ようこそ暗殺者の卵がいる教室へ   作:塩安

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26.無人島試験 2〜3日目

 

「はぁ、いてて……」

 

 

 さすがに砂利の上に布を1枚敷いただけだと、寝苦しいね。

 

 寝起きに軽く伸びをすると、バキバキと体が悲鳴をあげているのがわかる。

 

 蒸し暑いし、汗臭いし、背中が痛い。最悪のキャンプだ。

 

 

「人は3人で電気ストーブ1台分の熱を発するんだっけ……」

 

 

 つまり、男子を10人も詰め込んだこのテントは、男の汗を蒸発させて作ったウェットサウナみたいな環境なわけだ。最悪過ぎる。

 

 避難するようにテントから這い出た。

 

 

「あ、渚君、おはよう」

 

「洋介君、綾小路君、おはよう」

 

「ああ、おはよう」

 

 

 先に起きていたらしい綾小路君たちと挨拶を交わす。

 

 

「さっき、Bクラスの生徒が偵察に来てたんだ」

 

「へぇ……こんな時間に?ああ、スポット狙いかな」

 

「多分そうだね」

 

 

 よくやるなぁ……

 

 

「……顔洗ってくるよ」

 

「うん。川の水は冷たくて気持ちいいよ」

 

 

 

 

 

 川に釣り糸を垂らし、魚が食いつくのをぼーっと待つ。

 

 すぐ隣には佐倉さんが座り、同じように水面を眺めていた。

 

 

「平和だね……」

 

「そうだね……」

 

 

 先程、Dクラスの生徒がみんな起きて来た頃に、Cクラスから小宮君と近藤君が訪れてきた。

 

 ジュースとスナック菓子を見せびらかしながら、やたらとこちらを煽っては「Cクラスの拠点に来い。夢のような時間を体験させてやる」なんてことを言い続けていた。

 

 知ってる側からしたら、Cクラスに偵察を寄越すよう必死に誘導してるんだろうな。頑張ってるな。という感想だ。

 

 別にそんなことしなくても、うちの方針としては全クラスに偵察をしに行く予定だったんだけどね。

 

 今のDクラスは半数以上が出払って、他クラスの偵察や島内のマッピングをしているところだ。

 

 体力に自信の無い生徒は拠点の近くでできる物資集め、つまり魚釣りと薪拾いをしている。

 

 僕はお留守番だ。魚を釣ったり、狼煙用の焚き火に定期的に薪と生木を突っ込んだりしつつ、拠点の見張りと来客対応を任されている。

 

 そういえば茶柱先生、点呼の時以外は全くテントから出てこないけど、暇じゃないのかな?いや、仕事もあるんだろうけど。

 

 

「……でも、さすがに釣りに誘うのはダメかな」

 

「?……えっと」

 

 

 教師は試験の結果に影響のある行動は禁止されているはずだ。

 

 魚釣りは……そんなに影響はなさそうだけど、ポイントで買った釣竿を破損するリスクとか、釣った魚の処遇をどうするのかとか、色々と細かい問題がある。

 

 

「あ、わざと壊れかけの釣竿を伊吹さんに使わせて、それを壊したら器物破損でCクラスを強制退場させられるんじゃ……」

 

「へ?」

 

 

 親睦を深めるとか言って……さすがに人の心が無さすぎるかな。

 

 船に戻った後の伊吹さんの身が危ないかもしれない。騙し討ちの方法もかなりえげつないし、人間不信になりそう。

 

 でも女子の下着盗んで男子にその濡れ衣着せるような子だし……

 

 いや、まだやってないんだけど。なんなら綾小路君の立ち回り次第では、伊吹さんがなんの工作もせずに終わる可能性もある。

 

 それに、彼女たちにはDクラスのリーダー情報をAクラスに届けてもらわないといけない。退場させるメリットはほぼないか。

 

 ふと伊吹さんをチラ見する。パチリと視線が重なった。

 

 すぐにバツが悪そうに目を逸らされたけど、どうやら遠くから僕らのことを観察していたらしい。

 

 

