夏だ!海だ!豪華客船だ!
……この後の特別試験の内容を知ってるのに、テンション上げるのは無理だね。
普通にしんどいもん。なんだよぉ無人島一週間サバイバルって……
「渚君、大丈夫かい?」
「ああ、うん、大丈夫だよ。実は楽しみ過ぎて寝不足でさ」
「そっか、それなら良かった」
……ふぅ、しっかりしないと。みんなに心配をかけてしまう。
洋介君の耳元に口を近づけ、小声で話を続ける。
「やっぱり、なんかの試験があるのは確定っぽいよ。少なくとも、クラスポイントが大きく変動するイベントがあるはず」
「……そっか。どんな試験なのかは見当がついたりしないかい?」
「うーん、そこまではちょっと。ただ、学力試験じゃないことは確かだね」
「ふふ、それはそうだね」
顔を上げて距離を取る。視界の端に数人、悶絶している女子生徒が目に入った。
デッキの外に目を向ける。どこまでも水平線が伸び、海面が日光を反射してキラキラと光っている。
潮風が気持ちいいな……なんて詩的に言えたら良かったんだけど、あの学校は割とずっと潮風に吹かれてるね。風は変わり映えしないかも。
気を揉んでても仕方ない。短い時間とはいえ、豪華客船の旅を楽しもう。
「綾小路君、何たそがれてるの?」
「渚か……いや、少し考え事をな」
「あんまり思い詰めても、いざという時に疲れちゃうよ。今は一旦、面倒事は忘れて楽しもう!」
「そうだな。そうするか……その、それ、何だ?レンガか?」
綾小路君は僕が手に持っている料理に向かって、非常に失礼なことを言ってきた。まぁ気持ちはわかるけど。
「ブリスケット。数量限定だってさ、みんなで食べようと思って」
「デカ過ぎだろ。それは本当に食べ物なのか?焦げてるし……」
「え、要らないの?」
「……そうとは言ってないだろ」
匂いはとんでもなく美味しそうだもんね。
ちなみに実際食べた後の綾小路君の感想は「アメリカ味の肉」だそうだ。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。間もなく島が見えてまいります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう』
トイレから戻ろうと思ったタイミングで、そんなアナウンスが聞こえてきた。
「……見に行こっか」
「そうだな……平田はどうしたんだ?」
「また誰かクラスメイトを助けに行ったんじゃないかな」
「あいつはいつも忙しそうだな」
「んーでも、期末前までよりはずっとマシでしょ」
「ああ……あれな。まさか平田が怒るとは思ってなかったから、みんな面食らってたな」
僕と綾小路君は二人で歩きながら、少し前にあった事件について話す。
事件と言っても、別に洋介君がやらかしたとかそういう話じゃない。
洋介君と軽井沢さんが付き合ってない弊害というか、最近のDクラスは恋愛戦国時代みたいな様相を呈していたんだ。
テスト勉強のグループ分けですらギスギスし始めて、なんやかんやあって結構大きめの喧嘩が勃発したらしい。
それに洋介君がキレて、女子たちは大慌て。
マウント取り合ってる場合じゃない、このままだと嫌われる。そう理解したのか、自主的に仲直りして停戦協定を結んだらしい。
そのおかげで今は平和だ。ちょっとしたきっかけで崩壊する、仮初の平和だけど。
「……あの小さいのが島か?」
「そうみたいだね。もうちょっと前行こっか?」
デッキに出ると、水平線の先にほんの少しだけ島の影が見えた。でも、人が多過ぎてよく見えない。
「いや、ここからでいいだろう。巻き込まれるぞ」
「あーなんか、ちょっと揉めてる?いや、大丈夫そうかな」
先程のアナウンスもあってか、今船の甲板には結構な人数の生徒たちが溢れている。最前列は島を一目見ようと混みあっていて、そのせいで少しトラブルがあったようだ。
Aクラスの生徒がDクラスの生徒を押しのけて陣取り、そのせいで少し揉めているらしい。
一瞬だけ場の緊張感が高まったけど、すぐに落ち着いた。須藤君もちゃんと怒りを抑えられたみたいだ。成長してるね。
にしても全然、島が見えないな。
「綾小路君、肩車してくれない?」
「……いいけど、目立つぞ」
「うーん、じゃあ綾小路君に任せた。なんか気づいたことあったら教えて」
「ああ、わかった」
役割分担だ。とは言っても、ずっと島を眺め続けるのは退屈そうだし、見ても得られる情報はほぼないし、ただ面倒事を押し付けただけなんだけどね。
「綾小路君、渚君!二人も来たんだねっ!どう?楽しんでる?」
「櫛田さん。うん、おかげさまでね。……ちょっといい?」
「え、なになに?内緒話〜?」
人の少ないデッキの隅にいたのに、櫛田さんは目ざとく僕たちを見つけて話しかけに来た。ちょうど良かったので試験について、櫛田さんにも情報共有をする。
「……ふーん、やっぱなんかあるんだ……ちっ。普通にバカンスさせろよ」
「あはは、僕はこの学校の性格の悪さには、ちょっと慣れてきたよ」
周りに人がいないのをいいことに、櫛田さんは小声でキレる器用な技を見せてくれた。表情はいつも通りの天真爛漫な笑顔のままだ。
「で、見てて何かわかったの?」
「今のところ、何もないな」
「はぁ、使えない……」
「ホテルもペンションも何もない。かろうじて桟橋があったくらいだな」
「……は?」
「あ〜……それなら、無人島サバイバルとか、かな?」
「その可能性は高いだろうな」
「……」
櫛田さんは絶句している。わかるよ、めっちゃ嫌だよね。
『ではこれより--本年度最初の特別試験を行いたいと思う』
