エドラズワースの探求師 ~かくしてロリ勇者率いる貧弱パーティは、秘宝を求め進軍を開始した~   作:霞弥佳

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蘇生後症候群ⅰ

「もう少し愛想よくしてやれなかったのか。脅してどうにかなるものでもなかった」

 

 一瞬、ベルペラの表情が凍りつく。ゴキブリが口を利いたかのような顔。

 

「ンなこと言われるなんて思わなかった。アンタみたいなノンデリ無神経野郎に」

 

「……俺はノンデリじゃない。新参者をイビるのは、いい趣味とは思わない」

 

「どのクチが言ってんだよ。せめて機転が利くって言ってくんない」

 

「いたずらに怯えさせる必要はなかった」

 

「自分が偉いと思い込んでる阿呆相手だったら、あれくらい必要でしょ。言いくるめるのも時間の無駄だし、つけあがられてもメンドくさいじゃん」

 

 残り少ない糧食をかじりながら、ベルペラはぶつくさ吐き捨てた。

 

「ていうか、アンタはカタギに絆されすぎ」

 

 じろりとベルペラの視線がバケツ頭へと向けられる。荷物持ちにもならなさそうなガキを連れてきてどういうつもりだ、といったまなざしだった。

 

「ですから小生も、なにかできることはないかと、さっきから申し上げていますのに」

 

「うっせえな、黙って食っとけクソガキ(ペシュ・ガミーヌ)

 

 ベルペラの悪態にもひるむことなく、バケツ頭はワイナが分け与えた穀物のパフ菓子を間断なくぱくついている。糖衣の甘味と軽めの食感が気に入ったのか、それとも生来のんきで鈍感なのか、さっきまでの威勢を引っ込めて急に泣きわめくといった醜態をさらすようなことはなかった。

 

 それどころか探索中に「偵察は任せてほしい」だとか言って急に走りだしたり「食糧難は冒険の大敵」だとかを理由に突如として探求師二人の視界から消えて肝を冷やさせたりと、ベルペラのいう「落ち着きのないクソガキ(ペシュ・ガミーヌ)」という形容はあながち間違いではなかった。

 

 赤ら顔の悪ガキ(ペシュ・ガミーヌ)。ベルペラの出身地でおてんばな悪童を揶揄する言い回しらしい。真っ赤に熟した、それでいて傷みやすい桃《ペッシュ》を、子供の無軌道な無鉄砲さになぞらえた慣用句なのだろう。

 

 反面で「余計なおせっかいをやめろ」と嗜めれば(ベルペラは容赦なく頭をひっぱたくなり尻を蹴っとばすなりしていたが)素直におとなしく従ってくれるため、いまいちワイナたちはこの少年、あるいは少女の性格を掴みかねていた。徹底的に無知で無邪気で爛漫でありながら、妙なところで達観した印象を抱かせてくる。

 

 さらには、罵倒すれすれのベルペラの言葉を嬉々として受け止めた挙句、これからは自分をぜひともそう呼んでほしいとのたまってきた。

 

「小生、名乗るほどの者でもなく、勿体ぶって名乗れるような名もありません。所詮は根無しの流れ者、どうか小生のことは、おっしゃる通り、ペ、ペ……ペシェとお呼びくださるよう!」

 

 粋な冒険家を気取ったロールプレイも、ここまでくると大したものである。

 

「ペッシュだペッシュ。ペシェじゃねえ。イミ違ってくるだろ。どこの田舎の訛り方してんだよ」

 

 むきになったベルペラがわざわざ罵倒のスペルまで教えてやったところで、しかしバケツ頭の発音は一向に上達しなかった。

 

「ペ・シェ」

 

「違う。ペッシュ」

 

「ペシェ」

 

「ああ、もういいやペシュでもペシェでも。死ぬほどどうでもいい」

 

 そんなやりとりをし始めたあたりで、ワイナとベルペラは、どことなくこの自他ともに認めるクソガキ(ペシュ・ガミーヌ)に関しては、ひとまず妙な疑いを向けるだけ無駄だという結論へと至っていた。正規の人員として数えられず、認識票《ドッグタグ》も持たされず、荷運びの人足として迷宮探査に投入される浮浪児など、さして珍しくはなかったからだ。

 

「……でさ。まさかマジであの連中を回収しに戻る気じゃないっしょ?」

 

 ベルペラの言葉で、袋小路に残してきた三人の、特にミハイの憔悴しきった表情が目に浮かんだ。

 

「今後の進捗による。優先順位は理解しているつもりだし、かといってそれなりの立場の治癒術師《ヒーラー》を無下にすることもない。場合によっては再合流することもありうる。だが、あのコンディションで着いてこられてもかえって困る、というところだ」

 

「……確かに、素人どもの編んだ術で治療なんかされたくないもんな」

 

 探索続行に不可欠な治癒術師とはいえ、無能が過ぎると足手纏い。そうした認識でいるということを、ひとまずベルペラに伝えることはできたらしい。少なくとも口やかましい腰砕けのミハイなどは、菓子さえ食わせておけば文句ひとつ言わずについてくるペシェ以下の存在というわけだ。とはいえ、なんとなく彼らを気の毒に思っている、などと本心を匂わせて機嫌を損ねられてもたまらない。

 

