ナギちゃんの執事。   作:\コメット/

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キヴォトス三大マンモス校の一つ、トリニティ総合学園。

その生徒会組織、ティーパーティーの一人であるフィリウス派閥代表の桐藤ナギサは、彼女の付人である執事に朝食を準備させていた。

 

「お嬢様、どうぞお召し上がりください」

 

テーブルと食器が接触する音すら無い、洗練された優美な所作。

耳心地の良い、且つ身体の芯を震わす美声を持つ少年は、自身の慕う主人の目の前にティーカップが置かれた。

 

「ありがとうございます」

 

湯気が立たぬ、しかし舌を刺激しない絶妙な塩梅。

香りだけでなく味わいや見た目まで楽しめるモノを淹れる技術が、少年にはある。

彼の腕に寸分の狂いはなく、織りなす調律という名の仕事に緩みや乱れは見られない。

 

「───千羽さん」

 

千羽と呼ばれた少年、千羽スグルは桐藤ナギサの執事である。

彼女はティーカップに手をかけることなく、彼に物申す態度を取った。

 

「はい」

 

「質問があります」

 

「なんなりと」

 

「こちらは一体、なんなのでしょうか」

 

「しじみのお味噌汁でございますお嬢様」

 

味噌汁だった。

作り手の真心が感じられる、老舗から取り寄せたらしい味噌が香る、味噌汁だった。

 

「千羽さん?」

 

「はい」

 

「おかしいですね。私は確か、あなたに紅茶をお願いした筈ですが」

 

「お嬢様。この千羽スグル、先日健康番組を拝見したところ、しじみのお味噌汁は二日酔いに効果覿面という知識を身につけたのでございます」

 

「私は何故紅茶ではなく味噌汁を出したのかを説いています。効能のことなんて聞いていませんし、何より二日酔いでもありません」

 

「存じております」

 

「存じております!?」

 

腕に狂いは無いが、気は狂っている。これは今に始まった事ではない。

この少年、千羽スグルはナギサに支えてからというもの、あの手この手でおちょくりを画策しているのだ。

 

「ですがお嬢様、モーニングは味噌汁と相場が決まっているのでございます」

 

「淹れてる途中味噌と鰹出汁の香りがしたのでおかしいと思ったのですよ。早急に紅茶を淹れ直してください」

 

「そう仰ると思いまして、既にご準備させていただいております」

 

「全く...揶揄うのもそこまでにしてください」

 

「これはとんだご無礼を。どうぞ、大豆に麹と塩を加えて醗酵させたものに、アクセントとして鰹の風味と海産物の旨みを足したお飲み物でございます」

 

「味噌汁ですね」

 

味噌汁だった(二回目)

まごうことなき、今し方置かれていたティーカップを再度置き直しただけの味噌汁だった。

 

「おや、お嬢様は博識であらせられますね。この千羽スグル、あなた様の付き人になり早10年になりますが、日を重ねるごとに成長なされるお嬢様のお姿に感涙に咽び泣く次第でございます」

 

「はぁ...あなたといると、毎日が退屈しませんね」

 

「お褒めに預かり、恐縮です」

 

「嫌味です」

 

「ハッハッハ、お戯れを」

 

「戯れてるのはそちらで...ちょ、千羽さん!?優美な所作で熱々の炊き立てご飯をよそわないでください千羽さん!ああもうこんな昭和チックなアニメで見られるくらい山盛りに...!」

 

「付け合わせのウインナーと半熟目玉焼きでございますお嬢様」

 

「一般家庭で見られるご機嫌な朝食は望んでいないのですよ!?」

 

「失礼しました。私としたことが、食物繊維とビタミンの用意を忘れていました。サラダです」

 

「まぁ、ミックスサラダと茹でブロッコリーに手製のドレッシング。食欲を唆りますね...ではなく!」

 

「ノリツッコミも堪能であらせられるとは、流石でございますお嬢様」

 

パチパチパチ。

明らかに褒める気のない拍手にワナワナと身体が震え始めた頃、ようやくこのふざけた朝食のラインナップの説明が施された。

 

