エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~   作:霞弥佳

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迷宮が斬り裂かれた日

 天狼刀(ロカブレンナ)との付き合いは長い。

 

 探求師になるにあたって、最低限自分の身を守れなければ話にもならない。そう強弁するクラリネに紹介されたブリタニア系猟狗族(カーシアン)の一人に師事し、ワイナはそこで初めて武術らしい武術を学んだ。

 

 アストリッド式暗器活殺術。

 

 ある帝国貴族に傭兵として雇われ、その後は家臣として召し抱えられた猟狗族の一団の間で伝えられてきた暗殺術である。ここ数百年間、持ち前の瞬発力と俊敏性、そして優れた聴力と嗅覚を有する猟狗族の活躍の場は、塹壕戦が主流となりつつあった前線ではなく、専ら諜報戦の分野にあった。

 

 古来より伝わる超高炭素鋼を素材とした刀剣類を手足のように使いこなす猟狗族たちは、時には間者(スパイ)として、時には政敵を排除する暗殺者(アサシン)として貴族たちに重用された。扱う得物はいずれも小型軽量。そして一族の象徴である天狼刀にしても、主流の大陸剣術(フェヒトブーヒャー)とは異なる設計思想のもとで開発された剣である。相伝の技術をもって刃を制し、そこに体格や性別、年齢を問うことはない。老若男女がこれを学び、その特異な形状の暗器で多くの標的の息の根を止めてきた。

 

 二一六人を殺した開祖アストリッドもまた、女性であったという。

 

 そうした技術を速成教育で叩き込まれた末に皆伝を言い渡され、別れ際に餞別として授けられたのが、この天狼刀だった。銘はサンクト・ハラルドソン。一振り一振り、手がけた刀工の名がルーン文字で刻まれるのが習わしなのだと学んだ。

 

 剣術については真摯に取り組んできたつもりだし、並みの術師と組み合いになったところで、これを制圧するくらいの自信はあった。切り札である想術についても、天狼刀を活かした術の編み方で構築した。

 

月蝕猟狗(マーナガルム・ヤークト)』。

 

 誓願により刀の耐久力は飛躍的に向上し、また応じ技(カウンター)払い技(パリィ)への大幅な魔力減衰効果の付与を実現している。対探求師、対想術師を強く意識した能力であり、可能な限り対象を殺傷せずに制圧することを理想として設計されていた。むろん戦闘にあたって刃を交わすたびに戦う力を徐々に削いでいくわけなので、状況に応じて相手の首を刎ねてやることも容易である。もっとも実際のところ、理想そっちのけで現実的な運用を強いられる状況のほうが多かったわけだが。

 

 術を編むにあたって設定した誓願は三つある。

 

 一つは皆伝の際に授かったサンクト・ハラルドソン銘の刀を必ず帯刀し、これを用いること。もう一つは、抜刀時に遷移防壁(トランジションアーマー)を展開しないこと。最後の一つは、術の発動中は必ず迎撃技を正しく成立させ、傷ひとつ負うことなく勝利すること。

 

 条件を満たさなければ発動せず、そして払い技をしくじれば、即座にその際負った傷の数千倍の深さの致命傷が術者の肉体に襲いかかる。

 

 天狼刀はワイナにとっての守り神であり、自分を誅する監督者でもあるのだ。命を天秤にかけているのだから、きっちり祝福を授けてほしいものだと、常々思っていた。お願いだから、斬るべきものは斬ってくれと。

 

 術の骨子を定めるにあたって着想を得たのは、クラリネと出会ったあの冬の日のこと。自分と、あの輝かしい幸福と祝福とが満ち満ちたマーケットとの間には、物理的な距離以上の隔たりが確かに存在していた。鋼鉄よりも頑丈で分厚い、透明のカーテンだ。

 

 帝国にとっては少数民族の外国人、生まれながらに踏み入れてはならない場所があり、決して歓迎されない場所があり、生きていくことすら許されない場所もある。そりゃそうだ。他人様の軒先に汚らしい子供がうろついていて、良い顔をするような人間はそういない。

 

 なんでだ? どういう道理でそういう立て付けの世の中になっている?

 

 あんたらは自分から金持ちになろうと思って生まれてきたわけか?

 

 少なくとも、俺は望んでこんな汚らしい野良犬としてこの世に生まれてきたいと望んだ覚えは一度もないんだぞ。

 

 ふざけるな。ずるいぞ。こんなにもうまいものを、分け与えてすらくれないなんて。多少なりとも金銭的な余裕ができてから、パティスリーで購入したバターナッツトルテを初めて食ったとき、そんな気持ちになったものだった。

 

 持てる者と持たざる者なんて関係は、古今東西どこでだって問題にされるようなことだ。それを今すぐなんとかできるほど賢い脳みそは持っていなかったし、そもそも一朝一夕で全世界の格差みたいなものが是正できる手段があるなら、すでに誰かがそうしているに違いない。

 

 ただ、できることならそういう隔たりは無いほうがいい。野良犬みたいに足蹴にされる子供なんか、迷宮でぞんざいに扱われ続ける子供なんか、一人でも少ないほうがいいに決まってる。

 

 そんな隔たり、刀を振るうだけで断ち切ってやることができたらいいのに。人一人の首を刎ねてやるのはこんなに簡単なのに、薄汚い孤児どもにケーキを食わせて回ることの、なんと難しいことか。

