エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~   作:霞弥佳

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タンク急募!

 力なく横たわるロスマムの姿を見てか、魔物の放つ瘴気の恐ろしさが骨身に染み付いたらしい。ミハイは声を震わせながら続けた。

 

「へ、ヘタすりゃ死ぬぞ、死んでしまうんだぞ!? それが君、どういうことかわかってるのか」

 

「だから何? いないならいないなりに腹括るしかないじゃん。そもそもTANKなんて役割(ポジション)ができたのなんか、たかだか五〇年ちょっとでしょ。昔の人間がいちいち蘇生術だの遷移防壁だのの訓練してから潜ってたわけでもないし」

 

「それこそ詭弁ではないかッ! 攻め手に守り手に癒し手、役割(ポジション)を揃えた部隊単位(パーティ)でおこなうのが迷宮探索のセオリーだろう! 探求師の原則に反してる、賢い行いだとは思えないッ! ここで救助を待つべきだ、そうだろう!?」

 

 ミハイに同意を促されたハリメもまた、彼の意見に賛同するようにうなずいた。

 

「まだ浅いとはいえ、私たちだけで製図(マッピング)もされてない未開エリアを無計画に歩き回っても、それこそ全滅を早めるだけ。それに、傷病者を担いで行軍を強行するのは無謀よ……ミハイさんのおっしゃる通り、私も救けを待つべきだと思う。あれほどの惨事、地上拠点も事態は把握しているはず。潰走状態に陥ったのは、きっと私たちだけじゃないでしょうから」

 

「確かに部屋に籠城するのであれば、仮に魔物が襲ってきたとしても凌ぎ切れるかもしれない……か」

 

「そ、そうとも! 君もそう思うだろう、そうだろう! 僕ももちろんそれが賢明だと思っている」

 

 いつの間にかワイナをベルペラに次ぐキャリアの持ち主だと判断していたのか、同意の言葉を受け、冷や汗に濡れていたミハイの表情がわずかに明るくなる。 反面、ふたたびベルペラの表情が侮蔑混じりの冷ややかなものへと変じた。

 

砲手(ガンナー)のアタシがアンタらの籠城に参加してれば、って前提の話じゃねーの?」

 

「民主的な決定に従わないつもりか」

 

「踏ン縛って砲台代わりにでもする気? だとすれば今すぐ邪魔する奴全員ブチ殺してやったって構わないんだけど」

 

 またしてもベルペラとミハイの間で険悪な視線が交わりあう。ベルペラの言もまた真実である。ワイナとて自分なりに想術を修めたプロの探求師の端くれ。多少は白兵戦闘の心得はあるものの、とはいえ探索においての本分は罠の無力化や威力偵察をはじめとする工作任務(雑用)である。TANKに加え砲手(ガンナー)のベルペラまで欠いた状態で魔物に襲われれば、戦線は十数秒ももたないだろう。

 

「ま、いいや。とにかくアタシはイチ抜けすっから。これで解散ってコトで。ばいば~い」

 

 必要十分なくらいには威しつけたと判断したか、すぐさまベルペラは態度を軟化させた。手指をひらひらさせて彼女は自らぶちあけた穴から、足取りは軽やかに悠々と出て行ってしまった。

 

 ……ベストとは言い難いが、やっぱり動くのがベターか。

 

 そしてワイナもまた、彼女と同じ選択をとることにした。餓死の苦しみを味わうのはごめんだし、その後仮に運良く回収屋(ピッカー)に遺体を拾われたとして、もろもろ含めた蘇生費用などは馬鹿にならない額となる。将来を保証されている役人でも軍人でも、大手のお抱え探求師でもない人間にとって、余計な出費は極力抑えたいところだった。

 

 そして何より、ここに潜った目的を果たすためには、いつまでもこんな閉所でふきだまっていられない。

 

 裂け目を繕い終わった背嚢を肩に提げ、立ち上がる。

 

 あらためて、ワイナは四人を見渡した。こちらに向けられるミハイとハリメのまなざしは、もはや恨みがましくといった感じではない。未開地での遭難に加え、ベルペラの扱いに神経を削っていたのもある。極度の疲労が色濃く浮かび上がっていた。

 

 ミハイとハリメは、ワイナが次にどうするかだけが気がかりなようだった。これまで培ってきた経験の引き出しには、事態の対処や解決を望める方法は見当たらず、ただただ途方に暮れている。本当に、これからどうしたらいいのかわからないらしい。

 

「ふん! そうさ、どうせ僕らは新参のみそっかすだよ。でもな。僕は残るぞ。テコでも動かん。この期に及んで部隊を割るなど、常軌を逸した愚かさだ。それにな。それに、貴族の僕にはこの三人を保護する義務があるのだ」

 

「行きます! この小生も! 否、行くべきなのです!!」

 

 少しの逡巡を抱えていたかと思えば、みすぼらしいバケツ頭はすっくと立ちあがった。床に臥せるロスマムの様子を気にかけつつ、やがてその視線は穴の向こうに広がるぼんやりとした闇へと向けられた。

 

「だれも見たことのない財宝、胸の高鳴る大冒険!! そのためにみなさんは、このダンジョンに来たのでしょう! 強大な魔物と戦うために! 命をかけて、あらん限りの勇気をもって!!」

