「その、本当にごめんね?」
「いや、完全に僕が悪かったから……こっちこそごめん」
ジンジンと痛む頬に保冷剤を当てながら、軽井沢さんとお互いに謝罪し合う。
さっき怪我したばかりの場所だったので、結構痛い。
「いやぁ……にしても、その、印象変わりすぎて、気づかなかったよ」
高校デビュー、なんだろうね。正直、別人みたいだ。
「印象違うって、こっちのセリフだよ。あの時の渚君、本当に怖かったんだからね?」
「あーー……その、ごめん」
「うっ……いや、謝ってほしかったわけじゃなくて……その、本当ならちゃんとお礼言わなきゃと思ってたのに、怖くて近寄れなかったっていうか……」
僕と軽井沢さんは、どうやら同じ中学校出身だったらしい。
いや、それどころか、彼女は僕がDクラスに配属される理由になったであろう事件の、当事者だ。
「葛原さん、まだ精神病棟から出てこれてないって」
「葛原、ああ、アレ、そんな名前だったね。うーん……まぁ、自業自得でしょ」
「……まぁ、あたしもぶっちゃけ、せいせいしてるけど」
あの頃の僕は、Dクラスに行きたくて、色々と迷走してた時期で……
隣のクラスでイジメが起きてるって聞いて、無理やり首を突っ込みに行ったんだ。
そしたらイジメ首謀者の一人が思いのほかヤバい人で、逆上して刃物を持ち出して……
その時に左手を怪我したんだよね。
それでムカついて、本気で脅したら……うん、トラウマになったらしい。
ああ、でも、今思えば、本来の流れでは葛原が軽井沢さんに傷をつけたのかな?
うーん、意図せずに起こした事件が、とんでもないところで繋がってた。
「あの時は、本当にありがとうね。も、もっと早く言おうと思ってたんだけど、その、言い出しづらくて……」
「どういたしまして、かな。でも、助けに行くの、遅れてごめんね」
「……そんなことない。すごく嬉しかったよ」
まさか、あの時に助けたのが軽井沢さんだったなんて。
下心があっての行動なので、感謝されるのも、なんだかこそばゆい。
「と、とにかく!怪我治るまではあたしが色々面倒見るから」
「あー、うん。じゃあ、頼らせてもらおうかな?よろしくね」
それは正直ありがたい。
ギプスって、想像してたよりかなり不便なんだ。
「でも、もう今日は帰りなよ。明日も学校だしさ」
「あ、臨時休校になったんだって。月曜まではあんまり寮から出ないでって言われたよ」
「え、そうなの?」
「うん、色々と大変みたいよ?閉鎖空間での犯行がどうたら……とか言ってたと思う。えっと、クラスチャットに平田君が詳しく書いてたよ」
グループチャットを覗いてみれば、確かにそんなことが書かれている。木曜と金曜は全休、土日も部活等での登校は原則禁止だ。
出入りの業者の身辺調査と、内部の監査があるらしい。
あとニュースにもなるみたいだ。マジか。いや、そりゃそうなるのか。
それと、交換した覚えのない茶柱先生の連絡先が登録されてる。
ああ、嫌だなぁ……呼び出されてるじゃん。
そっか。原作の綾小路君があんな方法をとったのって、事後処理のめんどくささとか、大事にして目立ちたくなかったとか、そんな理由だったんだね。
校舎内では割としょっちゅう暴力沙汰が起きてるくせに……
「はぁ……」
「どうしたの?」
「いや、色んな人に心配かけてるみたいで、返信めんどくさいなって」
僕が事件に巻き込まれたことは、みんなまだ把握してないはずだ。
けど、こんなに騒ぎになってるのに一人だけ音信不通だったら、さすがに心配される。
佐倉さんは大丈夫かな?
それと、櫛田さんに、ストーカーの件は解決したって言わないと。
あー、バスケにも参加できないし、怪我したのは月曜にはバレるし……憂鬱だなあ。
「……とりあえず、お風呂入ろ」
「あ、あたし!背中流すよ?!?」
「さすがに勘弁して」
◆◇◆◇
この学校は、基本的に医療費はタダだ。
親元から離れて連絡も取れないのに、治療は普通にお金がかかります、ポイントが足りなければ治療受けられません。なんてことになれば、絶対に後々問題になるからだろうね。
急に何の話だって?
