第四の壁を越えて   作:タカリ

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交渉

「だー、わっかんねー! オーラってなんなんだよ!」

 

 ハンター協会が運営するホテルの一室で、自分のオーラを感じる修行を続けているレオリオたち。バンがいればちょうどいい塩梅でオーラを感じられるようにしてくれるのだが、今は別行動中なので瞑想あるのみだ。

 

 離れた場所ではメイ・ポンズ・スパーの3人が霊光波動拳の先達であるレツから基礎を教わっている。ぼたんは怪我をした場合の救急箱(ヒーリング)となっている。

 バンが会長に依頼した心源流の師範代はまだ到着していない。バンが操作系や具現化系の系統別修行やより高度な念の修行を教わりたいと言っていたが、ククルーマウンテンから戻ってくるまでに間に合うかは不明だ。

 

 そんな仲間たちに気を配りながら、ゴンさんは周囲の警戒をしていた。

 

『俺と幻海師匠でゾルディック家と話をつけてくるから、その間みんなのことを頼む』

 

 一方的に返り討ちにしたとはいえ、ゾルディックの長男であるイルミと交戦したのは紛れもない事実。報復や人質に取られることを警戒し、最も信頼できる守護神を置いてバンたちは敵地(ゾルディック家)へ向かった。

 

(本当は一緒にキルアの家に行きたかったけど、バンに頼まれたからオレがみんなを守るんだ!)

 

 往復で一週間の予定だが、そのくらいなら寝ないで警戒しても問題ない。

 もしもゾルディック家の刺客が襲ってきても瞬時に撃退するつもりで、ゴンさんはバンたちの帰りを待っていた。

 

 ◇

 

「キルは随分と変わった小僧を友としたようじゃな」

「ああ」

 

 齢11。シルバの四分の一にも満たない年齢の、のどかな田舎の島で育ったごく普通の少年。

 

(――くくく、()()がそんなたまか? 普通の少年じゃと、笑わせるわ)

 

 最初に目を見た時にわかった。あれは死線を幾度も潜ってきた兵の目だ。死兵と化し、その死すらも乗り越えてきた男。暗殺者としての経験から今までに幾度もそういう男を見てきた。念能力者も、念を使えない者も、そういう人間はみな強かった。

 

(そして、あのプール……。あれは一体なんじゃ?)

 

 バンの言った言葉に嘘はないことはわかる。あの能力は誰かを傷つけるものではないのだろう。あの念空間(プール)に敷かれた『ルール』に危険はない。

 

 ――だが、あのプールからは濃厚な死の気配が漂っていた。

 

 数十年間、人の死に触れてきた男たちが思わず反応してしまうほどの圧倒的な『死』。

 

(少なくとも数百。だが、儂の勘ではあのプールには危険はない。罠はない。ただ、『死』のみがそこにある)

 

 一見ただの何の変哲もないプール。よほど勘が優れている者か、死に触れ続けてきた者でもなければ気がつかない偽装。あるいは封印。

 

()()()の真下に地獄の口が開いていると言われても驚かんのう)

 

 シルバと共にプールの中に踏み込みながら、ゼノの額に汗が伝う。暑さのせいではなく、得体のしれないナニカを前にした緊張ゆえに。

 

「それで、バン。罰《ペナルティ》はどうするつもりだ?」

「はい。俺たちが約束を破り、イルミを渡さなかった場合。または渡す前にイルミが死んだ場合は『()()()()()()』。そして、そちらが約束を破った場合は『イルミの()』と『ゼノさんかシルバさんの()』を貰います」

 

(ほっほ、平然と自分の命を賭けよるのう。この取引で自分が死ぬとは微塵も思っていない顔じゃな)

 

「そっちは一人なのにこっちは二人か? ちと不公平ではないかのう?」

()()()

 

 言葉遊びを楽しむように、かすかに笑みを浮かべながらバンが言う。

 

「イルミの命はこっちの手の中にあるんですから勘定には入りません。とりあえずイルミは殺して±0。むしろ俺は命を賭けるのに、そっちは念を失うだけなんだからこっちが不利な取引ですよね」

「くっくっく。ほんに肝の据わった小僧じゃな」

「ありがとうございます」

 

 天秤に載せられたのはゼノかシルバの念能力。数十年かけて磨いてきた念能力を失うのは両手両足を捥がれるのに等しい。また一から念の修行を始めたとしても、生きている間に元の力を取り戻すことは不可能だろう。

 

 その後、『キルアの友人とその周りの人間』の定義や(友人の家族、恋人、友人など)、バンたちの方からゾルディック家に手を出した場合、ゾルディック家の暗殺対象とキルアやバンたちの護衛依頼がバッティングした場合などの確認を行った。

 