船から降ろされた僕たち生徒に向かって、真嶋先生はそう宣言した。
当然噴出する生徒からの疑問や不満に答える形で、先生は特別試験のルールを説明していく。
しかしまぁ、大企業がやってるから、別に変な試験じゃない。俺たちもやるぞっていう説明は、凄い馬鹿らしいなぁ。生徒たちのこと舐め腐ってるとしか思えない。
舞台装置だからって納得しておこう。うん、その方が精神衛生的に良いでしょ。
特別試験のルールは以下の通りだ。
・一週間この無人島内で過ごしてもらう。船には基本的に戻れない
・試験用のポイントが1クラスあたり300ポイント支給され、そのポイントで自由に物資を買うことができる。物資のリストはマニュアルに記載
・試験終了時に残ったポイントは、夏休み終了時にクラスポイントに加算される
・クラスごとに、テント2つ、懐中電灯2つ、マッチを1箱支給し、歯ブラシは1人1つ支給される。また、日焼け止めと生理用品は無制限に支給される
ルール自体はかなりシンプルだ。
「あはは……勝ち目無さすぎ〜」
周囲の生徒がぎょっとして僕を見てきた。
でもルールがこれだけだったら、Dクラスが順当に負けるだけのクソ試験だ。
真嶋先生からのルール説明が終わり、各クラスごとに集合する。
どうやら追加のルール説明があるらしい。
腕時計が配布され、それをみんなが腕に装着する。
バイタルのチェックと、GPSとセンサーが付いていて、いざと言う時に非常事態を伝える機能も付いている。しかも完全防水。凄いハイテク。
試験中はこれを外してはいけないとのことだ。
「洋介君、マニュアル見せて」
「もちろん。はい」
渡されたマニュアルを、綾小路君と一緒に流し読みする。うん、さっき説明されたルールの他には、物資のカタログが付いてるだけ……
あ、最後のページにペナルティと追加ルールの説明があったね。
・怪我や体調不良でのリタイアはマイナス30ポイント
・環境破壊はマイナス20ポイント
・午前8時と午後8時の点呼に不在の場合、1人につきマイナス5ポイント
・他クラスへの暴力、略奪、器物破損は、それを行ったクラスが即失格。対象者のプライベートポイント全没収
「もしかして、わたしたちもそれを使うんですか!?」
マニュアルを読んでいたら、いつの間にか茶柱先生のルール説明が再開していた。
今はどうやら簡易トイレの使い方を教えていたところらしい。
「無理に決まってます!絶対無理!」
「トイレくらいそれで我慢しようぜ。揉めるようなことじゃないだろ篠原」
いや、無理でしょ。
しかし茶柱先生はクラスメイトの言い争いを無視して、話し始めた。
「追加ルールの説明をする」
・島内にはスポットと呼ばれる場所があり、キーカードを使ってクラスで占有することができる
・1度占有すると8時間はクラスに使用権が与えられ、占有されたスポットを他クラスが使用するとマイナス50ポイントされる
・スポットは一度に何箇所でも同時に占有することができ、一箇所占有する事に試験ポイントが1加算される。ただし試験中にそのポイントを使用することはできず、試験終了時に加算される
・スポットを占有するために必要なキーカードは、リーダーのみが使用可能
・リーダーは正当な理由なく変更することはできない
・7日目の最終日、他クラスのリーダーを当てる権利を得る。当てればプラス50ポイント、外せばマイナス50ポイント
・リーダーを当てられたクラスはマイナス50ポイントと、更にスポットを占有して得たポイントを全て失う。
ちょっと複雑になってきたね。
「とりあえず、スポットの占有は早い者勝ちだし、早く探索に出た方がいいと思うよ」
「そうだね……よし」
洋介君は少し考えてから、言い争いをしている篠原さんと池君の元へ歩いていった。
「2人とも、そこまでだよ。クラスの暫定方針を伝えるから、よく聞いて」
「平田君!」
「おい平田!お前はどうせ女子の味方するんだろうが!ちょっと我慢すればそれだけで来月から……」
「池君、少し黙ろう」
「え?……あ、おう」
平田君が冷たく言い捨てれば、池君は面食らったように萎んでいく。
同時に一度怒られた経験のある女子たちも、急に口をつぐみ、その静寂がクラス内に伝播した。
「この試験は初動が大事だ。少なくとも、みんなポイントを節約したいっていう意見は同じだよね?なら、ポイント節約に有利なスポットを占有して、そこを拠点にできれば今後の動きが格段にやりやすくなる」
「トイレに関しては、マニュアルから一つ購入するよ。簡易トイレ一つじゃ絶対に足りないからね。それは女子に基本的に割り振る。ただし、緊急時は男女関係なしにお互いに譲り合うこと、いいね?」
「お、おう」「う、うん」「賛成〜!」
「もう一度言うけど、この試験は初動が大事だ。拠点となるスポットを探すためのチームと、クラスの方針を決めるチームに分けるよ。探索に行くチームは基本3人ごとに……」
素晴らしいリーダーシップだね。これ、放っておいても上手くいくんじゃないの?
「渚、俺は探索組に行く。見た感じ洞窟のスポットがあったはずだ。そこを取りたい……そっちは任せていいか?」
「うん。と言っても特に面白い策とか思いついてないから、ただ喧嘩にならないように纏めるぐらいしかできないけどね」
「それは俺にはできないからな。頼りにしてるぞ」
「え?あ、うん」
綾小路君はそれだけ言うと、探索組の募集に手を挙げながら歩いていった。
「……うん、頑張ろう」
よーし、張り切ってみんなを説き伏せるぞ〜
なんでラノベ主人公ってボッチばっかりなんだろうって思ってたんですが、会話って人数増えると急に難しくなるんですね。