エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~   作:霞弥佳

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決裂~ワイナvsヘルガ隊

 撃鉄を起こす音。

 

 鉄と鉄とがかちあうかすかな動作音から、ワイナは確かな殺気を読み取っていた。咄嗟に、ペシェに向けて叫んだ。

 

「伏せろ」

 

 体毛が総毛立つ。銃による攻撃が来る。背後から。

 

 それを察知したワイナは、迷わず腰元に佩いていた得物を抜刀した。振り向きざまに、こちらめがけて殺到する飛来物の軌道へと白刃を走らせた。

 

 それから、破裂音が三回とどろいた。

 

 対象物を撃ち貫かんと、螺旋を描きながら直進する弾丸は、ワイナの放った刃の腹によってことごとくその軌道を反らされ、甲高い音とともに弧を描いて辺りに転がった。

 

 ケープの内に隠された白木の鞘から抜かれたのは、ゆるやかな曲線を描く片刃の刀。一般的な大陸剣術(フェヒトブーヒャー)に準じたロングソードとも、護拳を擁するサーベルとも似つかない異形の刀剣である。はるか東の諸国より伝わるカタナ・ブレードにも酷似した白銀の曲線美は、主にこれを得物として愛用した猟狗族(カーシアン)たちにちなみ、天狼刀(ロカブレンナ)と称されていた。

 

 月光を映す水鏡のごとくまばゆく輝く刀身は、バナジウムとニッケルを含有した超高炭素鋼を幾重にも折りかえして鍛造されたものである。一般的な刀剣類とは一線を画した、常軌を逸した強度と靭性を有し、また耐食性にも優れ、先の大戦では数十人を帷子ごと両断しても切れ味が鈍らなかったという逸話すら、傭兵たちの間ではまことしやかに囁かれたという。

 

 さやさや葉鳴りする木々の合間に、発砲者の姿をたやすく見つけることができた。

 

「そうやってほいほい銃弾叩き落とすんじゃねえよ、キッショいな」

 

 アーチ状のまさかりが備えられた魔杖(スタッフ)を背負った女。全身を蠱惑的なワインレッドに包んだ魔女ベルペラが、くろがね色の半自動拳銃(ピストーレ)の銃口をこちらに向けて立っていた。

 

「邪魔すんじゃねェっつったよなあ、野良犬野郎ォ」

 

 ふたたびベルペラがトリガーを引く。一発、二発、三発、そして四発。

 

 発砲者を視認できたのは幸いだった。であれば、射撃タイミングや弾道を予期することは不可能ではない。武装した猟狗族(カーシアン)にとって、拳銃という兵器はさほどの脅威にはなりえない。迎撃の体制さえ整っているのなら、飛来する弾丸の撃墜もまた容易である。

 

 先と同じようにワイナの白刃が閃き、四発の弾頭を切り払う。

 

 跳弾がペシェを傷つけないか心配だったが、頭を悩ます懸念はほかにあった。

 

 なぜベルペラは、こちらを仕留めるために砲手(ガンナー)としての能力を使わなかったのか。なぜ先手をとっておきながら、拳銃などという手段を用いたのか。

 

 確かに銃は、不意打ちなら想術師を屠ることもできる対人兵器である。だが一般的に守りの手薄な治癒術師(ヒーラー)砲手(ガンナー)ならばともかく、強度の高い遷移防壁(トランジションアーマー)を展開できるTANKや白兵(インターセプター)を相手取るにはやや不足。致命傷を与えることが目的の攻撃ではなかったのは確かだ。

 

 考えられる理由は三つ。

 

 ひとつは威力偵察。銃撃はあくまでワイナの持つ能力を探るための様子見。

 

 ふたつめはベルペラ個人の切り札の隠匿。

 

 よほど人前で戦闘用の『想術』を披露したくないか、あるいはこのような些事で使うまでもないと踏んでいるのだろうか。

 

 そしてもう一つは、部隊(パーティ)単位での切り札の隠匿だ。

 

 木々の青臭さにわずかに混じるアミン類と脂肪酸の臭気。獣臭。頭上からだ。

 

