エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~ 作:霞弥佳
聖剣獣遭遇戦
全滅か。
周囲の惨状を目の当たりにして、ワイナの口から音を伴わずこぼれた。
個人的には、三年ぶり三回目の全滅。前回は
今や二十回目の誕生日まで半年もない。にもかかわらず、変わらず彼は地底深くの死地へと赴いていた。
そうして、この予期せぬ脅威に遭遇した。
未知の巨獣がこちらを見下ろす状況で、ワイナは老木のように薙ぎ倒された同僚たちの血濡れの残骸を目の当たりにしていた。
大陸が誇る大迷宮、『エドラズワース大深墓』。
堅気の人間が決して足を踏み入れぬ、先史文明の巨大遺構。地底にありながら、奇妙にも自然光の射し込む教会の礼拝堂めいたフロアは、悲痛な絶叫に満ち満ちていた。
この殺戮をもたらした『
「
「やだ、やだやだやだ、こんなのヤダッ」
「待て、退くな!! 逃げるなあッ」
「起きろよボケッ、テメーが先に死んでどうすんだ。せめて指示出してから死ねよクソタレッ、誰がお偉方に話つけんだよ畜生がッ」
阿鼻叫喚。意味をなさない悲鳴があがる。そのみじめなありさまは、さながら巣穴を焼け出された野兎のよう。
彼らはいずれも大陸各国の省庁やブリタニア学術委員会によって選抜された、確かなキャリアを有する名うての『探求師』である。迷宮潜行回数二桁は当たり前、前人未到に挑むための最低限の資格ともいえる
ほんの数世紀前には
彼らの放つ『
ワイナもまた、迷宮に潜行して生計を立てる『探求師』にして、想術を修めた一人である。十一の頃に
個をもって軍を凌駕する、まさしく一騎当千の超常能力者。それが想術使いに抱かれる一般的な認識であった。しかしこの場において彼らの多くは、今や生気のない瞳で冷たい伽藍を仰ぐみじめな骸となり果てている。
「なんなのあれ、あたしら一体何に襲われてるわけッ」
「『
「聞いてないんだけど! あんなのがいるなんて誰も言ってなかったじゃんかよォ」
「回復まだかよ、何してんだよ愚図どもォ」
怒号が飛び交う。罵声が吹き荒れる。腰を抜かして失禁する。真っ黒に焼け焦げた同胞の遺体をゆさぶってわめく。くずおれて嘔吐する。少なからぬ鉄火場を潜り抜けてきたはずの探求師たちが、我を忘れておののいていた。
ワイナの瞳が、誘われるかのように眼前の『魔物』へと吸い寄せられていく。
この大恐慌を招いた原因とも呼べる脅威は、遠征隊の行く手を阻むように、陽炎にも似た淀んだひずみを伴って佇んでいた。
それは、かつて人類の文明の存続を脅かした忌むべき激甚級魔性。
その咆哮は山すら崩す風雨を招き、その歩みは城砦もろとも大地を踏み砕き、その呪詛は生きとし生けるものすべてを等しく腐らせ焼き殺す。ひとたび現れれば、いち国家の存続が危ぶまれるとも謳われる、生ける災厄。
かつての英雄『勇者』にまつわる聖遺物を簒奪したとも語られる
『
ひずみの奥に立つのは、大槌を担ぐ屈強な鎧騎士。相貌を伺い知ることはできず、鎧の細部の特徴もまた同じである。漂う『瘴気』の影響か、まるでワイナの脳があれについての分析や記憶を拒んでいるかのようだった。
身の丈はゆうに二十メートルを越え、手にした柄の先に据え付けられているのは、小ぶりの住宅ほどに巨大な金属塊。それが彼、あるいは彼女が誇る『
この魔物は別格だ。日常的に街外れで出逢うような
矮小な地虫が巨象に踏みつぶされようとするとき、きっと虫は象を同じ世界に生きる生物だとは認識すまい。ただ自分たちを鏖殺する理不尽な天災としか捉えられないはずである。頭上より迫りくる圧倒的な質量をもつそれが、他の生物のいち部位だと、どうして理解できようか。
