エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~ 作:霞弥佳
燃え盛る火焔の勢いが過ぎ去ったとき、まだワイナの命は尽きていなかった。
高温と瘴気によって、四肢の末端にはまともな感覚は残っていない。だが、確かにまだ生きている。渾身の力で、なんとか両膝を使って上体を起こす。
目に飛び込んできたのは、真っ黒に焼け焦げた、かつてペシェだった骸である。バケツ様の鉄兜だけは真っ赤になりながら形を保っていたものの、それ以外の着衣はもちろん表皮もろとも完全に炭化していた。もちろん、胸の前で抱えていた背嚢も、そこにしまわれていた
炎を一身に受け止めるため、か細い両手両足を広げて、そうして果てていた。
ワイナの熱傷が今の程度で済んでいるのは、ひとえにペシェの捨て身の挺身のおかげというのもあっただろう。そう思えばこそ、一層自分の矮小さが痛々しいほどに感じられて仕方なかった。そんな自己嫌悪が湧き出てから、ふとこの光景の奇妙さに思い至る。
黒焦げの死体が立ったままだなんてありうるのか?
困惑をさらに深めるかのように。骸の首がぐりんと上を向いた。
げほんと咳き込むと、細かな煤が舞いあがった。どこかあざといほどにコミカルな滑稽さを感じさせる振る舞いで、続いて右腕がぴくりと動いた。死んでいない。このような状態でなお、彼女は生きている。ぎしぎし音を立て、手指を震わせながら、ゆっくり腕が真上へ掲げられた。
表面を覆う炭化した表皮と着衣の残滓がぽろぽろ剥離していくうち、内に隠されていた少女の関節部が露になっていく。生身の人間のものではない。肘も、肩も、膝も、股関節も、そして頚部すらも。見れば、煤の隙間からつややかな光沢をのぞかせていた。肢体の各所で軋みを立てるのは、金属製の
今日日、戦場や迷宮で負った身体的欠損を義肢で補うのは珍しいことではない。治癒術や蘇生術の予後不良から、患部の切断を余儀なくされるというのもままある話だ。だが現実に頭部まで人工物に換装して生きながらえている存在など、ゴシップでこそ耳にはしてはいたが、実際にお目にかかったことなど今までなかった。
物好きな想術師が
だが目の前の
「ああ……ああ……お許しください……どうか、どうか……」
人差し指をまっすぐつきたてて、死んだはずのペシェは叫んだ。
「ご観覧のみなみなさまがた!
頭上に円を描くように、人差し指を一回転。指の軌跡に追従して、金色の輪があらわれた。すると途端に光の粒をはじけさせながら、輪に合わせて深紅の緞帳がペシェの体を包み込むように舞い降りた。見世物小屋かマジックショーのステージでしかお目にかかれないような、円柱状の天蓋カーテンが、場違いさをものともせずそこに顕現したのだ。
――――なんなんだ、どういうことだ、何が起こってる!?
「そう、勇者とは!」
カーテンの内側から響く、高らかな一声。
奇妙な現象に面食らったのはワイナだけではない。炎を噴き終わった奇獣もそれは同じである。焼き殺したはずの小さな獲物の一匹が、あろうことか、世にも面妖な演出で生存を示唆し始めたではないか。肥大化した肉体の扱いに難儀しつつ、奇獣は危なげない足取りで、ペシェを覆ったカーテンへと歩んでゆく。
「失敗に打ちひしがれ、失意にくれる仲間たちに、希望の一番星を指し示すもの!」
有無を言わさぬ毅然とした口調と声色。はきはきした発声と滑舌は、見る者すべての目と耳を奪う舞台俳優。並ぶものなき千両役者。
「勇者とは! 絶望の泥濘に吞まれゆく隣人に、ただその手を差し伸べるもの!」
獲物は依然として小賢しく吠えている。奇獣は雄たけびをあげながら、より鋭利に、より長く発達した爪を有する腕を振りかぶった。
カーテンの内側から、フィンガースナップの音がぱちんと響く。それと同時に、パッと周囲が暗闇に包まれた。ろうそくの明かりを吹き消したかのように、燃え盛る炎は一瞬にして立ち消え、暗い静寂が辺り一面に広がった。ワイナからでは、ペシェの安否はわからない。
「勇者とは! 未明の丘の向こうに、輝ける太陽のおとずれを信じられるもの!」
続けて、スポットライトの円が奇獣の背後へと落とされた。光源は直上。上を見たところで、何か投光器といった機械類が存在するわけでもない。とにかく舞台上に突如として現れた者が、その存在を強く主張しているのである。
姿はなくともその声だけで、彼女は確たる存在感を発揮していた。
「クハハハハハッ!! 見ておられますか機械仕掛けの神よ、
