終盤の舞台装置として死ぬ序盤の中ボスに転生したので、全力で生き残る。 作:田中左近又兵衛
気づけば、暗闇の中に居た。
全身が温かい何かに包まれ、なんとも言えない浮遊感が襲うそんな空間。
俺は講義を受け終えすし詰めの電車でスマホの液晶に齧りついていたはずだ。幸運にも席に座れたとしても、寝たとしても身体を襲うのはレールの継ぎ目を車輪が通過するときの機械的な揺れのはずだ。こんな不規則で液体的なものではない。
ここは――ッッ!!??
突然、脳内に濁流のように情報が押し寄せる。
『ここは君みたいな平民が居ていい場所じゃないんだ。早急に立ち去ってくれたまえ』
それは、茶色に黒のメッシュが入った髪の男が悪意の籠もった台詞を吐く光景。
『ッ…!こんなッ、はずでは!クソッ!あんな奴に!この僕がァッ!!なぜ僕がこんな目に遭わなければならない!力、力さえあれば…!』
打ち倒された男が怒りの儘に呪詛を吐き、正当性の無い逆恨みに苛まれる光景。
力を欲し、違法な魔道具に手を出し、それでも倒され、身も心もボロボロになった姿。
『お前はッ…父上と母上に僕のことを伝えろ!!そしてあいつらを』
『ご両親様から言伝です。「今回のことをもってお前を家から勘当する。学園卒業までは金を出してやる」とのことです』
『はっ!?あっ、いや僕はっ』
『では』
重ね上げたプライドも崩れ、傷つき、生家からも見放され居場所も何もかも失った惨めな顔。
序盤で主人公たちを悩ませていた悪役貴族は、逆恨みと劣等感を空回りさせた末に自滅し、物語からフェードアウトした。
そんな彼が再び物語に姿を現したのは中盤の終わり、すなわち終盤の始まり。
起承転結の転に位置する地点、学園の崩壊時にステージに上がる。
最も、悔い改めた味方でも、往生際の悪い敵役でもなかった。
彼に与えられたのは、舞台装置。絶望を引き立てるための犠牲者の一人。
『に、逃げっぎゃ』
それが、彼の最後の台詞だった。
『魔封学園RPG』の序盤の中ボスとして登場し、嫌な悪役としてヘイトを集め、倒され没落。そして最後は絶望を煽るための引き立て役として死ぬ。
その男の名は――
バルト・ヴォルガといった。
って、ちょっと待て。思い出したぞ。
こいつ。てか、俺…!!!
情報を処理し終わり、鎮火した頭がまた白熱する。
チカチカと光が飛び散るかのような幻覚まで覚えるほどに、冷静さが奪われていく。
今しがた脳内を駆け抜けたのは、ゲームやってた頃の思い出なんてもんじゃない。というかピンポイントに小悪党のことを思い出すなんてどうかしてる。確かにあいつは印象に残る悪役だったが、それでも限度ってもんがある。
これは――未来だ。
前世を思い出さなかった世界戦、つまり原作。そこで辿るあまりにも滑稽な最期で、だが俺にとってはイチミリも他人事ではない。
嘘だろ。
よりによって、こいつなのか?
ゴムボールみたいにぶっ飛ばされるバルトなのか!?冗談じゃない!!
心臓が、まだ出来上がったばかりで未成熟な臓器が、小さな肋骨を突き破らんばかりの勢いで脈動を始める。
バルト・ヴォルガ。
序盤の傲慢さからは想像もつかないほど惨めに没落し、舎弟にも離反され、その最後は魔王軍の襲来を、学園の崩壊を告げるためだけの舞台装置として消費される男。
ネット掲示板では、その見事なまでの没落っぷりから「落ちぶれのお手本のような男」とか「実は目にも止まらない速さで離脱したんじゃないか」とスレを建てられていた、俺が、あいつに…?
