「っせえな!ちょっと待てよ!今探してんだよ!」
「ん?」
店内に男の怒声が響く。声がした方へ行くと、赤髪のヤンキーこと須藤君がレジ前で揉めているところだった。思ったより迫力がある。
「何かあったのか?」
「あ?なんだお前ら」
「同じクラスの綾小路だ。困ってそうだから声かけたんだ」
「綾小路君、すごいね……あ、僕は潮田渚だよ。何かあったの?」
どう見てもブチ切れ寸前のヤンキー相手に平然としすぎじゃないかな。これで教室ではクラスメイトに声をかけられなくて凹んでるとか、チグハグだ。
「ああ……そういや居たな。学生証を忘れたんだよ。これからはあれが金の代わりになるってことを忘れてたんだ」
「良ければ立て替えるぞ?取りに戻るのも手間だろうし。そっちが構わないならだけど」
「……そうだな。ぶっちゃけ面倒だ。ムカついてたしよ。……俺は須藤だ。ここはお前らの世話になることにするぜ」
「よろしくな、須藤」
「僕、何もしてないけどね。よろしく」
須藤君は、お湯を入れて持ってきてくれと言うと外へ歩いて出ていった。一連の流れを見ていた堀北さんは、呆れたようにため息をついていた。
「買い物を済ませましょう。他の生徒の迷惑になるわ」
「そうだね、並ぼうか」
そのままレジに向かい、買い物を精算する。綾小路君は多少もたついていたものの、まぁこのシステムに慣れていないのは新入生一同変わらないし、誰も文句を言ったりはしない。
「まじでお金として使えんのな……」
「そうだね。あ、カップ麺の作り方教えるよ」
「ああ、すまん」
カップ麺にお湯をいれた後、堀北さんを少し待って合流し、コンビニの外へ向かった。
「学校にはなんのメリットがあるんだろうな。これだけの大金を持たせて」
「そうね……。敷地内にある設備だけでも十分多くの生徒が集まるわけだし、無理して学生にお金を持たせるなんて、必要性があるとは思えない。学生の本分である勉学が疎かになってしまうかもしれないのに」
「確かに……うーん、やっぱりなんか引っかかるね」
そのタイミングで僕がコンビニ前に設置されていた監視カメラに目線を移すと、それに気づいたであろう綾小路君も同じ方向へ顔を向けた。
「無駄遣いは避けた方が良さそうね。元々浪費する予定はなかったけれど」
「……そうだな」
「おい、綾小路」
「おう」
須藤君に声をかけられた綾小路君が、片手を上げてそちらへ歩み寄る。
「まさか、ここで食べるのか?」
「当たり前だろ。ここで食うのが世間一般の常識だ」
「私は帰るわ。こんなところで品位を落としたくないし」
堀北さんは須藤君を一瞥して冷たく吐き捨てた。まぁ普通にこれは須藤君が悪い。コンビニ前はご飯を食べる場所じゃないし、なんなら営業妨害だ。
「何が品位だよ。高校生なら普通だろうが。それとも良いところのお嬢様ってか?」
「堀北さん、いちいち喧嘩売るのやめなよ。また明日ね!」
不穏な空気が流れ始めたので強制的に会話を切る。そのまま帰ってくれればよかったんだけど、堀北さんはそんな空気を読んでくれるタイプじゃない。余計な一言を躊躇なくぶち込んだ。
「喧嘩を売る?冗談。喧嘩というのは同レベルの人間同士でしか起きないものよ」
「んだとてめぇ!どういう意味だ!」
「人間の言葉で話してほしいと言ったつもりなのだけど……いえ、ごめんなさい。人間にしか人間の言葉が通じないのをうっかり忘れていたわ。これは私のミスね」
「ああ?!てめぇぶっ飛ばすぞ!!」
堀北さんに掴みかかろうとする須藤君を何とか押しとどめようとする、だが普通に力負けしているのでズルズルと引き摺られてしまう。
「あーもうっ!堀北さん口悪いよ!須藤君も怒り過ぎ、落ち着いて!あと綾小路君も空気になってやり過ごそうとしないで、止めるの手伝ってよっ!」
「すまん、つい。須藤、今喧嘩なんて始めたらカップ麺伸びるぞ。多分あと一分くらいだし、放っておけよ」
「っ!ちっクソが!」
「それじゃあ、また明日。彼とは友達にならないことをオススメするわ」
堀北さんはこちらを一瞥すらせずにそう言い捨てると、そのまま歩いて寮へと帰っていった。
「……っなんなんだよあいつは!くそっ!」
「まぁまぁ、色んな人がいるから、合わない人とは関わらない方がいいと思うよ」
「うっせぇよ。向こうから絡んできたんだろうが。俺はああいう真面目ぶったヤツが嫌いなんだよ」
須藤君は僕を睨みつけながらそう言うと、カップ麺を開けてその場で食べ始めた。イラついてるのはわかるけど、さすがに僕に怒るのは筋違い過ぎない?