 ワイナはペシェの抱いている背嚢を力いっぱい蹴り飛ばした。

 

 彼女の小柄な体躯が芝生を転げると、樹上の枝葉をざわめかせながら、殺意をみなぎらせた襲撃者が落下してきた。振りかぶられた剛腕は、間違いなくワイナを狙っていた。

 

 襲撃者は魔物、梟熊(アウルベア)のロウランちゃんである。二トンにおよぶ巨体を器用に樹上に潜ませて、こうして奇襲を仕掛けてきたわけだ。白とブラウンの羽毛に覆われた前足の先端に輝く鋭利な爪は、人体を真綿の詰まったぬいぐるみのごとく容易に蹂躙できるしろものだ。まともにこれを受け止められるほど、ワイナの身体は頑丈にはできていない。

 

 それ以前に、今のワイナは想術師でありながら遷移防壁を展開していない。

 

 というより、できない。天狼刀を介したワイナの想術は、そうした厳格な戒律を定めることによって力ずくで編み上げられている。受動的な払い技(パリィ)に主眼を置いた、いうなれば迎撃魔剣。自ら課した誓願を破れば、たちまち致命的な咎めを受けることとなる。

 

 一連の攻防では、ワイナは遷移防壁ではなく刀による防御に徹した。これを目にしたベルペラは、すでに『あいつは白兵だが銃撃を防げる強度の防壁は展開できない、あるいはそれが困難な状況にある』といった推理にいきついているはずである。多少なりとも苦労して身に着けた能力のタネを、一端とはいえ他人に感づかれる。これほど不愉快なことはない。

 

 即座にその場を飛びのくも、ペシェの避難を優先したせいで完全にこれを回避することは不可能。舞い降りる巨体による強引な制圧は躱せるだろうが、振るわれた腕の軌道から逃れるのは無理。

 

 ワイナは白刃を翻す。ひ弱な猟狗族の細腕が、美術品めいた銀の刀身が、辛くもロウランちゃんの一撃を受け止めいなす。黒光りする鋭利な爪と接触し、火花を散らした刃は折れず、傷つきもしない。主であるワイナの肉体もまた、健在。

 

 そのまま受け身をとりつつ、残身を経由してから、身体に叩き込んだ防御戦型へと移行する。はらりとフードが脱げ落ちて、はからずも頭髪と垂狗耳(ハウンドイヤー)が露になった。

 

 拳を側頭に、刃を天に向ける雄牛の構え(レヒツ・オクス)。切先はロウランちゃんへ、視線はベルペラへと投げかける。

 

「ニラまれたって何も出ねェぞ。急にトチ狂ったテメエが悪い。そうだな、組合長(ギルマス)さま」

 

 ベルペラの呼びかけに応じ、ロウランちゃんが潜んでいた樹の陰からヘルガとガーデルマンの姿が現れる。

 

「貴方という人は、どこまであたくしを困らせれば気が済みますの」

 

「勘弁してくださいよワイナ。こっちは完徹でロウランちゃんと送還陣の世話させられてるんですよ。そのうえこんなことされちゃ、さすがに君のこと庇えませんよう」

 

「それなら俺に雇われないか。徹夜で仕事なんかさせない。今なら後払いで四百万(四億)出せる」

 

「おお。そりゃ即金なら魅力的ですけども……今日は遠慮しときます」

 

 へらへらしていながら、確かな敵意を込めてガーデルマンが抜剣する。治癒術師だが、並みの白兵ほどの剣術の腕前は持ち合わせている男だ。伊達にヘルガの従者を仰せつかってはいない。

 

「どのみちここでキズ物になるんだ、そこまでの価値はねェさ。蘇生歴がついた時点で足元見られるからな」

 

「世知辛いもんだな」

 

 ベルペラの軽口に応じながら、じりじりとワイナはペシェのほうへとにじり寄る。血走った梟熊の双眼に射貫かれると、体内でかつての恐怖に由来する不快感がぐるぐると蠕動しはじめた。おっかない、気分が悪い。しかし問題にすべきはそんな個人的な好悪などではない。

 