「ぅ――、ぁ、あ……!!」
数少ない今世の記憶の中に、逃れようもない証拠がある。
自分がバルト・ヴォルガとして生を受けたということ。
自分を見つめる三人の大きな人間。
叫びたい。だが、声にならない。
良く見えない視界には、自分を取り囲む洋風の柵と大きな人影が見える。その人影は、俺が声を漏らしていることに気づいたのか作業の手を止め駆け寄ってくる。
いや、そんなことはどうだっていい。
嫌だ、死にたくない。そう思った。
ゲームの描写をなぞったような、しかし嫌にリアリティのある走馬灯のような何かは生存本能を掻き立てるには十分だった。荒れ狂う激情の儘に口を開こうとしても、口をついて出てくるのは矮小で幼い言葉にならない声。
だが、激しく動揺する思考の中で冷静な自分が告げる。
まだ生まれたばかりじゃないか。なんとかできる。
それに気づくも、一度スイッチの入った身体は言うことを聞いちゃくれなかった。
身体が泣き声を上げる。けたたましいそれに静かだった部屋は騒然となり、すぐさま誰かが俺を抱え上げる。
「あらあら、どうなさいましたバルト様!急にそんな激しく…お腹が空いたのですか?それとも、何か怖い夢でもご覧になったのかしら」
夢。
夢だったらどれほど良かっただろうか。
泣く俺の身体を冷静に対処する乳母の声を遠くに聞きながら、切り離された精神が思考を始める。
嘆いている暇はない、考えないと。考えなければ死んでしまう。
――生き残らなければ。
泣きつかれて混濁する意識の中、思い浮かんだのはそれだけだった。
◇◇◇◇
あれから幾数年、あっという間に経った。
俺がバルト・ヴォルガに転生したという事実は消えなかった。それどころか、時が経つにつれて目覚めた前世と今世の身体が馴染んで非現実味もいつしか感じなくなった。
目標は転生を知覚した時と変わっていない。生き残ることだ。
バルト・ヴォルガ、もとい俺がこの先生きのこるためにはどうしたら良いか、真剣に計画を立てる必要がある。
じゃあ主人公に関わらなければ良いって?
まぁ没落の危険から遠ざかるにはそれが一番だ。
ただ、そうもいかない。
そもそも、原作でバルトが主人公にちょっかいをかけたのはバルトが非才の身である事に起因する。
『魔封学園RPG』は学園でコミュとアイテムの売買、武器の作成・強化をしたりして、準備が整ったらダンジョンに赴き戦闘を熟してレベルを上げるシステムだ。授業や仲間との会話を通して世界のことをプレイヤーに知ってもらい、自由時間で仲間とダンジョンに行き、スキルを習得していく。
属性は火・水・土・雷・風。特別枠として光と闇がある。
主人公は勇者の末裔として光属性を持っており、バルトが嫉妬したのは特別な才能ともいえる光属性のことを聞いたからだろう。では、なぜバルトは激しい嫉妬を抱いたかだが、それは敵として出てきたときの持っているスキルにある。
・石弾
・石壁
・通常攻撃
・罵る
たったのこれだけ。
そう、余りにも貧相なラインナップ。序盤の中ボスというのも頷ける品揃えの少なさである。
学園内を探索した際のNPCとの会話でも聞くことができるが、バルトは魔法に才能がなかったようだ。そして生まれてから甘やかされて育ってきたとも。家柄が高いのか直接的な表現こそなかったが、生徒の思っていることが言外に示されていた。
ボスとしては取り立てて特徴などなかった。
強いて言えば――単なる生徒にしては異様に硬いのと通常攻撃が痛かったことくらいか。
さて、長々と語ったが、今日は家庭教師が来る日だ。
身体の自由が利かない赤子の頃から今に至るまで、魔力と思しき何かを腹の中で回す程度はしてきたが、具体的に何かしようというのは事故を起こしそうでしなかった。
それで、家庭教師に来てもらって早速授業、魔法の手ほどきをしてもらったのだが。
「全然飛ばない」
「飛びませんねぇ」
手から放たれた石弾は木に立てかけた的を貫く――とはいかず、その手前の草むらに落ちていった。出力が足らない。軽い小石程度の大きさの石弾が大した勢いも持たないくらいに。わかってはいたが、やはりこの身体は魔法に対する才能がないっぽいな。