 ただ、あの最悪の空気の小部屋を出てからのベルペラは、きわめて冷静だった。持ち出した松明を頼りに、代り映えしない通廊を徘徊し始めてから早数時間。彼女は魔物《モンスター》の奇襲に備え、周囲に警戒の目を光らせ続けた。確かにベルペラは、探求師としては熟達の域に達しているといっていい。

 

 あれから無数の石棺が白い石壁に収められた不気味な通廊を歩み続けたが、幸運にも、魔物とは未だに一度も遭遇してはいない。

 

 四度袋小路に行きあたってから、小休止を提案したのも彼女だった。探索の効率化が狙いというのはわかるものの、経験に欠けるであろう幼いペシェを慮っているとするなら、存外彼女にも情に厚いところがあるようだった。

 

「今でも部隊潰滅はあのミハイ・ヴィローや、ほかの雇い主の差し金だと思ってるのか?」

 

 やがて、ワイナはベルペラに問いをぶつけた。 

 

 軽く握った拳を顎にあてて、ややあってからベルペラは言った。

 

「実際のところは半々。あの聖剣獣に飼い主がいるとして、アタシらにぶつけるならあんな出発直後の浅い層である必要はどこにもない。道すがら『送還陣《ベイルアウト》』の臨時回線を中継地点《ブレイクポイント》に設置しつつ、物資が許す限り進めるところまで行軍して、最後の最後にヤツを繰り出すのが効率的じゃん。深部の情報は手に入れながら、事故を装って『久遠の花嫁(おたから)』探しの競合の力を削げる。なのにそうならなかったってことは、ヤツとの遭遇は完全にアクシデントって解釈できる。そもそも論、あんなのに首輪つけられる術師なんかまずいないっしょ」

 

「もう半分は?」

 

「リスクとリターンを天秤をかけられないどっかの糞が、マジでアタシらを皆殺しにするためにあのハンマー野郎をけしかけてきたってパターン。その場合、あの筆頭TANK(クラリネ)と同じくらいヤバい探求師が殺意ムンムンでこの辺をウロウロしてるってことになる」

 

「聖剣獣《あれ》を制御できるほどに魔術に……あるいは『想』に秀でていながら、そのくせ計画性に欠けた無差別虐殺を敢行できるような人間がいる、と」

 

「世の中けっこう広いからね。探せばいるかもよ、そういうキチガイも」

 

 魔物《モンスター》を手なずけ、使い魔(サーヴァント)として使役することを得手とする術師自体はそう珍しくはない。しかしワイナたちの想像する犯人像はあまりにも非現実的すぎた。

 

 状況によっては聖剣獣に加え、そんな規格外の『想術』能力を有する狂人と刃を交えなければならないとでもいうのだろうか。

 

「……想術使いどうしで殺しは御法度だろ」

 

「よく言う。アンタさっき、マジでアタシかあのバカボンかのどっちかを殺ろうとしてたじゃん。ごまかせると思った?」

 

「俺が? 何のことだ」

 

「本命はまだ別にあったんだろうけど……マントの下でこいつ握りしめたっしょ。バレバレ」

 

 ベルペラがひらりと手指をひるがえすと、黒鉄色の刃が姿をのぞかせた。飾り気はなく刃渡りは控えめなもの。手入れは欠かされていないようで、錆一つない鋭利な刀身をありありと誇示していた。刀の表面には、表音文字の並びが刻印されていた。

 

「おきれいですねえ」

 

 菓子をぽりぽりさせながら、バケツ頭あらため、自称ペシェが横から刀身をのぞきこんで言った。

 

「『ケバルライ』―――—人名じゃない。単なる無銘のなまくらにしちゃ上等すぎる」

 

 外套をめくってショルダーシースを確認する。収納されているはずのいくつかの短刀のうち、一本がなくなっていた。合流した直後かそれより前かは定かではないが、ベルペラが短刀を掏りとったのは間違いなさそうだった。

 

 手癖の悪さに文句の一つでも言いたくなったが、ワイナはどうにも腑に落ちなさを感じていた。

 

「それ、本当に俺のナイフか?」

 

「えらく剣呑な『想』のこもった呪具を隠してると思ってさ。気になってつい手が出た」

 

「……覚えてない。見たこともないぞ、そんな黒いナイフ」

 

 そう返すと、ベルペラの表情が怪訝な色に曇った。

 

「薬でもやってんの? それとも認識改変の罠でも踏んだ? 最後に蘇生術《リザレクション》かけられたのいつだよ」

 

 酒はともかく、煙草やドラッグには縁がない。罠に関しても心当たりはない。

 

「最後に死んだのは去年の冬。梟熊《アウルベア》の群れから奇襲を受けて撲殺された。現場で緊急蘇生術《レイズデッド》をかけられたが、灰化も起こらず予後も良好だった。それ以降は死亡事故にも遭ってない。蘇生を担当した治癒術師《ヒーラー》が証人になる」

 

 迷宮に持ち込む刀剣に、そこらのなまくらを選ぶようなことはしない。手指にしっくりと馴染むものを文字通りの懐刀として取り扱ってきた。そうなると数日前の自分は、見知らぬ呪いの刀剣を胸元に収納して死地に赴いたとでもいうのか。

 

「それじゃなにかしらで別件で死んだことを忘れてるわけだ。タチ悪ィな」

 

 ベルペラの視線は、ただ黒い刃の切先に注がれている。今の言い分を含めたワイナ本人の価値を、測りなおしているのだろうか。

 

「生憎アタシは、アンタの言葉の裏取りをこの場でどうやってすりゃいいのかわかんないんだよね」

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