 できることなら避けたかった最悪の状況が、目の前に広がっている。

 

 憤懣やるかたないといった表情で、ヘルガがロウランちゃんの傍らに立った。

 

「どういうつもりですの。報酬を前に目がくらんだ? 違いますわね。あたくしたちの手柄を横取りしてまですることとは考えづらい。それとも、独自にその子をお金に替える手段でも持っていて?」 

 

「そんなパイプがあったら教えてもらいたいくらいだ」

 

「なら、なぜ?」

 

 すぐにロウランちゃんに攻撃の指示を出さないのは、きっとヘルガの温情だ。この状況であちらがワイナを生かしておく理由など、それ以外にはない。

 

 それでは、どうする? どうしようもない。ワイナの理性はそう断言した。

 

 敵の頭数は四。それも探求師の原則通りの役職(ポジション)が揃った一部隊(パーティ)が相手である。前衛――――TANKを頑強な肉体を有したロウランちゃんに、後方支援を治癒術師のガーデルマンにそれぞれ任せながら、ヘルガとベルペラがこちらの悪あがきを潰しにくるはずだ。

 

 ロウランちゃんは使役の術によってヘルガたちに従っているのだろう。飼い主であるヘルガかガーデルマンを仕留めれば、連座的にロウランちゃんも無力化できるはず。ただしこれはあくまで術者の指揮系統から魔物を切り離すだけにすぎず、そうした場合、手綱を手放された野生の梟熊という新たな脅威がこの場に現れるという事実には、この際目をつぶるしかない。一直線にこちらに殴りかかられるよりはましだ。

 

 ロウランちゃんの猛攻を切り抜け、ベルペラの銃撃を躱し、二分の一の確率で使役術(テイミング)の術者を引き当てれば、こちらにも勝機があるというものである。

 

――――極めてナンセンスな机上の空論だ。

 

 実際のところ、ガーデルマンの治癒を受けられるロウランちゃんをどうにもできないうちにペシェはヘルガかベルペラに捕縛され、続いてワイナの頸が叩き折られておしまいであろう。最小構成ながら、完成された部隊(パーティ)に個人が敵う道理などないのである。

 

「ふん……あたくしたちにも、そんな剣は見せてくれませんでしたわね。ワイナ」

 

「あんま近づくのはよしときな。そいつの『想術』の前提条件を踏むと厄介だ」

 

 前に一歩を踏み出そうとしたヘルガをベルペラが制した。

 

有効射程(レンジ)は大きく見積もって三……いや、五メートル。この状況で仕掛けてこないところをみると、複数を対象にした広範囲の面制圧が可能な術ってわけじゃない。十中八九、相手からの攻撃をトリガーに発動する完全な個人迎撃術式。どこからどこまでを攻撃とみなすかはわかんないけど、射程内にズカズカ踏み込むのはおすすめしない。どんなキモイことしてくるかわかったもんじゃない。そこの盾役(梟熊)から離れるなよ」

 

 じろりとベルペラを一瞥すると、ヘルガはその場からワイナを睨みつけた。

 

「ノンデリ女め。他人のプライベートをペラペラ分析しないでくれるか」

 

「吟味されたくない秘密なら墓まで持ってけよ。(イヌ)畜生が手間かけさせんじゃねえ、シッポ振って腹でも見せな」

 

「みすみす俺の両目ぶん八百万(八億)をキズ物にしてもいいのか? 彼女も合わせて、俺たちはおいしい金ヅルだろ。丁重さを感じられないな」

 

「今すぐその腹切ってくれるなら喜んで解体(バラ)すさ。取るもん取ったらすぐ墓穴に詰め込んでやるからよお」

 

「情状酌量の余地すら感じさせてくれませんの?」

 

 ヘルガがぴしゃりと不毛なやりとりを打ち切った。

 

 彼女に対して、腐れ縁ゆえの申し訳なさはある。探求師の常識において、非は間違いなくこちらの側にあるのだ。有償とはいえ、迷宮の奥底で人道的な対応を受けておきながら、その恩を仇で返そうというのだ。

 