「魔力量は申し分ないのですが、それが魔法に上手く変換されていないようですな。バルト坊ちゃんの年齢では上手く魔法が発動しないこともございましょう。気を落とされることはないですよ」
俺の家庭教師に就いてくれているマルター・ライゼンさんはそう結論づけた。
マルターさんは年齢からだろうと推察したが、そう言いながらも口元に蓄えた撫でながら思い当たる節がないか神妙な面持ちで記憶を探っているようだ。仕事としてきているからかもしれないが、出会ったばかりの小僧に対して真剣に悩んでくれる良い人なんだと思った。
「とりあえず、この件は置いておきまして、次は身体強化です。これは魔力を知覚するのが恐ろしく早かった坊ちゃんならばすぐに熟せるかと」
「よし、やってみるか。目標とかあります?」
「魔法が上手く発動しないのは時間が解決してくれる。ですのでここは我慢して次へ…と、切り替えが早いですな。えぇ、まずはあの木まで全速力で駆けてみてください」
マルターさんはどこか魔法の失敗を忘れさせようという、年長者らしい気遣いの籠もった笑みを浮かべていたが、俺が大したショックを受けていないことを理解すると、直ぐに目標を指定した。
深く息を吐き、魔力を練る。
生まれてから手慰みにこねくり回していたこの力の扱いは慣れたもので、身体の中枢から全身に、骨の芯から筋繊維の一本一本に至るまで浸透させていく。
視界の奥にある、未だ無事な的の立てかけられた木に狙いを定める。
青草の茂る地面を両の足でしかと踏みしめ――思い切り蹴った。
――瞬間、耳を劈く轟音が響き渡った。
急に視界がぶれたかと思ったら、全身に強い風を感じる。
鼓膜を叩く轟音は近くから聞こえ、一体何が起こったのかと思えば――
俺が木に向かってロケットのように飛んでいた。
耳が空気のかき分けられる音を捉える。景色が過ぎ去っていく。
弾丸ライナーもかくやという勢いで飛ぶ俺の身体。
迫るのは木。いや迫ってるのは俺か――
衝突。次いで轟音。その後、ベキベキと硬い繊維が折れる派手な音が響き渡った。
「ば、バルト坊ちゃああぁあぁああっ!!?」
背後から、マルターさんの裏返った悲鳴が聞こえる。
どうやら俺は木をぶち破ったみたいだ。幸いにして、勢いは全て木が受け止めてくれたようで、裏にある庭園まで飛ばずに済んだ。その代わり、木は無残なまでに折れてしまったが。
で、重大な事実が判明した。
痛くないのである。
最初はアドレナリンとか興奮物質の作用で痛みを感じてないのかと思ったが、鈍った痛覚でも感じる流血のドロりとした熱さは感じなかった。腕を見ても胴体を見ても、服が汚れている以外なんともない。普通、あの速度でぶつかったら良くて全身骨折、悪くて即死だろう。
「ぼ、坊ちゃん!!生きておいでですか!?」
「無事です」
「あぁ、私は何ということを!!私のっ、私の不注意で、ヴォルガ伯爵家の御子息に傷を負わせてしまうとはっ!!」
「だから無事ですってば」
「このマルター一生の不覚ッ!!この失態は友人から教わったハラキリでどうか!!どうか!!」
「無事だっつってんだろ!?やめろバカ!!こんなところで!!」
顔を真っ青にして駆け寄ってきたマルターさんが即座に、かつ丁重に俺を介抱する。
素早くしかし丁寧に下ろされた先で回復魔法を施されながら捲し立てられる。
もう見るからに冷静ではない。焦点が合わなくなっているマルターさんの顔は、先程まであった年上の余裕というものが根こそぎ消え失せ、引きつり、モノクルはズレ下がり、蓄えた髭が小刻みに震えていた。回復魔法を行使してる手だって木に当たった頭ではなくお腹に向いてるし。てか回復魔法使えるのか。高等技術だって言ってたのに。
しばらく呼び掛けていると、冷静さを取り戻したのかマルターさんの顔色が戻ってきた。焦点のあった目は此方を確かに捉えてるし、これで俺が無事だってこともわかるだろう。
「言ったでしょう?俺は無事ですって。ほら、回復魔法はもう大丈夫ですよ」
「い、いやはや。まさかあの勢いでぶつかって傷一つないとは。このマルター驚愕いたしましたぞ。あの身体強化の出力もさることながら本当に」
「俺も驚きましたよ。魔法の才能がないと思ったらこれですから」
いや本当に驚いた。まさか
しかしなんでバルトはこの才能に気づかなかったんだ?