つまり、示談金には医療費も含まれるから、タダだと少し損した気分になるよねって話だ。
「佐倉、こちらのためを思うなら、ちゃんと受け取ってくれ」
「うう、わかりました……」
事件のあった翌日。僕と佐倉さんは、生徒指導室のソファに座って、対面にいる茶柱先生と面談を行っていた。
茶柱先生はあれから家に帰れていないのか、目の下に隈があるし、髪も服も結構くたびれている。
大変そうだなぁ。
「ありがとう。では、こちらからの話は以上だ。……本来なら、もっと誠実な対応を取るべきなんだがな。この学校の特色上、親をここに呼ぶわけにも行かないし、詳しく説明することもできない。本当に、すまない」
「い、いえ……もう謝罪は受け取ったので」
はえー凄い。茶柱先生が本気で謝ってる。
まぁ、いつものクソ教師っぷりが、野心を悟られないための演技なのは知ってたけど。
でもちゃんと普通の大人の感性も持ってたんですね。
「潮田も、構わないか?」
「はい。僕から言うことはないですよ。むしろ申し訳ないくらいですね」
学校からは示談金が払われた。
管理責任があるからね。学校の仕組みを今後も秘匿するためには、訴えられるわけにもいかない。
示談金の額は、僕は50万ポイント、佐倉さんには150万ポイントだ。
それに加えて、卒業時にポイントが余った場合、それぞれ今回貰った額分まではそのまま現金化できるようになってるらしい。
こちらの不満を抑えるためか、結構思い切った額を提示してきたね。
軽く相場は調べてきたけど、この程度の傷害事件なら、医療費や休業損害を抜いた示談金なんて20万に届くかも怪しい。
ストーカー案件も、住居侵入がない場合なら100万を超えることはほぼないらしい。付きまとわれていた期間も一ヶ月程度だと考えれば、多分、相場の三倍ぐらいを提示されてる気がする。
額がしょぼかったらゴネようかなと思ってたけど、これなら普通に受け取っておいた方がいい。学校に目をつけられたいわけじゃないし。
「本当にすまないな。今後、今回の件で不利益を被るようなことがあれば、すぐに言え」
「え、えっと……どういうことですか?」
「奇異の目で見られたり、変に噂を立てられたり、もしくはプライベートポイントを大量に保持していることに目をつけられたりだな。もしそんなことがあれば、学校側が責任をもって対応する。2人ともだ」
「な、なるほど。……わかりました」
「ありがとうございます」
それは結構ありがたいかも。
使いようによっては、金庫番としては無敵じゃない?
DクラスでBクラスみたいなクラス貯金システムは、現状できてないけど。
話が終わったので、生徒指導室から出て、二人で歩き出す。
「ポイント……どうしよう……」
「なんかちょっと良いカメラとか買う?パソコン買ってもいいかもね。あとは……撮影用の衣装揃えたり?」
「あ、それ、いいかも」
かなり悩んでそうだったので、お金の使い道を提案すると、佐倉さんはパッと表情を明るくした。
「そ、そ、その!……よか、よかっ、いっ、いいっ!」
「落ち着いて」
かと思えば急に壊れたロボットみたいになってしまった。
「あー……佐倉さんが良ければ、一緒に買い物に行こうか?」
「い、いいの?!!」
いいよ。じゃなくてやっぱこれ、そういうことなんだろうか。
……そういうことなんだろうなぁ。
「来週末でいい?」
「う、うん!」
「楽しみだね、デート」
「デ?!とぉっ?!」
面白い反応だね。確定かなぁ。
けどまぁ、原作の綾小路君もストーカー撃退後に惚れられてたし、うん。
助けた女の子二人に惚れられてるなんて、どこのラブコメ主人公だよ。
部屋に戻ったら、軽井沢さんと櫛田さんが二人でカップ麺を食べていた。
「それ料理できないから買ったやつなんだけど……」
「!?…んぐ。ご、ごめん」
「また買えばいいだけでしょ。あ、次はカップ焼きそばもお願い」
「自分で買いなよ」
「嫌。万が一でもこんなもん買ってるとこ、誰かに見られたくない」
「別にそのくらいで……いや、うん。わかったから睨まないで」
でも、人のものを勝手に食べるのはダメだと思う。
たくさんあるから、すぐ困るとかじゃないけどさ。
「というか、本当に折れてるじゃん。有言実行?」
「あ、うん。……というか、櫛田さんは何の用で来たの?」
「用事がないと来ちゃダメなの?」
うーん……ここが男子の部屋であることを考えるなら、ダメ寄りなんじゃない?
