明浦路司をメダリストに 作:asim
2007年、12月末。全日本フィギュアスケート選手権。
日本の頂点を決めるこの神聖な舞台で、観客と、そして誰よりもリンクサイドで見つめるシニアのトップスケーターたちは、氷上に立つ14歳の少年に戦慄することになる。
明浦路司。全日本ジュニアを圧倒的な力で制し、推薦枠でこの大舞台に殴り込んできた異端の天才。
場内が水を打ったように静まり返り、プログラムの曲が鳴り響く。
司が滑り出した瞬間、会場の空気は一変した。彼が刃を滑らせるたびに、周囲の温度が数度下がるような錯覚。
そして、静寂を切り裂くように、助走の気配すら見せずに跳び上がった。
冒頭、4回転トウループ。
当時のシニアのトップ選手ですら、試合で決まればガッツポーズが出るような大技を、司はまるで名刺代わりの挨拶とでも言うように、圧倒的な高さと飛距離、そして水流のように滑らかな流れで着氷してみせた。
だが、真の怪物性が牙を剥いたのは、その直後だった。
着氷からの短いストロークの間に踏み切りのエッジを変え、再び空へ舞い上がる。
4回転サルコウ。
「——あっ」
会場から、歓声よりも先に悲鳴にも似たどよめきが漏れた。無理もない。2007年当時、4回転ジャンプをプログラムに1本入れるだけでも世界でメダル争いができる時代だ。2種類の4回転を1つのプログラムで成功させるなど、世界王者にすら極めて困難な、まさに神の領域だった。それを、中学2年生の少年が、まるで息を吐くように当たり前のように決めてみせたのだ。
リンクサイドで見つめる大人たちの顔から、血の気が引いていく。
着氷後、息つく暇もなくフライングキャメルスピンへ移行し、美しく回転を刻む。
司の滑りには、一切の隙がなかった。当時のシニア勢が最も苦労していたのが、ジャンプとジャンプの間を埋める繋ぎの密度である。
高難度ジャンプを跳ぶためには、どうしても長い助走でスピードを出す必要があり、プログラムにただ漕ぐだけの時間が生まれてしまうのが当時の常識だった。
しかし、司は違う。複雑なステップやターンを無数に織り交ぜ、助走の気配を完全に消したまま、突然ジャンプへ突入するのだ。
続くトリプルアクセルからの3回転トウループ。
力みなど一切ない。空中での完璧な軸、そして着氷後には一切の淀みなく次の振付へと流れていく。審判がGOEを最大まで出さざるを得ない、技術の極致とも言えるコンビネーションだった。
そして、プログラムは中盤の勝負所、サーキュラーステップへと突入する。
ここで司は、自身の足元の深さをシニアの大人たちに容赦なく見せつけた。
一蹴りで進む伸びが、身長180センチを超えるような大柄な選手たちよりも遥かに長い。エッジが氷を深く捉え、靴の側面が氷に擦れるのではないかというほど極限まで倒れ込む傾き。
その刃が氷を削る「ゴォォォッ」という重厚な摩擦音すらもが、一つのオーケストラのように美しく会場に響き渡る。ただ滑るだけで、他を圧倒する。表現力や芸術性といった曖昧な言葉を、純粋なスケーティング技術の暴力で黙らせるような、凄まじいステップだった。
演技は後半。基礎点が1.1倍になる、体力が限界を迎える時間帯に入っても、司のスピードは全く落ちない。
3連続ジャンプ、3回転フリップ-2回転トゥループ-2回転ループを軽々と着氷。
さらに観客の度肝を抜いたのは、続く単独の3回転ルッツだった。ただ跳ぶのではない。ツイズルからカウンターという極めて難易度の高いステップを直前に入れ、そのまま踏み切るという、当時の常識を完全に覆すような入り方。己の体力を削り取るような無駄遣いとも言える密度で、プログラムの難易度を限界まで底上げしていく。
最後のジャンプ、3回転サルコウも、ふわりと羽が舞うように着氷。
そして迎えるラスト、チェンジフットコンビネーションスピン。
異常な柔軟性を活かしたビールマンポジションで狂気的な速度で回り続け、最後の和音と共にフィニッシュのポーズを決めた瞬間。
全日本選手権の会場は、総立ちの観客による地鳴りのような歓声と、雨のように降り注ぐスタジアムジャンパーや花束で完全に埋め尽くされた。
シニアの大人たちをまるで子供扱いするような、圧倒的な技術と才能の暴力。
誰もが確信した。この14歳の少年こそが、日本の新しい絶対王者なのだと。フィギュアスケートの歴史が今日、ここで変わったのだと。
滑り終えた司自身も、荒い息を吐きながら、これ以上ない完璧な演技に確かな手応えを感じていた。
——しかし。
この数分後、キスクラで電光掲示板に表示されたスコアが、この天才少年に『シニアの壁』という、理不尽で冷酷な現実を突きつけることになる。
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キスクラに座る明浦路司の耳には、まだ会場を揺るがすような大歓声が響き続けていた。