「これでいいなら契約を結びましょう。契約書は作りますか?」

「別になくて構わんじゃろ、なあシルバ」

「ああ。俺たち当事者が把握していれば問題ない」

「わかりました。じゃあイルミを連れてきますね」

 

 プールの奥の部屋からメルエム状態なイルミが運ばれてくる。手足も全部吹き飛んでいるので、誰かの手を借りないと自分では動くこともできない。

 

 そしてその場でイルミに契約について説明し、同意を取り付けたことで契約を結んだ。

 口約束も『約束』だ。

 

(厄介な能力じゃが、本人が同意しないと発動しないか。まあ『制約と誓約』なら当然じゃな)

 

 ゼノやシルバが契約に同意したとしても、イルミが同意しなければ勝手に『イルミの()』を奪うことができない。これがルール④の制約といえば制約だろう。

 

(空間内に独自のルールを制定する『具現化系』。儂の腕を自分で傷つけようとしたが傷がつかず、空間内の小物も破壊できない『無敵型』。強制的に敵を引き込む能力もなさそうじゃが、その代わりに一度中に入れば脱出できない『蟻地獄式』。必然的に『相手に対話を強制し、約束を交わして守らせることに特化している』能力となる)

 

 ゼノの経験からバンの能力について推測を深めていく。

 そして、能力から伺えるバンの性格や人間性も。

 

(『一方が有利になったり不利になるルールを制定していない』。自分にも相手にも平等に適用される。これはむしろ用心深さからくるもの、ルールの有利不利を敵に利用されないようにしていると見るべき。本質的に守勢を好み、罠を張り巡らせて獲物がかかるのを待つタイプじゃな)

 

 一見すると何の変哲もないプール。バンにもゼノたちにも平等のルールを与えている公平な空間。だが、それらは全ては擬態に過ぎず、本命の罠が待ち構えているとゼノの勘が告げていた。

 

(さあ、どんな罠を用意している? このルールで儂らをどうやって仕留めるつもりじゃ?)

 

 キルアとイルミという大事な家族(人質)を取られた状態で、相手の望み通りに契約を結んだ。次は何を繰り出してくるのかと、ゼノとシルバは静かに警戒を深めていた。

 

 そんな彼らでも、次にバンが口にした言葉は予想できなかった。

 

「――ところで、シルバさんたちは『新大陸』と『新大陸紀行』という本を知っていますか?」

 

 ◇

 

「新大陸じゃと?」

「……暗黒大陸のことか?」

「ええ。その暗黒大陸のことを新大陸とも呼ぶんです」

 

 二人の様子を見ると存在は知っていても詳しくは知らないみたいだ。

 まあ、暗黒大陸に暗殺の標的はいないし、人間界だけで仕事をしているなら暗黒大陸の情報は不要だ。

 

「今から300年以上前に、この人間界を囲む無限海(メビウス)の沿岸を探検して、その記録を本にして出版した人間がいるんです。名前はドン=フリークス。性格は記録はないですけど、もしかしたら俺のご先祖様かもしれない人です」

 

「……なあ、バン。その暗黒大陸とかってのがなんなんだよ?」

「ちょっと長い話になるけど大事な話なんだよ。シルバさんたちにも最後まで聞いてほしいんですけど、冷たい飲み物はいります? 毒は入ってないですよ」

「では一杯いただこうか」

「儂のは毒入りでも構わんぞ」

「毒なんて用意してないし、この空間内だと毒も無効化されますよ」

 

 『傷つける』という行為には毒も含む。

 ナイフで人を殺すのも、毒で人を殺すのも一緒だから。ナイフが無効化されるように、このプールでは毒も無効化される。

 

 フードコーナーに備え付けている大きな冷蔵庫からよく冷えたドリンクを持ってきて3人に配る。そしてプールサイドで日陰になっているテーブルに座り、()()()()()を始めた。

 

「暗黒大陸には俺たちの想像を超えた希望(リターン)災厄(リスク)があります。各国がこの希望を持ち帰るために100回以上の調査隊を暗黒大陸に送りましたが、その全てが失敗し、いくつかの災厄が人間界に持ち込まれてしまいました」

 

「そんな風に大国が手をこまねいていた時期に、若かりし頃のハンター協会の会長、アイザック=ネテロは仲間たたちと一緒に暗黒大陸に訪れたそうです」

 

「アイザック=ネテロ。リンネ=オードブル。そして、ジグ=ゾルディック」

 

「俺はこの時に、ゾルディック家が暗黒大陸からナニカを持ち帰ったのではないか、と考えています。彼が持ち帰ってきたナニカ――心当たりはありませんか?」

 

 ゾルディック家の三人の目から色が消えた。

 どうやって俺を殺そうかと冷徹に計算している暗殺者の顔だった。

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