第四の壁を越えて   作:タカリ

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それぞれの未来を目指して

「レツ! 気を抜いているんじゃないよ! そんな念じゃアリンコ一匹倒せやしないよ!!」

「はい!」

「あんたは念の系統がない! 発を作るのも厳しいだろう! だからこそ徹底的に基本を鍛える! あんたが強くなるならそれしか方法がないからだ!」

「はい!」

「わかったなら型稽古、はじめ! あたしが止めるまで続けな!!」

「はい!!」

 

 フリークス家の庭に幻海の厳しい声が響く。

 叱責を受けるのはバンでもゴンでもない。可愛らしいドレスを脱ぎ捨てて動きやすい服装に着替えたレツだ。

 念に覚醒ずみで纏や錬を使えるが、戦闘訓練を受けるのは初めて。基本となる型を繰り返し打撃や蹴りの動きを体に覚えさせながら、霊光波動拳の初歩を覚えるところから始めている。

 堅と流の習得と習熟。それがレツの課題であり、発を作れない彼女が戦う力を得るための唯一の方法だった。

 

「ここ数日思いつめていたみたいだけど、レツも吹っ切れたみたいね」

 

 ミトはそんなレツの様子を眺めながらベランダに座ってお茶を飲んでいた。

 可愛い女の子のレツに戦いなんてしてほしくないという思いがある。バンやゴンを自分の息子として育てたのと同じように、いつの間にかレツも自分の娘のように思ってしまっていた。

 だからレツには危険なことなどせずに、安全な場所で、この島で平和に過ごしてほしい。嘘偽りなくミトはそう思っている。

 

「……でも、あの子の気持ちもわかるわ」

 

 20年前にジンがくじら島を出ていった時。

 ミトは島に残ることを選んだが、もしもあの時、ジンと一緒に島から出ていたら。

 危険な旅路(リスク)と引き換えに、安全なこの島で待っているだけでは得ることのできない何か(リターン)を得られたかもしれない。

 

「もちろん、この島に残ったからこそ得られたものもある。かけがえのない私の大切な宝物……」

 

 バンとゴン。愛する二人の息子。この二人を育てることができたのはミトがくじら島に残ったからだ。その選択に後悔はない。

 

「でもレツは、あの子たちと一緒に旅立つのね」

 

 ミトが選べなかった選択。選ばなかった選択。

 自分の望みを叶えるために、島の外が危険と知りながら飛び込んでいく。

 

「残されるのはいつも私ひとり。嫌になっちゃうわ」

 

 やがて来る別れの時を予感しながら、それでもミトはくじら島に留まり続ける。

 三人の子供たちが帰ってくる場所を守り続ける。

 それが母となったミトが得た強さだった。

 

 ◇

 

「うおおおおおお!!!」

 

 山のような巨岩を担ぎ上げたゴンが走っている。

 念の力に頼らず、あえて絶のままで。筋肉の力だけで岩を運ぶトレーニングだ。

 

『ゴン。あんたは頭が悪いから考えずにとにかく動きな! 小手先の技なんか後から覚えればいい、まずは大きくて頑丈な基礎を築き上げるんだよ! それがあんたの一番の武器になる!』

 

 かつてのバカ弟子を教えた時のように、幻海は霊光波動拳の技を教えることよりもまずは体づくりを優先していた。

 強化系に小手先の技はいらない。真っ直ぐ行って右ストレートでぶっとばす。必要なのはこれだけだ。

 筋肉。体術。堅と流。それらを鍛えるだけでどこまでも強くなれる。

 

「バンに負けるもんかああああ!!」

 

 更なる強さを、最強の頂(ゴンさん)を目指して。ひたすら愚直にゴンは鍛え続ける。

 

 ◇

 

 とても静かな場所に二人がいる。

 外界の騒動など知らぬと言わんばかりに、何もかもが死の静寂に包まれた場所で、ぼたんがバンを膝枕していた。

 ぼたんの表情は優しさに満ちていたが、同時に言い表せない悲しみを含んでバンを見つめていた。

 

 ――バンは息をしていない。

 

 呼吸をしていないだけではない。心臓の鼓動も完全に止まり、一切の生命活動が停止している。

 

 バンは死んでいた。

 

 ぼたんはバンの死体を膝枕していた。

 死者と霊界案内人。何も言わず、ただ静かに、死に包まれている二人。

 

「そろそろいいかね」

 

 ぼたんが手をかざし、バンの頭と胸に温かな霊力(オーラ)が注ぎ込まれる。

 心霊治療(ヒーリング)

 

「――ごほっ、ごほっ!! あー、死ぬかと思った」

 

 しばらくぼたんの治療を受けてたバンが息を吹き返して目を開けた。

 呼吸は安定し、心臓もしっかりと動いている。

 

「死ぬかと思ったじゃないよー。あたしは本当にバンちゃんが死んじゃうんじゃないかと心配でたまらないんだからさ!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 ついさっきまで死んでいたバンが笑う。

 

()()()ありがとうね、ぼたんちゃん」

 

 いつも。先ほどの光景が初めてではなく、すでに何回も繰り返している。

 

「でも、こうしないと強くなれないから」

 

 幽遊白書で言うところの臨界行。

 ハンターハンターならば死者の念。

 瀕死から蘇るとパワーアップするサイヤ人のように、蘇生されるたびに強くなるシャーマンキングのように。

 

「俺みたいな凡人がゴンたちのような天才に追いつくには、これしかないんだ」

 

 仮死状態に陥り、蘇生することで念は強くなる。

 強くなるという思い込み。誰かに蘇生されなければ本当に死ぬというリスク。

 覚悟と狂気こそが念をより強大する。

 

「だからこれからもよろしくね、ぼたんちゃん!」

 

 念は、頭のおかしい奴ほど――強い。




死の淵(デッドプール)

 バンが無意識に作り出した発であり、思い込みの結晶。メモリはほとんど使用しない。
 仮死、臨死、瀕死――死の淵から蘇るたびに念がより強くなる。

 凡人の自分が原作主人公のゴンたちに追いつくためには命をかけるような修行が必要だと思い、実際に命をかけて強くなっている。
 ただ体への負担が大きいので連続で行うのは避けている。

 死者の魂を導く霊界案内人であり、高度な心霊治療ができるぼたんを呼んだのはこの修行をするため。
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