「ここ数日、激務が続いておいでです。睡眠時間を返上してのトリニティへの献身、感服せざるを得ません。しかし、疲労は蓄積する一方、キヴォトスにて燦然と輝くお嬢様のお肌の陰りが、ここ最近看過できないところまできておいでです。目の下の隈も、お化粧で隠しているようですが私の慧眼は誤魔化せません。ということで、疲労回復と一日の活力を補充するべく、こうしたお節介をさせていただいた次第でございます」

 

何卒、ご自身のお身体を大事になさってください。

胸に手を当て、深々と頭を下げるスグル。

 

「はぁ...」

 

理由を聞き、一連の動作を見たナギサはため息と同時に肩を落とした。

 

「あなたのお小言、素直に受け止めます。その代わり、食後の紅茶を忘れないことです」

 

「承りました」

 

「...お気遣い、ありがとうございます」

 

「いえいえ。お嬢様の幸せが、私の幸せですので」

 

この男には、今後もいいようにされるのだろう。

余裕の微笑みを浮かべながら茶葉を扱うスグルを目で追いつつ、用意された朝食に手を付ける。

 

「...美味しい」

 

悔しくも料理の腕は確かであり、箸を動かすスピードは加速の一途を辿った。

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

ご機嫌で山盛りな白飯、サラダ、付け合わせ、味噌汁を完食。

ふぅとお腹をさすっていたところで、今度こそ目の前に紅茶が置かれた。

 

「お嬢様の食べっぷり、この千羽スグル感服致しました」

 

「そんな褒めるようなことでは...」

 

「女子高生にあるまじき量の白飯を掻っ込むお姿、輝いておいででした」

 

「千羽さん?」

 

「ハッハッハ、お笑いでした」

 

「笑って言い直さないでください」

 

第一ご飯をよそったのはそちらでしょうに。

頬を膨らませて睨みを効かせるも、既にスグルは食器を片付けるべく側から離れている。

あんちきしょうめ、と思うもののこんな弄りはしょっちゅうだ。慣れたくは無かったのに慣れてしまった。

気を取り直して、出された紅茶の香りを楽しんでから一口。

 

「ん.........甘味が強いですね。今日はどんな茶葉を?」

 

「はい。こちら、午後ティーをレンジでチンしたものでございます」

 

「淹れ直しなさい」

 

「チッ」

 

「今舌打ちしましたね?」

 

「いえいえ、何を仰るのですかお嬢様。私があなたに舌打ちなど、ミカ様がメンヘラを発症するくらいにはあり得ないことです」

 

「肯定すれば後々面倒なことになりそうですね...ちょっと、紙パックのリプトンを開けながら近づいてこないでください千羽さん」

 

「無糖がよろしかったですか?」

 

「茶葉から作っていただければ。ダージリンが望ましいです」

 

「午後ティーもダージリンの一種らしいですよ」

 

「茶葉からと言ってるでしょうが」

 

「工場で」

 

「工場で職人一人一人が我々のためを思って茶葉を厳選し作ってくださっていると言う暇があるならとっとと淹れてきなさい」

 

「私の思考を読み取るとは...お嬢様は私のことが大好きなのですね」

 

「つべこべ言わずに淹れなさい」

 

「かしこまりました」

 

そろそろ彼方より優秀なトリニティの砲兵隊から爆撃を受けるか、ロールケーキをぶち込まれてもおかしくない。

揶揄うのはここまでに、スグルは指示通り、手慣れた動作でダージリンティーをカップへ注ぎ、ナギサの前にお出しした。

 

「こちらを」

 

「ええ」

 

香りを感じ、味を堪能。

 

「...最初から回りくどいことをせずに淹れればいいですのに」

 

「この作業、バチクソに面倒なのでございます」

 

「よく言います。かれこれ10年、同じことの繰り返しで慣れたものでしょう」

 

初めはお世辞にも飲めたものではないお粗末な代物だったが、今となっては誰にでも自慢できる紅茶を出せるように成長した。

動きも効率化を図りつつもどこか美を思わせる仕草まで取り入れており、淹れる様すら絵になる。

主人としてそれは誇らしいが、本性を知っている身からすればなに気取ってるのだかと口先を尖らせたいのが実のところだ。

 

