明浦路司をメダリストに   作:asim

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30 I’ve got this

バックヤードのモニター越しに、地鳴りのような歓声が響き渡る。

画面に映し出された鴗鳥慎一郎の総合スコアを見て、蛇崩遊大は無意識のうちに己の腕を強く抱き締めていた。

 

「遊、気にすることはない。お前はお前の滑りをしたらええ」

 

コーチが、強張った遊大の背中をポンと力強く叩いた。

その手から伝わる温もりに、遊大は小さく息を吐き出して腕の力を抜く。

 

「…そうですね。でも、やべえっす」

「あれがベテランの意地だ。この極限の大舞台で、一番の滑りを揃えてきよった」

 

遊大の視線の先、モニターの中では鴗鳥が観客のスタンディングオベーションに応え、誇り高く微笑んでいる。

16歳の若者たちには決して出せない、積み上げてきた時間だけが証明できるシニアの格。それをまざまざと見せつけられた形だ。

 

「プレッシャーか?」

 

コーチのにやついた顔を見て、遊大は眉間を深く寄せた。

 

「なんすか、その顔」

「いや? 点数見た瞬間、お前が借りてきた猫みたいに大人しゅうなったもんやから。まさかチビッたんやないやろな、思て」

 

明確な挑発。愛弟子が重圧に潰されるタマではないと分かった上で、あえて闘争心に火をつけるための着火剤だ。遊大は短く鼻で笑うと、震えていた己の両手を強く握り込んだ。

 

「……生憎、チビるどころか最高に滾ってきましたよ」

 

遊大は顔を上げ、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「こんなん、何度も経験してきました。ノービス時代からずっと。ここでビビッて止まるくらいなら、ずっともっと早くに辞めてましたよ」

「…ええ面や」

 

コーチは心底嬉しそうに頷くと、遊大の来ていたジャージの襟元をグイっと手前に引き寄せた。

 

「せや。お前は今までもずっと、そうやってバケモンどもの背中を全力で追いかけてきた。……鴗鳥の真似をして、綺麗にまとめる必要は一切ない。お前の武器は、すべてを薙ぎ払う速さと熱や」

「全部をひき潰しきますよ」

「よし。代々木のリンク、全部ひき潰してこい」

「……行ってきます」

 

ジャージを脱ぎ捨てた遊大は、燃えたぎるような闘志を全身から立ち昇らせながら、眩い光が待つリンクの入り口へと歩き出した。

 

『続いての滑走は、蛇崩遊大選手』

 

アナウンスが響き、遊大がリンクの中央でポーズをとる。

静寂の中、フラメンコ・ギターの情熱的で哀愁を帯びた旋律が鳴り響いた。曲目は『ポエタ』。怪我明けの遊大が、剥き出しの感情で氷を削り、踊り狂う姿にふさわしいプログラムだ。

 

曲の開始と同時に、遊大は弾かれたようにトップスピードへともっていく。

 

猛スピードの助走から踏み切る。

4回転トウループ-3回転トウループ。

鴗鳥の優雅な着氷とは対極にある、野生の獣のような跳躍。空中の回転速度、そして何より着氷した瞬間にスピードが一切落ちない。入りの速さと出の速さでジャッジの度肝を抜き、圧倒的な加点(GOE)を強奪しにいく構成だ。

 

間髪入れず、続く3回転アクセル‐3回転トウループの高難度コンビネーションへ。

かつて負傷し、地獄を見た足への負担など完全に無視した、あまりにも鋭く暴力的な踏み切り。無理やり力でねじ伏せるような着氷だが、その執念のエネルギーが観客を圧倒する。

 

激しさを増すフラメンコ・ギターの速弾き。

それに合わせるように、フライングシットスピンへと突入。目にも止まらぬ高速の回転が、弦を弾く細かな音符と完璧にシンクロしていく。

直後、複雑な繋ぎのステップから一切のタメを作らず、唐突に3回転ループを跳び上がる。

 

……ハァッ、ハァッ……!

 

曲は後半戦へ。ここからが、遊大の無茶の領域だ。

乳酸が溜まり、肺が焼け焦げるように痛む。だが、その痛みが遊大の脳内麻薬をさらに分泌させた。

強靭な体幹で耐え抜く片足での超長距離イーグルから、直接踏み切って3回転アクセルを放つ。鴗鳥と同じ単独の3回転アクセルだが、この異常に難易度の高い入り方で、質と狂気を見せつける。

 

まだまだ……こんなもんじゃねえッ!

 

疲労で足がガクガクと震え始めている。

だが、絶対に転倒しないという異常な執念だけで、3回転フリップ-2回転トウループ-2回転ループの3連続を意地で繋ぎ切った。

 

そして、プログラムの最大の見せ場であるストレートラインステップシークエンス。

フラメンコ特有の激しい手拍子とギターが鳴り響く中、遊大は氷を叩き割らんばかりの力強いエッジワークでリンクを縦断する。

鴗鳥が見せたステップが優雅な王者の踊りであるならば、今の遊大のステップは、己の血肉を削り、命を燃やして踊り狂う修羅の踊りだ。

 

前を往く大人たちを、そしてあの憎き魔王を喰い殺す。

その剥き出しの殺意と情熱が、会場全体を手拍子の渦に飲み込んでいく。

 

ステップで激しく踊り狂った直後。

静止する時間すら惜しむように、踊りの延長線上からシームレスに3回転ルッツを跳び上がり、最後のジャンプとなる3回転サルコウを着氷。

残された最後の一滴の体力を振り絞り、再びフラメンコの激しい振付へと回帰していく。

 

俺を見ろ……俺のスケートを見ろォッ!!

 

ラスト。限界をとうに超えた肉体を無理やり稼働させ、足換えコンビネーションスピンで狂ったように回り続ける。

 

そして、ギターの最後の一音と共に、氷を鋭く削ってフィニッシュポーズ。

 

「アァァァァァァァァァァッッ!!!」

 

天に向かって、獣の咆哮が代々木第一体育館に轟いた。

直後、総立ちになった一万人以上の観客からの、鼓膜が破れるほどの絶叫と拍手。

 

怪我、絶望、劣等感。そのすべてを燃料にして燃え上がった命の舞踏。

シニアの壁などという小綺麗なものを、圧倒的な執念と熱の暴力で物理的に焼き尽くした、17歳の狂犬の到達点だった。

 

 

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