「武器をすべて捨てなさい、ワイナ。そうすれば、地上には連れ帰ってさしあげます」

 

「断る」

 

「まさか情でも湧きましたの?」

 

「そうだ」

 

 ヘルガのまなざしに浮かぶ失望の色が、いっそう濃くなった。不愉快な動悸のリズムが早くなる。嫌な気分だ。憎からぬ幼馴染にここまで蔑まれるのは、さすがに堪える。

 

「探求師にあるまじき職業倫理ですのね。都合のいいきれいごとだとわかっていて?」

 

 怒鳴られるほうがましだと思った。聞き分けのない家畜への仕置きの支度を整えるかのような声色で、ヘルガは言った。

 

二十マルク(二千円)だ」

 

「なんですって?」

 

「上の露店街で売られてる混ぜ物まみれの麻薬(ヤク)と、西帝国(ヴェストファーレン)の洒落た店に並んでるキャンディとの差額だ。迷宮の界隈で育つ子供は、飴玉よりも先に麻薬の味を覚える。質を選ばなきゃ二ペニヒ(二十円)で期限切れの阿片チンキ(ラウダナム)が買えちまう。日雇いの報酬にヤクが出ることさえある。火をおこすことも野菜を刻むことも、数をかぞえることもできないような子供が、次から次へとできあがる。クソな世の中だ」

 

「それにうんざりして、一足先に足抜けがしたくなったと。この状況で」

 

「イロイロ都合が重なった結果だ。俺自身が招いた不幸ってのは理解してる」

 

「無関係な子供を軒並み養ってやれるほど、あたくしたちの懐は暖かくなくてよ。界隈の浮浪児全員に手を差し伸べて回る気ですの?」

 

「ガキひとりにキャンディすら買えないで探求師が名乗れるか」

 

「貴方、やっぱりおかしくなっていますわ。昔の貴方はまだましでしたのに」

 

「君もなヘルガ。乞食あがりの俺にこれだけ煽られて手の一つも出さないのか? 全部子分におまかせか? 負け癖のしみついた貧乏貴族らしい落ちぶれ方だ」

 

「……ガーデルマンッ!!」

 

 ヘルガの斜め後ろ、怒気を孕んだ指示を受けたガーデルマンが短小節の呪文をつぶやく。利き手中指に人差し指を添えた印を結んでの印相を含め、おそらくはロウランちゃんに次の指示を与えるための術式プロトコルだろう。魔物の正確な使役者にあたりがついたところで、こちらは動きたくとも動けない。動けばベルペラに撃たれるし、そもそも梟熊の守りを一太刀で崩せる保証もない。

 

 手数が足りない。たったひとりの一手ではどうにもならない。

 

 ヘルガへの煽りはすべて出まかせである。強がったところで利益にはなるまいし、時間稼ぎにもなりゃしない。無遠慮に彼女のコンプレックスをつついてしまっただけ。八方ふさがり。悪あがき未満の児戯だ。

 

 しかし頭の中は不思議なほどに澄んでいた。数秒後に訪れるヘルガたちの一斉攻撃、袋叩きに合い、襤褸のように打ち捨てられ、惨めな死を迎える。そんな将来の想像は、今では脳の片隅で縮こまっていた。

 

 ただただ、ひとりの少女に行われようとしている仕打ちを許してはおけないという、そんな(いわお)のような確固たる意思が、ワイナの両足をその場に縛り付けていた。

 

 ガーデルマンの指令を受けたロウランちゃんが、ふたたび丸太のような腕を振り上げた。

 

 少女の視線を背中に感じる。あの、諍いの当事者であることを自覚しているのかわからないきょとんとした様子で、ペシェが座り込んでいる。

 

 背嚢を胸の前で抱えながら、取り乱すこともなく、事態の趨勢をただただ彼女は眺めている。そんな気配を確かに感じた。

 

 

 直後。

 

 

 辺りに血と脳と頭骨の一部とをまき散らし、こもった水音をたてながら、頭部を殴り飛ばされたヘルガは力なくうつぶせに倒れこんだ。

 

 渾身の膂力による殴打を叩き込まれたのは、ヘルガだった。

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