「あはは、ごめんごめん。じゃ、僕もそろそろ帰るよ。また明日」
「おい、お前ら一年か?そこは俺らの場所だぞ」
僕が帰ろうとするそのタイミングで、コンビニから出てきた三人組の男子生徒に声をかけられた。
「んだお前ら。ここは俺が先に使ってたんだよ。邪魔だから失せろ」
「聞いたか?失せろだってよ。こりゃまた随分と生意気な一年生が入ってきたもんだぜ」
そのまま須藤君と二年生が揉めているのを眺める。綾小路君が止めないのかとチラチラ視線を送ってきたが、もうちょっとだけ待つ。
「おー怖い。お前らクラスは何だよ。なんてな。当ててやろうか?Dクラスだろ」
「だったらなんだってんだ!」
「はははっ!聞いたか?Dクラスだってよ。やっぱりな!お里が知れるってもんだよなぁ」
「そりゃどういう意味だよオイ」
顎に手を当て、考え込むふりをする。監視カメラに目線を送り、コンビニの袋に目線を移し、そして小さく「なるほど」と呟いた。今考えて気づきましたというアピールだ。
「可哀想なお前ら『不良品』に今日だけはココを譲ってやるよ。行こうぜ」
「逃げんのかオラ!」
「吠えてろ吠えてろ。どうせすぐ、お前らは地獄を見るんだからよ」
先輩たちは笑いながら二年生の寮の方向へと歩き始める。須藤も何言か文句を言ったあと、口論の途中で投げ捨てたカップ麺を掃除せずに、ポケットに手を突っ込んだまま帰っていった。
ふと綾小路君に目を向けると、彼もこちらを見ていたようで、その無機質な瞳と目線が合う。
どうする?と問いかけてきた気がしたので、にこりと笑って面倒事を押し付けることにした。
「綾小路君、掃除頼むよ。僕はちょっと行ってくる。終わったら少し待ってて」
「え」
「
そう言い捨てて走り始める。さっきの先輩たちはそう遠くに行ってなかったので、すぐに追いついた。どうやら途中のベンチで座ってカップ麺を食べようとしていたらしい。
「せんぱーい!ちょっといいですか?」
「あ?なんだお前…」
「聞きたいことがあるんですけど、あ、僕はDクラスの潮田渚です」
「へっ、そうかよ。で何の用だ?くだらねえ内容だったらぶっ飛ばすぞ」
大声で話しかけたから少し警戒していたようだけど、僕がDクラスだと聞いた途端に嘲笑混じりの目線に切り替わった。ニヤニヤと笑いながら脅しつけてくる。
「さっきの先輩の言葉で気づいたんですけど、この学校のクラス分けって、優秀な人をAから順に配属してるんですよね?」
「……は?」
「先輩のおかげで全部繋がりました。クラス替えがないのは、クラス対抗戦だからですか?あ、評価が貰えるポイントと連動してるってことで合ってますよね?地獄を見るってつまりそういうことなんですよね?」
「待て、待て待て!」
まくし立てるように質問をすると、三人組の先輩方は焦ったように僕の口を塞ごうとしてくる。
「ありがとうございます。先生から説明されてないって事は、多分箝口令が敷かれてるんですよね?わざわざ危険を冒して教えてくれるなんて……優しいんですね」
「「「………」」」
自分たちが何を言ってしまったのかを理解したのか、三人とも青い顔をして黙り込んでしまった。
恨むなら、
僕が箝口令についてまで思い至っているのも最悪な情報だろう。ここまで言えば馬鹿でも分かる、自分たちの立場が非常に危うくなっていると。
「今すぐ職員室に行って情報の精査をした後に、クラスメイトに共有したいところなんですが……でも残念ながら今日はこれから買い物に行く予定なんですよね。買い物が楽しすぎて先輩たちから教えてもらった情報を忘れてしまわないか、ちょっと不安なんですよ」
「……どういう、意味だ」
自分が追い詰められていることはわかっていても、察しは悪いのかな。じゃあもう少しわかりやすく言おう。
「10万ポイントって一見多いように見えて、家電とか買ったらすぐ無くなりそうですよね、何事も初期費用が一番高いものですし、このままじゃ買い物が楽しめないかもしれません……」
「あ、ああ。新生活には金がかかるよな。……うん。優しい先輩が、後輩にご祝儀をやるよ」
そこまで言えばさすがにカツアゲされている事を理解したらしく、顔色が悪いながらもニコニコと愛想笑いを浮かべて、そう提案してきた。
「良いんですか?」
「ああ……いくらぐらい欲しい?」
「そうですね、僕はコーヒーが好きなのでコーヒーメーカーは欲しいんですよね、あとは……ゲーム機とかも欲しいですし、さっきの友達とも遊ぶ予定なんで……それぐらいですかね?」
こちらから値段を直接指定するつもりはないよ。そっちの誠意を見せてね。
「……わかった。連絡先をくれ」
「ありがとうございます」
メッセージアプリのQRを見せると、一人がそれをサッと読み込んだ。
暫くして送金リクエストが飛んで来たので承認すると、自分の残高が15万ポイント増えているのが確認できた。三人で15万、一人5万。
……Dクラスを馬鹿にしてたって事は、この人たちCよりは上のはずだよね?