 

 刀。刀。もっと斬れる刀が欲しい。そこらのボンクラ斬り殺せるからなんだというのだ。鉄のカーテンを断ち割れる刀が欲しい。飢えたガキのための、ケーキを切り分けるための刀が欲しい。そんな連想ゲームを繰り返しながら、少しずつワイナは想術を編み上げていった。

 

 斬ること。断ち切ることについて、ワイナは人より熱心に想い続けた。

 

 

 

 抜き放たれたペシェの魔剣に想いを馳せるのは、至極当然のことだった。

 

 

 

 今や『ケバルライ』は、人体に匹敵するほどの長大さを手に入れていた。深紅の紋様が昏い光をたたえる、分厚いくろがねの大剣である。王城の鉄壁を切り抜いて素材にしたのかと見まごう程の鉄塊を、ペシェはゆうゆう把持していた。

 

 やがてケバルライの刀身は、剣の柄のようなパーツを軸として、大顎を開くかのように左右にばっくりと分離、変形を果たした。ふたつの刃の間にペシェ由来の赤黒い魔力の輝きが灯りだし、それはやがて、驚異的な出力をもって垂直方向へと発振、放出されていく。やがて彼女は活性魔力をさらに収束、刀身に沿って刃の形に成形されていく。

 

 紫電を纏う光のやいば。絶えず噴出する魔力の長大剣(マナ・ブレード)。喝采の産声をあげるかのように、剣身をかたどった魔力の奔流が暴れている。乱れている。狂っている。はしゃいでいる。歓喜と快楽にもだえ、呻き、歌っているのだ。

 

 期待通りの変容を遂げつつあることを察し、ペシェは上段にケバルライを構えた。

 

「いざ、いざ、いざ勝負ッ」

 

 ペシェと相対する奇獣が、心底不快そうに唸りをあげる。対峙する獲物が発する奇怪な魔力、そして空間自体を塗り替えんとばかりに迫りくる遷移防壁を疎んじての仕草。魔物が持つ縄張りともいえる瘴気の領域が、逆に侵食され返されているのである。そして奇獣はいよいよ憤りを炸裂させ、咆哮とともに後ろ足が芝生を蹴った。ペシェに向かって巨体が疾走する。

 

 魔力の刀身はさらに伸長する。

 

 長さと幅が、際限なく拡大する。増殖し、硬く激しく勃起する。

 

 天井部に突き立った切先は建材を貫通し、上層階を目指して力ずくで伸展していく。破壊的なまでにはしゃぎまわる活性魔力が、迷宮の建材を無遠慮に壊しまわっていく。見ようによっては禍々しい、秩序にも法則にも無縁な、不遜にのたくる『(リビドー)』エネルギーの氾濫だ。

 

 細かな瓦礫が天井から降り注いでくる。 ごく小規模だが、乾いた音を伴った落石が起こる。

 

ずずん、ごごん。続いて頭上はるか遠くから鳴り響いてきたのは、超長大な魔力の刃が、今なお力任せに迷宮内部の破砕と溶断を繰り返していることを示す轟音。

 

 

 あんなものを剣と言い張るつもりなのか?

 

 

 至極まっとうな懸念がワイナの頭に浮かび上がる。あそこまで高出力な魔力の奔流、攻城兵器としても携行武器としても使い物になりはしない。兵器とは敵を制圧し、収奪なり制圧なりをおこなうための道具である。

 

 あんなものを迂闊に振り回そうものなら、辺り一面まるごと消滅させかねない。羽虫を追い払うのに大砲を持ち出す者など居やしない。どう考えても殺しすぎるし壊しすぎる。ペシェの振るうあれは、武器や兵器などではない。タガの外れた外法の産物だ。

 

 あれは確かに、想術(誇大妄想狂のワガママ)だ。

 

 黙らせたはずのさかしらな理性が、ワイナの思考の片隅で警鐘を鳴らす。

 

 あのガキ、勢い任せに何しでかすかわからないぞ。ずらかれ。あんなのに付き合う必要はない、さっさと撤退しろ。命あっての物種だろうが。やかましい正論で、探求師としての自分が復縁を迫ってくる。

 

――――でも、あの剣なら何が斬れる?

 

 しかしワイナのうちに生じてしまった好奇心の刃は、速やかにもう一人の自分を斬首せしめた。

 

 馬車で乗りあった、温厚そうな紳士の頭を思い切り小突いたらどうなる? 依頼の打ち合わせ中、突然喚き散らしながらクライアントに斬りかかったらどうなる? 順調な行軍中、不意に治癒術師(ヒーラー)の首を刎ねたらどうなる? そんなごくまれに脳裏に浮上する破滅願望にも似た想像が、胸の内で主張し始めたのだ。

 

――――やれ。やれやれ。斬っちまえ。

 

――――そのいきり立った聖剣を、お高くとまった世界中に見せつけてやれ!

 

 そう思ってしまえば、その場から離れようなどという考えは起きなくなった。

 

 瘴気さながらに、ペシェの『(リビドー)』に感染してしまったかのようだ。

 

「やっちまえよ、ペシェ。やっちまえ!」

 

 背中越しだったが、その言葉を受けたペシェは、笑っていた気がした。勇ましく、そして牙をむきつつ兇悪に!

 

 そしてペシェは、奇獣めがけて思い切り魔剣を振り下ろした。

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