この伽藍において、探求師たちは一寸にも満たぬ地虫にすぎなかった。
『
「どきやがれマヌケッ、あんなの相手じゃ話になんねーよ」
「う、うちの
「
生命の健康を瞬く間に損なう性質をもった有害な力場である瘴気、それをみずから発する存在を、ワイナたちは『
しかし魔物との交戦が避けられない場合、探求師たちは個々の能力を活かして身を守らねばならない。攻め手を得意とする者は『
そして魔物と刃を交えるにあたって不可欠なのが、"Tactical Advanced Noble Keeper"――――
後方の輜重部隊を含めれば、今回の遠征は百名弱にまで膨れあがっていた。しかし前線を担当する探求師の中で、正式な『TANK』はたったの六人。
そのうちの四人は、すでに原形を留めぬ肉塊と骨片になり果てていた。いかずちを孕んで灼けたぎった槌による一撃で、いともたやすく彼らは物言わぬ骸となってそこらに飛び散っていた。電熱でところどころ生焼けになった肉も骨もはらわたも、衝撃のまきぞえを食った前衛の『
どんな役職であろうと、こうなってしまえば見分けはつかない。いずれにせよTANKを担う者たちの堅固な
咄嗟にワイナは骸たちの中に義姉の姿を捜した。あの不必要に長大で、尊大さすら感じさせる騎槍を担いだ死骸は見当たらないことに、ワイナはひとまず安堵した。
唐突に空気がゆらぐ。『
それを目にした探求師たちは、傷んだ四肢を庇いながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
しかし彼らとは逆に、たったひとりで灼熱の鎚を振り上げる魔物のもとへと歩を進める者があった。
「クラリネ」
反射的に、義姉の名前が口をついて出る。
まばゆいプラチナブロンドを靡かせ、長大な
鬱陶しい邪魔者がいるな、その程度の苛立ちでしか覚えてないのだろう。わずかに柳眉を立てているのが、ワイナにはわかった。
大陸最高峰の実績を有する探求師。有り余る
聖職にありながら強欲。無計画で野放図な性格である一方、数多の困難な調査行を成功に導いた明晰さをも併せ持つ。
やりたくないことは絶対にやらず、やりたいことは何を置いてでも絶対にやり遂げる。欲と衝動が服を着て歩いているような人間であった。束縛されることを何より嫌う、天衣無縫の体現者。
類まれな美貌にも、欲望を叶えるに足る天賦の才にも恵まれた、大陸世界の生ける英雄。
今や想術師クラリネなくして
勇者という称号は、真に彼女にこそ相応しいのだろうと、常々ワイナは思っていた。
疎遠になった今でも、彼女の能力に対して疑いの余地などありはしない。一介の探求師にすぎない自分が、最強の称号をほしいままにする彼女の身を案じるなど、おこがましくすらある。
クラリネは、只人ならざる狂人である。
誰より強く、誰より奔放で、誰より敬虔で、誰より孤高で勇敢な女性。
現代最強の
しかしそれでも、ワイナは彼女の名を口にせずにはいられなかった。
「クラリネッ!!」
おののきながらも、なけなしの勇気がワイナに地面を蹴らせた。腰に佩いた得物に手をかけ、クラリネのもとへと駆け出した。
だが、それももう遅い。ほんの数秒、臆病風に吹かれたのが仇となった。
――――魔物は、鎚を振り下ろした。
莫大な重量と殺人的な電熱とを有した鉄塊が、クラリネ目がけて叩きつけられる。接触の瞬間、彼女の瞳の色と同じ鮮やかな蒼の燐光を伴う
多くの生命をすり潰した鎚の一撃をたった一人で受け止めながらも、依然として彼女は健在。
『
みしりと、クラリネの両脚が床にめり込む。
それと同時に、ワイナたちの立つフロアの床一面に深い亀裂の網目が走る。
軋みと轟音とともにスレート床は引き裂かれていき、やがてはすべてが奈落の底へと崩れ落ちていった。