「……色々溜まってるの。言わせないで」
「!?」
「二人きりじゃないと、その、マズいんじゃないの?」
「?!?」
「イジワルなこと言わないでよ。もう一週間以上ご無沙汰だったんだよ?」
「????」
「……その、本当に我慢できないの?」
「無理、もう限界……ね?いいでしょ、渚君」
「あんたら、あたしのこと、からかってるでしょ!?」
「「あ、バレた?」」
いや、最初は軽井沢さんがいるから、と思って遠回しな言い方しようとしただけだったんだけど。
軽井沢さんの反応が面白くて、つい調子に乗っちゃった。
もちろん櫛田さんが言ってるのは、ストレス発散の愚痴吐きの話だ。
「別にもうバレてるんだし、特に隠す意味も無いっての」
「さっきまで凄い機嫌悪かったのに、渚君来てから明らかに……やっぱり……」
「軽井沢さん?それ以上言うなら、顔凹ますよ?」
「ひぃっ!」
「……うん、まぁ、櫛田さんがいいならいいけど」
でも絶対軽井沢さんはショック受けると思うよ。
自分がイキり処女ビッチだの、陽キャ偽装キョロ充だの言われてることを知ったら。
と、思ってたけど今日の愚痴の内容は主に山内と池だった。
位置情報をオフにした後の反応が気持ち悪かったらしい。
◆◇◆◇
一年生の一学期は、須藤君暴力事件と佐倉さんのストーカー事件を解決すると、他に原作に載っていたようなイベントはもうない。
でも、それは友達の少ない綾小路君目線の物語なら、という話だ。
いざという時のために友好関係を広げている僕は、逆に色々と問題が起きるたびに、手伝わされることも多い。
生徒会として揉め事の審議を取り仕切ることもある。
期末テストのために勉強会をした時なんて、過去問というお助けアイテムが使えない分、中間の時よりむしろ神経をすり減らした。
そして、夏休みまであと一週間のある夏の日に、僕は綾小路君の相談に乗っていた。
「渚、俺が昨日茶柱先生に呼び出されたの、覚えてるか?」
「うん。あ、相談ってそれのこと?」
やっぱり脅したかぁ……
でもまさか相談されるとは。
思ったより信頼されてるってことでいいのかな。
「ああ……その前に感謝だな。お前のくれたアレと助言のおかげで、最悪の状況にはならずに済んだ」
「それはよかった」
録音できたっぽいね。ありがたい。茶柱先生を手駒にできるなら、今後取れる手段の幅がぐっと広がる。
綾小路君の話を聞きつつ、綾小路君の顔色を見る。
追い詰められている感じはないけど、結構イラついてる、かな?
いや、感情を表に出す余裕があるということは、むしろ機械化からは遠ざかってると言っていいし、悪くない状態だと信じよう。
「だから、夏休みにある試験では、ある程度本気を示す。もしくは、そう見えるだけの結果を出す必要がある」
「OK、わかったよ。僕のこと、隠れ蓑にするってことだよね?」
「……ああ、そうだ。悪いな」
「謝ることないでしょ。それに僕も綾小路君の実力にはちょっと興味あったし」
「そう言ってくれると、ありがたい」
茶柱先生を脅し返す材料を手に入れて、原作よりは精神的に余裕はある。
でもそれはそれとして、脅しの内容の真偽を確かめるために、ある程度茶柱先生の意向に沿いつつ、時間を稼ぎたいってことらしい。
じゃあ無人島試験は、原作通りの動きになるのかな?
いや、原作とはかなり人間関係が変わってるし、絶対あの動きにはならないか。
無人島試験はその性質上、かなり僕向けの試験だ。
綾小路君が大人しくしてるなら、僕が暴れようかなとも思ってた。
でもそういうことなら、大人しく綾小路君の活躍を見させてもらうことにしようかな。
一番書きたかった無人島試験編の直前にモチベが墜落するという痛恨のミスにより、更新頻度が落ちます。
もしかしたら息抜きにR18を書くかもしれません。
あ、この話のIFのR18ルートは書きません。