その姿は未だに、深紅のカーテンに覆われたまま。艶やかなベルベット生地がゆらめくたび、それを暴いて覗きたいという関心と劣情と好奇心が、いたずらに掻き立てられてしまう。
奇獣は振り向き、まるで鬱陶しく挑発するかのような獲物の仕草に、苛立ちと憤りを込めて咆哮した。巨体と膂力に任せ、続いて奇獣は突進する。その小柄な痩せた体躯を鷲掴み、ばらばらに裁断せんとする目論見は、しかしただカーテン生地だけを捉えるだけに終わってしまう。
「まあ怖い! しかし小生、ここにあってもあわてず騒がず」
さながら喜劇、緊張と緩和を巧みに使い分けて観客の興奮を囃す道化芝居。
その口ぶりは、言うなれば
スポットライトが再び奇獣の背後を照らし出す。
「あわてんぼうなせっかちさん! ああでもお席は立たないで! お色直しはもうすぐ済みますゆえに!」
またしても、たっぷりとした深紅の生地に身を包んだ彼女の姿。
だがその足元は、豊かな緑を抱いた草原の一角のよう。炎と瘴気によって腐り果てた地面のそれではまったくない。奇獣がふたたび、暗闇を裂いて彼女へと飛び掛かる。
「父よあるじよ
赤の布地を取りはらい、ついに彼女がその姿を披露する。躍り出たそのいでたちは、真っ黒に炭化した無惨な焼死体を思わせる姿からは一変していた。
「ごきげんよう、小熊ちゃん? ヒャハ、ハヒャ、ヒャアーーーーッハッハッハ!!」
感極まった末に出たらしい哄笑は、主演俳優にしてはいささかの卑俗さがあったものの、どこか爽快さと頼もしさのようなものが感じられた。
呵々大笑する少女の相貌は、新雪を思わせるきめ細かな素肌に包まれていた。ふさふさの長い睫毛に飾られた瞳は恒星のようにぎらぎら輝き、口唇を彩るのは弾けるような桃色。その笑顔は、自信と期待と好奇心がいっぱいに詰め込まれた、夢と希望のおもちゃ箱。
海原のように波打つ長髪は、豊かなキューティクルを保ちながら健在。ベージュだった髪色は赤熱化し、うっすら周囲に陽炎をまとわせた鮮烈なピンクへと変じていた。頭髪自体が、機械の身体を随時冷却するための
その身に纏うのは襤褸ではなく、華美にして瀟洒なる英雄としての正装。
近しいものでいえば、かつての騎兵の儀仗服。
胸元には薔薇と
儀式性と機能性を両立させ、そして新たなる勇者の誕生を自ら歌い上げるための礼服の一式。三位一体の聖性を奉じるトリコロールの体現。ペシェ自身の想像と願望とが強固に結びついた、あり得べからざる架空の英雄像でもあるのだろう。
――――こんな勇者はあり得ない? このような英雄は存在しない?
――――笑わせる! それがどうした知ったことか!
――――この日この時この瞬間、これが勇者で
――――一目で分かるいで立ちで! 友の窮地に馳せ参じ! 怯えも怖気も笑い飛ばす!
――――そこに真贋あるものか!! それが
「本当に……ペシェ、なのか……!?」
ワイナの言葉にくるりと顔を向けると、にっかり笑って白手袋でピースサイン。
「いかにも!!」
そこに三度、奇獣の剛腕が少女目掛けて襲い来る!
しかし見よ、人体を八つ裂かんとする獰猛なる一撃も、少女の玉体を傷つけるには能わず! 靴底を打ち鳴らす小気味のよい音を伴いながら――――芝生や焦土で靴音が鳴るはずはない? ナンセンス! おかしいことはなにもない、現にこの舞台では、ほら! 鳴っているではないか! もっと耳を澄ましたまえ!!――――軽やかなるタップを思わせる足裁きは流麗なり!
いともたやすくひらりと躱し、脇腹めがけて叩き込まれたる鋭い蹴りは、数トンにも及ぶ魔物の巨体を大きく宙へ舞わせるほど!
その一撃の瞬間、周囲の暗闇は一瞬にして晴れ渡る!
炎にまかれるより以前の緑あふれる公園めいた光景、それにもまして、あたりの芝生には、鮮やかな花々が満ち満ちていた!
月夜ほどの明度はむしろ好都合、スポットライトの演出が、主役の動きに追随して更なる幻想的な外連味を演出する!
舞いあがる白き花弁とその芳香、そして蔓延する瘴気を中和する
瑠璃か玻璃かと見まごうばかりの光耀は、未だはびこる病みと淀みを遍く霧消せしむるなり!
その勇姿、さながら百花繚乱にして爛漫!
舞台において二人と居らぬ、まさしく主役、まさしく
凄烈なり! 絢爛なり!!
あれぞ勇者よ、英雄よ!!
その美貌、その美声、そのふるまい、そのよそおい!!
彼女をとりまきまつわるおよそすべては、観客席に足を運んだすべての人々を魅了するためだけに存在するのだ!