エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~   作:霞弥佳

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深淵より

「これ、は……」

 

 うまく言葉を継ぐことができなかった。さすがにこんなことは予期していなかった。解消されるはずだったペシェへの疑念が、また別の衣をまとって目の前に立ち塞がってくるとは。

 

 素直に文意を読み取ると、筆記者は久遠の花嫁への拝謁に成功した。つまりエドラズワースの大迷宮を制覇し、そこに眠る至高の秘宝を手に入れた、ということになる。

 

 あの少女が? どうやって? そんなことがありうるのか?

 

「これすらも、あのクソガキが書いたジョークってことはねえよな」

 

「あり得ませんわ。ほかのページのように、脂鉛筆(クレヨン)で書かれたわけじゃありませんもの。間違いなく、本来の用途で感応紙に記されています」

 

 ベルペラが紙に手を伸ばそうとすると、ヘルガはとっさにそれを引っ込めた。

 

「なんだよ、気ィ悪いな」

 

「申し訳ありませんけれど、お譲りするわけには参りませんの。状況が変わりました。あたくしたち、何としてもこれを……いいえ、あの子を地上に持ち帰らなければならないんですのよ」

 

「おい、アタシたちが見つけた掘り出し物を横取りする気か」

 

「そう悪くとらないでくださいまし。あたくしたちとしても、こういった目に見える成果をクライアントに示せないと……都合がよくないんですのよ」

 

「なあ、それでアタシらの側が納得できると思うか? あのガキがどうなろうが知ったこっちゃないが、きちんと筋自体は通せよな」

 

「わかっています! 救助費用については……六千(約六十万円)で手を打ちますわ。そのうえで別途謝礼もご用意いたします」

 

 実に八割の値引きが急に降ってわいたとみたベルペラの表情が、わずかに軟化する。

 

「今この場であたくしが譲歩できるのは、それくらいですわ。よろしくて?」

 

「心がけは立派だけどさぁ。どう考えてもただ売り飛ばして終わりって感じじゃねーだろその案件は。アタシらだって寝耳に水なんだ。そこに、まるでハナからあのガキ狙ってたみたいなコト言い出されちゃ、こっちだって引っ込みつかねえだろ」

 

 ベルペラの場合はヘルガからさらなる譲歩を引き出したいだけなのだろうが、ワイナとしても、聞き出したいことはあった。

 

「調べているのは、第二次遠征隊の痕跡……じゃないか?」

 

 図星だろうか。ヘルガは一、二度まばたきすると、口を開いた。

 

「あたくしたちも、詳しい説明はほとんど受けていませんのよ。クライアントの仲介役からは、徹底的に依頼の細部はぼかされていましたし……仮にそうだとしても、守秘義務で喋ることはできませんわ。ですから、肯定(ヤー)とも否定(ナイン)とも答えかねますの」

 

 言外で『肯定(ヤー)』と述べていることは、きっとベルペラにもわかっていたはずだ。

 

 公的な遠征計画の事後調査自体はそう珍しいものではない。しかしことが第二次遠征計画となると、途端にきな臭さが漂ってくるというものだ。どんなペースでどこまで進行できたか、何が原因で大部隊が踵を返す羽目になったかすらも公開されていないプロジェクトである。

 

 そんな曰くつきの企画にまつわるサルベージ仕事など、迂闊に首を突っ込んでどんな藪蛇に襲われるか、わかったものではない。迷宮は怖くて当然だが、当該計画にまつわる超国家的な隠蔽体質はさらに輪をかけて不気味であった。

 

 果たしていかなる雇い主(クライアント)から請けた依頼なのか。自分たちの次の仕事に繋がるのか。このままそちらに関わって、行政の側から痛くもない腹を探られたりはしないか。気にかけるべきことはいくらでもあった。

 

 そして、ワイナは質問を口にした。

 

「あの子はどうなる?」

 

「どうなるって……そんなの、貴方もご存じでしょう」

 

 無駄な質問のやりとりは、少しでもペシェがこの先辿ることとなる末路から、少しでも目を背けたかったからに他ならない。

 

「擦り切れるまで殺して、擦り切れるまで蘇らせる。それが一番一般的だろうね」

 

 大規模な迷宮攻略(ダンジョン・アタック)が何らかの偶発的事故や魔物(モンスター)との遭遇で足踏み(スタック)してしまった場合、当然ながら再度計画を練り直すこととなる。

 

 当事者の証言は、計画立案にあたってもっとも貴重な判断材料となる。もちろん蘇生術が一般的となった今日においては、命からがら帰還した生者どころか、遺灰筒(ソウルシリンダー)に詰め込まれて地上へ舞い戻った者すら、聴取の対象となる。

 

 しかし遺灰を蘇生する際、施術する治癒術師(ヒーラー)が同一であっても、肉体は生前と微妙に異なるものとして組み上げられる。灰の一粒一粒に生前の人間の情報が格納されている、という仮説のもと、治癒術師はそれらを蘇生術という慣習的かつ感覚的な技術によって嚙み合わせているにすぎないらしい。臓器の位置から皮膚の張り方、黒子やしみの位置まで、まったく同じ存在として蘇ることは不可能なのである。そしてそれは、記憶に関しても同じといえた。

 

 遺灰の状態から蘇生を果たした者の証言の信頼性については、情報の正誤を聴取の質ではなく、数で補うのが一般的だった。

 

 事故当時者を遺灰から蘇生させたが、攻略に必要な情報が記憶から欠落しているとする。それならふたたび殺してまた蘇生させれば、正確な情報が得られるかもしれない。遺灰、あるいは肉体自体に攻略時の記憶が宿っているのなら、望む答えが得られるまで、蘇生と殺害を繰り返すのがもっとも合理的だった。

 

 一度目の蘇生で記憶がはっきりしないなら、ふたたび殺して二度目の蘇生に賭けてみる。二度目の蘇生では落盤事故が起こったと証言し、三度目の蘇生では炎を吐く強力な魔物(モンスター)と遭遇したと言いだしたとする。証言にこうした矛盾があったとしても、やることはシンプルだ。

 

 当事者をひたすらに薬殺し続け、蘇生させ続ける。事故の要因として挙げられた回数が最も多い事柄を割りだすためである。やがていつしか、統計的に正しかろうという結果が出て、初めて生還者の証言が計画立案に取り入れられるのである。

 

 無論、短期間でそのような生と死のサイクルを強いられた人間が、まともに生活を営めるはずもない。そうした生ける屍が、敬虔な聖職者や医療従事者たちの激務と負担によって立つ公営シェルターを圧迫しているのである。そもそも人間は、そう何度も死の淵から舞い戻れるようにできていないらしい。シェルターからあぶれた連中などは、名前も故郷も生活習慣すらも忘れ果て、道端でただ飢えて死ぬのを待つしかない。

 

 第三次遠征においても同じである。参加にあたっての契約書で、拒否権は取り上げられていた。仮に第二次遠征にペシェが参加していたのだとしたら、聴取の末の凄惨な末路を逃れるすべは残されていないといえた。

 

「ま。気の毒だけど、迷宮踏破の尊い礎になってもらうしかないってことじゃん?」

 

「そう、だな」

 

 乾いた反応をベルペラにかえしながら、ワイナは栄養棒をかじった。念願だったチョコレートの風味も、今ではコンクリートを口に詰められているような気にさえさせてくる。

 

 頭が痛い。吐き気がする。

 

 とにかく今は、ひどく気分が悪かった

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