くじら島の上空を櫂に乗った美女が飛んでいる。
バンの念能力によってハンター世界に連れてこられた霊界案内人のぼたんだ。
「相変わらず見渡す限り何にもない場所だね」
雲の合間を飛び、潮風が彼女の髪を揺らす。
「でもまあ、ここでの暮らしも案外悪くないもんだねぇ」
幽助と出会ってから始まった怒涛の日々。それが過ぎ去ってようやく訪れた平穏。
仲間たちはそれぞれの暮らしに戻り、霊界探偵の出番も助手のぼたんの仕事も減って、あの賑やかな連中と顔を合わせる機会も減ってしまった。
「バンちゃんもゴンちゃんもいい子だし、毎日クタクタになるまで修行をしている姿を見るとつい手助けしたくなっちまうよ」
かつての相棒、幽助が幻海師匠の元で修行の日々を送っていた頃のように。
あの頃を騒がしさを思い出してしまうから嫌いになれない。これから成長が楽しみで目を離せない。
「まあ、バンちゃんのナンパっぷりにはちょっと困ったもんだけどさ、あはははは」
瑩子に一途だった幽助や、雪菜にべた惚れだった桑原と違って美人、美少女とみれば積極的にナンパをするバンの悪癖を思い出して笑いだす。
本人は転生前も合わせて30を超えていると言うが、小学校低学年くらいの幼子の体では面白さが勝っていた。
「あら? 今日は定期船がやってくる日かい。さてさて、乗客の中に使い手はいるかしらね?」
ふわふわと空を飛んでいたぼたんの視界に一艘の船が見えた。
くじら島に寄港するのは近隣の海で漁をする漁船か、島の住民たちの生活物資を乗せた定期船くらい。それも予定より数日ズレることも珍しくなかった。
ぼたんが上空から船を観察する。ピンクの着物は青空によく映えるが、誰も彼女に気がつかない。
ハンター世界の念能力――幽白世界でいう霊能力を持っていない人間は霊界案内人の姿を見ることはできないのだ。
「おやまあ。あの人、あたしのことをバッチリ見ているじゃないかい」
甲板に出ていた帽子をかぶった男と目があった。ぼたんの姿を見て驚きに目を見開いている。
「これは一大事! おーい、バンちゃーん! 来たよ、念能力者がついに来たよー!!!」
慌てて櫂を翻し、ぼたんはバンたちの元へ飛んでいったのだった。
◇
「おーい、バンちゃん! 大変大変! 大変だよー!」
「ぐぎぎぎ……」
ぼたんが空を飛んで急報を運んできた時、俺とゴンは鉄の針の上で指一本で逆立ちをしていた。
指にオーラを集めて長時間維持する訓練だけど、普通に辛い。
だから、これはチャンス。ぼたんが大変だっていうなら大変なんだろう。
「師匠! 大変らしいんで中断しましょう! ねえ師匠!!」
「はあ……」
俺たちの横で同じ訓練をしていた覆面で顔を隠した師匠が呆れた声を出した。
「ぼたん。大変ってだけじゃ何もわからないよ。一体何が大変だというんだい」
「それがなんとですね! 今から港にやってくる船に念能力者が乗っているっぽいんですよ!
一大事でしょう、幻海さん!!!」
ぼたんの言葉に覆面師匠――幻海が考えるそぶりをした。
「念能力者、この世界の霊能力者か……。一度お目にかかりたいと思っていたのは確かだね」
幻海がひょいっと軽やかな動きで針の上から飛び降りる。
「バン! ゴン! 仕方ないから今日の修行は中止だよ! 今から港に行ってその念能力者とやらの面を拝みにいこうじゃあないか」
「やったー! 幻海師匠、さっすがー!」
「はぁはぁ……。オレもうへとへとだよぉ……」
「二人とも早く準備をおし!」
「「はーい」」
師匠の厳しい叱咤を受けて、俺とゴンは慌てて滝のように流れる汗をタオルで拭った。
◇
幻海。
幽遊白書の主人公幽助や桑原たちの師匠であり、人間界でも五指に入る霊能力者にして、霊光波動拳の使い手。
生前は70歳前後の高齢だったが、幽遊白書の最終回で死去している。
その死後の幻海を呼び込み、一生懸命お願いして俺たちの師匠になってもらってから既に2年近く経っていた。
「わたしがお前たちに修行をつけているのは霊光波動拳の基礎だ。霊能力と念が似通っているから基本的な指導は問題ないと思うが、それでも本物の念能力者から指導を受けられるなら受けた方がいいだろうさね」
幻海師匠の肉体はオーラから作られている所謂「念獣」なのだが、生前の肉体を完全に模している。
試しに水見式で霊力を練ってもらったら放出系――水の色が綺麗な青色になったから、霊能力と念が似通っているというのは本当だと思う。
そんなわけで港で待機して、ぼたんが発見した念能力者を船から下りるのを待っていたんだけど。
ハンチング帽を目深にかぶり、腰には刀を差した鋭い眼光の長髪の男性。間違いなく見覚えのあるその姿は。
――カイトじゃん!!!
「……あ、キツネグマ」
可哀そうなキツネグマはいなかったんだ、よかったね……。
そしてさよならコン……。お母さんと仲良く暮らすんだぞ。