「うん、これでOK。連絡先交換できたよ」
「お、おう。ありがとう。おお……」
綾小路君はじーんと感激したように画面を見つめている。初日にクラスメイトと連絡先交換できたのがよっぽど嬉しいらしい。
これまでの境遇を思えば、良かったねとしか言えない。初期の小路君は何をするにしても新鮮だからか、反応が初々しくてとても可愛い。
そんな綾小路君の普通の高校生活を送りたい、というささやかな願いを馬鹿にする
「あ、そうだ綾小路君」
「なんだ?」
「多分そろそろ自己紹介するタイミングがあると思うから、今のうちに何言うか考えた方が良いんじゃない?」
原作だと綾小路君の自己紹介はかなり悲惨なことになってる。別に自己紹介が上手くいったぐらいで何か変わるとも思えないし、ちょっと助けてあげよう。
「……なるほど。自己紹介って何を言えばいいんだ?」
「定番なら、名前の後に趣味と特技かな。最後にこれからよろしく的なことを言って締めればいいと思うよ」
「趣味と特技か」
「片方だけでもいいとは思うよ。それか高校での目標とか、将来の夢とかでも大丈夫だと思う」
「……まずいな、全く思いつかない」
だろうね、知ってた。そのせいで原作では大事故起こしてるんだから。
「うーん、それなら、無難に運動が得意ですって言えばいいんじゃないかな」
「いや、俺は別に運動得意じゃないぞ」
「……え、その体格で?かなり鍛えてるよね?」
これは元々考えていたことなんだけど、綾小路君のムキムキボディで身体能力は並ですと主張するのは無理があると思う。クラスメイトはなんで誰もツッコまなかったんだろう。特に堀北さんとか。
「……わかるのか?」
「うん、多分格闘技とかやってるよね?あ、もしかしてあんまり目立ちたくない感じかな?それならみんなには黙っておくよ」
「いや……まぁ、うん。そうだな。ちなみにそれ、他の人にも簡単にバレると思うか?」
「いや、さすがに服の上から気づけるのは僕くらいだと思うよ」
観察能力には自信があるんだ。と胸を張ると、綾小路君は顎に手を当てて何かを考え始めた。無表情過ぎてよくわからないけど、多分難しい顔をして悩んでいるんだと思う。
「ああでも、この学校は水泳の授業があるらしいし、脱いだらさすがに隠せないんじゃない?その体格で運動が並みだったら、多分逆に目立つと思うよ」
「そうか……そっかぁ」
「それが言えないなら……そうだね、世間知らずなので色々教えてください、とか言うのはどうかな?周りの人からすれば会話の取っ掛りになって助かると思うよ」
「……俺、世間知らずなのか?」
「え、うん。今どき教わらないと連絡先の交換すらできない人は、かなりの世間知らずだと思うよ?もしかしなくても、綾小路君って良いところのお坊ちゃんだよね?」
「いや、普通の家だぞ。親が厳しくてスマホを持たせて貰えなかっただけ--」
「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな?」
始まった。
声がした方に目を向けると、平田洋介君が立ち上がり、みんなに自己紹介をするように提案していた。そしてそのまま、原作通りに展開が進む。
洋介君の自己紹介に黄色い声援が飛び、櫛田さんがコミュ力で無双し、須藤がバックれ、高円寺くんが場を凍らせる。
そして原作では描写すらされなかった一般生徒たちの自己紹介が続く。原作で名前すら出てこなかった人たちも、この世界に生きる以上は重要人物だ。頑張って名前と特徴を脳に刻んでいく。
そして時間が進み、僕の前の席の子が自己紹介を終えて席に着いた。パチパチとまばらな拍手が鳴り止むと、洋介君は僕に目を向ける。
「それじゃあ、渚君。次お願いしていいかな」
「うん」
席から立ち上がって教室を見渡すと、クラスメイトからの興味の視線が集中するのを感じる。女子生徒からの視線が特に強いのは、洋介君が僕を名前呼びしたのと、ついさっき一緒に登校してきたところを見た人がいるからだろう。
「
「よろしくね、渚君」
よろしくー、かわいいー、平田君とどういう関係なの?なんて野次が飛んできたが、一旦それらを黙殺して席に着く。
こういうのは流れが大切だからね。聞きたいことがある人は後で聞きに来てください。今から主人公の自己紹介です。
