放課後、教室に残って端末を確認していると、佐倉さんがショッピングモールへ移動し始めたのに気がついた。
ストーカー男に会って、話をつけるつもりなんだろう。
すぐに席を立って、移動する。
「急にどうしたの?……あ、もしかして佐倉さんのやつ?何かあったの?」
僕が位置情報を確認しているのに気づいたのか、軽井沢さんはそう言った。
「うん。佐倉さんが校舎の外に移動してる。何があるか分からないから、一応ね」
「私も一緒に行く」
「……いいけど。危なくなったらすぐ逃げてね?」
悩むけど、解決したあとのことを考えるなら、女の子が居てくれた方が助かるのも事実だ。
昇降口から外に出て、ショッピングモールへ向かう。
「急がなくていいの?」
「大丈夫」
追いつかない程度に距離を空けながら後を追う。
数分で、家電量販店の搬入口にたどり着く。佐倉さんもそこに居た。
彼女はその従業員用の入口をじっと見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。
僕らは彼女に見つからないように、物陰からそれを覗く。
もしもの時は、すぐに警察に通報して欲しいと軽井沢さんに頼んでおいた。
できれば撮影もしてほしいけど、搬入口の上に監視カメラがあるのが見えたので、端末で撮れてなくてもなんとかなる。
そのまましばらく待っていると、従業員用の出入口から、例のストーカー男が出てきた。
「や、やぁ!雫……まさか君の方から会いに来てくれるなんて……!」
「……っ!」
「やっと僕の気持ちに応える気になってくれたんだね?嬉しいよ!」
ストーカー男の言葉に、佐倉さんの体が拒絶するように強張る。
しかし彼女は、一度目をつぶったかと思うと、大きく深呼吸をし始めた。
そして顔を上げて男の目を睨みつけ、意を決したように話し始める。
「っ……もう、私に連絡してくるのはやめてください……!」
「どうしてそんなことを言うんだい?僕は君のことが本当に大切なんだ……。雑誌で初めて君を見た時から好きだった。ここで再会した時には運命だと感じたよ。好きなんだ……君を想う気持ちは止められない!」
「やめて……やめてください!」
隣から、グイグイと腕を引っ張られた。横にいた軽井沢さんに目を移す。
彼女は言葉を発さず、視線で急かしてきた。
佐倉さんに目を戻すと、彼女はストーカーからの手紙を地面に叩きつけているところだった。さすがに、まだ助けに入るには早い。
「もうやめてください……迷惑なんです!」
「どうして……どうしてこんなことをするんだよ……!君を想って書いたのに!」
軽井沢さんに腕を引っ張られ、何度も急かされる。でももう少し決定的な証拠が無いと……
原作のように追い払うだけ、なんて半端な対処で終わらせるつもりはない。
あの男が野放しになると、今後誰か他の女性が被害に遭う可能性すらある。それを見逃すのはさすがに許せない。
間違いなく逮捕できるようになるラインまで……
「渚君、お願い……助けてあげて」
「……っ」
気がつけば路地に一歩足を踏み入れていた。
路地に、大きく伸びた影が差し込む。
当然、すぐに僕の存在はバレた。
「だ、誰だ?……あっ……き、君は」
「……」
……どうしよう?
やばい、何も考えてなかった。
「これは……違うんだ。えっと……多分君の勘違いだよ。僕と彼女は、ええと……そう、カメラ!デジカメの使い方を教えていたところで……」
「し、潮田君……!」
「……」
いや、違う。そもそも、原作の流れをなぞるようなやり方にこだわる必要はない。
頭が硬くなってた。一昨日、綾小路君がやったように、無理やり相手に罪を被せてやればいいだけじゃないか。
「……ふーん。じゃあ、おじさん、別に愛里の知り合いってわけじゃないんだ?」
「ふぇ?」
いつもとは違う口調で佐倉さんの名前を呼び捨てると、彼女の口から空気が抜けるような間抜けな声が出た。
そして僕は、この場の緊張感なんて全く感じていないかのように、佐倉さんの元へと歩み寄る。
「急に走り出すからびっくりしちゃったじゃん」
そう言いながら、僕は佐倉さんの手を取って引っ張る。
よろけるようにこちらに来たので、そのまま左手を腰に回す。
「えっ?……あっ」
「カメラの使い方なんて、後で教えてあげるよ。そんなことより、ちゃんと俺とのデートを楽しんでほしいな」
この手の男に一番効きそうな、陽キャチャラ男っぽいイメージに……できてるかな?
まぁ、一之瀬さんの演技よりは自然……だと思いたい。
「は?……き、君、な、何をして……?デート?」
「見てわかんない?俺ら、付き合ってんだよね」
「は、ひぇっ……!」
そう言って腰を強く引き寄せると、佐倉さんはバランスを崩したように僕に寄りかかってきた。
ちょうど佐倉さんが僕に抱きついてるように見える体勢だ。
「な、なんで……?う、嘘だ……!」
「嘘じゃねえよ。ほら、早く行こう?楽しみだなぁ、この後のお泊まりデート」
佐倉さんの顎を指で持ち上げながら、いかにもなセリフを吐く。
「へぁっ?!〜〜〜〜っっ!!」
佐倉さんは顔を真っ赤にし、声を出さずに絶叫した。
ごめんね。でも君のその反応込みで、挑発は上手くいったみたいだ。
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!ああああっ!お前っ!お、俺の!俺の雫から離れろっ!!」
「は?……ふべっ!」
激昂して殴りかかってきたストーカー男の拳を、完全に油断していたかのように食らう。
素人のテレフォンパンチとはいえ、僕と比べれば結構な体格差がある。左頬に衝撃が走った次の瞬間、僕の体は後ろに飛ばされ、そのまま尻もちをついた。
凄く痛い。鉄の味がする。
「潮田くん?!」
「うわああああっ!!」
「ぃづっ!」
更に蹴りが飛んできた。さすがにモロに食らったらやばい。両腕で受け止めて、そのまま後ろに転がる。
ああクソ、いったいな!
