐倉さんは大丈夫?」

 

「う、うん。あ……」

 

「おっと」

 

 

 佐倉さんは僕の言葉で気が抜けたのか、腰を抜かして座り込みそうになったので、腕を引っ張って支える。

 

 彼女はそのまま、僕に体重を預けてきた。

 

 

「ご、ごめ……なさい」

 

「佐倉さんが謝ること、何もないでしょ。それより、無事で良かった」

 

「でも、私のせいで、怪我して……」

 

「悪いのは全部こいつだよ」

 

 

 軽く足先で小突いておく。

 

 

「……っ」

 

「佐倉さん、頑張ったね」

 

 

 暴力沙汰になったのがよっぽど怖かったんだろう。必死に腕に力を込めて僕にしがみつき、啜り泣いている。

 

 

 

 間もなく警察が到着し、長い事情聴取が始まった。

 

 と言ってもほとんど佐倉さんの付き添いで、横で話を聞いていただけなんだけど。

 

 途中で真嶋先生と茶柱先生が来たので、これ幸いと後を任せて病院へ移動した。

 

 正直、佐倉さんたちに心配をかけないように平気なふりしてたけど、動かすたびに痛むんだよね。

 

 診断としては口の中に裂傷と、左腕にヒビが入っていた。

 

 できれば大袈裟に処置されたくなかったんだけど、それは叶わなかった。

 

 ギプスを嵌められ、首から吊るす。

 

 何か物を持ったりするのも禁止らしい。

 

 

 

 

「はぁ……さすがに疲れた」

 

 寮の自室に戻ってきたのは、午後7時過ぎだ。明日も学校だし、早く休もう。

 

 

「おかえり」

 

「……ただいま」

 

 

 軽井沢さん……当然のように僕の部屋に居るじゃん。

 

 まぁ百歩譲ってそれはいいとして、なんで玄関で仁王立ちして待ってたの?

 

 

「それ、折れてるの?」

 

「いや、ヒビだってさ」

 

「……ごめん」

 

「え、なにが?」

 

 

 酷く思い詰めた顔で、軽井沢さんに謝られた。

 

 けど特に心当たりはない。

 

 

「私が急かしたから、逮捕する理由が足りなくて、手を出させるために挑発したんでしょ?」

 

「え、いや、そうだけど、むしろ感謝してるよ、それは」

 

 

 当初の予定では、もっと決定的な証拠が出るまで待つつもりだった。

 

 でもそうすると、佐倉さんがトラウマ抱えて引きこもったり、自主退学する可能性があった、今思えばだけど。

 

 軽井沢さんがそこまで考えていたとは思えないけど、偶然でもナイスプレーだ。

 

 

「そ、そう?……でも、また私のせいで怪我したのは確かだし……その、私が手伝えることなら、なんでもするから」

 

 

 今、なんでもするって言った?

 

 落ち着こう。そういう意味じゃない。でもかなりドキッとした。

 

 ……というか、今、なんか、聞き捨てならないこと言ってなかった?

 

 

「また?」

 

「やっぱり、全然覚えてなかったんだ。いや、わかってたけど」

 

「……え?あれ?」

 

 

 思考がひとりでに回り始める。

 

 軽井沢さんは「また私のせいで怪我をした」と言った。

 

 今まで見逃していた小さな違和感が、一つずつ繋がっていく。

 

 

 地味でつまらない自己紹介をした僕に、真っ先に話しかけにきたこと。

 

 洋介君と付き合う素振りが全くないどころか、自身のカースト上げにあまり熱心じゃないこと。

 

 というか、僕に対する好感度が最初から高すぎること。

 

 そして、プール授業に普通に参加していたこと。

 

 

 最後に、違和感ではないけど、特大の見落としが一つ。

 

 

「あっ!……え?……も、もしかして、軽井沢さんって……」

 

「お、思い出した?」

 

「ま、まさか……」

 

 

 一つの結論に達した。つまり、つまり、そういうことなの?

 

 

「あ、あの時の、お漏らしちゃん?!」

 

 

 直後に放たれた軽井沢さんのビンタは、とてつもなく良い音がした。

 

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