「慣れはしても、私の中で苦手な作業であることに変わりはありません。そこで、そろそろ淹れ方も私スタイルを確立するべきではないかと考えました。そうすれば、日々の億劫な仕事にも楽しみを見出せるかと」

 

「億劫って言っちゃいましたよこの人...あなたスタイル?」

 

「私、杉下右京の大ファンなのでございます」

 

「ああ、あの刑事ドラマの...ってちょっ、千羽さん!高々とティーポットを上げて淹れないでください千羽さん!あつ、あっつ!?あっついです千羽さん!」

 

「やはりあの方のようにはいきませんか...わかっていたことですが、無念にございます。お嬢様の折角のお召し物まで駄目にしてしまいました」

 

「わかっているならやらないでください!」

 

「こんなに汚して...イケナイ人だ...」

 

「言い方を変えろとは言ってないのですよ」

 

そもそも汚したのはスグルである。

 

「すぐに新しい制服を準備させてください。もうすぐ登校なのですから」

 

「承りました。あー、あー、メイド長、私です。お嬢様のお着替えを準備願います」

 

「まったく...」

 

「それと、お嬢様のケツがクソデカくなっておりキツそうなので、仕立て直してくださると助かります」

 

「どうやらデリカシーという単語について一度教授する必要がありそうですね」

 

「ご安心を。私はパイよりケツ派です」

 

「聞いてません」

 

ロールケーキは、避けられた。

 

 

 

********************

 

 

 

腰あたりのキツさが改善された制服に袖を通し、スグルの運転する車に乗り込み遅刻なく学園へ到着。

 

「お嬢様、お手を」

 

「はい」

 

「段差に躓いて醜態を晒さないよう、ご注意ください」

 

「いちいち余計ですね」

 

今朝から続く一連の流れ。かれこれ10年以上、スグルがナギサに仕えてからだ。

 

「本日の登校時の車中は、如何でしたか?」

 

「非常に快適でした。今後も続けてください」

 

「私としては、是非ともセイア様に習ったドラテクを披露したいのですが」

 

「通りの多い公道でそれやったらブチギレますからね」

 

「男児誰でも一度は、某豆腐屋に憧れるものです」

 

「やるならお一人でどうぞ」

 

「今度ドライブにでも付き合っていただければ」

 

「話を聞いていない...」

 

酔い止めを頼んでおこう。

この人のことだ、恐らく今日の深夜に誘いにくるだろうと予想して、下校時に薬局へ寄ることを心に決めた。

 

「ナギちゃ〜ん!」

 

本日何度目かわからないため息を吐いていると、ナギサ達の来た方向からはつらつな声が近づいてくる。

振り返れば、ナギサの胸へとゆるふわな桃色の髪とドレス調に改造した白い制服の少女が飛び込んだ。

 

「ミカさん、おはようございます」

 

「おはよ⭐︎いやぁ今日もいい天気だねえ⭐︎」

 

「ミカ様、おはようございます」

 

「お、セバスもおはよ〜!」

 

センバスグル、略してセバス。

ティーパーティーの一員で、パテル派閥代表である聖園ミカから、スグルはそのような愛称で呼ばれている。

 

「世界が眩むほどに輝く美しさ、感服にございます。普段と違う前髪の整え方も、あなたの優美さを引き立てておいでです」

 

「え、すっごいセバス!ちょおっとイジっただけで気づくなんて!」

 

「ミカ様ほどの御身になりますと、些細な変化でその端麗さは一変します。気づかない、という方がおかしいほどに」

 

「も〜⭐︎いつもいつも人を煽てるのが得意なんだから!(バシッ!!)」

 

「げぼがはぁ!?」

 

「スグルさぁん!?」

 

余程褒められたのが嬉しかったのか、スグルの背中は上機嫌なミカの張り手によって強打、続いて勢いのあまり地面へ顔面が衝突。

公然の場では名字呼びのナギサも、彼にしては珍しい声量に驚いて彼の名前を出して心配する。

 

「あれ?どうしたのセバス」

 

「し、失礼...取り乱しました...」

 

「大丈夫ですか...?」

 

「鼻血出てるよ」

 

「私、ウブなところがありまして...ミカ様のように素敵な方に触れられると、条件反射で体が反応してしまうのです...ごふっ」

 

