「連絡事項は以上だ。授業の準備をしろ」
そう言って教壇から降りた茶柱先生と入れ替わるように、洋介君が教卓の前に陣取った。僕もそれに着いていき、黒板の前に立つ。書記のポジションだ。
「みんな、少し時間を貰ってもいいかな?これからの学校生活に関わる、大切な話があるんだ」
洋介君が手を叩いてそんなことを言えば、いつも通り騒がしくなりつつあった教室がしばしの静寂に包まれた。
教室の外に出ていこうとしていた茶柱先生も、ドアの前で振り返り、話を聞く体勢になる。心なしか上機嫌そうだ。
昨日のうちに職員室でSシステムについて質問攻めにしたので、恐らくそれ関連だということはわかっているのだろう。
「ちっ、お前の話になんて興味ねえよ」
あ、ラッキー。今日に限って須藤君遅刻してないじゃん。説明が二度手間にならずに済んだ。
「……来月貰えるポイントが、このままだと0になるかもしれないんだ」
「は?」
「ど、どういうことだよっ?!」
「今から話すから、みんな落ち着いて聞いてほしい」
ざわざわとにわかに騒ぎたった教室を、その一言で鎮める。強く興味を引く言葉選びで、無理やりクラスメイトを聞かせる体勢にした。
やっぱり彼には人をまとめる才能がある。
だけど残念なことに、彼の和を重視し過ぎる性格はこの学校の仕組みに合っていない。他人を積極的に攻撃できないし、必要な場合で味方を切る判断もできない。
もったいない……いや、今後の成長次第なのかな。
「みんなも疑問に思わなかったかな、一月に10万ポイントを、生徒全員に、なんの見返りもなく配るのは、さすがにおかしいんじゃないかって」
「それは……確かに思ったが、だが、そう言い出すのであれば、根拠はあるんだろうな?」
「そ、そうだぜ!毎月10万くれるって言ってただろ!」
「幸村君、もちろんあるよ。池君は落ち着いて。実は少し前にそのことに気づいて、僕と何人かで情報を集めたんだ」
そう言って話すのはここ数日で調べた、この学校のシステムとその根拠だ。僕は洋介君の発言に合わせて、黒板にチョークで文字を書き始める。
・無料の商品と、それを利用する上級生が多いこと
・毎月10万ポイント配るとは言っておらず、入試を突破した生徒の実力に10万の価値があると認めた、そしてこの学校は実力を評価するという言い回しだったこと
・来月支給されるポイントの額について尋ねると必ずはぐらかされる、つまり恐らく口止めされているということ
ここまでが確定した情報で、ここからは予想だ。
・Dクラスの落ちこぼれという文言が上級生の口から出てくることがあり、恐らくAから順に成績ないし評価が上位の生徒から割り振っている可能性があること
・これらの情報を踏まえたうえでクラス替えがないので、恐らく個人で成績がいいものが上位に上がるような仕組みではなく、クラス間での競争を促す仕組みであること
・クラスの評価がそのまま支給されるポイントに直結している可能性が高いこと
・支給されるポイントの他に上位のクラスに何らかのボーナスもしくは、下位のクラスに何らかのペナルティがある可能性が高いこと
「……こんなところだね」
「これは……いや、だが、おかしい。この情報が概ね正しいことは、理解できる。だが、俺がDクラスだと……!」
「もちろん、この情報が、全て正しいとは限らない。僕たちの調査が間違っている可能性はある。でも、少なくとも合っているものもあるはずだ。そして、このまま何もしなければ、来月には取り返しのつかないことになるかもしれない」
「ふざけんな!俺は信じないぜ!そもそも、これが本当ならなんで先生は説明しなかったんだよ!」
「それは多分、これが最初のテストだから、だと思う。そして見られているのは、多分授業態度と生活態度だよ。ほら、あれを見てほしい」
洋介君が指を指したのは、監視カメラだ。
「あれ?ってなんだよ」
「監視カメラだよ。教室の四隅全てに、いや、それどころか、学校中の至る所に設置されているみたいなんだ」
「はあぁ?!」
「先生方は誰も、授業中に僕たちの態度を注意しなかった。けどそれもおかしいんだ。一人二人ぐらい注意しない先生がいたら、それはその人の性格や教育方針なのかもしれない。けど全ての先生が全く注意しないのは、そう決められてるからなんじゃないかな」