「じゃあ、最後だね。そこの君、お願いできるかな?」
「っ、あ、ああ!」
ガタンッと音を鳴らしながら綾小路君が立ち上がる。誰がどう見ても緊張していた。ちゃんと自己紹介の準備はしていたはずなのに。
「あ、
そう言って綾小路君はそそくさと席に着いた。
「よろしく〜」「イケメン…」「世間知らず?ちょっとかわいいかも」
悪くない反応なんじゃないかな。少し言葉に詰まってはいたものの、原作の箸にも棒にもかからないようなそれとは比べ物にならない。
「綾小路君、よろしく。実は渚君と今度一緒にサッカーをする約束をしているんだけど、良ければ綾小路君も一緒に遊ばないかい?」
「あっ…ああ!是非、よろしくお願いしますっ」
最後に洋介君のフォローも入り、パチパチと拍手が送られる。綾小路君も心なしか嬉しそうだ。
須藤君と高円寺君のせいでどうなる事かと思ったが、割と持ち直した方なんじゃないだろうか。
◆◇◆◇
入学式と施設の説明会が無難に終わり、新入生たちは解散して思い思いの時間を過ごし始めていた。
洋介君、相変わらず囲まれてて大変そうだなぁ。なんて考えながら帰り支度を整えていると、数人組の女子グループがこちらへ歩いてきた。
先頭に立っているのは茶髪をポニーテールにしたギャルっぽい女子生徒、つまり軽井沢さんだ。
「渚君〜これからカラオケ行くんだけど一緒にどう?」
「軽井沢さん、誘ってくれてありがとう。でも、今日は一旦寮に帰ってから色々買い揃える予定なんだ、ごめんね」
トイレットペーパーとか、ティッシュとか、タオル、あと食品とかも。なんて言うと、軽井沢さんたちはああと納得したように声をあげた。
「確かに、そーゆーのも必要だよね。そっか自分たちでやんないといけないのかぁ。ちょっとめんどくさいかも」
「備え付けの分もあるけど、こういうの後回しにしたくないんだよね。お店混む前に行きたいから、もう行くよ。また今度誘って」
そう言いながらも、内心意外だなと思っていた。僕はまだなんの実力も見せていないし、自己紹介も軽井沢さんたちの興味を引くようなものじゃなかったはずだ。
顔が良い綾小路君とかに行くならまだしも、なんで僕の方に来たんだろう。
「うん、わかった。でも次も断ったら許さないから!」
「ねぇどうする?うちらも買い物した方がいいんじゃ……」
「カラオケの後でいいでしょ、時間あるし--」
不思議に思いつつも、ギャルたちの会話を尻目に、鞄を肩にかけて教室を後にした。
少しして、とぼとぼと歩く男に追いつく。もちろん綾小路君だ。
僕が軽井沢さんたちに話しかけられているのを見て、諦めて一人で寂しく帰ることにしたらしい。
少し離れた位置から、哀愁漂う男の背中に声をかけた。
「綾小路君、一緒に帰ろう」
「な、渚?!もちろんいいぞ!……でもいいのか?もうグループができてたが」
「多分大丈夫、かな?いや、自己紹介の時の感触的に男子達にはもう既に嫌われちゃってるっぽいんだよね、僕」
これは本当だ。多分平田グループだと思われたのが原因なんだろうけど、自己紹介の後の自由時間には、もう既に山内、池たちに遠巻きにされていた。
「だから実質ノーダメージだよ」
まぁ、女子グループの方には今度遊ぶ約束取りつけたし、最悪洋介君を頼ればなんとかなるから大丈夫。そう言うと綾小路君は戦慄した目を向けてきた。
「女子と……凄いな」
「綾小路君も多分誘われると思うよ?」
「え」
「それより、もしかしてコンビニ寄るの?」
「あ、ああ。帰る前にちょっとな」
「いいね。僕もなんか買おっと」
もちろんわかっていて着いて行くんだけどね。二年の先輩にDクラスが落ちこぼれだと教えてもらえるチャンスだから。
コンビニに着くと、見慣れた黒髪の少女と目が合った。堀北さんだ。彼女は嫌なものを見たとばかりに眉を顰めて口を開いた。
「……またしても嫌な偶然ね」
「堀北さんもコンビニ来てたんだ」
「ええ、必要なものを買いに来てたの」
堀北さんはそう言うと、さほど悩んだ様子もなく、ただ安い日用品を買い物かごの中に投げ入れていく。
「女子はシャンプーとかにはこだわるもんだと思ってた」
「それは人によるでしょう?お金はいつ必要になるかわからないもの」
「それならドラッグストアに行った方が良いんじゃない?堀北さんに合ったものをここより安く買えると思うよ」