「セバスったら、大袈裟なんだから〜⭐︎」

 

あなたの怪力で体が折れ曲がったとは、ミカの性格を考えると絶対に言えない。

顔面と背中の二方からの痛みに耐えながら、引き攣った笑みを浮かべるスグルを見てオロオロするナギサ。

 

「(す、スグルさんこれを。ミカさんがポワポワしている隙に)」

 

「(...ありがとうございます)」

 

小声でハンカチを手渡し、顔の汚れと鼻血を落とすことに成功。

 

「やっぱり私も、ナギちゃんみたいに執事付けてもらおうかな」

 

「ミカさんくらいお転婆だと、振り回される執事の方は心労が絶えなそうですね」

 

「ひっど〜い!私ってばそんなにガサツじゃないし!」

 

今し方の一部始終を見ている立場としては、失笑を浮かべずにはいられない。

どれぐらいの失笑具合かといえば、友人の好きなペロロ様をペロペロ様と誤って呼んだ時ぐらいである。

 

「まぁでも、少しは落ち着いた方が良いのはわかってるんだよね。優雅で凛とした態度でいることが、トリニティの校風だし」

 

「ミカ様の快活な性格は紛れもない長所です。どうかそう卑下なさらず、今後も学園生活を送ってくだされば私も本望です」

 

「やっぱり私もこんな全肯定執事欲しい〜!」

 

「一生漫才の強要と毒を吐かれることになりますよ」

 

「ハッハッハ」

 

「旗色悪くなったら笑って誤魔化すのやめてください」

 

「そんなに言うならナギちゃん、私セバス貰っちゃうけどいい?」

 

「ええ!?」

 

「セバス、どう?ナギちゃんのとこより福利厚生充実させるし、残業手当もいっぱい出すけど」

 

「これはこれは、過分な評価を。痛み入ります」

 

「ちょ、ちょっと!勝手に具体的な話を進めないでください!」

 

「え〜?」

 

「え〜じゃありません!千羽さんは私の、わ・た・し・の、執事です!誰にも渡しません!」

 

食い気味にスグルの独占をしたところ、口元を両手で覆いキャー!と喜色の悲鳴を上げるミカと、一瞬両目を見開いたのちに悪い顔をするスグルを見て我に返った。

 

「ナギちゃんナギちゃん!今のってもしかしてもしかするの!?」

 

「ち、ちが!別にそういった意味は...!」

 

「どんな意味なの!?ねえねえ!」

 

「ミカ様、そこまでに。お嬢様が私のことが大好きとわかった以上、質問は不要でしょう」

 

「それもそっか⭐︎」

 

「ひ、人の話を聞きなさああああい!!!」

 

照れ隠しの怒声が、トリニティ総合学園の校門前で響いた。

 




千羽スグル
高等部三年生
部活動:ティーパーティー
好きな食べ物:ロールケーキ
嫌いな食べ物:紅茶
趣味:ナギサを揶揄う、庭園の手入れ

ナギちゃんの執事。
普段のナギサからは千羽さん、咄嗟の時や弱音を吐きたい時はスグルさん、皆からは略称でセバスと呼ばれている。
ナギサが物心ついた時から付き人として支えており、世話の腕は時間をかけることで上達させた。
ナギサのことが好きで、揶揄うのは好きな子をいじって反応を楽しみたいという小学生的感覚によるもの。

ナギサ:いつもスグルに振り回されている可哀想なティーパーティーホスト、被害者その1。今に始まった事ではないので流すよう努めているが、彼女の性格がそうさせてくれず、一々ツッコミを入れている。多分スグルのことが好き。恐らく。きっと。辛うじて。

ミカ:スグルの執事としての腕にメロメロな女。恋愛感情は無いものの、冗談混じりに勧誘を続けている模様。悩みや愚痴、恋路の相談など、聞き手になってくれるので有り難く感じている。

セイア:被害者その2。ナギサとセイアは揶揄うといい音がなるらしい。相変わらず口が減らないね、とナギサよりはスルースキルは上。私有地で互いに車を持ち寄って、コーナーで差をつけたりつけられたり。無論、恋愛感情は無い。

続かないです。
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