「なるほどねぇ。敢えて注意せずカメラで監視して、普段の素行を評価するというワケだ。平田ボーイの説明には今のところ矛盾はない。そして私の集めた情報との齟齬もない。……正解だろうねぇ」
「ありがとう、高円寺君。……小中学校でも成績には関心、意欲、態度の項目があったよね。この学校の理念は日本の未来を担う人間を育てる、だ。僕はこの学校がひたすら生徒を甘やかして堕落させるような教育を施すとは思えない」
洋介君はそこまで言ってから、クラスメイトの顔をぐるりと見回し、話のまとめに入った。
「……だからとりあえず、五月まで、次のポイントが支給されるまでは、みんなに頑張って真面目に授業を受けて、生活態度にも気をつけてほしいんだ」
「今更良い子ちゃんぶれってのか?ふざけやがって……っ!」
ガンッ!と大きな音が教室に響く。須藤が机を蹴ったらしい。
僕たちがどれだけ根拠を持ってきても、そもそもやる気のない人や、感情を優先してしまう人の説得は難しい。
洋介君の真摯な説得に、しかしまだ不満気な顔を浮かべているクラスメイトは彼以外にもたくさんいる。優しい言葉だけじゃ納得できないなら、僕の方で危機感を煽る形で注意することにしよう。
「自分のお小遣い減るのは嫌でしょ?それに多分クラス対抗ってことは連帯責任だろうし。他のクラスメイトに責められたくなかったら真面目にやろう」
「……ちっ」
納得したわけではないんだろうけど、彼も一旦は引き下がった。反発し続けるメリットがないことは理解できたのだろう。
「あと、他クラスには今話したことを内緒にしてほしいんだ。もし流出したら不利になっちゃうからね」
「みんな聞いてくれてありがとう。僕たちからは以上だよ」
◆◇◆◇
【綾小路清隆視点】
茶柱先生って笑うんだな。美人だけど愛想が悪いし表情が動かないで有名だったのに、二人を見つめる先生の顔には、ちょっと気味が悪いくらいに上機嫌な笑みが浮かんでいた。
対して教室の雰囲気はあまり宜しくない。浮かれていた空気は払拭され、これから先の学校生活に不安を持つ生徒が視線を彷徨わせている。
そして特定の……恐らくこのクラスの評価を大幅に落としたであろう男子生徒たちへの、責めるような視線もこの教室の空気を澱ませる一因になっている。
「何見てんだ?なんか文句あんのかっ?!」
「おかしい、なぜだ……俺は優秀だろうが……!何かの間違いだ……!」
そして特にやばいのは須藤と幸村だ。もう爆発寸前と言った様子で、近くの席に座っている内気な女子生徒なんかは、それに当てられて既に泣きそうになっていた。
あの日食堂で話してから、クラスの陽キャ女子グループはある程度真面目に授業を受けるようになっていた。他にも責められる生徒がいればまだマシだったのかもしれないが、残念ながらそうはならなかった。
男女の間に深い溝ができてしまったかのようだ。そしてそれは全て、男子側の自業自得でしかない。ぶっちゃけ、滅茶苦茶うるさかったしな。
平田も渚も、男子グループには嫌われてるのもあって、さすがにこれをどうこうすることはできないだろう。できる人がいるとしたら…
「須藤君、落ち着いて。居心地が悪いのはわかるけど、ここで怒ったら、むしろ状況は悪化するだけだよ」
「っ!……ちっ!んなこたわかってんだよ……」
「幸村君も、不安になるのはわかるけど、まだ学校が始まってから一週間も経ってないんだから、焦っちゃダメだよ。ここからみんなで頑張って、先生たちを見返そう?」
「……そう、だな。すまない。冷静じゃなかった」
櫛田しかいないだろう。彼女は荒ぶっていた二人を素早く宥め、そして今度は怖がっていた生徒たちへのフォローへ回った。
とんでもないコミュ力だな。澱んでいた空気が櫛田を中心に浄化されていくようだ。……まぁ櫛田にも限界はあるのか、男女の亀裂を完璧に修復することはできていないんだが。
依然として須藤、池、山内ら三バカトリオやその周辺の男子たちに対する鋭い視線は消えていない。
「やっぱよぉ、考えすぎだろ。普通に考えて学校が騙し討ちなんてしねーって」
「10万って使ってみたら意外と少なかったしな!一人暮らしならこんなもんなんじゃねーの?ほら、必要けーひ?ってやつでさ」
マジで言ってんのかあいつら……?