隣に座る堂島コーチは、興奮を隠しきれない様子で司の肩を強く抱き寄せている。無理もない。2種類の4回転ジャンプを完璧に成功させ、一切のミスなく滑り切ったのだ。
やがて、場内のアナウンスと共に、正面の電光掲示板にスコアが弾き出された。
『TSUKASA AKEURAJI - Technical Elements Score (TES): 85.40』
技術点(TES)——ジャンプやスピンなど、純粋な技の難易度と出来栄えに対する評価。その数字は、間違いなく今大会の出場選手の中でずば抜けたトップの記録だった。シニアのトップ選手たちすら容易に届かない、暴力的なまでの高得点。
会場が再びワッと沸き立つ。誰もが、この14歳の少年が暫定トップに立ち、そのまま表彰台の中央をかっさらうと信じて疑わなかった。
——しかし、続くスコアが表示された瞬間、会場の熱狂は奇妙などよめきへと変わった。
『Program Components Score (PCS): 68.20 / Deductions……』
表示された総合得点、そして導き出された順位は、なんと暫定で『3位』。この後に行われる最終滑走グループの強豪たちの結果を待たずして、すでに自力での優勝が消滅した数字だった。
「……PCSが、低すぎる」
コーチが血の気を引かせた顔で、呻くように呟いた。
フィギュアスケートの採点は、技の基礎点と出来栄えで決まる「技術点(TES)」と、スケーティング技術や表現力、振り付け、音楽の解釈などを評価する「演技構成点(PCS)」の合計で決まる。
司の技術点は圧倒的だった。だが、もう半分のPCSが、シニアのトップ選手たちに比べて異常なほど低く抑え込まれていたのだ。
なぜか。
それは、フィギュアスケートという競技が人間によって採点される以上、絶対に逃れられない『暗黙の了解』——いわゆるシニアの壁と格の存在だった。
ノービスに初めて入ったときや、全日本ジュニアに初めて来たときと同じように、ここでも見えない壁が立ちふさがった。
ジュニアの大会までは、技術の差があまりにも圧倒的だったため、審判もPCSを高くせざるを得なかった。だが、シニアのトップ層にはそれが通用しない。
PCSは、純粋な身体能力だけでは測れない要素を含む。スケーティングの伸び、プログラム全体の成熟度、氷上を支配するオーラ。それらは、長年シニアの過酷な世界で戦い抜き、審判たちに「こいつはトップ選手だ」と認知されてきた実績とキャリアの上に積み上げられていくものだ。
どれだけ司のステップが深く、滑りが美しかったとしても、審判の心理にはどうしてもバイアスがかかる。
「シニアに上がりたての中学生に、長年世界で戦ってきたベテラン選手と同等、あるいはそれ以上の表現力(PCS)の点数を出していいのか?」という、無意識のブレーキだ。
その結果として生み出されるのが、新人のPCSは抑えられるというフィギュア界の不条理な常識である。
シニアのトップ選手たちは、4回転ジャンプが1種類(4T)しか跳べなくても、長年培ってきた大人の色気と圧倒的な格でPCSを満点近くまで稼ぎ出し、結果として司の総合得点を軽々と上回っていくのだ。
「クソッ……いくらなんでも抑えすぎだ。あれだけ圧倒的な滑りを見せつけて、なぜ上の顔色を窺うような点数しか出せない……!」
コーチが苛立ちを隠せずに電光掲示板を睨みつける。
この後、さらにシニアのトップ選手が貫禄の滑りを見せ、司は表彰台からも弾き出されることになる。結果は4位。シニアの洗礼とも言うべき、理不尽な壁による初めての明確な敗北だった。
大人たちは、技術で圧倒しただけでは首を縦に振らない。なら、どうすればいいか。答えはひどく単純だった。
……今のジャンプ構成じゃ、まだ『足りない』。大人の事情や、審判の私情すらも一切介入できないくらい、誰も手が届かないほどの圧倒的なTESの暴力で、PCSの差ごと全部ぶっ飛ばす。遊大見ていてくれ。
4位という結果を受け、司の胸の奥底に、かつてないほど冷たくて暗い炎が灯る。
理不尽な壁に心が折れるどころか、彼の中で狂気のストッパーが完全に外れた瞬間だった。
シニアの大人たちが作り上げた格という生温かい壁を、未来永劫二度と立ち上がれないほどに粉砕するため、明浦路司という怪物はさらなる進化への渇望をむき出しにしていく。
夜鷹純が、すべての大会で金を取ったって記録は分かっていますし、それを超えるように設定するつもりでした。
が、いくら何でも無理がある…。
私の脳内シミュレーターは、どう考えてもここで優勝する描写を描くことができませんでした。どう考えてもジュニアからの推薦で日本の一番大きな大会に出て、初で優勝とか無理だから!いい加減にしろ夜鷹純!