エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~   作:霞弥佳

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持つべきものは旧いともだち

『ケバルライ』の刃が貫いたのは、幸いにしてワイナの喉笛ではなかった。

 

 背後を見やると、いつの間にか迫っていた不可視の巨大な何かに、黒い刀身が墓標のように突き立っていた。松明の灯りで色濃さを増した迷宮内の暗がりが、その一部分だけゆらぎ、奇妙な光の屈折を見せはじめる。

 

 やがてそれは、全身を覆っていた黒い塗膜を脱ぎ捨てるかのように、内なる姿を披露した。

 

「危ッぶないですわね~~~~、まったく。当たったらどうするつもりでしたの」

 

 現れたのは、通路の天井すれすれにまで達する体高。灰色熊(グリズリー)の獰猛さと、猛禽類の狡猾さを併せ持つ奇獣(キマイラ)。『ケバルライ』は、そいつがかざした上腕に突き立っていた。いわくつきの黒剣とはいえ、そのぶ厚い体毛と皮下脂肪をつらぬいて血を流させることはできなかったらしい。

 

 生物として圧倒的な上位に立つ存在の兇悪な眼光に睥睨され、ざわざわと鳥肌が立つ。赤褐色の豊かな羽毛に覆われた屈強な巨体は、ワイナの記憶にも新しい魔物の特徴にすべて一致していた。森林の頂点捕食者の肉体に、鮮やかな嘴をもつ梟の頭がのっかった異形である。

 

 梟熊(アウルベア)。まさにこいつの同族の腕の一振りで、昨年ワイナは頭蓋骨の中身を仕事仲間の全員に披露する羽目になった。不幸なことに一撃では即死できなかったため、そのときの記憶は、蘇生を果たした今でも魂に焼きついてしまっているといってもいい。

 

 そしてその懐には、魔物を使役していると思しき若い女。彼女を守るために、魔物は動きを見せたのだろう。

 

 豪奢な黄金色のブロンドをゆるく巻き、ビジュー飾りに彩られたその顔立ちは、想像よりもずっと素朴である。成長途上にある少女が背伸びして着飾ってみたかのような風情が感じられ、それがかえって過剰なまでの潔癖さを醸しだしていた。ブルーを主体とした乗馬服を思わせるパンツルックの装いからは、その血に流れる高貴さを顕示する自己主張の強さを感じられる。胸元には、探求師にしては華美すぎるジャボが備えられ、その中央には瑪瑙のブローチがきらめいている。同じ輝きは、腰に提げた長剣の鞘にも誂えられていた。

 

「探求師同士での刃傷沙汰は厳禁。探索中ではなおのこと、でしたわよね? ワイナ。ロウランちゃんが防いでくれなかったら、どうなっていたことやら」

 

 従者たる梟熊、もとい『ロウランちゃん』の腕から『ケバルライ』を引き抜くと、女はワイナのもとへと歩み寄ってきた。

 

「さっきの行き止まりから、どうも鬱陶しいのがひっついてきてると思ったら……誰この女。アンタの知り合い?」

 

「ヘルガ・ヴィッテルスバッハ。昔の……」

 

「元・雇い主でしてよ」

 

「雇い主だあ?」

 

 迷宮探索を生業とする組合(ギルド)の一つ『夢見る桟橋(トラウムシュテーク)』、ヘルガはその長であった。ワイナとは四年ほど前、クラリネのもとから独立し、共に新たな組合を立ち上げた仲。腐れ縁の旧友のひとりだった。

 

 ヘルガから差し出されたケバルライを受け取り、不本意ながらもワイナはシースにそれを収めた。ヘルガの瞳が、ベルペラとペシェとを値踏みするように往復した。

 

「創立メンバーでありながら、あたくしに砂かけて出て行った先でやっていることが、取り巻き従えてドブさらいですの? 付き合うお友達のしつけぐらいしてはどうかしら。それとも貴方、そんな趣味してましたの? 格下相手にそんな先輩面して粋がって……」

 

「ちがう。君には悪いと思ってるし、それに今は、そういうつもりでここにいるわけじゃない」

 

 ベルペラへの軽蔑を露にしながら、ヘルガは続けた。

 

「あろうことか『臙脂の魔女』と懇ろになっているなんて。あたくし、少し貴方を少し見損なってしまいましたわ。やむにやまれぬ事情があったのかとは思いますけれど」

 

「デキのよくない中学生みてーな勘ぐり方してやがるけど、マジでこんな阿呆に顎で使われてたの? どういうキャリアしてんだよアンタ」

 

「口の利き方を知らない犯罪者予備軍とは早く縁をお切りになりなさいな、ワイナ」

 

「泣かすぞてめえ」

 

 ベルペラの機嫌がみるみる悪くなっていくのは、彼女の表情を見なくてもわかった。聞き分けのないミハイを相手していたとき以上にイラついているのは明白。彼女が奥歯を歯ぎしりですりつぶすより前に、ワイナは口を挟んだ。

 

「どうして君がここにいる」

 

「別口で仕事を請けたんですのよ。組合を統括する身の上、とはいえ長がみずから現場に出向いてこそ、下々の者に示しがつくというもの」

 

「その零細組合の代表が、じきじきに何しに来やがった?」

 

「だから、仕事ですわよ。探求師が迷宮ですること全般。調査に探索、深部の製図(マッピング)人命救助(レスキュー)、場合によっては遺体回収(ピッキング)……さすがに聖剣獣(あんなの)が湧くなんてのは、予想外でしたけれど。そんな矢先に、顔見知りが得体の知れない連中を率いてこんな場所をうろついているものだから、少しお声がけさせてもらった。本当にそれだけですのよ」

 