「警戒してるし、そもそも誘ってもやらなさそうだね」

 

 

 そもそも僕が拠点に残ったのも伊吹さんを警戒するためだし、彼女だってそれはわかってる。うん、無理かな。

 

 

「渚くーん!全っ然釣れないんだけどー!」

 

「軽井沢さん、そんな大声出したら、魚が逃げるよ」

 

「え、魚って耳聞こえてるの?」

 

 

 そう言いながら近寄ってきて、僕のバケツを見る。

 

 

「わ、結構釣ってるじゃん」

 

「まだ3匹だよ。クラスメイトみんなで食べられる数まで釣らないと」

 

「うーん場所かな。ここで釣っていい?」

 

「糸絡まるから、少し離れてね」

 

「……ならいいや。めんどくさいし。佐倉さん、こっち隣貰うね?」

 

「あ、う、うん」

 

 

 そう言って彼女は僕の隣に腰を下ろした。

 

 右には佐倉さん、左には軽井沢さんだ。クラスメイトからの視線が痛い。

 

 ストーカー事件後、この2人はチャットでそこそこ喋るくらいには仲良くなっていたらしい。

 

 普段の教室では絡まないけど、それは軽井沢さんの近くに怖そうな女子が多いからだ。

 

 3人で並んで、釣り糸の先を見つめる。

 

 

「……スマホ弄れないからキツいと思ってたけど、案外こういうのも悪くないかも」

 

「お、落ち着くよね……一日が長く感じるし」

 

「確かに。スローライフって感じだね。老後はこんな風にのんびりしたいな……」

 

 

 まぁ、他のクラスメイトが帰ってきたら、また大忙しになるんだろうけど。

 

 

「ろ、老後……あ、あたしもこういう生活良いと思うよ!うん、こういうのでいい!」

 

「はわ……そ、そんな……ま、孫が10人欲しいなんて……子供は5人くらい欲しいってこと……?」

 

 

 この二人の反応するワード、もうわかんないな……

 

 

 

 

 

「へえ、じゃあCクラスはリタイアするつもりなんだね」

 

「ええ、そのようね。少しでも警戒していた私が馬鹿だったわ。それより、気になるのはAクラスね、あちらもスポットの占有を積極的に行っているみたいだし、やっぱり油断ならないわ……」

 

「洞窟のスポットね。堅実だなぁ葛城君」

 

「……あなた、知り合いだったの?」 

 

「いや、知り合いというか、有名人だよ。Aクラスのリーダーの片割れだからね。クラスの中でも特別優秀だってさ。あと彼、目立つし」

 

「私も知ってるよ!確かもう一人のリーダーは、坂柳さんだったはず」

 

「今回の試験を病欠した子だね」

 

「そう……」

 

 

 昼食の時間に集まり、午前中にわかったことを報告しあう。

 

 にしてもこの栄養食、ポイント的にいちばん安かったから買ったけど、量はともかく味はまぁまぁいける。技術の進歩ってすごい。でもチョコ味だから、コーヒーとか紅茶が飲みたくなるね。

 

 

「案外どのクラスも、他とは違う工夫をしているな……くそっ!」

 

 

 幸村君は焦りを隠しきれない様子だ。

 

 

「俺たちはこのやり方で、本当に勝てるのか?少なくとも、同じようにスポットを回収しているAクラスには、拠点の隠蔽性で完全に負けている。高円寺もリタイアしやがった……!」

 

「うーん、どうだろうね」

 

「潮田っ!」

 

「幸村君、焦る気持ちはわかるけど、落ち着くんだ。Aクラスは、少なくとも水は購入に頼ってるはずだし、暗い洞窟内を照らすためのランタンとか、案外消費ポイントは多いはずだよ」

 

「くっ……わかっている」

 

 

 しくじった。ちょっといつもの癖で適当な返事をしたら、幸村君を怒らせちゃった。ごめんごめん。

 

 

「それでBクラスの方はどんな感じだったの?」

 

「んー、Bクラスは井戸のスポットを拠点にして、ポイントを頑張って節約するって作戦みたいだよ!あ、あと帆波ちゃんからの提案があったね。良かったらBクラスとの同盟、この試験でも継続しない?って」