人は思いっきり蹴られたら、当たり所によっては普通に死ぬんだけど?!
完全に我を忘れてるんだろうけど、加減が一切効いてない。
これ以上は本当にやばそうだ。でもまぁ、証拠も十分でしょ。
僕にのしかかろうとしてきていた男に、睨みながら殺気を放った。
「っ?!?!ひぃっ……!」
殺気で相手を怯ませる才能。
暗殺の天才である潮田渚の、特筆すべき才能のうちの一つだ。
まぁ、ただの初見殺しだね。
「よっと!」
「あがっ……!」
怯んだ隙に、相手の腕を掴んで飛びつき三角絞めを仕掛ける。避けようともしなかったので、綺麗に極まった。
「っ……!ぁっ……!」
10秒ほどで、男の体からガクンと力が抜けたのがわかった。
ちゃんと落ちたのを確認し、横に転がしておく。
「ふぅ……いてて。左腕、折れてないよね……?」
アドレナリンが切れたのか、ズキズキと体に痛みが戻ってきた。
「渚君!!大丈夫?!」
「軽井沢さん、無事だよ。それより、警察……」
遠くからパトカーのサイレンの音が近づいて来るのが聞こえた。どうやら軽井沢さんはもう既に警察に通報していたようだ。ありがたいね。
「うん、佐倉さんは大丈夫?」
「う、うん。あ……」
「おっと」
佐倉さんは僕の言葉で気が抜けたのか、腰を抜かして座り込みそうになったので、腕を引っ張って支える。
彼女はそのまま、僕に体重を預けてきた。
「ご、ごめ……なさい」
「佐倉さんが謝ること、何もないでしょ。それより、無事で良かった」
「でも、私のせいで、怪我して……」
「悪いのは全部こいつだよ」
軽く足先で小突いておく。
「……っ」
「佐倉さん、頑張ったね」
暴力沙汰になったのがよっぽど怖かったんだろう。必死に腕に力を込めて僕にしがみつき、啜り泣いている。
間もなく警察が到着し、長い事情聴取が始まった。
と言ってもほとんど佐倉さんの付き添いで、横で話を聞いていただけなんだけど。
途中で真嶋先生と茶柱先生が来たので、これ幸いと後を任せて病院へ移動した。
正直、佐倉さんたちに心配をかけないように平気なふりしてたけど、動かすたびに痛むんだよね。
診断としては口の中に裂傷と、左腕にヒビが入っていた。
できれば大袈裟に処置されたくなかったんだけど、それは叶わなかった。
ギプスを嵌められ、首から吊るす。
何か物を持ったりするのも禁止らしい。
「はぁ……さすがに疲れた」
寮の自室に戻ってきたのは、午後7時過ぎだ。明日も学校だし、早く休もう。
「おかえり」
「……ただいま」
軽井沢さん……当然のように僕の部屋に居るじゃん。
まぁ百歩譲ってそれはいいとして、なんで玄関で仁王立ちして待ってたの?
「それ、折れてるの?」
「いや、ヒビだってさ」
「……ごめん」
「え、なにが?」
酷く思い詰めた顔で、軽井沢さんに謝られた。
けど特に心当たりはない。
「私が急かしたから、逮捕する理由が足りなくて、手を出させるために挑発したんでしょ?」
「え、いや、そうだけど、むしろ感謝してるよ、それは」
当初の予定では、もっと決定的な証拠が出るまで待つつもりだった。
でもそうすると、佐倉さんがトラウマ抱えて引きこもったり、自主退学する可能性があった、今思えばだけど。
軽井沢さんがそこまで考えていたとは思えないけど、偶然でもナイスプレーだ。
「そ、そう?……でも、また私のせいで怪我したのは確かだし……その、私が手伝えることなら、なんでもするから」
今、なんでもするって言った?
落ち着こう。そういう意味じゃない。でもかなりドキッとした。
……というか、今、なんか、聞き捨てならないこと言ってなかった?
「また?」
「やっぱり、全然覚えてなかったんだ。いや、わかってたけど」
「……え?あれ?」
思考がひとりでに回り始める。
軽井沢さんは「また私のせいで怪我をした」と言った。
今まで見逃していた小さな違和感が、一つずつ繋がっていく。
地味でつまらない自己紹介をした僕に、真っ先に話しかけにきたこと。
洋介君と付き合う素振りが全くないどころか、自身のカースト上げにあまり熱心じゃないこと。
というか、僕に対する好感度が最初から高すぎること。
そして、プール授業に普通に参加していたこと。
最後に、違和感ではないけど、特大の見落としが一つ。
「あっ!……え?……も、もしかして、軽井沢さんって……」
「お、思い出した?」
「ま、まさか……」
一つの結論に達した。つまり、つまり、そういうことなの?
「あ、あの時の、お漏らしちゃん?!」
直後に放たれた軽井沢さんのビンタは、とてつもなく良い音がした。