他のクラスメイトからの絶対零度の視線に気づいていないのか?
だとしたら、余程大物なのか、それとも単純に知能が足りないのか。
「度を過ぎて愚かな人を見ると、哀れとしか思えなくなるのね」
「堀北か……お前は結構、落ち着いてるな?」
「そう見えるかしら」
「ああ、幸村みたいに、怒り狂うんじゃないかと思ってたぞ」
「私にも不当な評価を下されてムカつく心はあるわ」
「不当、ね」
低い評価を受けたのではなく、間違った評価を受けたと思っているわけだ。なんというか、自負が凄いというか、気位が高い。
「でもここで騒いだところで、事態が好転するとは思えないもの。それに……いえ、なんでもないわ」
堀北が言い淀んだ時、その視線の先には平田と渚が居た。この学校に来てから初めてできた友人の渚と、その縁で知り合った平田。
二人はクラスメイトたちに質問攻めにされつつも、根気強く、それに付き合っている。
二人が纏めた情報は、よくできていた。
もちろん全ての情報を網羅している訳ではないだろうし、憶測も多分に含まれてはいるのだろう。だが、クラスメイトを説得し、気を引き締めさせる為に必要なだけの根拠は完璧に揃っていた。
……一部の奴らには効果が無かったようだが。あれはさすがに渚たちの責任ではないだろう。
Sシステムを聞いて警戒し、そして実際に情報を集めて、予想できる問題に対策を施した。しかも一週間足らずで。
優秀だ。文句のつけようがないほどに。
二人が集めた情報の中にあった、Aクラスから順に優秀な人間を配属している、という話が本当なら、Cクラスの下限はあの二人のレベルだということになる。
だが、そんなわけはないだろう。もしそうなら、この学校は魔境すぎる。
そんなことを考えていると、予鈴が鳴って渚が自分の席に戻ってきた。
「やっと解放されたよ〜」
「ああ、おつかれ」
「あ、そうだ。明日昼から空いてる?前言ってたサッカーしようよ、人数集められそうなんだよね」
「もちろんだ。楽しみだな」
同年代の男子で集まってサッカー。俺が思い描いていた高校生活の中でも、かなり青春度が高いイベントだ。
本当に渚様々だな。最近は情報収集のためという理由もあってか、積極的に他クラスへ行くようになってしまっていたが……
そのおかげで俺の友好関係も広がっているし、渚は何かと俺のことを気にかけてくれているのだから、文句を言うのは筋違いだろう。
「呑気ね。潮田君、あなたは自分がDクラスにいることに納得しているのかしら。普段の授業態度を見るに、勉強ができないわけじゃないのでしょう?」
しかしそんな渚に対して、隣の席の堀北は躊躇なくトゲのある言葉を投げかけた。
しかし内容は妥当というか、俺も気になっていたところだ。
堀北は何となく性格のせいだろうなと理解できるが、渚がDクラスにいるのはどうしても違和感が拭えない。もちろん平田や、あとは櫛田なんかもそうか。
実はびっくりするぐらい勉強ができないとか?もしそうなら俺が勉強を教えることもやぶさかじゃないんだが……しかし、そうじゃないなら?
「うーん……まぁそうだね。思うところがないと言ったら嘘になるけど、納得はしてるよ。それに、僕はこのクラス結構気に入ってるからね」
「そう……類は友を呼ぶ、というやつかしら。事なかれ主義の綾小路君の友人らしいわ。馴れ合いに夢中で、向上心が欠如しているとしか思えない」
「あ、あはは……」
もしかしたら、学力や身体能力、コミュニケーション能力などのわかりやすい実力とは別に、過去の経歴もクラス分けに関係してるんじゃ?だとしたら渚は……
「……」
「どうしたの?綾小路君」
「いや、なんでもない」
どんな人間にも踏み込まれたくない領域はあるだろう。当然、俺にだってある。気になるからといって、あえて探るようなことはしない方がいい。
お互いにお互いを尊重してこその友人関係だと、そう聞いたこともあるしな。
過去に何があったとしても、渚は渚だ。
読んでくださり、ありがとうございます。ブクマ、高評価が励みになります。