 

「須藤君の事件の時の同盟だね。こちらとしてはありがたかったけど……その、同盟の内容について聞いてもいいかな」

 

「具体的には、BとDはお互いにリーダーを指名しないことにしない?って言ってたよ」

 

 

 一之瀬さんらしい提案だね。

 

 

「そう……それで、なんて答えたのかしら」

 

「私としては同盟の継続は嬉しいなぁって思ったんだけど、Dクラスの方針はポイントを積極的に獲得しよう!って感じでしょ?だからクラスのみんなと相談したいって言って、保留にしてもらったよ」

 

「なるほどね……」

 

「断るべきね。守りに入っているBクラスに利がある内容でしかない。少なくともDクラスとしては、その同盟は得点源を一つ捨てるようなものよ」

 

「そう、だね……」

 

 

 須藤君の事件の目撃者探しで、ほとんど無償で手伝ってもらった経験があるだけに、この提案を蹴るのは洋介君には苦渋の決断だろう。

 

 

「素直に話して断るのがいいんじゃないかな。多分一之瀬さんも、そんなに嫌な顔はしないはずだよ」

 

 

 多分彼女なら「わかったよ!じゃあ特別試験中のことは恨みっこなしってことにしようね!お互い頑張ろっ」ぐらい言いそうな気がする。

 

 

「そうするしかないかな……うん、僕が直接行って、断ってくるよ」

 

 

 洋介君が行くのが一番向こうに印象が良さそうだし、異存は無い。まぁ洋介君としては、ただリーダーの自分が責任をもって謝るべきだとか思ってるんだろうけど。

 

 

「それで、地図班はどんな感じ?」

 

「ああ……大体、島の4割は埋まったと思う。スポットは新しく6個見つけた。明日には完成すると思うが……ここから先は他クラスの拠点に近づくことになるだろうし、新しく占有されていないスポットを探すのは難航するかもしれないな」

 

「あんまり無理はしないでね。他クラスに近いスポットはリスクが高いし、遠すぎるスポットは綾小路君の負担が大きい」

 

「ああ、わかってる。無茶はしない。それと、食料供給ポイントみたいなものをいくつか見つけたんだ。スポットじゃないから早い者勝ちみたいだし、先に共有しておこうと思う」

 

「本当かい?それは凄く助かるよ」

 

 

 洋介君は綾小路君から地図の簡易的な写しを受け取る。

  

 

「あ、私からも追加の報告あるよっ!Bクラスでポイント節約のためにやってた工夫、私たちでも使えそうな方法があったから、色々聞いてきたの」

 

「さすが櫛田さんだね、早速クラスメイトに共有しようか」

 

 

 問題が全くないわけじゃない。でも初日よりはずっとクラスメイト同士で協力する雰囲気が出来上がっている。

 

 みんなが同じ目標に向かって努力するのは、団結力を高めるのに最適な方法なのかもしれない。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

「おい、起きろ!なんか事件起きたらしいぞ」

 

「んぇ……?」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながら、何とか起き上がる。

 

 昨日よりはだいぶマシだけど、ビニールを重ねたくらいじゃやっぱり寝心地は良くないよね……疲れが取れた気が全然しない。

 

 ……ん、事件?

 

 

「何があったの?」

 

「わかんねえよ。でも女子が、男子全員起こせって言ってる」

 

「うーん?」

 

 

 ああ、これ、軽井沢さんの下着が盗まれた事件か。まだ三日目だけど、こんな早く起きるイベントだったんだ……

 

 テントの外に出ると、女子たちがひとかたまりになって、男子を睨んでいた。

 

 いつもは人の輪の外にいる長谷部さんや堀北さんですら纏まっているのが、異様な雰囲気に拍車をかけているね。

 

 女子勢揃いって感じで……あれ、なんか全員いる。軽井沢さんもいるんだけど。

 

 

「こんな朝早くから、どうしたんだい?」

 

「ごめんね平田君。平田君たちには関係ない話なんだけど……どうしても確認しなきゃならないことがあるから集めたの」

 

 

 篠原さんは洋介君にそう言って、特定の男子たち……つまり池君と山内君たちのグループを睨んだ。

 

 

「実は、今朝、その……櫛田さんの下着がなくなってたの。それがどういう意味かわかる?」

 

 

 え、櫛田さん?