「必要ないわ、コンビニで買える物をわざわざ遠出して揃えるのは時間の無駄よ。それと、人の買う物を勝手に見ないで貰えるかしら、不愉快よ」
「ごめんなさい」
ギロリと睨みつけられ、綾小路君は即座に降参した。弱過ぎない?しょうがないなぁ……僕が堀北さんをやり込める手本を見せてあげよう。
「あはは……でも、ロングヘアって手入れ怠るとすぐ毛先から傷んでいくから、気をつけた方がいいんじゃないかな?」
「余計なお世話ね、これ以上この話を続けるなら--」
「堀北さんの憧れの人も、多分ただ長い髪が好きって訳じゃないと思うよ?大抵ロングが好きって言う人は、手入れされてて綺麗な髪が好きなんだと思うし」
「は?……どういう意味かしら」
視線に物理的な力があるなら、多分僕は既に刺し殺されていると思う。
堀北さんが髪を伸ばしている理由は、尊敬する兄である堀北学の好みがロングだからだ。ブラコンを極めてる。
原作知識ありきのハッタリだけど、どうやら堀北さんの興味を引くことには成功したらしい。
「コンビニの安い商品で済ませるぐらい身だしなみに無頓着なら、合理的な堀北さんがロングヘアにする訳ないかなって。誰かの好みに合わせてるんでしょ?違った?」
「……随分とわかったような言い草ね。正直に気持ち悪いわ。自覚がないようだからハッキリ言っておくけれど、あなたの発言はただのセクハラよ」
「ぐっ」
そう言いながらも、堀北さんはかごの中からいくつかの商品を棚に戻した。全てヘアケア用品である。どうやら後で調べてから買い直すようだ。
「渚……お前、すごいな」
「致命傷を負いながらも一矢報いたよ、綾小路君……あとは…まかせ…」
「俺が口で堀北に勝てるわけないだろ。しっかりしろ」
わざとらしく胸をおさえて膝をつくリアクションを取ると、綾小路君は僕の首根っこを掴んで立たせてきた。どうやら僕を対堀北コミュニケーションの盾として使い潰すつもりのようだ。さすがホワイトルームの最高傑作、判断が合理的だね。
「なぁ、ここで売ってる物の値段ってどうなんだ?他と比べて高かったりするのか?」
そう言いながら、綾小路君はかごを二つ取り、片方を僕へと渡してきた。
「ん、ありがと。うーん、スーパーよりは割高だと思うけど、普通なんじゃないかな」
「そうか……」
「呆れた。あなた本当に世間知らずなのね」
どうやら堀北さんは本読んでるふりをして、あの時の会話聞いていたらしい。
「……いや、家が厳しくてな」
「コンビニで買い物をしたことがないなんて、家が厳しいとかそのレベルの話ではないと思うけれど?」
「いや、嘘じゃない、本当だ。……それより、あれはどういうことなんだろうな」
「綾小路君、めっちゃわかりやすく話そらすね……ん?」
「無料……?」
綾小路君が指差した先には「無料商品 一ヶ月に三点まで」と書かれたワゴンが置かれていた。堀北さんも興味があったのか、近づいてその中の商品を手に取って確かめている。
「ポイントを使い過ぎた人への救済措置、かしら。随分と生徒に甘い学校なのね」
「なるほど。でも必要な措置ではあるかもね」
「どういう意味だ?」
「ほら、考え無しにポイントを使っちゃった生徒が、浮浪者みたいな格好で校内を歩いてたら他の人にも迷惑だし、ましてや餓死者を出す訳にもいかないでしょ?多分、食品の方にも無料のものがあると思うよ」
「ああ、なるほど。だから必需品だけ無料でも手に入るようになってるのか」
「そのようね」
髭剃り、シャンプー、絆創膏、生理用ナプキン、洗剤、歯ブラシ、色々あるね。でも一ヶ月三個って……あ、別の店で調達すればいいのか。
別にこだわりはないので歯ブラシを取ってカゴに入れる。
「買うのか?」
「うん、まぁ歯ブラシならなんでもいいかなって、明らかに安物だったり不良品だったら後で買い換えるかもしれないけど、試してみるよ」
「そうか、俺もそうしよう」
そう言うと綾小路君も歯ブラシを手に取ってかごに放り込んだ。その後はカップ麺や惣菜コーナーで適当に商品を見ながら、その時を待つ。
ついさっき須藤君らしき人がカップ麺を持ってレジの方へ歩いていくのが見えたので、そろそろのはずだ。
読んでくださり誠にありがとうございます。高評価を頂けると執筆のモチベーションになります。何卒よろしくお願いいたします。