「……」
「あ、あー。……わりーな。もうちょっと祝ってやりたいところなんだが、マジでこれが限界なんだよ」
そう言って残高の画面を見せてくる。1万、2万弱、5千強、しょっぱい……
そうか、二年生は南雲先輩がもうほぼ統一してるんだっけ。だいぶ絞られてるんだろうな……じゃあこれが限界か。
「いえ、ありがとうございます。先輩たちの優しさのおかげで買い物は存分に楽しめそうです。……でも、また頼るかもしれないので、連絡先はこのまま控えさせてもらいますね?」
「あ、ああ……でもわかってるだろうな?」
「何がですか?ちょっとこれからの買い物が楽しみ過ぎて……何か大事なこと話しましたっけ?」
「……まぁ、いい。はぁ……最悪の気分だ。なんでお前みたいなやつがDに居るんだよ」
「それは知りませんけど。偉い人に聞いてください。あ、僕もう行きますね。先輩方も色々お気をつけて」
「ああ、さっさと失せろ……」
すっかり意気消沈したような声色で、力なく手を振っていた。
コンビニの前に戻ると、綾小路君がぼーっとしながら律儀に僕を待っていた。どうやら既にカップ麺は片付け終え、掃除まで済ませたようだ。
手を挙げて挨拶すると、彼もこちらに気がついて手を挙げてきた。
「ごめんね、掃除押し付けて」
「ああ……まぁ、いいけどさ」
「これ、綾小路君の分ね」
そう言って7万5千ポイントを彼の端末に送信する。
「……なんだよこれ」
「さっきの口止め料だよ。須藤君は多分気づいてないから、二人で分けちゃおう」
「え?いや、説明してくれよ、俺もわからないぞ」
潮田渚の観察眼は、顔色を伺うことに関しては本当に天才的だ。その人が嘘をついているか、どんな感情なのかを見抜くことができる。
もちろん初めて会ったばかりの相手の内心まで理解できる訳じゃないし、綾小路君みたいな表情に全然出ないタイプの人はある程度知り合ってからでも苦戦する。
でも、もう慣れた。
顔に出ないなら、体の小さな動き、声色、視線の動きなんかからも読み取ればいい。
「さっきも言ったけど、僕、観察眼には自信があるんだよね。綾小路君、今嘘ついたでしょ」
「え?」
僕が先輩に打ち明けた内容くらいは、綾小路君なら当然察しているはずだ。Aクラス特典や、赤点退学まではさすがにわかるはずがないけど。
それに加えて、このポイントは僕が先程の先輩から、箝口令を盾にして脅し取ってきた物だという事も当然理解しているだろう。だって綾小路君だし。
「ま、別に暴きたい訳じゃないから追求しないでおくよ。それはちょっとした臨時収入だと思っておいて。口約束だったし、言質も取らせなかったから、本当にただのお小遣いだよ」
つまりこの情報は普通に暴露するつもりだ。というところまで理解したのだろう。一瞬だけ、綾小路君の顔が引きつった気がする。
「……そうか。よくわからないが、ありがたく貰っておく」
「うん、じゃあ帰ろっか」
「ああ」
最終的には気にしないことにしたらしく、僕たちは他愛もない会話をしながら寮までの道を一緒に歩いた。
「あ、そうだ、多分カラオケにも誘われると思うから、今のうちに流行ってる曲の予習とかした方がいいと思うよ」
「俺をなんだと思ってるんだ……さすがに音楽ぐらい聞くし、知ってるぞ」
「ふーん、なら、女子と一緒に行く時は恋愛ソングを連続で歌わない方がいい、とかのアドバイスもいらないの?」
「ごめんなさい、教えてください」
人間一年生め。あと歌の流行り廃りは早ければ一ヶ月スパンで変わるから定期的に仕入れなよ。持ち歌はともかく。