 

 演技過剰な大根役者のように、バケツ頭は興奮しながらそう言った。

 

「あの赤いお召し物の女性……あんなにも勇気に満ちた探求師が、ただ仲間を見捨てていってしまうはずがありません。きっとなにか、ほかに心当たりがあるからああして出ていったのです。きっとそうです、そうに違いありません」

 

「おい君。子供にこんなことを言わせるようにしてるのか、探求師の組合は」

 

「……少なくとも、うちは違う。というか、今の俺は個人事業主(フリーランス)だ」

 

 小声でミハイの疑いを否定しながら、ワイナはバケツ頭の頭頂でぴょこぴょこ揺れる白い羽に視線をやる。荷物はたすき掛けした大きめのポーチ程度、得物らしい得物はろくに持ち合わせていない。十中八九、非戦闘員。おおよそ、地上の流通拠点や迷宮エントランスに広がる露店街の界隈で糊口をしのぐ浮浪児が、運よく輜重部隊の雑役係に雇われたといったところだろう。

 

「なあ。まさか……本当に連れていくのか? まだこんな……小さいんだぞ」

 

「どのみち危険なことには変わらない。それにヘタなプライドを持ち合わせていないぶん、汚れ仕事を厭わないのがこの手の子供(ガキ)のいいところだ」

 

 言い切ってから、下腹から後悔がせりあがってきた。さしたる配慮もなかったとはいえ、あまりにも率直な物言いだった。何度吐いた唾を飲み込みたくなったか、もはやワイナ自身もわからなくなりつつあった。

 

 今日だけで何回だ。何やってんだ俺は。

 

 言い方ってもんがあるだろう。

 

 こういうとき、なんで時間って巻き戻せないんだろうな。

 

 今の発言を当てつけに捉えたか、あるいはそれ以上の悪意をくみ取らせてしまったか、ミハイはついには付き合いきれないといった様子でうなだれてしまった。

 

「いいさ、いいさ。君らなんか、どこへなりとも行っちまうといい。職業探求師のろくでなしどもめ。せいぜい使えるものは子供でも使って生きのびたまえよ」

 

「ちがう。そんなつもりじゃない。戻るよ、かならず戻る」

 

「そのとおりです。姫勇者(プリンツェステラ・ブレイブリー)は、生あるすべての人の味方です」

 

 童話だか宗教説話だかの受け売りを恥ずかしげもなく口にできるバケツ頭と違って、決してワイナは、他者への奉仕を胸に誓っているわけではない。特段信心深くもないし、上流階級に恩を売っておきたいとも思っていなかった。

 

「生きてる間に地上に帰れるかは保証しかねる。でも、見捨てるなんてことはしない。ちょっと行って、それで帰ってくるだけだ」

 

 陽の当たらない地の底で、誰にも顧みられずに朽ちていく。それがほんの少しだけ、気の毒に思えたからである。

 

 後世、何も知らない他人から多少気の毒がられて終わりの人生など、あまりにみじめで救われないではないか。

 

 歴史書だか文献だかの一行二行、『迷宮探索には多くの死者や行方不明者が出た。彼らの就業環境は劣悪だった』みたいな月並みでつまらん解説でまとめられて、それできっとおしまいだ。

 

 鼻持ちならない学者先生の考古学遊びのおもちゃにされるのも、演説の修辞だけは立派な賢しい政治屋どものプロパガンダに利用されるのも、阿呆の極北である他の探求師連中どもに揶揄のスラングとして扱われるのも、まったくもって腹立たしい。

 

 ワイナ自身、そうやって今ある感情が無神経に編纂され、誰もが読み飛ばす無味無臭の一文に転化させられることに、理由のない不快感をもっていた。

 

 自分たちが抱いた喜怒哀楽など、誰にもわかりゃしないのだ。わかってもらいたくもない。ペン先ひとつでこの感情を勝手に代弁されてたまるものか。

 

 それを部外者が好き勝手にあることないこと飾りくさって、それをまた別の部外者に面白おかしく喧伝されるとなると、トサカにくるというものだ。

 

――――俺たちは、歴史になんかならないぞ。

 

――――俺も、リナナも、クラリネも。

 

「だからまあ、できれば気長に待っててほしい」

 

 ワイナはゆっくりと片膝をつき、ミハイに視線を合わせて握りこぶしを彼の鼻先に突き出した。何事かと目を向ける彼の前で、くるりと手首を一回転。ミハイが瞬きした次の瞬間、ワイナの手指には三本のロリポップ(棒つき飴)が握られていた。赤と緑とオレンジの三色が、ささやかな花束のようにミハイに差し出される。

 

「な、なんだ、これは」

 

「甘くて、美味い。元気が出る。とても、いいものだ。だが独り占めはだめだ。いいか。必ず三人で分けてほしい」

 

「……は?」

 

「それじゃ、どうかそれまで達者で」

 

 本心半分、騒がれるとうるさいミハイへのリップサービス半分の捨て台詞を口にしてから、ワイナはバケツ頭の小さな手をとった。

 

 二人は、足早にベルペラの後を追うべく駆けだした。

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