「見ようによっちゃ稼ぎ時ってわけか。テメーらにとっちゃ聖剣獣さまさまだな」

 

「需要あるところに供給あり、というだけですわ。先ほどの行き止まりの奥に、隠し部屋(セーフルーム)を用意しておりますの。当面はそこに生存者と遺体を集めて、『送還陣(ベイルアウト)』の経路が開通次第、迅速な帰還を考えておりますわ」

 

「つまり、人助けをされているということですか!?」

 

 ふた袋目のパフ菓子を食べ終えたのか、手持ち無沙汰になったペシェが首、もとい無骨なバケツ頭を突っ込んできた。

 

「え、ええ……そんなところ、ですわね」

 

「ああ、ああ、すばらしい! すばらしすぎます! やっぱり、ベルペラのいうとおり、苦難の道を選んだ甲斐がありました。そしたら早く――――」

 

「能書きはいいから、さっさと案内でもなんでもしろよ。こっちは上に雑な仕事振られて死にかけた挙句に半日以上歩き通しなんだよ」

 

 かしましいペシェの物言いを遮るように、今度はベルペラが口を挟んだ。

 

「ミハイたちも助けてやってほしい」みたいなことを言いだされても困る、といったところだろう。ワイナとて、旧知のヘルガであっても情報を渡したくはなかった。

 

 聖剣獣との遭遇が人為的なものである可能性がぬぐい切れない以上、こちらの状況のすべてを開示するのは避けたい。先の考察のとおり、探求師を見境なく殺戮することが目的の狂人がいるとして、ヘルガがそうした人間と関与していないとも限らない。現時点でこちらからミハイらの存在を示唆する必要もないだろう。

 

「おたくも自転車操業で大変なんだろうしね。せっかくだから面倒みさせてやるよ」

 

「なんて厚かましい……」

 

 露骨にベルペラへの敵愾心をむき出しにしながら、ヘルガはワイナを睨みつけた。

 

「慈善事業じゃありませんのよ。地上に戻ったら、出せるものは出していただきます。よろしくて?」

 

「わかってる。言い値で払う。今は藁にもすがりたい」

 

「藁にもねえ」

 

 さながら言質を取ったかのように、にんまりと作り笑顔を向けるヘルガ。こちらに顔を寄せると、彼女はぼそりと要求を告げた。

 

「概算で一人頭三万マルク(約三〇〇万円)。びたいち、負かりませんわよ」

 

「糞が」

 

 一般官吏の年収の五年分にもおよぶ額を提示され、耳ざとくそれを聞き取ったベルペラの眉間にふたたび皺が寄った。危険手当を加えた救助費用としても法外な値である。

 

「……こちらには子供(ペシェ)もいる。俺やベルペラはともかく……本気で弁済できると思っているのか」

 

「知ったことじゃありませんわね。無理だというなら、どなたかが肩代わりしてさしあげるほかないんじゃありませんの?」

 

「君の組合で面倒みてやってくれないか?」

 

「交渉はムダです。一括でお支払いいただくか、分割で負債を背負っていただくか。二つに一つですわ、ワイナ」

 

 またしても困ったことになった。

 

 この期に及んでは脱出にはヘルガの部隊(パーティ)が用意しているという『送還陣(ベイルアウト)』は必要不可欠だし、さりとて提示された額を呑んでいたら、エドラズワースでの目的を果たすことがより一層難しくなってしまう。また一目で幼い子供とわかるペシェが人並みの経済力を持ち合わせていないことなども、ヘルガはわかり切っているはずである。足下を見られているのは、火を見るより明らかだ。

 

 そして可能性は低いだろうが、返答を急がなければ、苛立ちをためこんだベルペラの堪忍袋がついに炸裂し、勢い任せにヘルガに殴りかかりかねない。

 

 数秒の逡巡。やがてワイナは、ヘルガがちらつかせ続けてきた要求をひとまず呑むことに決めた。

 

「わかった。戻ればいいんだろ、君の組合に」

 

 ワイナの即決にぽかんと呆気にとられたかと思えば、ヘルガはすぐさま表情を取り繕ってみせた。

 

「……そうですか。貴方にしては、賢い選択ですわ」

 

「あの子のぶんの額は俺に上乗せしろ。蓄えはあるが諸々の手数料までは賄いきれん。その分は、君のところで働いて返す。それでいいな」

 

 つとめて、当事者のペシェには聞こえないようにワイナは言った。

 

 自分の処遇を巡って年長者が揉めているのを聞かされることほど、子供にとってみじめなものはない。そう思っての行動だったが、いつしか自分がペシェの保護者を自然と気取ってしまっていることに気づくと、ワイナは少し気分が悪くなった。

 

「いいでしょう。異存はありません。クラリネのほうにも、あたくしが口を利いてさしあげます」

 

 苦渋の決断といってしまえばその通りだし、実際に後悔が胸の内に訪れたのも確かである。

 

 寄る辺のないガキ(ペシェ)を見捨ててしまうのは、どうにも野暮で気分が悪い。ひとたび縁ができたとなれば、なおさらだ。独り善がりな偽善であることはわかっていたし、弱者に餌付けすることの無益さも理解していたつもりだった。むろん、誰かにそうしろと命じられたなら、そいつを刺し殺してでも反目するだろう。

 

 それではなぜヘルガの条件を呑んでしまったかというと、単なる自分自身の性質だからだと、そう判断するしかなかった。ヘルガの目的はワイナ(おれ)という労働力の確保であって、決して(おれ)の偽善を糾弾するものではないのだから。

 

 クラリネはそんな野暮はしないだろう。

 

 ならば俺も、無粋な真似は控えるべきだ。

 

 真実、ただそれだけが理由だった。

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