 

 はっとして櫛田さんの方へ目を向けると、彼女は気まずそうに目を伏せている。泣いてはいないものの、気丈に振る舞っているだけで、いつもの明るい雰囲気すらなりを潜めていた。

 

 Dクラスの女子の勢力図は、かなり混沌としている。軽井沢さんがトップに立っていない影響だ。

 

 ただ、グループの勢力はともかく、個人レベルで見ると影響力が突出している人物がいる。それはもちろん、櫛田さんだ。

 

 大人しめの女子たちのグループを形成しつつ、他のグループの女子とも交流がある。

 

 クラスのまとめ役の一人で、喧嘩の仲裁役でもあり、洋介君に反発しがちな一部男子グループへの影響力も強い。そして他クラスとの交流も多く、よく外交役を任される。間違いなくDクラスの主力だ。

 

 伊吹さんはきっと、混乱をできるだけ大きくできるようにカーストトップの女子を狙って事件を起こしたんだろう。それなら、確かに軽井沢さんより櫛田さんを狙うのは理にかなっている。

 

 そしてそのせいで、池君たちが大ピンチだ。彼らは常日頃から櫛田さん狙いを公言して憚らないし、色々と前科がある。これ、詰んでるんじゃないの……?

 

 

「櫛田ちゃんの下着が盗まれたってことか?!おいおいっ!それ、やべーんじゃねえの?!」

 

「許せねえよそんなの!ぜってー犯人見つけ出してぶん殴ってやる!!」

 

 

 なんで君ら2人が張り切ってるんだよ。みんなの冷たい視線に気づいてないのかな?

 

 ……いや、考えようによってはいい反応なのかもしれない。例え彼らの鞄から櫛田さんの下着が見つかったとしても、もし彼らが盗んだ犯人なのだとしたらあまりにも反応がおかしい。

 

 そうだね。もしバレても、その方向で弁護してあげよう。

 

 そそくさと場所を移動して、綾小路君のすぐ近くに寄る。

 

 

「……綾小路君?クラスに不利益は齎さないんじゃなかったの〜?」

 

「うぐ……わ、悪い。何かするとは思っていたが、こんなに早く行動に移すとは思わなかった」

 

「ま、そうだね。にしてもだいぶエグい手を打ってきたね。これ最悪、今後の学生生活が完全に終わるんだけど」

 

「確かに……まずいな」

 

「伊吹さん、吊し上げていい?それとも、まだ泳がせておいた方がいい?」

 

「……可能なら泳がせておきたい。できるか?」

 

「流れによるけど……まぁできるだけやってみるよ」

 

 

 男子の集団に意識を戻す。どうやら荷物検査をする流れになったらしい。

 

 疑われるのに不快感を示した男子たちを納得させるために、平田君が率先して荷物を開けた。当然何も出てこない。

 

 自身の潔白を証明するためには、抵抗せずに荷物を開けた方がいいと納得したのか、他の男子たちも渋々と自分の鞄を取りにいく。

 

 僕と綾小路君も自分の鞄を取り、そして中身を確認する。

 

 僕の鞄を開けた瞬間。見えちゃいけないピンク色の布地が視界に入った。限りなく自然な動作で、もう一度鞄の蓋を閉じる。

 

 心臓がバクバクと嫌な音を鳴らしている。手が震え、冷や汗が流れる。

 

 不自然じゃない程度に、周囲を見回した。幸運なことに、隣にいた綾小路君以外には見られていなかったようだ。

 

 

「……渚、お前」

 

「綾小路君。……僕に女装癖があるって言ったら、乗り切れると思う?」

 

「似合いそうだな。でも無理だと思うぞ」

 

 

 あ、あのクソ(アマ)……!やりやがったな……!

 

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