これさえあればいくらでも名声を欲しいままにできただろうに。
と言うが、答えは実質出ているようなものだ。というのも、ヴォルガ家は伯爵の地位にある土属性の上位貴族であり、ゴーレムを使った戦いを伝統としてきた一族である。つまり、自分は後方で支援に徹するコマンダー型だ。現に姉はゴーレム使いとしての才覚を現し始めているからな。
原作でバルトの生家についての情報は少ないが、あの異常な劣等感を見るに才能のミスマッチが起こったと見ている。つまり、姉の才覚を見て自分もと憧れを抱いたが、実際に土属性魔法を使ってみると才能が塵ほどにもないことが発覚。自分の憧れと程遠いことを理解させられ、荒れたということだ。
バルトはヴォルガ家の三男坊。家督に関わらない立場にある俺は両親からたいそう可愛がられたもんだが、原作でもこうだったと考えるとあの腐りようも甘やかされていたからだと納得がいく。
「ふぅ…しかし、これほどに大きな木を破壊してしまうとは、坊ちゃんの才覚が末恐ろしくなりますぞ。末は強大な戦士になりそうです」
「魔法使いではなく?」
「えぇ、ぶっちゃけて言ってしまいますが坊ちゃまはどうやら魔法の才能が欠落している代わりに戦士としての才能が高いご様子。木に突撃するのを傍から見ていましたが、かなり堂に入った踏み込みでした」
「ホントにぶっちゃけますね」
「えぇ、何せ私――死にますから!!」
良い笑顔でなんてこと言うんだこの人!?
あっ、懐から短刀を取り出しやがった!!まだ諦めてなかったのかよ!!
「何やってるんです!?俺は無事ですって言ったでしょ!?」
「それとこれとは別ですぞ!!貴族の家の物を壊したとあれば、何かしらの罰則が下ります!特に坊ちゃまの家は上位貴族、これは死をもって
「別にいいだろ物の一つや二つ!!家財でもあるまいし!」
「今こそハラキリを披露するときっ!坊ちゃま、短い間でしたが楽しいひと時でした――」
「―― 一体、何をしていらっしゃるのですか」
低く、地を這うようなバリトンボイスが辺りに響いた。
冷徹という言葉がこれ以上なく似合うその声に、熱された思考が急速に冷却される。
振り返らなくても分かる。ヴォルガ家執事長、ハインリヒだ。
彼はいつからそこに居たのか、埃一つない燕尾服を完璧に着こなし、音もなく俺たちの背後に立っていた。その鋭い眼光は、取り出した短刀で腹を切りにかかる家庭教師と、土と木片に塗れた俺、そして無残にへし折れた木を感情一つ見せることなく観察している。
「ハ、ハインリヒ殿!これはっ、私の不徳の致すところで――」
「事象は後ほど伺います。…バルト様、お怪我は」
淡々と問いかけるハインリヒの瞳は上手く読めない。
やっぱ苦手だ、この人。俺はそう思った。ハインリヒは原作で俺に家が見限ったという言伝を知らせに来た人物。バルトとなった俺にとってはどうにも苦手意識がぬぐえない。
「…ない。かすり傷一つな」
「左様でございますか。ご無事で何より。あなたはガストラル様とセレスティア様の愛息であらせられますから、御身に何かございましたら一大事ですので」
口元に笑みを作ったハインリヒがそういう。だが、目が笑っていない。流麗な動作で土汚れを拭くための布巾を渡してくれるが、如何せん目が怖すぎて合わせられそうにない。すっごい怖い。
「…ありがとう」
「恐悦至極に存じます。して、事の仔細をお聞かせ願っても?」
ハインリヒの眼鏡が光る。
あれは、嘘を言っても見抜いてくる。そう思ってしまうほどの雰囲気。これは、ちゃんと説明しないとマルターさんの首が飛ぶ。物理的に。
と言っても言葉では信じられそうもない。だとしたら言葉ではなく行動で示した方が早いだろう。
「バルト様…?」
倒れ伏す木に向かって歩く俺にハインリヒが疑問符を浮かべるが、あえて無視する。
木の前に立ち、再度魔力を練る。
今度は全身ではなく、殴るほうの腕だけに。
見せつけるように振りかぶって――振りぬいた。
木の幹が割れる大きな音が響く。視界の先には、拳がもたらしたインパクトで繊維方向に沿って割れた木の姿が。
「……ふむ」
ハインリヒの目が、僅かに見開かれた。
ほんの一瞬のみだが、これでも長い付き合い、鉄面皮の執事長が静かに驚愕したのがわかった。
俺がやったことと来た際の光景から合点がいったのだろう。彼はゆっくりと歩み寄り、割れた木の断面と俺の傷一つない拳を見ると、小さく息を吐いた。
「ガストラル様には私から言っておきましょう。マルタ―殿はご同行を、バルト様は、まずはその汚れを清め、お着替えを済ませていただけますか」
突発なのでライブ感で設定を作ってます。
なのでもしかしたら整合性の取れない部分も出るかもしれませんのでそこのところよろしくお願いします。