エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~   作:霞弥佳

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第一層【墓廊層】
ふくろのねずみ


「登るのは無理だな」

 

 頼りなげな松明の照らす薄暗がりの中、ワイナは天を仰いでつぶやいた。

 

 口元を覆うマフラー生地の隙間から、白い吐息がたちのぼった。陽射しの届かぬ地底迷宮は、お構いなしにこちらの体温を奪おうとしてくる。破れた背嚢の生地を手なりで縫い繕う指先も、かじかんで感覚がなくなってきて久しい。

 

 頭上に広がるのは、やや青みがかった漆黒のとばり。天井は杳としてうかがい知れず、ただ底の抜けた奈落のように、石壁で囲まれた四角い暗黒がぽっかり口をあけていた。

 

 くすんだ白の石材が積み上げられたその一室の内装は、今や見慣れたものである。数年にもわたる事前調査と下見が繰り返された浅層エリア『墓廊(カタコンベ)層』にみられる建築様式の部材にほかならず、否が応にも自分が人知の及ばぬ地の底にいることを思い知らされる。

 

 部屋の用途は不明である。窓も扉も見当たらない。もっとも建設に携わった者はおろか、設計意図すら不明瞭かつ不可解なのが迷宮(ダンジョン)というものである。このように不条理な構造を目にするのは、さほど珍しいことではない。

 

 辺りを見回す。大量の旧い石材と朽ちた用木とが散らばっているのを、あらためて目にする。

 

 それらに混じって、同じ境遇にある者が五人。

 

 ワイナを含め、一同が纏っているフード付きの多機能ケープマントは、一様にカビや埃、それから汚泥と煤にまみれて汚れていた。防寒・防刃・耐衝撃性を売りにした制式軍用品だけあって、生地そのものに傷みやほつれは見当たらない。マントの加護がなければ、一行は揃って命を落としていたに違いなかった。

 

 落ちてきたのだ、自分たちは。ここよりはるか上層から。

 

「やめときなよ。登ったところで、もとの場所に通じてるかなんかわかりゃしないんだから」

 

 石壁を背にもたれながら、仲間の一人がそう言った。驚いて、ワイナはフードをさらに目深にかぶった。傍らに立てかけた松明をみるに、光源を用意したのも、彼女らしかった。野苺の果実を思わせる赤毛を両の側頭で結んだ、やや軽薄そうなたたずまいの、うら若い女である。

 

「ひたすら常識に無頓着なのが迷宮(ダンジョン)ってもんじゃん。神様も救いの勇者も、こんな墓穴で油売ってないだろーし」

 

 ふさふさの長い睫毛に飾られた灰色の瞳を瞬かせながら、そう言った。

 

 良くも悪くも著名な、手練れの探求師。

 

臙脂の魔女(ウィッチオブフレッシュリップ)』の通り名で知られる、放埓な快楽主義者。ベルペラという名の半エルフの女である。

 

 彼女は『砲手(ガンナー)』、すなわち魔物との戦闘時、『想』由来の遠隔攻撃手段を用いた砲撃をおこなう役職にあった。かれらが携行する儀仗は、術師にとっての生命線たるワンオフ火器である。

 

 主に戦線後方からの弾体投射による攻撃が主な役割だが、ベルペラがたずさえる得物の場合、先端には両刃の鉞を思わせるアーチ状のブレードが据え付けられていた。優れた『想』の才を有さない人間相手であれば、堅固な鋼材の上からであろうと容易に殴り殺せそうだった。

 

「で、ミハイさま。『送還陣(ベイルアウト)』のほうはどうなん? できそう?」

 

「だめだ」

 

 けだるさ混じりのベルペラに対して、彼女に呼びかけられた青年はやや食い気味に、甲高い声でつぶやいた。

 

 なめらかな金髪を後ろに撫でつけた、神経質そうな線の細い青年である。

 

 帝国西部では知る人ぞ知る敬虔な貴族筋の嫡男、名をヴィロー家のミハイ。ワイナが頭におさめた名簿の情報が正しければ、この場においてもっとも意見を尊重されるべき立場にある、指揮官にあたる存在だった。

 

「さっきから魔力(マナ)を流してるが、陣が起動してくれない、地上側の陣との接続状況もわからない」

 

 大の字になって寝られるほどの大きな羊皮紙には、幾重もの紋様が束ねられた円陣が記されている。ミハイは手をかざし、何やら聖句らしき呪文を詠唱してみせた。 しかし円陣がぼんやり光ったり、升天教のありがたい説教がうっすらと浮かび上がる、などといったことは起こらない。

 

送還陣(ベイルアウト)』は、迷宮内で探索を中断する際に用いられる緊急脱出手段である。

 

 あらかじめ円陣や呪文という形式で『現在地と地上拠点とを接続する術』の効力がパッケージングされた巻物(スクロール)を指し、有事には任意にこれを起動することで臨時の転送魔術が発動、迷宮からの瞬時の帰還を果たすことが可能となる。

 

 しかしどれだけミハイが聖句や祝詞めいた文言を唱えたところで、相変わらず円陣はうんともすんとも応えない。

 

「え、円陣が間違ってるのかもしれない、印刷の工程でどこかしらインクが途切れて、それで機能不全を起こしてるんだ」

 

「そりゃ大変。大量生産(マスプロ)時代の弊害ってやつ?」

 

「職人不足で仕事の質も落ちてるんだ、きっと……」

 

「じゃあ修正でもなんでもしてどうにかしなよ。アンタらの職分っしょ」

 

「……」

 

 ミハイの『できねえよそんなこと』を示す無言の主張が、どうにも耳に痛かった。

 

 そう遠くない将来に訪れる不幸な結末が、現実味をもって肩を叩いてきたようだった。

 

「おう、なんとか言えよ消費者」

 

「それは、僕の仕事じゃない、というか……」

 

「仕事の質以前の問題じゃねーかテメエは。使えねーな」

 

 辟易した様子で、ベルペラはワイナに視線を向けた。

 

「出発前からヤな予感してたんだよね、潜る寸前になって部隊の頭数が増えるとかいってさ。どんなコネ野郎どもがアホ面下げてやって来るのかと思えば、案の定って感じ」

 

 探索の最前線では、極力部隊は重くなりすぎないほうがよい。長丁場の活動となれば中継地点の設立と維持だけで人材を多くとられるし、輜重にしても少ないに越したことはない。死地をうろつくにあたっては、少数精鋭による集団行動の徹底的な効率化が探求師の鉄則とされていた。

 

「就活のための実績作りに来たはいいけど、予想外のトラブルでパニクってらっしゃる」

 

「ふん……育ちが知れるな、その口のきき方で、よく傭兵業が勤まってきたものだ」

 

「腕に覚えがあるもんでさア。大の男が雁首揃えて浅い穴ぐらを山菜採り感覚でおさんぽすることを、アタシたちの界隈じゃ実績扱いしないんだよね。偉い坊さんと懺悔室でしっぽりよろしくやってるだけのおたくらと違って」

 

「なんと無礼な……!」

 

「よせ。カタギに期待するだけ間違いだ」

 

 そう口を挟んでしまってから、ワイナは言葉選びのしくじりに気づいた。

 

 汗ばんだミハイの白い額に、みしみしと血管が浮き上がりつつあった。

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